10. 覆る

 嫌われ者だってことは、これでもかってくらい分かってたのに、わざわざ僕は人前に出た。しかも全世界に中継してるとこに乱入だなんて。

 涙を手で拭って、歩きながら濡れた頬を乾かした。崩れ落ちそうな身体を無理やり動かして、大股でズンズン、杭に向かって歩いて行った。

 クッソ、最悪だ。

 もっとクールに決める予定だったのに。

 場に呑まれて、めちゃくちゃカッコ悪くなった。

 何より、泣きたいのを我慢するのに必死だった。

 迷わないって決めたクセに、喋ってるうちに、自分だけどうしてこうなんだろうって考えてしまった。情けない。気の迷いが言葉と態度に出てた。非情になんなきゃいけないのに。

 僕は、白い竜だ。神の子だ。選択肢なんかない。

 逃げるな。逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな……!!


「タイガ! 何やってんだ!!」


 レンが作業台を片付けながら、僕を怒鳴った。……半分、面白そうに笑いながら。


「うるさい! 笑うな!」


 照れくささと恥ずかしさで死にそうだった。

 僕は大きく手を払って誤魔化そうとした。


「いやいや、いいんじゃないの? ここから聞いてたけど、まぁ、楽しませて貰ったよ?」


 フィルも片付けを手伝いながら、ニヤニヤした顔で僕を見てくる。


「黙れよフィル。殺されたいの?」

「何だよ、さっきは正義の味方ぶってたのに。やっぱりアレ? 化け物扱いされた方が嬉しい?」

「うるさいって!!」

「冗談冗談。石柱の向こう側に、おっきい車が停まってるから、そっち行って。最終確認中」

「了解」


 僕はレンとフィルを横目に、更にズンズン進んだ。

 杭の向こう側が見えた。

 臨時の会見場とは真逆の位置に、大型バスが一台停まっている。エアカーじゃなくて、ちゃんと車輪が付いてるヤツ。大型車は流石に浮かすのが大変なのかも知れない。周辺に、市民部隊の翼竜が二匹、竜騎兵と共に待機しているのが見えた。

 僕は工場の間を抜けて、バスに向かった。

 羽を畳んだ翼竜は二階建ての家くらいの大きさで、大人しそうに見える。

 竜の気配は消しているはずなのに、僕がどんどん近づいていくと、異変に気付いて身体を起こして警戒していた。竜騎兵も僕に気が付き、こちらに顔を向ける。

 僕は何もしないよと軽くてを上げ、そのまま、大型バスの方に向かった。

 バスのフロントガラスから、リサの姿が見えた。僕に気付き、慌てた様子でバスから降りてくる。


「大河君!!」


 リサが勢いよく僕に抱きついた。


「うわあっ!!」


 突然のことに、僕は思わずよろけてしまう。

 なんとかリサを抱き留めて、倒れずに済んだ。


「おはよう、リサ。どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよ! 大河君こそどうしたの?! あんな……、あんなふうに、自分から晒し者になるようなことして……!! 気が気じゃなかった!!」


 リサの顔、真っ赤だ。


「観てたんだ? 何、泣いてるの?」

「バスの中で皆で観てた!! 全世界に大河君の必死の訴えが配信されたんだよ!! 大変なことになってる!! 早く、バスに!!」

「……は?」

「いいから、こっち来て!!」


リサは、僕はに記憶を見せる隙さえ与えなかった。

 無理やり僕の手を引っ張って、バスの中に押し込んできた。


「え? 何なの?」


 よく分からないまま、バスに入る。

 ……と、入ってすぐ、ビビとグレッグ、カデルが険しい顔をして僕を出迎えた。


「あ……」


 怒られるのかと、最初は思った。

 けど、怒りの色より安堵の色が多く出てる。


「やってくれたわね……! タイガ!!」


 ビビが大きく手を上げて……、満面の笑みで僕の肩をバシンと叩いた。


「何あれ? 最高じゃない!! ノーラウェブの反応、凄いことになってるんだから!!」

「は、はぁ……」

「本っ当にさぁ! 大胆だよね。君が乱入してった時は全部終わったと思ったけど、世の中何が起きるか全然分かんないね。ヤバいよ、コレは!」


 興奮の赤と黄色をガンガン出して、ビビは熱弁した。が、何も伝わらない。

 よく見ると、グレッグもカデルも、見た事のない緩んだ顔をしている。


「こっち来て!」


 ビビは、改造されたバスの奥まで僕を引っ張った。

 バスの後ろ半分は、モニターと計測機器で埋まっている。数人のスタッフが準備している中に連れ込まれた僕は、ビビに座りなさいと指示された。渋々、近くの椅子に座ってモニターに目をやると、さっきの恥ずかしい会見が色んなパターンで映し出されていた。

