6. 市民部隊

 あちこちで、“ドレグ・ルゴラ”の名前を聞くようになる。

 元は神の化身として大地に降り立った白い半竜を指すらしい。

 いつだったか、グラントに聞いたことがあった。キラキラと美しい色に光る鱗を持った、半分竜で半分人間の神の話。恐らくそれが“ドレグ・ルゴラ”。

 神の化身ならば神々しいはずだ。

 禍々しいと恐れられる人食い竜が、神の化身であるはずなんてないんだから。











 武装した兵士を、街中で見かけるようになった。どこかで戦争でもおっ始めるのだろうか。頑丈な鎧に身を包み、大きな剣を背負った彼らは、世界各地から集められ、金で雇われた猛者達だと言う。

 相変わらず、勝手に僕を神の化身だと賛辞する妙なヤツらがあちこちで変な噂を立てているし、街で売られている新聞とかいう物には、この世を終わらせようとする恐ろしい白い竜の話が書いてあった。

 文字を読める人間は殆どいないが、それでも新聞が売れているのは、絵が描かれているからだ。

 凄まじい形相の、全身棘だらけの竜の絵。目をギラギラさせて、口から炎を吐き、両手に人間を鷲掴みにしている。なかなか似ているんじゃないかと思った。見た事はないけれど、僕の本性はまぁ、こんな感じだ。恐怖に耐え、よく観察したものだとこの絵を描いた画家を褒めてやりたい。


『ブラン、君は手を挙げないのか?』


 酒場の一角で新聞を眺めていた僕に、一人の剣士が話しかけてきた。


『何の話だ』

『なんだ、知らないのか。ギルドにも張り紙があった。塔の主導で市民部隊を結成するって話だよ。給金たんまり出すらしくて、世界じゅうから腕に覚えのあるヤツらが集まってんだよ』

『へぇ。塔の魔女も三代目ともなれば、面白いことを始めるもんだな』

『ここ数十年、白い竜が酷いからな。森の魔物よりずっとタチが悪い。部隊でも編成しなきゃ倒せないって判断だろう』


 白い竜……?

 待てよ。標的は僕か。


『塔は、本格的に白い竜を倒すつもりなのか?』

『みたいだぜ。三代目塔の魔女ミリア様は強気だ。白い竜をぶっ倒して、民衆を守ろうとなさっている。物凄く美人だって話だしな。支持率高い訳だ』


 リサの死から程なくして就任した二代目も、半年程前に死んだ。新聞によれば、魔力を使い過ぎたための衰弱死。リサよりは長く即位していたが、人間の寿命に比べれば遥かに短い人生だった。

