3. 無謀な
午後から打ち合わせがあるのは知っていた。
ギスギスしないよう、なるべく穏便に過ごそうと思っていたのに、気が付くとまた刺々しい態度を取ってしまっている。
反省した方がいい。分かってはいるけれど、焦りが先行する。
僕が僕でいられる時間が、どんどん少なくなっていく。
もう、あと僅かしかない。
明日の今頃、僕は僕ではないかも知れない。そう思うだけで震えが止まらない。
……冷酷になれ。
怖さなんか全部かき消すくらい冷酷にならないと、僕は為すべきことから逃げてしまいそうになる。
辛いとか、苦しいとか、逃げたいとか。
そういうのは全部忘れて、ひたすら冷酷に。
自分が何者か、思い知れ、大河。
*
会議室がどよめいた。
いつもの面々の他に、市民部隊の代表と、塔の役人が会議に混じっているとは聞いていた。見覚えのない彼らが僕を見ておののいたのだ。
「か、会議には神の子も混ざるのか。聞いてない……!」
塔の誰かが言った。
「司祭! 神の子は人間を襲うのでは」
「何の枷もせずに動き回って大丈夫なのか」
矢継ぎ早に声が上がる。
「大丈夫です。神の子は無意味に人間を襲ったりしませんよ。ねぇ、タイガ」
僕の肩をトンと叩きながらウォルターが言うので、「多分ね」と口角を上げた。
途端にウォルターは、僕の肩をギュッと力強く握る。
「いてててて! 襲ったりしないよ。今日のところは」
「最後に余計な言葉を付け足すのも悪いクセですよ。空腹感が増すと襲いたくなるらしいですから、お昼にはたくさんご飯を食べさせました。大丈夫です。打ち合わせを始めましょう」
ウォルターがフォローにならないフォローをしたところで、微妙な空気が晴れるわけもなく。
特に、さっき僕が威嚇して震え上がらせたビビワークスの面々は、冗談にならない冗談にガチガチだった。
席に座って、メンバーを確認する。
コの字に組まれた長テーブルの一辺にビビワークスのビビとレン。もう一辺に、教会側からウォルターとグレッグ、僕。最後の一辺には、塔側の男性が二人と、市民部隊のジャケットを着た男。全部で八人。
手元のレジュメには名前もある。塔の男はロイスとダグ。市民部隊の男はカデル。
壁面には一昨日の夜に見た地図が、そのまま貼ってある。
ウォルターはレジュメに従い話し始めた。
「壁面の地図をご覧ください。把握している竜石柱の場所に赤い丸印を付けています。バツ印が既に竜石柱を破壊した場所です。ご覧の通り、住宅密集地であったり工業地域であったりと、神の子が竜化して破壊するには、かなりのリスクを伴う場所ばかり。巨大な石柱を破壊するには、竜化は避けられません。どうにか塔と市民部隊の皆様にもご協力いただきたく、お招きした次第です」
レジュメの他に資料も用意してあった。
それぞれの杭の周辺にある施設、近隣の写真、上空からの写真。現在の警備の様子も写真と共に書き記してある。
「竜化はしないよ」
資料を見ながら僕が言うと、みんなはエッと声を上げた。
「しかしこれまでは、竜の姿で破壊を」
「白い竜にはならずに杭を壊したい。竜になれば、興奮して、どうしても暴走しやすくなる。それに、身体が大き過ぎるんだ。風船を膨らますみたいに、ある程度まで大きくしたら止めるってことも出来るけど、中途半端な竜化は長時間維持出来ない。完全な竜化を果たすと、もうそれだけでかなりの大きさになってしまうし、……資料を見る限り、杭の場所はどこも建物だらけだ。これじゃあ、竜化した僕が歩いただけで何棟もの住宅が押し潰される。少しでも立ち回りを失敗すれば、更に無駄な被害を出すことになるよね。それは……、避けたい。なるべく周囲に被害を与えないようにするには、僕が竜化せずに杭を破壊するしかないと思う」
「だ、大丈夫なのか、それで」
レンが言った。
「間近で見てたけど、石柱が破壊されると、その欠片が全部、竜になった君の身体に刺さってた。人間のままでってことは、あの大量の欠片を、その小さな身体で受け止めるってことだろ?」
「そうだよ。そのくらいしないと、被害が尋常じゃなくなる。世界を救うためにやってるのに、全部壊してしまう。そっちの方が耐えられない」
「石柱の欠片が全部……、刺さる?」
塔側で声が上がる。
短髪の、気難しそうな彼はロイスか。だとすると、その隣の茶髪はダグ。
「その話は、市民部隊でも話題になっていた」
カデルが言った。
褐色の肌をした角刈りの彼は、筋肉質な腕を組んで、厳しい顔をしている。
「一本目の石柱が壊れたあの日、現場にいた隊員達が話していたんだ。白い竜によって壊された石柱が粉々に砕け、赤黒い光と共に竜の身体に吸い込まれていったと。それから、神の子の様子がおかしくなった。確か、二本目の時もそうだったな。動画がノーラウェブに上がっていたのを見たことがある」
「竜石で作られた柱は、暗黒魔法で満たされてるんですよ。神の子が魔力を注げば、簡単に壊れる仕組みなんですが……、どうやら壊れる度に、欠片がタイガに……、神の子に吸い込まれるらしくて。その後体内で暗黒魔法が発動してしまうと、自分を見失って、単なる白い竜に……」
「説明ありがとう、レン。僕のことは気にしなくてもいいよ。暴れ出したら、殺す気で抑えてください。多分、ちょっとやそっとじゃ死なないと思うから」
