【23】白日の下
1. しがらみ
僕の自由時間は終わった。
これから先、僕は“芝山大河”じゃなくて、“神の子”として、この曖昧でこんがらがった世界を救うためだけに動くんだ――。
*
タブレット端末を一台抱えて、ガラス張りの部屋にウォルターとレンが訪れた。
ベッドテーブルの上にタブレットを置き操作するレンを横目に、ウォルターに話を聞く。
「アリアナが魔法学校でディアナ校長の話を聞いてきてくれました。貴殿のメモを見て、校長が『それならば動画に撮ってタイガに見せたらどうか』と提案くださったようです。アリアナの所持していた携帯端末で撮影した動画データを頂いたので、そのままお見せしようかと。私達も、動画の内容は存じません」
「先に見てもよかったのに」
「そういう訳にはいきません。かなり濃い内容だったようですよ。アリアナが顔を真っ青にして、急いでタイガに見せて欲しいと言ってきたのです。動画の内容なんて確認せずに持ってきましたので、ご自分で確認くださいね」
チラリとウォルターを見て言葉の真偽を確かめた。
動画を見たような記憶も形跡もない。
「分かった」
「タイガ、今、私の記憶を探って何も知らないことを確認しましたね」
「したけど」
「最近、タイガは全然素直じゃなくなりました。もっと、我々を信じてください」
「無理だよ。人間は信じられない」
「……ご自身も人間でしょうに」
「人間じゃない。白い竜の化け物だ。どうせ監視室から、動画の内容も確認するんだよね。で、僕がどう出るか観察する気なんでしょ」
ウォルターはふぅとため息をついた。
「ええ、確認します。近頃、貴殿の様子がおかしいので、注視しているところです。何を考えているのか、どんどん話してくださらなくなってきていますし、情緒不安定なところも変わりません。力をコントロール出来るようになったのは幸いですが、何か……、良からぬことを考えているのではありませんか?」
「考えていたとして、理解されない、協力して貰えないことが分かっている相手に、わざわざ話したりしないよ。心は開かないと言った。余計な詮索はしないでよ」
「……やれやれ、困りましたね。神の子はご機嫌斜めのご様子。何か美味しいものでも食べたらご機嫌が直りますか?」
「何? 人間の肉でも食わせてくれるの?」
作業中のレンがビクッと肩を揺らした。
「たいして魔法の帯びていない肉でも宜しければ、目の前にありますけどね。食べたらもう、お話出来ませんが。宜しいですか?」
ウォルターは、僕が困るのを知ってて、そういう言い方をする。
「話し相手が欲しいのに、突き放そうとする。言動に整合性が取れていませんよ。悪者ごっこはおやめください」
「うぅ……」
定番になってきた掛け合いが終わる頃、レンが「準備出来たよ」と声を出した。
「分かってるみたいだけど、この端末の映像、監視室の方からも見られるようにしてるから。ここのボタン押して再生して」
「おっけー」
「アリアナに内容聞いてみたんだけど、震えてて何も教えてくれなかった。相当ヤバい話だろうから、覚悟しといてよ」
「うん。期待しとく」
ひとしきり話し終え、ウォルターとレンが部屋を去った。
僕がゆっくり動画を観れるよう、一応、気を遣ってるらしい。
アリアナが健気にインタビューしてきてくれたんだと思うと、本当に申し訳ない。きっと、今まで生きてきた中で一番残酷な話を聞いてしまったんだろう。僕が暴走する様子を見るよりもずっとずっと深い傷を心に負わなかったか考えると、苦しいものがある。
だけど、あそこにいた人間の中でアリアナが一番、ディアナに近付きやすかったのは確かだ。
いい画が撮れていることを期待しよう。
ベッドの縁に腰掛け、ベッドテーブルに置かれたタブレットの再生ボタンを押す。魔法学校の校長室奥にある応接間が、画面いっぱいに映し出される。
「うわ、懐かしい」
よく覚えてる。壁にかけられた美しい色合いの絵画が印象的だった。
レグルノーラに干渉するようになって、シバとリサと一緒にディアナの話を聞いた部屋だ。
チラッとアリアナが画面に映り、その後向かい側にカメラが切り替わる。
黒人の魔女ディアナが、ゆったりとソファに座っている様子が映し出された。
「……ディアナ、痩せたな」
三年前に初めて会った時の威厳はそこにはなかった。頬が痩け、一回りも小さくなってしまったように見える。目の周りがやけに窪んでいて、まるで生気がない。
印象的だった赤いドレスではなく、黒い服の上にシンプルな黒いローブを羽織っている。
『録画始めました。校長先生、よろしくお願いします』
アリアナが、画面の外で言った。
『よろしく、アリアナ』
声にも、覇気がない。
『タイガのメモに沿って質問するので、答えてもらう形式で良いですか?』
『ああ構わないよ』
ガサゴソと音がした後、アリアナは遠慮がちに話し始めた。
