6. 白い塔と魔女
不自然な動きをする僕らを見かねて、店主が近くに寄ってくる。
『困るんだよなぁ、あんちゃん達。買う気がないなら出てってくれないかね。ほかの客だって結構来るんだから』
店主が言うのは尤もだった。
石が売られていたのは看板のない小さな店。主に女物のアクセサリーや宝石を売っているような小綺麗な店だ。竜石は店の奥でなるべく人目につからないよう、ひっそり売られている。
むさ苦しい男が二人、そんな店の奥で言い合いをしていたら、それだけで迷惑だろう。
邪魔になると分かっていながら、僕はなかなか動けなかった。
身体中から吹き出した汗は、僕をどんどん追い詰めていく。
『石が、砕けた……?』
連れの男は驚いて僕を見た。
『ウー、お前が砕いたのか?』
僕は答えない。
店主が僕らを睨みつけ、『早く出てった出てった!』と怒鳴り散らすのを横目に、僕は綺麗に色分けされた竜石の山に手を伸ばした。
『おいこら! 何をする!』
――竜石は、僕が触れると途端にパリンパリンと音を立てて砕けていった。
この石ひとつが数日分の食費と同等なら、相当な被害だったろう。店主は慌てて僕を止めようとしたし、連れの男も僕を怒鳴った。
気付けば陳列されていた石の半分以上が砕け、売り物にならなくなっている。
竜石は本物だ。
石は確かに力を吸った。
しかし、僕を弱らせるにはあまりに心許ない。
『まさかこんなもので、白い竜を止められるとでも思ってる?』
僕は、震えた声で言う。
『こんな、もの……?』
『こんな脆い石じゃ、何の役にも立たない』
店主は、粉々に砕けた石を見て、ショックを受けていた。
連れの男も、何が起きているのか、すぐには理解できないようだった。
僕が石を粉々に砕いてしまったことで、連れの男に不審がられることが多くなった。
それまでなんとなしに行動を共にしてきた彼だったが、やたらと僕の顔色を伺うようになる。
『噂では、白い竜は人間の姿に化けて街に紛れているらしいんだ。ウーは聞いたことがあるか?』
『さぁ、知らないな』
彼は時折、僕の正体を確かめるように、そんな質問をした。
僕は、何も知らないふりをする。
夜、宿屋で寝る時も、男は僕を警戒し始めた。眠りが浅いようだ。一日中、目の下にくまを作っている。神経がピリピリと張り詰め、まるで別人のように痩せ細った。
それまでギルドでそれぞれ仕事を請負い日銭を稼いできたのだが、男は僕に同行するようになった。逐一、僕の行動を監視した。
そろそろ、潮時かも知れない。
町の中心に、巨大な白い塔を建てる計画があるのだと噂で聞く。
なんでも、このレグルノーラで一番魔力のある魔女が、その塔の天辺で世界を見守るらしいのだ。
塔の魔女は、穢れのない純真の乙女で、強大な力を持つと聞く。
塔の高さは、はるか天を仰ぐほどになるらしい。そのため、大量の人夫が必要だとかで、世界中から町に人が流れ込んでいた。
町はますます賑やかになる。
あちこちからやってきた人間達は、宿に泊まり、市を散策し、仕事に精を出す。商人達は各地の様々な特産品を売り始め、旅人達は各地の噂話を広めてゆく。中には吟遊詩人なる者まで現れて、様々な伝承を歌にのせて語り歩いていた。
『急に人が増えたな』
夕暮れ、人の波を抜けながら僕が言うと、連れの男は『そうだな』と小さく言う。
男は、僕が何かしでかすんじゃないかと、ずっと険しい顔を続けている。
『この前、吟遊詩人が面白い歌を披露していた』
僕が言うと、彼は酷く怯えた顔をする。
『白い竜は全てを焼き尽くす、現れた場所には何ひとつ残らない。そういう歌だった。世界中に同じような話が伝わっているのだと聞いた。人間は、恐怖を語り継ぐことで、一体何をしようとしているんだ?』
僕の半歩後ろを歩く彼に、僕はわざとらしく聞いてみた。