 動画投稿サイトみたいのとか、SNSみたいのとか。そういうのがノーラウェブにもあるらしいことは知ってたけど、実際見るのは初めてだ。正に、そんな感じの画面が、これでもかと展開されている。


「君が乱入する前は、大した話題になってなかった。コメントも、また何かやるらしいとか、工場閉鎖させてまでやるんだねとか、そういうのばっかり。無関心なの、基本的には。塔が何言っても、教会が訴えても、市民はどこか遠いところで勝手にやってくれって思う程度だったわけ。それがね、君が乱入して来て変わった」


 揚々と、ビビは画面の一つを指さした。


「この動画、シバの後ろから君のシルエットが見えてきた辺りから、コメントが増えてる。読んでみて」

「う、うん」


 恐る恐る、コメントを読む。

 嫌だな。自分から晒し者になっておいて、後から結果突きつけられるとか、苦しさしかないんだけど……。


《誰? 髪の毛、白!》

《レグル様?》

《神の子じゃね?》


 砕けた言い方ながら、僕を見て困惑するコメントが表示されている。

 僕が知らないだけで、僕の特徴は世界中に知られてるらしい。……前回、隠し撮りされてたみたいだし。


《見た感じ、普通?》

《え、態度悪! シバ様の会見なのに!》

《本物? 思ったより小さい》

《なんだぁ、全然怖くないじゃん》


 僕をどんな化け物だと思ってんだよ。

 いや、化け物だけど。

 普段から化け物なわけないって。


《シバ様大変そう。神の子、何様のつもりなんだろ》

《常識ないよね。乱入なんて》

《うわぁ、シバ様激おこじゃん……》

《シバ様怒らせるのヤバ》

《シバ様だから耐えられた説》

《神の子まじウザ》

《何喋るの?》

《神の子って教会寄り? 塔寄り? どっちかに有利な話しかしないなら幻滅かな》


「結構キツいコメント多くて、既に心折れそうなんだけど」

「いいからいいから。読んで読んで」


 ビビが言うので、渋々画面に戻る。


《話し始めたら結構まとも?》

《教会にいるんだし、どうせ教会に有利なことだけ喋るんでしょ》

《話し方、レグル様に似てる》

《見た目だけじゃなくて、全体的に似てるよね》

《前に見た動画と雰囲気違う》

《凄く落ち着いてる》


 シバを黙らせたあと、僕がドレグ・ルゴラの話をするシーンに移ると、コメントが一変した。


《復活……? 今、復活って言った?》

《嘘だろ》

《教会側が言ってたのが本当ってこと?》

《レグル様はどうなってんの?》

《一年九ヶ月って、すぐじゃん!!》

《ヤバいヤバいヤバいヤバい》


《塔が隠してたってのがまずヤバい

神の子の話が本当なら、もっと真面目に対策考えるべきなんじゃないの

この時期にシバ様が五傑抜けたってことは、完全に詰んだってことだよね》


《限界って……、どうすんの》

《また地獄が始まる……とか……?》


 悲痛な叫びが続く。

 想定内。

 てか、本当に塔は何も喋ってなかったのかよ……。そっちの方が冗談だろって思うけど。

 まぁ、五傑の面子を考えれば、ある程度予想はできる。何も喋らなかった。何を聞かれても。そうやって回避してきたに違いない。


《日刊フラウ通信のハリル、ナイス質問》

《神の子、話うまい》

《もしかして、ラスボスがレグル様ってこと?》

《冗談。レグル様がそんなことする?》

《だけど今まで聞いた中で一番、説得力ある》

《仮にこの話が本当だとしたら、塔は無理矢理理由こじつけて教会のせいにしてたって事になるよね》

《シバ様……否定してない》

《教会の司祭も黙ってる。ホントなんだ……》


 僕がドレグ・ルゴラの復活を示唆した辺りから、風向きが少しずつ変わってくる。

 聞いてくれてる。

 思いの外、ちゃんと聞いてくれてる。


《どうすんの。ドレグ・ルゴラ倒せるの?》

《レグル様=ドレグ・ルゴラ》

《マジか。終わるんか》

《若い子は知らないと思うけど、本当に地獄だった。あんなの倒せない》

《倒す?! 本気?!》

