7. 曇天に臨む

 森の外にある杭の中で、古代神教会が最後まで把握出来なかったのが、フラウ地区工業地域の杭だった。

 工場群はほぼ塔の管轄下にある。地区内には居住区が殆どないため、教会も修道会も感知していなかった場所だ。一番近い教会施設からも、杭は見えない。

 塔は早くから杭の位置を把握していたようだ。市民部隊がその警備にあたり、僕が二本目の杭を壊すまで、その存在は秘密だったらしい。


「この辺には、工業用竜石の採掘場が点在してるんだ。仮に教会側に情報開示して管理を移譲した場合、工業製品に欠かせない竜石の採掘に支障が出る恐れがあった。それもあって、ここの竜石柱はずっと、塔が管理していた訳だ」


 シバの解説に、なるほどねと小さく頷いた。

 そもそも二つの組織が睨み合っていなければ、なんて言えなかった。原因のひとつは僕にあったからだ。

 どうにか塔は教会のやり方に賛同してくれるようにはなった。しかしそれは単に、僕が塔には従わない、一筋縄でどうにかなるようなヤツじゃなかったと塔側が折れたからに他ならない。本当なら、もっとしっかり連携して欲しいところだけど。


「周囲は工場。危険な場所もたくさんある。この中に立てられた杭が恐らく、平野部の最難関だろう」


 今日は曇天。生温い風が頬を撫でる。

 僕は工場群の間に聳え立つ杭を見上げた。

 他の杭とは違って、周囲から見えづらいのは、事前に資料で確認した通りだ。巨大な掘削機やクレーン、工場の複雑な建物が、ていよく杭を隠している。

 採掘した竜石を粉砕、加工する工場が左右に並ぶ道を抜け、僕とシバは杭に向かって歩いていく。


「規制線から内側には誰も入らないよう、市民部隊が目を光らせているはすだが……」


 現場が近くなってくると、人影が多くなってくる。

 従業員や関係者は既に避難、又は立ち入り禁止により近付けないことになってると聞いていたんだけど。


「マスコミか」


 シバが警戒色を出した。

 報道カメラに向かって喋ってるアナウンサーが遠くに見えた。カメラ片手の報道記者もあちこちに潜伏してるし、ドローンも何機か飛んでる。この分だと、エアバイクやエアカーで上空からリアルタイム配信って事もありそうだ。

 協議会場の時と何ら変わらない。

 いや、あの時よりずっと数が多い気がする。


「人間が多いのは困る」


 僕はため息をついた。


「……塔はわざとマスコミを呼んでるんだ。教会との関係は良好だとか、神の子の現状は常に塔が把握してるってことをアピールしたいんだろう。大河お前、本当に竜にならずに壊せるのか」


 改めてシバに言われ、僕は深く頷いた。


「やるしかない」

「……随分中途半端な答えだな」

「やったことがないから、そう答えるしかないだけだよ」


 僕らは周囲に構わず、ずんずん進んだ。

 シバと連れだって、しかも今回はフードも被らずに現場まで転移魔法で飛んできた。

 塔の五傑だったシバは長身の金髪イケメンと評判が高く、一般市民にも人気だったとは聞いていた。それもあってか、僕らに気付いたマスコミが数社、ギリギリまで寄ってきて、やたらマイクとカメラを向けてくる。


「シバ様、隣にいるのは神の子では?!」

「五傑を抜けたのは、神の子が関係しているという話でしたが」

「シバ様は今、教会側に付いているというのは本当でしょうか」


 シバはチラチラとマイクの方に顔を向けては、ニッと口角を上げ、手を振って躱していた。なるほど、面倒くさいマスコミは相手にするなというお手本か。

 感心していると、


「神の子からも一言お願いします!」

「今日も竜の姿になるのでしょうか」

「前回、突然人間を襲った経緯をお話ください!」


 僕の方にも質問が飛んできた。

 シバに習い、僕もニッと口角を上げてみせる。

 その瞬間、恐怖の色がぶわっと辺りに広がってしまう。


『き、牙が見える』

『何て顔だ……!』

『絶対何人か殺してる』

『シバ様はあんな恐ろしいのと一緒で平気なの?』


 マスコミのヤツらは実に失礼だった。

 ……シバの時と、なんか反応が違うんだけど。

 無言で進み、規制線の中に入ってマスコミを振り切った。

 杭まで半径三百メートルくらいのところに張られた規制線。その周辺を、市民部隊が警備している。警備兵に軽く挨拶を交わしたあとで杭の近くまで寄っていくと、仮置きされた作業台の付近に、レンとフィルがいた。二人はこちらに気付いて、軽く手を上げた。


「おはよう、シバ、タイガ。二号の調整、もう少しなんだ。タイガは先に、フィルからメディカルチェックして貰って。シバ、司祭と塔のロイスが呼んでたよ。一緒に、マスコミ対応のことで話があるって」


 レンに言われ、シバは分かったと、ウォルターのいる方へ歩いて行った。


「マスコミ対応?」


 折りたたみ椅子と簡易テーブルを広げた場所で、フィルが簡単な診察をしてくれる。

 僕は服をめくったり、数値のチェックを受けたりしながら、フィルに疑問を投げかけた。


「あっちこっちにいたの、タイガも見ただろ? 色々面倒くさいから、一カ所に纏めて会見でもした方がいいんじゃないかとか何とか」

「僕らが知ってる現実と、世間に公表してる内容が違うからでしょ。全部話ゃいいのに」

「それが出来たらね。石柱については、ドレグ・ルゴラの仕業ってことにはなってるけど、それだって、世間は懐疑的だ。そもそも、レグル様を幽閉してる理由を公開出来ない限り、ずっと教会は悪者のまんまだからな」

