9. 奇跡でも起きない限り

 追加資料を読む。

 塔に保管されていた資料の中に、歴代の塔の魔女の詳しいプロフィールがある。

 出身地、目の色、髪の色、肌の色、得意な魔法、功績。

 彼女らは全てを奪われてもなお、世界のために尽くしていた。

 塔の魔女の要件について、詳しく書かれている本もあった。


「要件と言うより、選ばれたらそうなるって感じに書いてある」


 塔の中には規律と伝統を重んじる人達がいて、新しい塔の魔女が選ばれる際には、その要件を満たすように、該当する少女の周辺を全て“整える”のだという。

 何代目かの塔の魔女選定の際には、選ばれた少女が大家族の出身だったことから、その全てを“整え”、綺麗な形にしてから就任の儀にあたったと書いてあった。

 当然、上手く“整わない"こともあったようだ。

 別の少女の時には、数年にわたって家族と本人が拒み続けていたが、最終的に関係者が全て自死、病死、事故死してしまい、ようやく“整った”と書かれていた。

 これが、ディアナの代まで続いていた。


「最初から家族がいなければ、惨殺は免れる」


 元々孤児であったり、家族を戦乱で失っていたりすれば、それ以上失う者がないとして悲劇を経ずに塔の魔女に就任できた。

 強大な魔力と引き換えに、彼女らは血色の道を通らなければならなかった。

 全ては儀式を行うため。

 ……しかし、儀式については内容は愚か、その存在さえ、どこにも記されていなかった。






 *






 昼前に来澄家へと向かうため、シバが迎えに来る。

 資料を読む手を止めて身支度をし、一緒にリアレイトに飛んだ。

 芝山の家に着くと、既に雷斗がリビングで待っていた。


「よ、よぉ」


 雷斗の顔は引き攣っていた。


「お待たせ。どう? 格好、大丈夫かな?」


 流石にヨシノデンキに行ったときのスーツじゃアレだと思って、ちょっとカジュアル風に着こなしてみた。ジークが色々持ってきた服の中にあったジャケットとTシャツ、細身のパンツ。髪も目も黒くしたし、ちゃんと結んで清潔感も出てるはず。ジークが置いていった臭いのきつい整髪剤は付けなかった。


「お、おお。良いと思う」


 雷斗も結構ラフな格好みたいだし、まぁ、釣り合いは取れてそうだ。


「今日、お寿司ご馳走してくれるって! 生もの食べるの久しぶりじゃない?」


 母さんののんきな声がキッチンから飛んでくる。


「うん。久しぶり。楽しみだな」

「そりゃ良かった。じゃ、行こうか大河」


 雷斗は座っていたソファからおもむろに立ち上がった。


「楽しんで来いよ」


 父さんにオッケーと手で合図。

 僕と雷斗はそのまま、来澄家へと向かった。






 *






 来澄の家は川を挟んだ向こうにあった。


「少し歩こうぜ」


 雷斗に言われて、僕はそれも良いかもと誘いに乗った。

 川を隔てて、小学校の学区は異なっていたが、中学では一緒だった。

 あの日雷斗に話しかけられるまで、僕らは互いに知らない同志だった。

 まさか同じ川を毎日のように反対側から見つめていただなんて、知っていたらまた、何かが違っていたんだろうか。


「大河が干渉の練習してた辺り、今はゲートになってるんだ。知ってた?」

「そうなんだ」

「凌叔父さんの部屋もそうだったけど、干渉者が頻繁に干渉に使う場所はゲートになりやすいってさ。オレの通ってた神社も、誰かが昔、干渉で使ってたのかも知れない。見えないところで繋がってんだよ。面白ぇよな」


 当たり障りの無い話を、雷斗はしてきた。

 僕はそれを、頷きながら聞いている。

 土手に上がるといつもの景色が見えた。

 僕が悩み歩いた道。

 リサに出会った道。

 全てが始まった道。

 川から吹き上がる風は、相変わらず爽やかだった。

 この風と匂いを感じられただけでも、今日の干渉には価値がある。


「あんまり聞きたくないけど、聞いていい?」


 土手の真ん中で、雷斗は立ち止まった。

 河川敷の方には人がいたけれど、道の上には幸い僕らしかいなかった。

 空は気持ちよく晴れていた。空の高いところに、薄く雲が広がっているのが、何とも言えないくらい綺麗だった。


「本当に、最後なのか。今日オレんちに行ったら、それでお終いにするのか」


 僕を見る雷斗の目には既に涙が浮かんでいた。


「最後になると思う。奇跡でも起きない限り、僕はもう二度とリアレイトには来ないよ」


 つうと、雷斗の頬を涙が伝った。


「……嫌だ。そんなの嫌だ。大河と会えないのは嫌だ。大河が苦しむのは嫌だ」

「ありがとう。でも、どうにもならない。どうすることも」

「凌叔父さんのことは、やっぱり殺さなくちゃダメか。どうにか回避できないのか」

「あ、うん……。最終的には、そうするかな」


 儀式に救世主は必要らしいから、その辺どうなるのかあやふやになったことは、雷斗には黙っておく。

 破壊竜ドレグ・ルゴラは殺さなきゃならないのに、ヤツと同化してる救世主の凌は生かさなきゃならないなんて、無理難題にも程があるんだよ。その上、塔の魔女は偽者だ。僕はこんな中途半端だし。