《嘘だろ》

《え、待って。神の子って、レグル様の子どもじゃないの》

《神の子が責任取るの? 塔じゃなくて?》

《塔は何してんだよ》

《まだ子どもだよね。神の子に全部負わせるの?》

《めちゃくちゃ大事なこと、いっぱい話してる。凄い。その辺の大人達より、神の子信頼する》


「ほら、君が話していくうちに、どんどん好意的なコメントが増えてく。私達はあんまり意識してなかったけどさ、やっぱり君、“神の子”なんだよ」


 画面から目を離せない僕に、ビビは変なことを言ってきた。


「身体を張って命を懸けて世界を守ったレグル様の血を、君はしっかり引き継いでるじゃない。このところずっと君の不安定さとか竜の血のことばかりに目が行ってたけど、君はどんな状況になっても、この世界を救おうと動いてくれてた。君の真剣さが、君の誠実さがしっかりと世界に伝わってる。――分かる?」


 目が、チカチカした。

 どんどんどんどん、コメントが増えてくる。一つずつ追っていられなくなる。


《神の子もヤバいけど、レグル様もヤバい》

《本気で倒す気だ》

《自分を犠牲に出来る? 普通無理だよ》

《神の子にしか倒せないなんて残酷過ぎ》

《化け物→ドレグ・ルゴラを倒すため》

《神の子、泣いてない?》

《泣いてる』

《頑張れ》

《応援してる》

《何も出来ない。辛い》

《一人で全部やるの? 塔は? 市民部隊は? 神教騎士団は手伝ってるみたいだけど》

《負けるな》

《シバ様も泣いてる》

《司祭も泣いてるみたいに見える》

《塔の会見と全然違う。胸が、苦しくなる》

《神の子、マジ頑張って》


《ドレグ・ルゴラが強すぎなんだよ

何百年生きてるのかも分からない恐ろしい竜を、レグル様はずっとたった一人で抑え込んできたんだよね?

限界が来ても仕方ないと思う

誰も責められない》


《良い子じゃん》

《「僕だってそんなものになりたくない」

当たり前だ》


《言う程化け物か?》

《市民部隊の翼竜よりは明らかに怖いけど》

《人間を襲うって》

《襲いたくないのに襲ってるって、シバ様言ってなかった?》

《コントロール出来てないの辛い》

《化け物じゃないだろ》

《助けてやれないの?》

《頑張れ》


 我慢していた涙が、また零れ落ちた。

 頑張れ、なんて。応援してる、なんて。

 言われたこと、なかった。こんなことになってから、一度も。


《教会が凄いまともに見える。塔が散々言ってたし、悪いヤツらだと信じてた自分が恥ずかしい》

《凄いな、神の子。誰の悪口も言ってない》


《「皆仲良くして」

仲良くしろよ!!》


《頑張って!》

《負けるな》


 話が終わって僕が去ると、映像の中でハリルが声を上げた。


『神の子は、化け物なんかじゃありませんよ!』

『化け物が、そんな辛そうな顔をして世界の平和を願いますか?! あなたこそが、救世主なのではありませんか?!』


 反則技的に聞こえてくる言葉に、次々コメントが付いていく。


《救世主だろ》

《神の子こそが正義の味方》

《背中、見るのしんどい》

《頑張れ》

《頑張って》

《頑張れ!》


《ヒーローじゃん》


《絶対負けるな》

《応援するからな!》

《カッコいい。最高!》


 途中から、涙でコメントが見えなかった。


「嘘だろ……、こんなの」

「嘘だと思うでしょ。この動画だけじゃない。あっちでもこっちでも、同様の書き込みが多くなってる。君の勇気ある行動で、世界が間違いに気付いたんだ。凄いことだよ……!」


 世界が、少しずつ変わろうとしている。

 明るい方向に。


「良かった……。これが本当なら、本当に良かった。これで、安心して壊しに行ける」


 僕は両手で顔を覆って、背中を丸めた。

 声を殺して泣いた。

 決心が付いた。

 本気で、少しでも早く、地獄を終わらせなくちゃならないって。

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