【22】最初で最後の

1. 本物じゃない可能性

 塔の魔女は、切れ目なく存在していたわけではないようだ。

 次の塔の魔女が選定されるまでの間は、空位となる。初代が神に受けた啓示の通りに選定がなされ、新たな塔の魔女が着任する。

 長い長い間、ずっと伝統を守り、受け継がれた方法で選定されていった“塔の魔女”。

 しかし、現代になってそれが覆る。

 時代にそぐわぬ、人権侵害であると、先代塔の魔女ディアナが声を上げたのがそもそもの始まりだった。

 最新の資料まで目を通すと、聖ディアナ魔法魔術学校の前身、魔女養成所の名前が出てくる。レグルノーラ中から基礎魔力の高い少女達を集め、次代の塔の魔女候補を養成していたようだ。

 その設立には一悶着があったらしい。要するに、伝統的に選ぶべきという意見と、時代の変化に合わせるべきという意見のぶつかり合いが、塔の中で派閥争いに発展したのだ。

 つまりローラは、伝統的な方法で選ばれた訳ではない。

 ディアナが塔の魔女を退いたあと、ローラは養成所の候補の中から選ばれている。



――『神は、世界を構成する三つの存在に、強大な力をお与えになりました。しかし、力には大きな代償を伴います』



 初代は言った。



――『私は、愛する者を持つ事を禁じられました。家族は全て惨殺され、今後二度と他人を愛せない呪いがかけられました』



 天涯孤独と引き換えに、初代は力を得たと。

 そして歴代の塔の魔女達も、同じように、全てを失っている。


「ローラは、本物じゃない可能性があるってことか」



――『世界の均衡を保つには、三つが揃い、塔の天辺で何か儀式のようなものを行わなければならない』



 三つ。

 世界を構成する三つ。

 唯一の白い竜。

 強大な力を持つ魔女。

 悪魔を祓う者。


「もし仮に、本物でないとしたら、何も起きない可能性がある」


 冷や汗が頬を伝う。

 それだけは、絶対に避けなければならない。

 僕は監視カメラの方を向いて、


「監視室、誰かいる?」


 と話しかけた。


『レンだ。どうした?』

「一つ、とても大事なお願いがある。何を言っているのか、今は意味がわからないと思うけど、どうにかして探し出して欲しいんだ」

『探す? 何を』

「本物の、塔の魔女。どこかにいるはずなんだ。ディアナの跡を継いだ、本物の塔の魔女が」

『塔の魔女? それは、ローラ様ではなく?』

「ローラは、本物じゃない可能性がある。伝統的な方法に従って正式にディアナの跡を継いでいる塔の魔女が、この世界のどこかにいると思う。僕が全ての杭を壊すまでの間に、なんとか探し出して欲しい」


 レンはあっけにとられているのか、しばらく無言だった。


『……それは、過去の記憶や、持ち込んだ資料を見て、君が導き出したことなのか?』


「今は何を言っても信じてもらえないと思う。だけど、僕はずっと、本当の事しか喋ってない。お願い、頼むよ」

『わかった。他のみんなとも情報を共有しておく。君が全ての石柱を壊すまでの間に、どうにか探し出すよ』











………‥‥‥・・・・・━━━━━■□











 書斎に、父さんはいなかった。

 資料を読む合間を縫って、僕は再びリアレイトに干渉していた。

 書斎に直接飛び、踏み台に座って、父さんが纏めたノートと、タブレットにダウンロードされたファイルを見る。

 必要なのは、塔の魔女についての資料だけじゃない。僕は、悪魔を祓う者――救世主については、殆ど何も知らないと言っていい。

 凌が如何にして救世主と呼ばれるようになったのかも、なぜ凌だったのかも、何もかも。

 父さんのメモには、そういったことも細かく纏められていた。

 竜と同化して戦う干渉者。

 過去にも凌と同じように救世主と呼ばれた存在がいたようだ。ドレグ・ルゴラを湖に封じた話が載っていた。


 記録によれば、救世主は、金色の竜を従えていたらしい。

 人間と契約する竜がいるという話は、白い竜の記憶で知っている。市民部隊の翼竜のように、移動手段として飼い慣らすのではなく、互いに助け合い、共に戦う竜。上位の干渉者、能力者には、竜と契約する権利が与えられるようだ。

 金色の竜は、単体では戦闘に向かず、人間と同化して戦う特別な竜だったようだ。

 竜は人間と同化することにより、その力の限界を超え、さらに強くなることができるとあった。また、同化する干渉者の力の強さが、同化した竜の力に大きな影響を齎していたとも書かれていた。

