8. 全部話す

「塔にはだいぶお世話になりました。五傑に選ばれる前、先代塔の魔女ディアナ様の時代から塔と縁があったのは、皆様ご存知の通り、私がかつて救世主と共にかの竜と戦ったからにほかなりません。救世主、のちにレグルと呼ばれた彼は私の親友であり、大切な仲間です。当然、その息子である神の子とも縁がありました。神の子は、ご推察の通り、私がリアレイトで自分の息子として育てました。教会と世間から身を隠すためです」


 マスコミの連中がざわめいた。

 一層多くのフラッシュが焚かれ、辺りが明るくなる。


「シバ様が神の子を匿っていた事は、塔では周知の事実だったと?」


 と、ハリル。


「いいえ。このことは、塔の魔女ローラ様と五傑しか知りませんでした。決して口外せぬように、私達は細心の注意を払いました。結果、皆様に多大なるご心配をお掛けしたこと、申し訳なく思っています。今回五傑を降りたのは、私が神の子を匿う必要がなくなったため。そもそも私が五傑に選ばれたのは、神の子を保護することになったからです。レグルの推薦でした。役目が終わったのですから、退いたという訳です。五傑内での不仲説についてですが、あくまで育った世界、考え方の違いによる齟齬があったに過ぎません。この点についても、誤解を与えてしまったこと、お詫びしなければなりませんね。また、私が今、教会に協力している理由に関しましては、息子として育てた神の子を、そばで支えたい気持ちからです。私も人の親ですから、教会に捕らわれていた神の子を取り戻したいと奔走しました。 先日、司祭から説明があった通り、拉致は誤解であり本人の意思であったこと、教会が神の子の力をしっかり抑えてくれていたと知り、和解致しました。ご心配おかけしました」


 ひとしきりシバが話し終えると、また手が上がる。


「ノーラTVナイトニュースから質問です。シバ様は、神の子が白い竜であることをご存知だったのでしょうか。破壊竜をその身に封印、同化したレグル様は確かに白い半竜でした。先代塔の魔女ディアナ様始め、現塔の魔女ローラ様も、レグル様を古代神レグルの化身であるとご認識しているご様子。我々レグルの民も皆、レグル様の神々しさ、清廉さ、優しさに救われてきました。しかし一方でその血を引く神の子は、あまりにも破壊竜に似過ぎているように思えるのですが、いかがでしょう? リアレイトに竜は存在しないと聞きます。神の子は幼い頃から白い竜であったのかどうか。そうだとしたなら、リアレイトでシバ様はどうやって神の子を匿ってらっしゃったのか。確か、神の子は三年前、魔法学校を襲撃しましたね? 凶暴性はいつ発現したのでしょう。もっと詳しいお話を伺うことは出来ませんか?」


 質問が僕に及んだ。

 まぁ、そりゃ知りたいよな。

 僕は遠目にシバを見ながら、じっと耳を傾ける。


「ご質問ありがとうございます。まず、神の子が白い竜に変化へんげ出来るなど、私は一切・・知りませんでした」


 シバは、“一切”の部分をことさらに強調した。


「神の子の力はレグルによって強力に封印されており、リアレイトでは全く普通のリアレイト人として育ちました。成長と共に封印が解け、干渉することを覚え、白い竜に変化するようになったのです。かの破壊竜に似ているかという点については、血が繋がっているのですから、似るでしょう。何しろ、レグルの半分は、かの竜なのです。凶暴性について……、私は特に、神の子にそのようなものは感じません。そもそも神の子は人間として育ちましたから、突然竜に変化出来るようになった事で混乱し、そのように見える動きをしてしまったのではないかと考えています。本人には人間を襲う意思がなくても、傷付けてしまう。三年前の魔法学校の事件も、本人が意図せず竜化してあのような事態になったのだと聞いています。本当に申し訳なく思っています。結果、多くの人に恐怖を与えることになってしまいました。皆様方レグルの民にとって、白い竜はかの竜を連想させる恐ろしい存在なのだということは重々承知しています。ですが、それを理由に、神の子も当然恐ろしいのだと、彼の事情も知らないうちから決めつけてしまってはいないでしょうか。偏見は歪みを生みます。神の子は今まさに、世界を破滅から救おうとしているのですから、どうか見守ってはくださいませんでしょうか」


「つまりシバ様は、神の子の破壊行為はある程度許容すべきだと仰りたいのですね?」


 ナイトニュースの記者が、言質を取ろうとする。

 シバは横に首を振り、怒りを抑えるように言った。


「許容など。ただ、あの小さな身体に、白い竜の強大な力を押し込めていることを考えて、事を進めるべきだとは考えています」

「シバ様はリアレイトの干渉者ですから、レグルノーラで何か起きても直ぐに退避出来るかも知れません。ですが、我々レグル人には逃げ道がないのですよ。本当に、お分かりですか?」