「……釈然としない」

「それは俺もだよ。無理やりではあったけれど、塔は味方に付いた。けど、民衆は? このままじゃ、君は単なる見世物だ。こんなに命を懸けてるってのに」


 シバが行った方を見ると、ウォルターとロイスと三人で、何やら話し合いをしていた。時折困ったように頭をかいたり、首を傾げたりしているのが見えた。


「体調は良好。……数値、リサの魔法がなくても安定して抑えられるようになったな」

「まぁね。で、リサは?」

「来てるよ。イザベラとグレッグと一緒に、市民部隊と打ち合わせ中。竜化後、君がどうなるのか分からないから、どう連携するかの最終打ち合わせ」


 ……なるほど。

 杭を壊すのは僕だけど、他の連中は壊した後からが本番だから。


「タイガ! 診察終わったらこっち!」


 と、今度はレン。

 僕は急いで服を直して席を立った。

 作業台には、すっかり整備を終えたタイガ二号が置かれていた。

 タブレットを立ち上げると、レンは起動させた二号の前方を僕に向けた。


「あ~、ホントだ。凄い。フィルの言うとおり、数値はだいぶ低い。どうやって抑えてる分からないけど、これは凄い。普通の人間と殆ど変わりないところまで力を抑えられるようになったんだ?」

「まぁね。記憶の中であいつ、ずっと人間の姿なんだ。周囲の人間からも正体がバレてなかったから、真似してみた」

「へぇ。白い竜の記憶も役に立つじゃん。機能チェックするからそのまま待ってろよ。ええと……」


 機能を一つずつ確かめながら、レンはぶつぶつ独りごちている。

 今回は制御装置も兼ねている二号だが、可能なら、その機能は使わずに終えたいところだ。

 ふと顔を上げると、シバ達のいた辺りにマスコミ関係者が集まっていた。マイクやカメラ片手に、ウォルターとシバを取り囲んでいるようだ。


「作戦開始前に少しだけ時間を取ります。恐らく作戦開始後はこちら側に余裕がありません。危険を伴いますから、会見が終わり次第、報道関係者の方は規制線の外側から取材していただきますよう、よろしくお願いします」


 ウォルターがマイクに向かって喋っている。


「質問のある方は」


 直ぐに手が上がった。


「ノーラウェブニュースです。前回までの反省を踏まえ、今回は塔や市民部隊と協力して作戦を行っていると伺いましたが、敵対していた組織同士での連携に不安はありませんか。しかもフラウ工業地域のど真ん中。場合によってはかなりの被害が出ると思われます。前回までのように、神の子が白い竜の姿になってしまうようだと、相当の危険が伴うと思われますが」

「ご質問ありがとうございます。連携は上手く出来ています。組織上層部に考え方の違いはあれど、我々は皆、レグルの民。世界を救いたい気持ちは一緒です。出来るだけ被害も最小限に留めたいと考えています。今回、神の子もそうした我々の思いを汲んで、竜にはならずに石柱を破壊することとなりました。成功すれば、工場群に被害は及ばないでしょう」

「司祭! 是非シバ様にお話を伺いたいのですが!!」


 年配の男性が一際高く手を挙げた。


「日刊フラウ通信のハリルです。シバ様が司祭の後方で待機なさっているということは、取材可能なのだと解釈しますが、宜しいですね?」


 ハリルの質問を受け、シバが前に出た。


「ええ、勿論。こちらこそ、私に発言の機会を与えてくださりありがとうございます。大抵の事にはお答えしますよ」


 シバは余所行き用の言い方をした。


「ありがとうございます。ではシバ様。この度、塔の五傑を降りた理由と、神の子との関係、それから、何故教会側に加担しているのか、市民への説明を求めます。……五傑の中でたった一人のリアレイト人。他の四人とは上手くいっていなかったという噂もありました。シバ様は、レグル様が救世主として世界を救われた時のお仲間でしたね? となると、神の子とも深く関わっていらっしゃったはず。おかしいんですよねぇ。神の子が現れた途端に、お辞めになるなんて。もしや、何かしらの事情がおありなのでしょうか? 噂では、シバ様自身が神の子を匿ってらっしゃったとか? どうも色々と、塔には隠し事が多い。今は塔とは無関係なのですし? そろそろ全部お話し頂けるのでは?」


 ……なんだあいつ。

 挑発的な言い方しやがって。


「レン。塔ってもしかして、嫌われてる?」


 会見横目に、レンに聞いた。


「さぁね。権力が嫌いなヤツはどこの世界にもいるだろ? ……でもまあ、ディアナ様の時代よりは嫌われてるかな。五傑の力が強過ぎるし、隠蔽体質がね……」


 レンは興味なさげだ。

 つまり、想定内の質問ってことか。


「そうですね、お話してもいい頃だとは思います。ただ、私が話すことによって名誉を傷付けられる人がいてはなりません。そこは、名言を避けさせていただきます」

「さすがはシバ様。たとえ五傑をお辞めになっても、相手への気配りは欠かしませんね。では、この機会にお話しいただきましょうか。洗いざらい、――全部!!」


 シバに向けて、シャッターが一斉に切られた。大量のフラッシュが焚かれた中で、シバはあくまで冷静に話し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る