8. 杭と地図
厳密に言えば、本部棟の会議室には行ったことがない。
だけど、そこに地図が貼り出されていて、杭の位置に印が付いているのは知っている。誰かの記憶で見た。リサの記憶、だったような気がする。
会議室の位置は大体把握していた。やはりリサと、その他数人の記憶を総合するに、賓客室の二つ隣。そこにピンポイントで転移した。
カーテンが閉じられた室内は、思ったほど大きくはなかった。中学の教室より少し広いくらい。その壁に、扉二枚分にまで拡大したレグルノーラの地図が貼ってある。
明かりが付いた部屋の中、人影もあったが、僕は無視して最初からそこにいたかのように壁面の地図を眺めていた。
魔法反応が出ないよう、最小の魔力で飛んだから、きっと気付かれてはいないと思う。作業に夢中なのか、人影は会議テーブルに広げた資料と睨めっこしたり、端末を弄ったりしているようだ。
地図を見る。
エルーレ地区とニグ・ドラコ地区にバツ印が一つずつ。都市部に突き刺された残り四本の杭の位置には赤い丸。未確定な森の六本は、推定された位置が大きめの枠で囲まれている。
竜化した際に見えた他の杭の位置も確認する。あの位置からじゃ分からなかったが、住宅地、工業地区、商業地と、僕が竜の姿で壊すにはリスキーな場所ばかりだ。
「竜化しないで壊すとかしないと、被害がヤバそうだな」
地図を前に腕を組み、うーんと唸る。
特に、工業地区にぶっ刺さった一本は危険だ。注意して壊さないと、それ以外にも被害が出てしまうかも知れない。
被害は最小に。出来る限りゼロに近く。
あとは僕自身が暗黒魔法に呑まれないように、これまで以上に細心の注意を払わなければならない。
「あれ?」
地図を見ていると、違和感に気が付いた。
僕だけじゃない、みんな違和感を覚えたはずだ。
「気のせい……じゃないよな」
一歩ずつ後ろに下がって、全体を見る。
下がる度に、全体像がハッキリと見えてくる。
「等間隔だ」
杭は適当に打たれていた訳では無いらしい。
塔を中心に、まるで円を描くように刺されている。
それだけじゃない。
ハッキリした位置こそ分からないが、森の中に刺されている杭の場所……詳細は計測不能なのか、あくまでこの辺り、というザックリとした位置に過ぎないようだけど、それすら等間隔に並んでいる。
「何だこれ。まさか、まほ……」
ドッと、腰が何かに当たった。
「うわっ! ちょっと!! 何してんだよ!!」
「あ、ごめん」
「ごめんじゃない! 手元狂った!! またやり直しだ……うぇッ?! た、タイガ!! 何してんだ!!」
レンだった。
驚き過ぎてひっくり返り、会議テーブルに自分からぶつかって、床に転げている。
図面を引いていたようだ。どうやら二号の改良を考えているらしい。中身の見える状態で、別のテーブルの上に二号が置いてある。
「これ、魔法陣だよね」
レンの言葉は無視した。
弁明するのは逆に不自然だと思った。
「魔法陣? 丸く並んでるだけだろ」
「気付くでしょ。これ、魔法陣だよ。ほら、点と点を繋いで……。ちょっと、紙とペン貸して」
「はぁ?! 何勝手に!」
レンの使っていたテーブルの上から神とペンを拝借し、ささっと図形を書いていると、
「大河? レン今、大河って言った?」
ジークに見つかった。
「――大河!! どうして抜け出した!!」
それまで資料の山と睨めっこし、カタカタとパソコンに入力していた手を止めて、ジークはガタッと立ち上がった。資料が落ちるのも構わずに僕の方に向かってくる。
そばに来るなり、ジークは僕の胸ぐらを掴み、自分の額を僕の頭に押しつけてきた。
ペンが転げた。せっかく書いた紙が床に落ちた。
「自分の立場が分かってるのか。魔法で飛んだな。干渉が成功して、気が大きくなったか」
「……ウォルターに許可は取った」
「司祭が許可するわけないだろう。適当なこと言いやがって」
ジークは凄まじい形相で僕を睨み付けている。
ついさっきリアレイトで竜化した僕の姿が、ありありとジークの記憶を通して見えてくる。