 ナイトニュースの記者は引き下がらない。

 見ていてイライラする。


「ちょっと行ってくる」


 僕はレンに声を掛けて、そのままズンズンとシバの方に歩き出した。

 規制線の少し内側、急ごしらえの会見場に、五十人近くのマスコミがぎゅうぎゅうに集まっている。


「私がリアレイト人の干渉者であることと、この世界のことをどれだけ本気に思っているかは、イコールではありませんよ」


 シバの会見は続く。

 剥き出しの配管が這う壁の合間を抜け、僕はその背中に向かって歩いていく。


「しかし、現に塔の五傑を降りましたよね? つまりシバ様は責任ある立場から逃れたわけです。一体全体、教会と何を企んでらっしゃっるのですか?」

「企むなど。教会は潔白です。誤解だったのです」

「潔白でしょうか? 神の子は邪悪で、まるで破壊竜そのものに近づいているように見えます。事実、神の子は人間を襲いましたよね? それでも潔白だと」

「神の子は、人間を襲いたくて襲った訳ではないのです。ご理解いただきたいと願っても、それは簡単ではないのでしょうね。ですから、態度で示すしかないのだと思います。神の子が今後どう動くか、注視いただければ」


 シバは苦戦してる。

 僕はなるべく気配を消して、マスコミの人だかりの中に侵入した。


「え? あれ? タイガ!!」


 作業に夢中だったレンが僕に気付いた時には、残念ながら僕はもう既にシバのすぐ近くまで来ていた。

 ウォルターの前を通り、シバの左隣に出る。


「か、神の子!」


 マスコミの誰かの声で、ウォルターとシバは僕に気付いた。


「タイガ! 何故ここに」

「何をしてる。大河、準備に戻れ」


 マスコミの連中は慌てて数歩下がったり、変な声を出したりしている。

 そいつらがみんな一斉に不安の紫や警戒の赤や黄色を出しまくっていて、それはそれで面白い光景だった。


「僕が答えるよ。僕のことを知りたいんでしょ?」

「大河、戻れ。会見中だぞ」


 シバがムッとして、僕を後ろに戻そうとした。

 その手を、僕は止めた。


「いいよ、シバ。僕はいつでも準備オッケーだから。それに、みんな興味津々だ。洗いざらい全部答えて欲しいんだよね? えっと……、日刊フラウ通信のハリルだっけ。いいよ、答えるよ」


 僕に名前を呼ばれ、ハリルは警戒の赤を強く出した。


「他の皆さんも、遠慮せず色々聞いてください。塔も、ウォルターもシバも答えられないこと、幾らでも答えるから」

「大河! いい加減にしなさい。話をややこしくするな」


 シバは相当イライラしている。

 だけど僕は無視した。


「何から喋ればいい? 何、遠慮してんの? やだなぁ。急に黙らなくてもいいのに」


 それまでガンガン質問を投げまくっていたマスコミの連中は、葬式に来たみたいに何も喋らなくなった。


「で、では神の子」


 手を上げたのはハリルだった。


「お名前をお出し頂き、恐縮です……。ひ、ひとつ、お聞きします。あの石柱は一体何なのです? 先日、司祭より石柱についてご説明いただきましたが、 正直、腑に落ちないことばかりで……。神の子ならば、教えてくださいますか?」

「質問ありがとう」


 僕は軽く礼を言った。

 ハリルはまだ胸をバクバクさせていて、ハンカチで額をやたらと拭っている。

 他の連中は、初めてのインタビューで僕が何を語るのか、注目しているようだった。

 カメラとマイクが全部僕に向く。

 僕は小さく笑ってから、ゆっくり話しを始めた。


「初めに謝っておきます。僕が眠っている間に、教会がなんて説明して、塔がなんて誤魔化してたのかは知らないから、もしかしたら、僕が話すことに衝撃を受けるかも知れないこと。世の中の何を信じたらいいのか分からなくなるかも知れないこと。それでも、知らない事の方が辛いのだと感じる人は聞けばいいし、知らない方がいいと思う人は、聞かなければいい。――忠告はしたよ?」

「大河、やめなさい」


 シバはまた僕の話を遮ろうとした。

 僕はシバを睨みつけた。


「やめない。なんで隠すんだ。何を守ろうとしてるの、シバ。あいつを庇って誤魔化して、なんの解決になるんだ。いい加減、世間は知るべきだろ。レグルはもう、皆の知るレグルじゃない。封印はあと一年九ヶ月で解けてしまう。あいつの身体はもう時期、完全にドレグ・ルゴラに乗っ取られる。破壊竜が復活しようとしてるってことを、今すぐにでも世界じゅうに知らせないと!!」


 ザワッと声が上がる。

 恐怖と絶望の色が辺り一面に広がっていく。


「ど、ドレグ・ルゴラ……!」

「かの竜が、まさか!!」


 パシャパシャと、激しくフラッシュが焚かれ、視界が真っ白になった。


「か、神の子、ご冗談を……」


 顔を引き攣らせたハリルがそう零した直後、シバが僕の胸ぐらを掴んだ。


「大河、いい加減にしろ。不安を煽るな。何でもかんでも言えばいいって問題じゃない」

「――シバ様! 神の子が言ったことは本当なんですね?!」


 マスコミ側から声が上がった。


「かの竜が復活? まさか!!」

「世界が終わる日が近づいているということですか?!」

「レグル様は、レグル様は今どうなさって!」


 シバは僕の胸ぐらを掴んだまま、ギリリと歯を食いしばった。


「よくも……、よくも言ってくれたな、大河。この会見はレグルノーラ中にリアルタイム配信されてる。発言は取り消せない」

「知ってる。だから言ったんだよ」


 嗤う僕に、シバは目を見開いた。

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