 ……コレで、どうやって世界を救えってんだ。


「オレに、出来ること、ない?」


 ガシッと僕の両腕を掴み、雷斗が眼前に迫った。


「何で大河ばっかり苦しむのか、理解出来ない。なぁ、オレに出来ることなら何でもやるよ! 何かないのか。お前の負担が軽くなる方法。話し相手とか愚痴の捌け口くらいしか出来ないかも知れないけど、それでもいいなら!」

「手が震えてるよ、雷斗」


 何で思い詰めてるんだ。

 君が苦しむ必要なんてないのに。


「明日、杭を壊しに行く。そしたら多分、会話さえままならなくなる。話し相手は要らないよ」


 雷斗の顔色が変わる。

 僕はそっと、雷斗の手を腕から引き剥がした。


「会話さえって。化け物になるつもりかよ」

「今までも、杭を壊す度におかしくなってた。明日もきっとおかしくなる。化け物になったまま戻らないことも考えられる。それだけだよ」

「それだけ? 大事なことだろ。この上なく大事なことだろ!!」

「大事なのは、みんなが平穏な日常を送ること。僕がどうなろうと、君は知らなくていい」

「大河!!」

「今日、全部終わったら、僕のことは忘れていいよ。覚えてても、苦しくなるだけでしょ。忘れて、自分の夢に向かって歩きなよ。大学行って、悩める少年達の支えになる仕事に就くんだろ。レグルノーラから祈ってる。君の人生が素晴らしいものになるように」

「やめろ! 大河ッ!!」


 ガバッと雷斗は僕を思い切り抱き締めた。

 ぎゅぎゅっと、力いっぱい締め付けられ、雷斗の熱が僕を覆った。


「雷斗、こんな人目に付く場所で、何すんだよ」

「忘れないからな、絶対」

「雷斗、僕の話聞いてないだろ」

「何がなんでも覚えててやる。たとえ魔法で記憶を消されたって、絶対に忘れない。オレの大事ないとこで親友で!! 恩人のお前のこと、忘れたりしないから!!」

「声が……、大きいよ、雷斗」


 興奮し過ぎて、雷斗は周囲が見えてない。

 河川敷に、こっち指さしてコソコソしてる人影が幾つもあるのに。


「何度も言う。僕はもう人間じゃなくなった。今日は約束を果たしに来てる。

用が終わったら帰って、二度と戻らない。そして君は、僕の事を綺麗さっぱり忘れてくれ。……忘却魔法は得意じゃないんだ。失敗して、忘れなくていい事まで忘れたりしたらヤバいから、使わない。傷付けたくないんだよ。だからもう、会わない」


 悲しみの色がどんどん広がって行くのが見える。

 けれどもう、引き返せないところに来てる。

 雷斗も知ってて、それでも僕を引き留めようとしてる。


「嫌だ」

「雷斗の方が年上だろ? 駄々捏ねないでよ」

「嫌だ。絶対に嫌だ」

「困ったな。何で雷斗も薫子も、僕に構うんだよ。嫌いになってよ、忘れてよ」

「ヤバい事、考えてるだろ。絶対ヤバい事考えてる。……お前、まさか自分から」


 僕は思い切り雷斗を突き放し、無理やり口を塞いだ。

 ウッと息を詰まらせる雷斗を見て、僕は小さく息をついた。


「お寿司、ご馳走してくれるって聞いた。楽しみにしてるんだよね。レグルノーラじゃ、新鮮な魚は食えないから。三年ぶりなんだよ。非生産的な話はやめよう。せっかくの寿司が不味くなる」


 雷斗は、自分の口を塞いでいた僕の手を両手で引き剥がした。「ブハッ」と大きく息を吐き出し、ハァハァと肩で息をしている。


「最後の晩餐のつもりかよ。昼飯だから、午餐ごさん? リアレイトで食う、最後の飯にしようとしてんのか?」

「冷静になれよ、雷斗。諦めろ。僕は、君とは違うんだ」


 ――雷斗は、僕の前では泣いてばかりだ。

 柔らかい風が頬を撫でる。

 リアレイトにいると、いろんな声が聞こえて、いろんな色に溢れてて、ごちゃごちゃしてて、うるさくて、僕の心を激しく掻き乱してくる。


「精一杯、演技するよ。僕がこんな絶望の中にいるなんて、伯父さん達が知ったら悲しむだろうから。雷斗も自然に振る舞えよ……って、無理か」


 雷斗は鼻水垂らして涙でぐちょぐちょだった。

 僕が差し出したポケットティッシュで鼻をかみながら、雷斗は、


「んな事出来るわけねぇだろ。馬鹿か」


 と毒づいていた。

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