以前より更に禍々しくなっていたようだ。急激に竜化したり、戻ったりするのが恐ろしかったのか、やけにハッキリと映し出されている。
「シバと怜依奈の手前、余計なことは言わなかったが、君、本当に大河か」
「へぇ。まだそんなこと言ってんの?」
「確かに記憶は戻ってる。以前より会話は出来る。けど、凶暴性が増してる。かの竜に感化されたのか? リアレイトで急に竜になってみたり、こうやって地下を抜け出してみたり。もっと自覚を持て。君の力は使いようによっては世界を破滅させる」
「知ってるよ。だから制御してるだろ。極限まで力は抑えていたと思うけど。僕の気配、全然感じなかったくせに」
ウッと、ジークは声を詰まらせた。
レンは慌てて二号を起動し、タブレットを確認して、ハッとしたような声を出した。
「……た、確かに、タイガの力、押さえられてる。竜化値もゼロに近いし、魔力値も一般人の平均値を割り込んでる。リサの魔法も効いてるんだろうけど、地下の制御装置無しでこの数値は……、今まであり得なかった。一体どうやって」
二号のセンサーで感知した数字を見て、レンは目を丸くしている。
「あの白い竜が人間社会にずっと紛れていられたのは何故だろうと思ったんだ。あいつに出来て僕に出来ないわけがない。僕もあいつも同じ白い竜だから。上手くいった。まだあいつみたいに長い間押さえていられる自信はないけど、それでも短時間ならどうにかなりそうだ」
「どうにかなりそう……じゃない。君はどうしてこうも身勝手な」
「ジーク。悪いけど僕は調教された翼竜じゃないし、動物園の獣でもない。当然、僕のためにみんなが惜しみない努力をしてくれていることには感謝している。でなかったら、僕はもっと早い段階で単なる化け物と化していたんだと思う。けれどこうやって目覚めて、自分を制御できるようになってきた。僕が、僕の意思で、杭をどうにかしたい、世界を救わなくちゃ、凌をどうにかしなくちゃと思うことの何が悪いの」
「そういう問題じゃないと言った」
「じゃあ、どういう問題。僕が地下に閉じ込められているのは、僕の力が制御できなかったことが原因なんだから、制御できるようになったら外に少しくらい出ても良いかなって思うことくらい、自然だと思うけど」
「大河、いい加減にしろ」
「この地図、見てハッキリした。やっぱり、杭を打ったのは凌だ」
「……ハァ?」
ジークは手を緩め、やっと僕を解放した。
僕は床に落ちた紙を拾い、さっき描いた図を二人に見せた。
「二重の円を描き、内側の円の中に、三角を二つ、上下逆にして重ねる。簡易的な魔法陣の図柄。これ、凌が使ってたヤツだよね」
ジークもレンも、ギョッとして紙を見ている。
「レグルノーラ全体を魔法陣に喩えて、頂点を繋ぐと、この図と重なる。あいつはわざとこうやって、全て凌の意思だと、これはゼンじゃなくて、自分がやってることだと訴えていたんだ。……なんで隠してんだよ、こんなこと。大事な情報は教えて貰わないと困るんだ。まだ色々と隠してるんだろ? 僕がなるべく記憶を見ないよう、気を遣ってることを逆手に、出来る限り興奮材料になることは隠しておこうと、そういう算段なんだろ」
そこまで言うと、二人ともわざとらしく僕から顔を逸らした。
目を見られたら、記憶の中を探られる。そう知っているからこその行動だ。
「……今日はもう疲れたから、このくらいで良いよ。みんなに伝えといて。出来れば数日以内に、杭を壊したいって。期限が迫ってる。次にどこを壊せば良いか、せめて都市部にある四本の杭を壊す順番くらい考えといてよ」
「数日以内って、良いのか。期限までもう少し時間が」
「さっさと絶望を終わらせたいんだ。頼むよ」
そう吐き捨てて、僕は転移魔法で会議室を去った。
去り際に見えた二人の顔は、あり得ないくらい真っ青だった。
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