2. 本質
「目玉……?!」
僕は思わず声を上げ、前のめりになってタブレットに齧り付いた。
目玉。
眼球ってことだろ? あの、ダークアイの集合体みたいに、宙に浮いてたのか……?
『め、目玉?! 目玉って、誰の』
画面の外にいたアリアナも、驚きの声を上げている。
『先代の、塔の魔女の目玉さ。死体からポロリと落ちて、新しい塔の魔女になる少女の元へ飛んでいくらしい。私の目玉も、そうやって飛んでいくんだろうね。まぁ、自分で見ることは出来ないがね』
アハハと、ディアナは力なく笑う。
……飛んでいく。新しい塔の魔女になる少女の元へ。
白い竜の記憶と……、重なった。
あの夜見たのは、塔の魔女リサの目玉だったのか……!!
『オリエ修道院の少し北、森との境に私の住む村があってね。本当に長閑な、何もない村だった。 それまで、自分がそんなに強い力を秘めていたなんて知らずに育ってきた私は、突然現れた目玉と役人達に、家族を奪われた。皆殺しさ。役人達は取り憑かれたように、私の家族を殺しまくった。誰一人逃さないと言わんばかりに。他に家族がいれば申し出るように、とも言った。隠していても無駄だ、いずれその人も苦しみ藻掻いて死ぬのだと。私の兄嫁だけが、難を逃れた。が、彼女もその後に自殺した。兄嫁の両親が引き取った姪だけは生き残ったが……、今は連絡を取っていない。もう、会うこともないだろう』
『そんな……。どうして塔はそんな酷いことを』
『塔の魔女に、家族は必要ないんだよ。世界全体を見渡さなくちゃならないのに、自分の血筋の者がいたら、きっと重要な場面で判断を誤ってしまう。そういう……ことらしい。理屈は分からないでもないがね。そうやって塔の魔女は、何もかも失うのと引き換えに、強い力を手にしてきたのさ。それだけの話なんだよ』
『こ、校長先生が亡くなったら……、また、同じことが繰り返されるんですか……?』
『恐らくね。それが嫌で養成所を作ったんだが……、全く、意味がなかった。可哀想なことをした。本物の塔の魔女になれると信じて必死に頑張ってきた少女達を、結果的に裏切ることになった。本物にしか、塔の魔女の力も記憶も引き継がれない。自分と同じトラウマを経験させたくない気持ちばかりが先行して、塔の魔女とは何者なのかという本質を見失ってしまっていた』
『本質、ですか』
『ああ。所詮塔の魔女は、“世界を構成する一つ”でしかない。私達は“贄”であり、この世界を創造した神の意志には逆らえないということ。どんなに抵抗しようとも、絶対的な神の力に背いて別の道を進むことは出来ないのだということさ。……恐らく、大河はそれに気付いた。だから私に色々と訊きたかったんだろう。ローラではなく、私に』
概ね、想定していた通りの答えだった。
一つだけ、目玉は予想外だったけど。
……となると、益々事態はややこしくなる。
『次の質問です。儀式について知っているのかどうか。それから、儀式を行うことが出来るのかどうか。……なんですか、儀式って』
『なるほど。そこまで辿り着いたか』
腕を組み、口角を上げるディアナ。
僕は前のめりになって、次の言葉を待った。
『もちろん、知っているともさ。だが、……私には、その体力はない。大河の質問に答えるとしたらこうだ。儀式については知っている。儀式を行うのは、次の塔の魔女になるだろう。その儀式がどんなものかは、申し訳ないけれど、関係者以外には話せない。大河が私の答えに納得するのなら、それでこの話はお終いだ』
『次の質問が、最後です。……ちょっと待って。タイガ、何考えてんの。最初にメモを読んだときは何とも思わなかったけど、……えっ、もしかして、全部分かってて、こんなこと訊こうとしてたの? だとしたら』
『なんだい、アリアナ。勿体ぶらないでいいから、直ぐにお言い』
『で、でも』
『今更だよ。根掘り葉掘り聞いておいて、最後の質問にだけ答えないわけにはいかないだろう』
『……いいん、ですか。言っちゃいますよ。つ、次の……』
そこまで言ってアリアナは、言葉を詰まらせた。
『なんだい。泣くような言葉が書いてあるのかい。貸しなさい』
画面の外にいるアリアナに向かって、ディアナの手が伸びる。スッとメモをアリアナから受け取り、文面を見たディアナは一気に表情を崩していた。
『――“次の塔の魔女はいつ現れるのか。必要なものはどうにか揃えるから、儀式を行えるよう、早急に準備して欲しい”。……フフッ、フフフッ。大河が、これを。そうか。あの子は全部知ってて、私に最後のこれを伝えたくて、アリアナを寄越したのだな』
