9. 世界中に

 フラッシュが一層激しく焚かれた。

 息子として育てたとはいえ、シバが神の子の胸ぐらを掴んで凄んでいるだけでも、相当なスクープらしい。


『温厚なシバ様が怒ってるってことは、本当なんだ!』

『破壊竜の復活? 塔が隠してたのはこれ?!』


 様々な思いが言葉になって僕の頭に届いている。

 シバはマスコミ連中の驚きを知りつつも、なかなか僕から手を離せずにいる。


「知らないよりは知ってた方がいいよね? 何しろ、ドレグ・ルゴラの恐ろしさは僕の比じゃない。レグルが死ぬ気で抑え込んで来たのに、もう限界だなんてこと、誰も信じたくないんだから」


 シバの目は泳いでいた。


「シバ様! どういうことでしょうか?」

「教会がレグル様を幽閉している理由はやはりそれですか?!」

「また、暗黒の時代が始まるのですか?!」


 次々に質問が飛び交っている。

 最初から全部晒けだしておけば、こんなことにはならなかったのに。

 僕はシバの手を掴んで引き剥がし、胸元を直してマスコミ連中の方に向き直った。

 そっと右手をかざし、左手の人差し指を立てて口元に当て、静かに、と目で合図。

 態度を変えた僕に、マスコミの連中は息を呑んだ。途端にどよめきがスッと収まり、僕に注目が集まった。


「静かにしてくれてありがとう」


 と小さく言ってから、僕は話を続けた。


「レグルに限界が近づいてる。破壊竜ドレグ・ルゴラがその身を蝕もうとしてるのを、レグルは今、必死に抑えてるんだ。あの巨大で恐ろしい白い竜が復活したらどうなるか。レグルの民はよく知ってるはずだ。何の前兆もなく突然現れては全てを焼き尽くし、人間共を丸呑みする。あいつは自分の欲望の赴くまま、破壊の限りを尽くそうとする。――三年前、僕はレグルに会った。かの竜ドレグ・ルゴラを倒せるのは、同じ白い竜である僕だけだと、レグルは言った。だけど残念ながら、僕はまだまだ経験も浅くて弱過ぎた。レグルは怒った。かの竜を止めるために、どうしても僕に強くなって貰わなくちゃならない。しかも、大急ぎで。……けど、あいつはもう自分の中のドレグ・ルゴラを抑えるので精一杯で、ゆっくり僕に構ってらんなかった。そこでレグルは、地面に杭を打ったんだ。杭っていうのはつまり……、あそこに見える、竜石製の柱のこと。レグルはあの中に暗黒魔法を詰め込んで、僕に壊せと言った。僕が、ドレグ・ルゴラに匹敵する程まで強くなれるよう、レグルは僕の中に眠る白い竜の力を段階的に目覚めさせようとしてるんだよ。杭の中には、暗黒魔法と共に白い竜の記憶と力が詰まってる。僕は杭を壊す度にその力を手に入れる。全ては、ドレグ・ルゴラの復活を阻止するため。つまりさ、ハリルの質問に戻るけど、あの杭……石柱は、レグルの仕業ってこと。シバはレグルの親友だから、庇って変な言い方してたみたいだけどね」


 話し終えて、チラリとシバを見ると、「全部話しやがったな」と頭を抱えていた。

 突拍子もない話に、マスコミ連中はフラッシュを焚くのも、声を上げるのも忘れて呆然としているようだった。

 当然だ。

 レグルはこの世界で神も同然の存在にまで成り上がっていた。なのに、あんな邪悪な杭を打った。そんなこと、にわかに信じられる筈がない。けれどこれで、教会がレグルを警戒していたことに、急に信憑性が出てきたはずだ。

 今までの常識が覆ろうとしてる。

 マスコミ連中は互いに顔を見合ったり、内容を確認し合ったりしているようだ。


「神の子は……まさか、れ、レグル様を、倒そうと……?」


 マスコミの誰かが言った。

 僕はこくりと頷き返した。


「レグルがドレグ・ルゴラとして復活して世界を壊す前に、僕がレグルを倒す。元々僕は、そのために作られた。レグルは随分前から、こうなる未来を見越してたんだ。……あいつは優しいから、大切なレグルノーラを自分が壊すようなことになったら大変だと思ったんだよ。必死に守り続けてきた世界や、そこに生きる人間達が泣いたり、苦しんだりするのを黙って見ていられない。自分が破壊竜そのものになってしまうようなら、いっそ殺して欲しいと、レグルは考えた。僕には、あいつの気持ち、痛いくらい分かるんだ。僕にしかあいつを止められない。あいつは僕に止めてもらいたい。自分の命なんかよりずっとずっと大切な物を守り抜く為に、手段なんか選んでらんないんだ。レグルは実の親だし、大事に育てて貰ったのも、何となく覚えてる。当然、最初は躊躇した。けど、僕がやらなきゃ世界は終わるんだよ。そんなの、嫌じゃないか。やるしかない。それしか方法がないんだ。僕は、ドレグ・ルゴラを倒す力を手に入れる為に、杭を壊し続けてる。……ただ、断っておきたいのは、僕の中の白い竜の力というのが、……要するに、人間から見たら、物凄く邪悪で凶暴的だってこと。力を得る度に化け物になる可能性を孕んでる。自分で制御出来ないくらい強い力だったから、教会と協力者の皆さんの力を借りて、必死に抑えてきたんだ。教会は、僕を幽閉してたんじゃない。拉致もしてない。僕が、人間を襲わないように守ってくれてた。誤解しないであげて欲しい」


 シバとウォルターがハラハラするなか、僕は言いたいことをぶちまけた。

 レグルとドレグ・ルゴラの関係について、レグル人達が認識していることを踏まえつつ、本当のことをちゃんと話した。

 タイムリミットが訪れたら大地が裂けるとか、儀式の話とか、そういうめんどくさいのは綺麗に避けたつもり。

 レグルの名誉も、シバや教会の立場も守ったはずだ。

 ……ちゃんと伝わっているだろうか。

 僕は、周囲にいるマスコミ関係者の顔をひとつひとつ見ながら確認する。動揺して、困惑してる。けれど、少しは納得してくれているようだ。


「レグル様は、世界の為にその身を犠牲にすると、そういうことでしょうか……?」


 ナイトニュースの記者が声を上げた。


「その認識で合ってるよ。レグルは常にそう考えてた。僕も、そう考えてる」

「か、神の子も、もしかしたら、もう一匹の破壊竜に、なんてことは……」

「そうならないように頑張ってる。……頑張ってるけど、白い竜の血には逆らえないから、もしかしたら似たようなものになってしまうかも知れない。分かんない。時々暴走するのは……、ごめん、どうにかしたい。ただでさえ、白い竜は怖いだろうし、見たくないだろうと思う。けど、どうにもならないんだ。出来るなら、レグルノーラに暮らす皆に、もっと話したいこともあるし、分かってもらいたいこともある。難しいね。短時間で全部話すのは。――ウォルターとシバの会見なのに、無理やり割って入ってごめんなさい。もしかしたら、僕がこうやって部外者に話せる機会、最初で最後かも知んないから、焦っちゃって。どう? 他に聞きたいことある?」