 二代目とは接点もなかった。

 僕が好き勝手暴れるのを、どこか放置しているような、関わりあいたくないような感じだったのかも知れない。

 三代目のミリアというのが、数ヶ月前に就任した新しい塔の魔女。彼女は明らかに僕を敵対視しているようだ。

 面白い。

 市民部隊とやらがどんなものか、興味もある。


『面白そうだ。僕も参加するよ。どこに行ったらいい?』











 市民部隊には、剣士の他に、弓兵や僧兵も多く参加していた。更に、塔には魔法使いや魔女も多く集まっているらしい。

 なるほど、得体の知れない白い竜を人間の力で倒すには、それ相応の兵力が必要だと判断したのか。


『お前がブランか。かなりの手練れらしいな』


 部隊参加のため、求められるままにサインした時に、受付の男が僕の名を見て言ったのだ。

 男はニヤニヤと、何か含みを持たせたような嫌な笑い方をした。


『どうかな。ただの賞金稼ぎだよ』


 ギルドに登録するために、適当に名乗るのも慣れてきた。人間の姿をしている時は、名前がないと不便なのだ。


『稀代の魔法剣士ブランが参戦するとなれば、白い竜狩りも成功だな。期待してるぜ』

『それはどうも』


 僕はそうやって、素知らぬ振りをして市民部隊に紛れ込んだ。











 部隊は荒くれ者の集まりで、まるで統率が取れていないように見えた。

 それでも、白い竜の恐怖から解放されたいという強い思いは共通のようだ。

 塔から随分と離れた村が、市民部隊の本拠地だった。戦闘時に市民を巻き添えにしないよう配慮しているらしい。

 市民部隊には竜騎兵がいた。そこで、飼われた翼竜を初めて見た。二階建ての建物よりは少し大きい。首が長く、背中に人を乗せるための鞍を付けている。


『あいつらは、人間と契約しているのか?』

『ええそうです。お陰で翼竜達は人間に従順ですよ』


 竜騎兵の一人が言った。

 なるほど、そういう生き方を選んだ竜がいるのは聞いていたが、これが。


『あいつらも、人間達と一緒に白い竜狩りに?』

『ええ、その予定です』

『竜は自分より強い者には逆らわない。それでも、大丈夫なのか』


『契約を交わした人間と竜の絆は、恐怖に勝ります。必ずや成果を見せてくれるでしょう』


 そいつは面白い。

 太い木に繋がれた翼竜達の方に近付いてみた。

 竜はさすがに敏感だ。人間とは違い、僕がどんなに気配を誤魔化していても、正体を見破ってしまうらしい。

 警戒するように唸り、尾を怒らせて身構える翼竜達は、僕の育った森の竜達とは違い、明確に言葉を操ったりはしないようだ。それでも、全身で人間達に危険を知らせようとしている。

 突然様子がおかしくなった翼竜達に、竜騎兵達はあたふたしていた。それがまた、滑稽だった。











 作戦まで数日というある日の朝、宿屋から出たところを、兵に囲まれる。皆一様に武器を構え、僕に刃を向けている。

 その中には、同じ隊に所属することになったヤツや、同じ宿で過ごしていたヤツも含まれている。


『何事だ? 揃いも揃って』


 何が起きているのか、何をしようとしているのかなんて、言われなくても分かっていた。

 要するに僕を、白い竜を狩りに来たのだ。


『ブラン、大人しく殺されてくれ』


 僕を市民部隊に誘った男が震えた声で訴えた。


『白い髪の男がいたら警戒するようにと、ミリア様が仰ったのだ。お前が白い竜“ドレグ・ルゴラ”であることも、ミリア様は見抜いておられた。許す訳にはいかない。これまでどれだけの人間が犠牲になってきたか……。この恐怖を終わらせる為に、我々は立ち上がったのだ!!』


 市民部隊の隊長の男が拳を上げた。

 人間共も次々に拳を上げ、雄叫びを上げた。

 村は、異常な光景だった。

 そうか。

 本格的に、人間共は僕を。


『フフ……ッ。そいつは面白い冗談だな。恐怖は終わらない。増幅されるだけだ。非力な人間がどれだけ束になってかかってきても何の意味もないことを思い知らされるだけだというのに』


 僕は高笑いした。

 くだらない。実にくだらない。

 一気に白い竜の姿を晒す。

 白日の下、巨大な白い竜が町を壊し、人間を貪り食う姿を、この日多くの人間達が見ていた――。











      ・・・・・











「ウォゥエェエッ!!」


 最悪の寝起きだ。

 口の中がチクチクしたし、血と肉の味がこってりと残っている。

 あの白い竜め、魔力の高い人間を選んで食っていた。防具は硬くて食いづらかったし、武器は喉に刺さるのに、関係なく丸呑みだった。自分で食べたわけじゃないのに、腹が痛くなる。

 ベッドの上で口を押さえて嘔吐えずいていると、シバがおはようとやって来たところだった。


「酷い顔をしてるな」


 魔力の強いシバは、美味そうな臭いがする。

 僕は必死に唾を飲み込み、シバを睨んだ。


「うるさい」

「また、嫌な夢を見たのか」

「……夢の内容なら、聞かない方がいい」

「人間を食う夢か。今はどれくらいまで記憶の再生が進んでるんだ?」


 僕の忠告に構わず、シバはズンズン部屋の中に入ってきて、ガラスの壁に貼り付けた付箋を眺めている。

 よだれを腕で拭い、


「塔の魔女が三代目になった。それから、新聞が発行されて、市民部隊が出来たところ」


 白い竜のそれとは関係ないところだけ切り取ってシバに伝えた。


「西暦で言うと、十五世紀あたりか……。結構進んだな」

「もう何百年も白い竜として生きてる感覚なんだ。悪いけど……、あんまり僕に近付かないで」


 夢見が悪すぎる。

 お陰で胸はやたらムカムカしているし、シバの魔力を感じるだけで変に興奮してしまう。それでもどうにか自分の力を押さえておけるくらいには正常だけれども。


「おおっと。確かにいつもより危険そうな気配がする。出来るだけ、近付かないでおいた方が良さそうだ」

「だろ。作戦前に死体が増える」

「母さんが悲しむぞ。そういう言い方はやめなさい」


 シバは簡単に言うけれど、我慢するのも大変なんだ。


「早朝に、司祭達は現地に向かったそうだ。大河、お前も飯食って準備が終わり次第、飛ぶぞ」

「……了解」


 いよいよ、その日が来てしまった。

 僕はゴクリと、唾を飲み込んだ。

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