 つまり、金色竜は決して強くはなかったが、同化した干渉者が強かったため、驚異的な力を持ったということなのだろう。

 そうやって竜と同化した干渉者は、人間離れした力を持って、白い破壊竜ドレグ・ルゴラを、湖に追いやって封印した。


 何らかの原因があって封印が解けると、白い竜は再び人間の姿に化けて、レグルノーラを恐怖に陥れたようだ。

 凌が竜と同化したという話は確かに聞いたことがある。

 金色竜ではなく、今は白い竜ドレグ・ルゴラと同化しているのは何故なのか。この辺は、父さんに聞けば分かるだろうか。

 ドレグ・ルゴラと同化したことで、凌は更に凄まじい力を得た。それこそ、神に迫るような力を。


 ――白い竜、塔の魔女、悪魔を祓う者。


 全て揃っていたはずなのに、二十三年前、儀式は行われなかった。

 結局また世界の均衡が崩れ、混乱してしまったのは、白い竜と悪魔を祓う者が同化したからなのか。それとも、塔の魔女が本物ではなかったからなのか。あるいは、その両方か。

 もし仮に、正式な塔の魔女が何かを受け継いでいるのなら――、最終的になすべきことを、その人は知っているのだろうか。

 ノートとタブレットを交互に見ながら、僕は必死に読みふけった。

 どのくらいだかわからない位時間が経った頃、ガチャリと書斎のドアが開く。


「大河、来てたのか」


 父さんだった。


「資料を読んでた」


 手元に目を落としたまま答える。


「今朝方、司祭に頼まれて、教会の資料室で本を探した。どうだった?」

「うん、かなりよかった。前に読ませて貰ったノートの、出典となる本は見当たらなかったけど、似たような記述のある本が揃ってた。バッチリ、知りたい内容が書いてあった」


 僕がガラス張りの部屋の中で情緒不安定になって放った言葉を、父さんはどう受け止めたのか。

 なるべく顔は見たくなかった。

 それは父さんも同じだったらしく、なんだかぎこちない緊張した空気が張りつめていた。


「さっき、金色竜の話が書いてあったんだけど。凌のしもべ竜? どうして凌はそのしもべ竜じゃなくて、かの竜と同化したの?」

「あぁ……、それは。そうだな。以前は確かに金色竜と。だが、それが出来なくなって……」


 父さんは、話し辛そうに、口をゴモゴモさせている。


「殺されたんだ」

「え?」

しもべ竜だった金色竜は、ドレグ・ルゴラによって殺され、湖に沈められたんだと聞いている。あいつは特性を利用して、倒すことの出来ない最凶の破壊竜と同化する道を選んだ。それが、正しい判断だったのかどうか、今となってはわからない。が、それしか方法がなかったと言われれば、そうだと言わざるを得ないような緊迫した状況だった」


 しもべ竜は殺されたのか。

 だからって、そんな無茶なことを。


「まだまだ、僕の知らないことがたくさんありそうだね」

「そうだな。一言ではとても伝え切れない位、いろんなことが起きすぎた。どうにかして混乱を収めよう、平和を取り戻そうとしていたはずなのに、気がつくと、以前よりも酷いことになっている。決して、その場限りの感情で動いていたわけじゃないと、自信を持って言いたかったのにな」

「それが、僕が言ったことに対しての答え?」

「……そう受け取ってもらっても、構わない。ところで、みんなは知ってるのか? こうやって、またお前が干渉していること」

「誰にも言ってないし、知らないと思う。父さんも、誰にも言わないで。こんなこと位で、いちいち目くじら立てられたら、何も出来なくなる」


 父さんは、ふぅと深いため息をついた。


「全然、気配がなかった。昨日はある程度感じてたのに。もしかして、白い竜の記憶が再生されていけばいくほど、連動するようにお前が出来ることも増えているのか?」

「そうだと思う。どうして白い竜の記憶が巡るのか、はっきりした理由はわからない。けれど、僕はあの白い竜の記憶を追体験することで確実に、強くなっているんだと思うよ」

「あまり、好ましくはないな。どんどん、破壊竜に近付いてる」

「仕方ない。それしか、対抗する手立てがない」


 また、重々しい空気に包まれる。


「ジークが言っていたんだが、期限を待たずに次の石柱の破壊に向かう気か?」

「そうだよ。休み、いっぱい取ってくれたのに、悪い。父さんには、僕を止めてもらわなくちゃならないから。できる限り、早いうちに全部終わらせたい」

「焦ってるのか? まだ時間はあるはずだが」

「時間なんて、どこにもないよ。僕が全ての杭を壊し尽くさない限り、凌には辿り着けないんだから。少しでも早く、終わらせないと」


 父さんは、そのままパソコンデスクに座って、またカタカタと作業を始めた。

 僕はその音を聞きながら、父さんのノートを読みふけった。

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