 ゆっくりとマスコミ連中ひとりひとりの顔を眺める。

 こんだけ色々話したんだ。

 もっと気になること、言いたいこと、あるに違いないと思っていたのに。


「……どう、したの? しんみりして」


 シバをガンガン質問攻めにしていたハリルも、ナイトニュースの記者も、急に何も喋らなくなった。

 絶句してる。

 何だよ。どうなってんだ。

 シバは背中を向けて困惑の色を出してるし、ウォルターは顔を手で隠して俯いている。

 目を見せないから、単純に思考も読めないわけで。


「な……、何でも聞いてって言ったじゃん! 喋るよ、今なら。……でも、杭を壊した後は無理かな。一本壊すごとに、僕はどんどん破壊竜そのものに近づいてくみたいだからさ。今日は竜にならないで杭を壊すつもりだけど、壊した後、暗黒魔法を浴びたらどうなるのか、自信がない。竜に、なってしまうかも知れない。竜になると、喋れなくなるんだ。まあ、竜っていうより、化け物になるって言った方がいいのかも。見た目……、かなり酷いんでしょ? 僕は見たことないから分かんないけどさ。そりゃあ僕だってそんなものになりたくはないけど、レグルを止めるためだから。分かって欲しい。……って、あはは。無理だよね。いいんだ。気にしないで。あとは僕が何とかするから。どうにか、皆が普通の暮らしを続けられるよう、足掻いてみるよ。まずは杭を壊す。平野部にある杭は、近いうちに全部壊す。そしたら、魔物に怯えなくても良くなるし、さっさと終わらせれば、僕の恐ろしい姿も見せずに済むようになるからね。理由はともかくとして、レグルが打った杭のせいで、皆がこれ以上苦しむのは耐えられない。白い竜の化け物に世界を救いたいなんて言われても、きっと誰も信じないだろうと思うけど、それでも、どうしても伝えたかったんだ」


 世界中に中継……、だっけ。

 晒せばいい。

 たったひとりで世界の平和を背負い込んだ救世主の末路とか。

 神の化身を閉じ込めた悪者として貶され続けた教会の真意とか。

 神の子が絶望の中で必死に立っているだけの少年だったとか。

 嫌われ者の白い竜が、世界を救わなきゃならない矛盾とか。

 ……晒して、少しでも何かが変われば、なんて。

 無理か。


「喋り過ぎた。ごめん」


 僕は何だか虚しいような、モヤモヤとした、変な気持ちになっていた。

 隣接する工場の、パイプの重なりを見て気を紛らわせようとした。

 馬鹿みたいだ。

 誰にも理解されないって分かってるくせに、いっぱい勝手に喋りまくって。

 これじゃ、ただのピエロじゃん。


「話、聞いてくれてありがとうございました。ずっと、地下に閉じこもってたから、つい、喋りたくなって。――教会も、シバも、塔も、それぞれ立場があって、僕のことやレグルのことで、皆に心配かけたくなくて、色々誤魔化したり、隠したりしてきただけなんだよ。最初から、正直に喋りゃ良かったのに。争いなんて、最初はくだらないプライドのぶつかり合いとか、意見の相違から起きるわけでしょ。互いに思いやれば大した事にならずに済んだのに。……あれ、話が変な方向行っちゃった。おかしいな。単純に、皆仲良くしてって言いたいんだ。苦しみとか、悲しみとか、辛いとか、逃げたいとか、そういうのはさ、白い竜として生まれた僕が、全部背負うから。長く、なっちゃった。ごめん。これから、杭を壊す。最後にいっぱい喋れて、聞いてもらえて良かった」


 絞るように出した、最後の言葉。

 僕は、マスコミ連中の反応を見ずに深く一礼した。無言で振り返り、急いでウォルターとシバの間を抜ける。


「神の子は、化け物なんかじゃありませんよ!」


 杭に向かって歩く僕の背中に届くくらいの大声で、ハリルが叫んだ。

 僕は一瞬、足を止めた。


「化け物が、そんな辛そうな顔をして世界の平和を願いますか?! あなたこそが、救世主なのではありませんか?!」


 僕は、何も言えなかった。

 振り返らずに、右手を軽く上げて、聞こえてるとだけ合図した。

 違うよ、ハリル。

 僕はさしずめ唯一の白い竜。

 救世主は、あくまで凌なんだ。

 ……なんて。

 本当は言いたかったけど、あいにく涙で濡らした顔なんかマスコミには見られたくないから、僕は足早にレンとフィルのいる、杭のそばに向かって歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る