『校長先生、これってつまり、タイガは先生に』
『そうさ。早く死ねって言ってるんだよ。こんな遠回しに、そのクセ理路整然と、私に決断を迫った訳だ。……そうか。死んで欲しいか。アハハハハ!!』
ディアナは頭を抱えて、声高く笑い出した。
乾いた声。
どこに感情を持ってったらいいのか、分からなくなったときの笑い方。
『先生! そ、そんなこと仰らないでください』
『必要ならばいつでも死ぬ覚悟で生きてる。なぁに、怖くはない。最初から全部奪われてる。役目が終わったらいつでも死んで良いと思っていた。……躊躇しているのはローラがいるからさ。繋ぎとは言え、塔の魔女としてよく頑張っているじゃないか。本物に与えられるであろう絶大な魔力を補う程の強大な魔力を持ち、必死に虚勢を張って生きてくれた。もし仮にだよ、私が死ねば、程なくして新しい塔の魔女が選ばれるだろう。けれどそれは同時に、ローラの立場を危うくする。塔は直ぐにでも新しい塔の魔女を就任させたがるはずだ。ローラはどうなる。本物の塔の魔女として次の魔女を指名する権利すら与えられず、塔を追われることになる。出来るならば、なるべく長生きして、ローラが塔の魔女を引退する頃に死ねたらと思っていたんだがね……。叶わぬ夢だった。やはり塔の魔女は、特定の誰かに対し、愛情を注いではいけないということなのだな……』
『先生……』
『大河に直ぐに伝えなさい。お前が望むなら、いつでも死のうと。絶望しかないこの状況でも、お前が全てを乗り越えようというのなら、私は……、歴代の塔の魔女達は、大いに歓迎すると』
動画は……、ここで終わった。
*
間もなく、ビビが怒鳴り込んできた。
「タイガ!! どういうこと?!」
凄い形相だ。怒りに打ち震えている。
「どうしてディアナ様があんなことを? ふざけないで!!」
ガラスの壁をバシッと叩き、僕を威嚇する。
「ビビ、怖い顔は似合わないよ」
「話をすり替えない! 何を考えてるの?! なんでディアナ様があんなことを言うのよ!!」
監視室で動画を観たらしい。
観なきゃ良かったのに。
「うるさいな。黙っててくれる?」
「うるさいって何?! どうしてディアナ様を追い詰めるようなことをしたの! タイガ!!」
ビビの叫び声に気付いたレンとフィルが、慌てた様子で部屋になだれ込んできた。僕とビビの間に割って入り、まぁまぁまぁと、ビビをなだめ始めた。
「ディアナ様は塔の魔女として、ずっと世界を守ってくださった、素晴らしいお方なの! リアレイトで育った君には分からないかも知れないけど、彼女はレグルノーラの為に全力で生きてきた! 君が、その生死に口出しすることなんて許されないんだから!!」
「落ち着こう、ビビ」
「タイガは直接的に死ねなんてメモに書いてなかった。ディアナ様がそう受けとってしまっただけかも知れないって何度も」
「どうなのタイガ!! わざとあんな質問させたんでしょ?! 最初から、ディアナ様がそういう答えを出してくるようにメモを書いたんじゃないの?!」
……やれやれ。
ビビはいつも感情的になる。普段は冷静を決め込んでるけど、本当は人一倍感情の揺れ幅が大きいんだ。
「黙れよ。残された貴重な時間を、君の相手に使いたくない」
「――タイガねぇ!」
「黙れって言ってんのに黙れないなら、力尽くで黙らせようか。丁度昼時だし」
じゅるっと舌なめずりして、よだれを飲み込む仕草をすると、ビビは身体の底から震え上がって悲鳴を上げた。
「じょ、冗談はよしなよ、タイガ」
「フィル、僕はいつでも本気だよ。最初の犠牲者は誰にする? 怖いなら関わるなって何度も忠告してるのに、何度も何度も懲りずにやってきては、僕の神経逆撫でしてくるなんて、愚の骨頂だね。さぁ、誰にする? 能力者か干渉者の方が美味いんだろうけど、最初は一般人でも全然構わないから」
……口に出したら、本当に食べたくなってきた。
ダメだ。
理性を保てよ、僕。
滴るよだれを手で拭い、ニタッと笑って見せる。
「く、食われるぞ。ビビ、フィル、一旦引こう」
レンが二人を引っ張って、何とか部屋から出してくれた。
「……いちいち、うるさいんだよ。クソッ」
ようやく静かになった部屋で、僕は一人、毒づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます