7. 大きな代償
話をするつもりなんてない。
相手は魔力を帯びた人間の娘。
ついぞ正体がバレた。
周囲には誰も居ない。少女が人払いをした上、結界まで張ったからだ。
普段ならこのまま食ってしまうところだ。面倒なことになる前に、関係者全員を食ってしまう。そうやって、町や村を点々としてきた。
……が、今回はいつもと違う。胸が、変にざわついている。
『人間と何を話せと言うんだ。……くだらない。何が神だ、何がお告げだ。何がしたい』
僕は努めて冷静に返した。
塔の魔女は淡々と話を続けた。
『神は、世界を構成する三つの存在に、強大な力をお与えになりました。しかし、力には大きな代償を伴います。塔の魔女として強大な魔力を得た私は、愛する者を持つ事を禁じられました。家族は全て惨殺され、今後二度と他人を愛せない呪いがかけられました。私は処女のまま、愛を知らずに死ぬのです』
少女には表情がなかった。
『悪魔を祓う者は、二度と自分の世界に戻れなくなる呪いにかけられると聞いています。それまで培ったものを全て失うのです。レグルノーラに血も肉も、骨すら
うつろな目で、少女は僕を見ていた。
塔の魔女、血縁者を惨殺される話。どこかで聞いた。
何かを得るためには……、この話も、誰かに聞いたことがある。
聞いたんじゃない。魔女の話はノートに書いてあった。ノート……?
待て。
誰のノートだ。
レグル語で書いてあったが、あれはレグルノーラでの出来事じゃなかったはずだ。
リアレイト。――僕は。
『呪いと言うべきかどうかは分からないけど』
僕の意思と関係なく、勝手に口が動いた。
そうだ。
僕は入り込んでる。これはあの白い竜の記憶。
――危なかった。
呑み込まれるところだった。
また呑み込まれて、自分を見失うところだった。
意識を保て。頭の中でどんなにリアルに再生されていても、これはあくまで過去の出来事で、僕自身が考えて行動しているわけじゃない。
分けて考えろ。
僕と、この身体の持ち主は別々だって。
『僕には、名前がない。存在しないはずの白い鱗のせいで、森を追われ、竜として生きることすら許されなかった』
僕は、少女の気迫に観念したように、そう吐き出していた。
『……“白い狩人ウー”というのは』
『人間達が勝手に、旅人姿の僕をそう呼んでいる。今の時代、今の姿、今の町ではそういう名前。別の所へ行けば、きっと僕は別の名前で呼ばれる。――人間の姿をしている時は、人間達は僕を適当な名前で呼ぶ。いずれそれが定着し、僕自身を指すようになる。……けれど、白い竜としての僕には、名前がない。誰が産み落としたのか、なぜ鱗が白いのか、何一つ分からないまま数百年生きてきた。それを呪いと言うなら、そうなんだろう』
少女は僕の様子をじっと見つめながら、話を聞いていた。
黒いローブからはみ出した細い手足。窪んだ目、痩せこけた頬。魔力はかなり強い。美味そうな臭いはする。……が、食欲はそそらない。毒気を含んでいるように感じる。
『絶望を何度も経験したのでしょうね。私と同じ』
少女はローブの下で、ふぅと長く息をついた。
『神が仰るには、三つは偶発的に現れる。今の時代に、悪魔を祓う者は存在していない。世界の均衡を保つには、三つが揃い、塔の天辺で何か儀式のようなものを行わなければならないとのこと。つまり……、私とあなただけでは、何も出来ない』
『何も出来ないのに呼んだのか。バカバカしい。用がないなら僕はこれで』
『――いつか、その三つが揃う日が来るまで、塔の魔女は代替わりを続けていく。あなたもきっと、生き続ける。もしあなたが死んでも、また次の白い竜が現れ、その日を待つでしょう。悪魔を祓う者――強大な力を持つ異界の干渉者を、どうにかして見つけなければなりません』
立ち去ろうとする僕を、少女は止めた。
少女のか細い手が、僕の腕を掴んでいた。
『絶望を、終わらせたいとは思いませんか』
思いのほか強い力で掴まれ、僕は少しギョッとする。
『私とあなた、そしてどこにいるやも知れぬ、悪魔を祓う者と共に、絶望を終わらせたい』
少女の眼光は鋭かった。
それまで見た誰よりも。
『……神とやらが、そんな残酷な遊びを? それは本当に神なのか?』
彼女の言葉を、簡単に信じようとは思わなかった。
こんな滑稽な事があるか。
一体なんのためにそんなことを?
『神は、残酷です。絶対的で恐ろしい存在なのだと思います。神は遥か天上から私達をずっと見ているのです。どう頑張っても、私達は神に逆らうことができない。ならばせめて……、少しでも早く、この絶望を終わらせたいとは思いませんか?』
・・・・・
汗だくでベッドの上に戻っている。
寝ている時も一切気が休まらない。全身、嫌な汗でじっとり濡れていた。寝る前にシャワーを浴びたのに台無しだった。
肩で息をして汗を腕で拭い、僕は今までのそれが夢だったことを再度確かめる。
そうでもしなければ、また夢か現実か、誰かの記憶なのかさえ分からなくなってしまう。
一体いつまでこんなことを続ければいいのか。
杭を壊せば、さらに僕は追い詰められるんだろう。
耐えられるのか、暗黒魔法の闇に。
――『絶望を、終わらせたいとは思いませんか』
あの少女の言葉が沁みる。
残酷すぎる。
地獄に終わりが見えない。
『大丈夫か、タイガ』
頭の上から声が降ってきて、僕は無意識に、監視カメラの方を見る。
「何とか大丈夫、……だと思う。寝ている間、変な数値の動きはしていなかった?」
『特に、異常ないよ。ホントに戻って来たんだな。おかえり。何か変な夢でも見てたのか?』
「まぁ……、いつものことだよ」
監視室のフィルの声。
本当は何かあったに違いないと疑ってしまうような、少し焦ったような声だった。
『お昼にする?』
「頼む」
あまり長く会話をしたくなかった。
ずっと、ピリピリが続いてる。
僕も、僕を監視する人達も。
*
「教会の、資料室ですか?」
午後から僕の様子を見にやってきたウォルターに、資料の話をする。
父さんが纏めていた帆船の本の話、塔にあった本の話。
「確かに、教会の資料室には古い本や書簡がたくさん保管されています。該当する本がどんなものか、シバにも確認してみましょう。あまり期待しないでお待ちください」
「ありがとう、助かる」
「いえ、私がお役に立てることといえばそのくらいですから」
「ついでに、探して欲しいものがあるんだけど」
僕はさっき見た白い竜の記憶を思い出しながら、ウォルターにそっと尋ねた。
「初代の、塔の魔女のことが知りたい。塔の魔女の決め方とか。あとは、歴代の塔の魔女の経歴や、何が起きたか、年表のようなものがあれば」
「それは、教会よりも塔のほうにありそうな気がしますが……、いいでしょう。塔にも協力を仰いでみます」
記憶が曖昧で、はっきり分からない。
確か僕は、塔の魔女と五傑達を交えた協議に参加していたはずだ。
その後、何もかもめちゃくちゃになった。
「ウォルター、教会と塔はあのあと……」
「その件に関しては、後でゆっくりお話しします。色々と、確かめたい事もありますし」
「それは、僕の中身とか?」
「……まぁ、そのようなものです」
ウォルターはわざとらしく言葉を濁した。
僕も、出来れば今は聞きたくない。
なるべくうっかり記憶を覗かないよう、ウォルターの顔から視線を逸らした。
いろんなことが立て続けに起きて、頭がパンクしそうだ。
「……ところでさ。杭のことだけど」
「なんでしょう」
「出来れば、地図が欲しい。壊した二本の杭と、残り十本の杭の位置が分かる地図。あと一週間もないんだろ? 大体の場所を確認したいんだ」
「地図ですか」
ウォルターはそうですねと顎に手を当て、少し思案していた。
「こちらに持ってくることが出来ればいいのですが、今は会議室の壁に貼り付けて、分かったことや気付いたことをどんどん書き込んでいる状態です。カメラで撮って、印刷するか、タブレットに表示する方法でなら」
「直接、見たいんだよ」
「直接、ですか。仕方ありません。やはり、剥がして持ってきましょう。大きいので、時間を頂戴できますか。目一杯引き延ばしたので、私一人では剥がせませんから」
「あ……本部棟のとこだよね。少しの間なら、行っても良いかな」
「そうですね、少しの間なら……。って、ええっ?!」
ウォルターは反射的に答えた。
直後、自分の言葉に絶句した。
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
「た、タイガ! そういう意味では」
上手くいった。
僕はウォルターに軽く手を振ってから、転移魔法を発動させた。
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