塔側にいる三人に目配せすると、ギョッとされた。色を濁らせているところを見ると、かなり意外だったようだ。
前回、ライナスと共に僕を止めたグレッグは、ハハと力なく笑っている。
「いつ食われるかも分からない状況下で神の子を止めるのは一苦労でしたよ。数人がかりでやっと動きを止められるかどうかですからね。……石柱を壊す度に強くなっているようだし、次はどうか、見当も……」
「ま、まさか、教会は常にそうやって神の子を……?」
カデルは目を丸くした。
ロイスとダグも顔を見合わせている。
「ええ、そうです。三年前、レグル様が神の子の封印を解いてから先、ずっとです。意識のない間も何度も暴れましたし、今も……、こんな感じです。塔や市民部隊の方々にとっては異様な光景かも知れませんね」
僕の隣でウォルターはわざとらしくそう言った。
こういうとこ大人気ないんだよな、ウォルターは。
「それより、タイガ。大丈夫なのですか? 竜の姿だったからこそ、暗黒魔法を受け止められていたのかも知れないのに、人間の姿のままなんて……。そもそも、身体の大きさが違いすぎます。竜の姿ならば、石柱の大きさとも釣り合っていましたし、身体も頑丈ですよね。石柱の欠片が何度も貴殿の身体を突き刺すことになる。……どう考えても無謀では」
「あいつは、僕を殺すつもりなんてないんだから、その辺は大丈夫かな。問題はその後。どうにか正気を保っていたいけど、身体が言うことを聞かなくなることも考えられる。また意思疎通出来なくなったら、……ごめん」
「その時はその時ですよ。どうにか被害を最小限にとどめたいという思いは共通ですからね」
僕とウォルターの会話をじっと聞いていた塔側の三人は、僕らの奇妙な関係に面食らっているようだった。心がざわついているのが、漂う色を通じて伝ってくる。
「随分……、事前情報と違いますね」
ロイスの顔は引き攣っていた。
「凄まじい気配がしたとか、物々しい雰囲気だったとか。神の子は、もっと危険な存在では……」
「危険ですよ」
レンが口を挟んだ。
「白い竜としてのタイガは、恐ろしい化け物ですからね。だけど、神の子としてのタイガは、必死に自分にしか出来ないことを全うしようとしているんです。めちゃくちゃだけど、両方合わせてタイガなんですよ」
「なるほど、何となく分かりました。ところで、竜にならないのだとしたら、警備体制を練り直さないといけませんよね」
今度はダグが話を切り出した。
皆一様に、こくりと頷きあっている。
「だが、絶対に竜にならないという保証もないのでは?」
とグレッグ。
「意識が混濁すれば、何をしでかすか分からない。今までのことを考えると、何が起きてもおかしくない」
「グレッグの言う通り、警戒はしてて貰えるとありがたいかな。自分の力を抑えられるようにはなってきてるから、大丈夫たと信じたいけど、必ずとは言いきれない。どうにか頑張るけど、その場になってみないと何とも」
「騎士団からは、竜騎兵を多めに配置して欲しいと聞いていたが、数はこのままで?」
と、カデル。
グレッグは少し渋い顔をしてから、
「巨大化しなければ必要ないかも知れません。……が、こういう状態なので、予定通り準備して頂けると」
と答えていた。
「ところで明日壊しに行く石柱ですが、住宅地でも、少し人口密度の低いルベール地区の……」
「ウォルター、順番、変えられる?」
僕が急に話を遮ったので、ウォルターは少し戸惑ったようだ。
「出来ますが……」
みんな、首を傾げ、僕の顔を覗いて様子を窺っている。
「可能なら、フラウ地区、工業地域にある一本を先に壊したい」
「フラウ地区ですか?」
「うん。ここ、工場の建物が色々と密集してるよね。ここを後回しにしたとして、その時僕がどうなってるか、自信が無い。一番リスクが高いところから壊すべきだと思う」
「――確かに、一本石柱を壊す度に、タイガはどんどん凶暴になってる」
ずっと黙っていたビビが、ため息混じりに言うと、教会側の人間がこくこくと頷いた。
「竜の時も勿論だけど、人間の姿をしてる時も、かなり粗暴になってきてると思わない? ……目を覚ましたばかりの頃とは全然違う。ひと月程度しか経ってないのに、別人だもの。これ以上凶暴になったら、私達の手に負えなくなる」
さっき食うって言われたの、根に持ってるんだな……。
ビビに目を向けると、釈然としないような、もごもごしたような顔をしていた。
脅し過ぎたかな。反省はしてないけど。
「ビビの言う通り、最近素直じゃないんですよね、タイガは。本人も自覚があるようですし、どうですか、皆さん。攻めにくいところから攻めてみるということで……」
「賛成します」
塔側でロイスが手を挙げた。
「折角です。壊していく順番も決めておきましょう」
「そうですね、では……」
大きな波が立つこともなく、打ち合わせは快調に進んだ。
塔の二人も、市民部隊のカデルも、極端な偏見を持たずに淡々と話をしていた。
警備、近隣住民への説明、避難誘導……。この辺は、塔と市民部隊の協力がないと難しいと思う。本当にありがたい。
個々人を見ると、とても良い人達だと思う。
ちょっと前まで敵対していたとはとても思えない程に。
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