『最初にお断りしておきます。このメモ、タイガが書いたんですけど、……凄く、失礼な内容で。最近、様子がおかしいんです。自分をかの竜だと思い込んだり、急に人を襲ったり。その中で書いたメモなので……、どうか、失礼をお許し頂きたくて』
『アリアナが気にすることじゃない。あの子は“神の子”である前に白い竜なんだろうから、色々と苦しんだんだろうね。可哀想に』
『では、最初の質問です。校長先生は何故、塔の魔女をお辞めになったのか。……ローラ様が着任したのは、確か、かの竜との最終決戦間際でしたよね。それまで校長先生は、塔の魔女として絶対的な存在だったと伺っていますし、レグル史でもそう習いました。何か……、理由が?』
ディアナはしばらく無言だった。
ゆっくりと目を閉じて、考えを整理するような時間を経てから、『そうさね』と話し出した。
『私は“規格外”だったから、随分“塔”を困らせた。黒い肌の女が塔の魔女になるのも初めてだったし、塔のやり方に反発するのも、私くらいなものだった。塔の魔女は基本、塔の中でのみ活動するようにと随分しつこく言われてきたんだが、……嫌でね。任務外でもこっそり外に出たり、外部の人間と交流を持ったりしたものさ。妙な“しがらみ”のようなものが塔にはたくさんあった。塔のやり方に逆らったことで、反対勢力が生まれ、内紛に発展したこともある。それでも、力でねじ伏せてきた。……上手く、やっていたつもりではいたんだがね、私のせいでとんでもないことが起きてしまった。本当に、めちゃくちゃだった。そんなときに現れたのが、凌だった。凌は救世主たるに相応しい器を持っていた。自らの使命をしっかりと受け入れ、常に全力で事に当たっていた。保身ばかりに気を取られていた自分を、私は恥じた。リアレイトの干渉者が身体を張って二つの世界のために頑張っているのに、どうして私は塔の魔女という立場を言い訳にして、現場で戦っていないのかと。――それで、辞めたのさ。“塔の魔女”に一番縛られていたのは私自身だったから。まぁ、要するに、私の身勝手だ』
『身勝手だなんて、そんな……』
『身勝手だよ。手順も踏まず、勝手に辞めたんだ。そして、その穴埋めに塔はローラを選んだ。養成所なんて物を作ったのも私の勝手だ。塔が正当な手順を経ずに養成所から選んだのは、それしか方法がなかったからだ』
『……それって、次の質問と繋がってるかも。ローラ様に、塔の魔女として正式な引き継ぎはしたのかどうか。なんでタイガはこんなこと聞くんだろう』
『まぁまぁ、気にするなアリアナ。タイガが白い竜なら、聞きたくなるのは仕方ないことなんだから』
『それが変な話だなって。タイガはレグル様の血を引く“神の子”なのに、破壊竜の血も受け継いでしまったから、あんなふうになってるんですよね。校長先生の言い方だと、まるでタイガが最初から白い竜だったみたいな』
『そうだね。恐らく、私達はずっと勘違いしていたんだと思う』
『勘違い、ですか?』
『逆だったんだ。あの子は白い竜なのに、救世主の血も引いてしまった。凌は、白い竜としてのあの子の力を封印していただろう? そして、白い竜としてのあの子を必要としていた。私達が勝手に勘違いして、神の子なのに恐ろしい力を……なんて、妙な同情してしまったから、訳の分からないことになったのかも知れないよ』
『確かに、タイガからはずっと竜の気配がしていました。普通、あんな気配のする人間はいないから、直ぐに変だなって』
『そういうことだろうね。で、引き継ぎ……だったかな』
『はい。ローラ様と引き継ぎはあったのかどうか……』
『何も』
『何も?』
『何もなかった。私は勝手に塔を去ったからね』
『……だとすると、タイガの質問はこう続きます。本物の塔の魔女はどう選ばれるのか。ローラ様は……。言いにくいな。なんて酷い書き方してるの、タイガ』
『いいから言いなさい』
『はい。ローラ様は、塔の魔女ではなく、偽者で間違いないかどうか。……だ、そうです』
画面の中のディアナの顔が曇った。
ディアナは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いていた。
『……それは、私だけではなく、ローラをも追い詰める質問だね。けれど仕方ない。今話さなきゃ、誰にも話せなくなる』
半ば諦めたように、ディアナはそっと目を開けた。
『ローラは、次の塔の魔女が現れるまでの繋ぎだと思う。本物か偽者かではなく、繋ぎ。あんな有事だったのに、空位にしておく訳にはいかなかったから、塔が臨時で立てた、繋ぎだ』
『繋ぎ……?』
『新しい塔の魔女は、先代の死後に選ばれる。私もそうだった。あの日のことは、今でもはっきり覚えているよ。長閑な農村が凍りついたあの日――、私の前に現れたのは、塔の役人達と……、宙に浮いた、人間の目玉だった』
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