4. 白い竜の神様の話

 打ち合わせが終わり、会議室を出ようとしたところで、塔の役人ダグに話し掛けられた。

 父さんと同じくらいか、少し年下くらいの彼は、恐縮したように僕に頭を下げた。


「レグル様の事を、色々と思い出しました」


 ダグは以前、塔の展望台フロアで働いていたらしい。気分転換に展望台まで降りて来ては、観光客らと気さくに話すレグルの姿を、ダグはよく見ていたそうだ。


「まだ十代の若造だった私にも、レグル様は優しく接してくださいました。あの温和なレグル様が石柱を埋め込んだなんて、まだ信じられません。神の子も、さぞお辛いでしょうに」


 熱心なレグル支持者のようだった。

 ダグだけじゃない。ロイスもカデルも、それぞれに複雑な思いを抱えているのが見えていた。


「あんまり、あいつの事は覚えてないんだ。だから辛いとは思わないよ」


 長年封印されてきた記憶は、名前のない白い竜の記憶よりぼやけていて、現実味がない。どこか遠く、誰か知らない人間の記憶みたいな感覚。

 ……なんて。

 誰にも分かって貰えないだろうけど。


「正直に言いますと、お会いするまで神の子を誤解していました」

「どういうふうに?」

「あ、いや……、その、白い竜ですし。映像も、拝見しました……」

「グレッグ達に襲いかかるところ?」

「そうです。手の付けられない野獣のようだと」

「その認識で合ってるよ。化け物だからさ。警戒した方がいい」

「ば、化け物などではありませんでしたよ! とんでもない。神の子は、やはりレグル様の血を引いてらっしゃると再認識しました。……塔は、神の子を厄介扱いしています。ですが、こんなにも必死に世界を救うために尽くそうとしてらっしゃる。もっと、世間に知られたほうが良いのでは」


 世間に。

 協議会場付近をウロウロしていたマスコミを思い出す。

 あの後、杭を壊した映像が、レグルノーラ中を恐怖に陥れた。


「……見世物じゃない。娯楽にするには残酷過ぎるだろ。人食い竜なんて」

「あなたは、人を襲うような方では」

「悪いけど、ダグ。僕を過大評価しないで欲しい。お願いだから」

「しかし」

「杭を壊したら、暗黒魔法が発動する。僕は再び化け物になるんだと思う。人間を……、食い物にしか見えなくなるようなヤツに、同情も賛辞も要らないよ。あんたらは、僕を殺すつもりで動いて欲しい。手加減したら、きっと僕が食ってしまう」


 ダグに、どんな顔を向ければ良いのか分からなかった。

 勘違いし過ぎだ。

 どいつもこいつも。

 僕は正義の味方じゃない。

 ただの、化け物なのに。


「でも」

「でもじゃない。あんたの前にいるのは、人間を襲うのに理由も持たないし、躊躇もない化け物なんだ。僕が襲いたくなる前に、消えた方がいい」


 ギリリと牙を剥き出しに凄んで見せると、ダグはバツが悪そうに、ロイスの待つ方へ去っていった。

 威嚇になんてなってない。

 ため息をつく僕を見ていられなかったのか、会議室に残って作業していたレンが擦り寄ってきた。


「……近付いてくる人間をいちいち追い払うの、面倒くさくない?」

「面倒くさい」

「ダグはなんだって?」

「レグルがどうの。僕、レグルのこと、よく知らないんだけど」

「あはは。大変だな、神の子は」

「あははじゃないよ。ところでレン。二号の改造終わった? なんかやってたよね」


 会議室の隅っこに、タイガ二号がお腹を開いた状態で置いてあるのが見えていた。


「ああ、だいたいな。思い切って、センサーの他に小型の制御装置も埋め込んでみてる。一杯に詰め込んだら、結構使えるんじゃないかと思って」

「さすがレン。分かってんじゃん」

「褒めることを覚えたか。成長したな」

「馬鹿にしてる?」

「してるしてる。と、そんな事はどうでもいいんだけど。本当に、竜にならないでやるつもり?」

「あ、……うん」


 僕は、歯切れの悪い答え方をした。

 レンはハァとため息をついた。


「近頃思い詰めてたのはそれか。ギリギリまで内緒にしようと思った?」

「そりゃね。反対されるの分かってたから。竜にならずに壊せたら……。その方がみんなにとっても、負担にならないんじゃないかと思って。あとは僕が耐えればいいんだし」

「一方では人間を脅して、一方ではリスクを全部抱え込んで。そこまでしなくてもいいんじゃないの?」


 レンは半ば呆れ顔だった。


「他に、方法があるならね」


 僕は、小さく笑って誤魔化した。






 *






 打ち合わせ後は、再び地下のガラス張りの部屋に戻った。

 明日の朝までに、資料を読めるところまで読みたかった。

 竜の姿にならなければ、巨体で周囲の建物を押し潰すことはないが、僕自身がどうなるのか、想像も付かない。

 また、暴れるのかな。人間を食おうとするんだろうか。おぞましい何かに変化してしまうのかも知れない。

 考えれば考えるほど憂鬱になる。

 そういうのは、白い竜の記憶の中だけで十分なんだ。

 僕は白い竜だけど、あいつじゃない。やっとそれに気が付いたのに。

 ……僕の体力と精神力が、どうか暗黒魔法に打ち勝ちますように。






 *






 レグルノーラに古くから伝わる話がある。

 白い竜の神様と、四体の守護竜の話。

 今でこそ子ども向けの昔話らしいけれど、古代神信仰とも深く関わっているようだ。レグルが命を吹き込んだ大聖堂の守護竜像も、それに由来する。

 昔むかし、白い竜の神様は空の上に住んでいた。地上にはさまざまな生き物が住んでいたけれど、ケンカや争いが絶えなくて、白い竜の神様はたいそう悲しんだそうだ。

 そこで、みんなが平和で穏やかに暮らせる場所をと、白い竜の神様は新しい世界を創った。

 美しく清らかな湖の上に背中を丸めてお入りになると、やがてその身体は溶けて大地となったのだ。


 大地の真ん中には人間が、その周囲を囲う森には竜や獣が住み始めた。

 白い竜の神様は、自分の創り上げた世界をより良くするために、半竜の姿に生まれ変わって大地に立ち、四体の竜にそれぞれ役目を与えて世界を護らせたという。

 青い竜は、恵の水を司り、大地に川を走らせた。

 赤い竜は炎を操り、人間に文明を齎した。

 黄色い竜は罪を裁く審判者となった。争いごとに目を光らせ、仲裁を買って出た。

 そして黒い竜は広大な森を守り、人間と竜の住処を区切った。知性の高い二つの種族が、それぞれの領域を侵さないように。

 白い竜の神様は、やがてレグルと呼ばれるようになった。レ・グル。“光の射す方へ導く者”という意味らしい。

 なんて美しい名前だろう。

 この大地が、そんな美しい神の理想の下に生まれたのなら、どうしてこんなにも僕らは苦しまなければならないんだろう。

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