男は薄闇の中、家々から漏れる明かりに照らされた僕の顔を見て震え上がった。
『ま、まるでウーが白い竜みたいな言い方だな』
フフッと僕は小さく笑った。
『僕が白い竜なら、そう思うだろうってことさ』
誤魔化しとは言えないそれに、男は押し黙った。
白い竜を捕らえた者には賞金を与えると、塔の魔女からお触れが出たのは間もなくだった。
純真無垢な魔女が一体僕に何の用なのか。
恐ろしい竜を捕らえて何をしたいのか。
興味が湧く。
僕はギルド経由で人夫の募集に手を上げ、塔の建設現場へと向かった。
そこでは、毎日入れ替わり立ち替わり、様々な格好の男達が力仕事に励んでいた。
大工だった者、農夫だった者、或いは冒険者、旅人、屈強な戦士、奴隷まで。とにかく力があってそれなりにやる気のある者を雇い、日毎給金を出していた。
台車にキラキラと光る石を乗せて運び、細かく砕いて土と混ぜ、水を加えて壁材にするらしい。石は特殊なもので、入手が難しいから無駄にしないように、丁寧に全体的に均一に混ざるようにと、作業前に注意をされる。
その石には見覚えがあった。
『竜石だ』
連れの男が呟いた。
『ウー、お前、大丈夫か』
『何が』
『前に竜石に触れたとき、具合が』
僕はスコップで石と土を混ぜながら言葉を返す。
『どうした? お前の方が顔色悪いぞ』
僕はニッと口角を上げた。
竜石は、親指の爪程の大きさまで、専用の道具を使って砕く。これはコツがいるらしく、石工が担当する。
砕かれた石を混ぜ込む作業から先は、日雇い人夫の仕事。
僕は人間共に混じって、何食わぬ顔で作業する。
竜石を混ぜ込んだ土で塔を作るのか。……なるほど。余程僕を警戒している。
まさか白い竜が人間の姿に化けてこっそり働いているなんて、きっと塔の魔女も想像できないだろう。
一週間程、素知らぬふりをして工事に参加した。
時折、魔女に仕える人間達が工事の進捗を確認しにやってくる。その中にうっかり塔の魔女が混じってやしないかと、僕は作業の傍ら、チラチラと様子を見ていた。しかし、ついに分からなかった。皆ローブですっぽり身体を隠し、気配を出来るだけ消して、正体が分からないようにしていたのだ。
見つかりたくないのだ。僕と同じだ。
今はその時ではない。
だからひっそりと身を潜め、その他大勢の中に紛れ込む。
これから先、何百年となく世界を見守る塔になる予定だから、きっちりと作るようにと、雇い主は見回りの度に何度も念を押した。
全く、人間てヤツは何を考えているのか分からない。
その命はどんなに長くても八十年程度で途切れるのに、言い伝え、歌、子孫、建築物、なんでもかんでも次の世代に繋がるように作り続けるのだ。
不思議で堪らない。
いつ僕が急に暴れ出し、巨大な口を開けて腹の中に次々人間を放り込むかも分からないのに。町も、人間も、なにもかも破壊し尽くすかも知れないのに。
さっぱり分からない。
分からないから……、興味が湧く。
最後の給金を貰い、建設中の塔の外へ出ようとしたところで、呼び止められる。
『白い狩人ウー。お前が、かの者か』
衛兵がずらっと僕の進路を塞ぐ。気が付くと、四方を囲まれている。
『かの者とは?』
『しらばっくれるな。通報があった。お前こそが、かの者に違いないと』
ハッキリ言ってしまえば、きっと周囲に要らない恐怖を与えてしまうと踏んだのだろう。衛兵は遠回しに僕の正体を言い当てた。
連れの男がいない。
やはり、あいつが通報したのだ。
くだらん。やはり、早々に食っておくべきだった。
『だとしたらどうする。引っ捕らえて八つ裂きにするのか』
『塔の魔女は、傷つけず連れてくるようにと』
『……面白い。行こうか』
塔の魔女と名乗る女は、建設現場から少し離れた宿屋にいた。完成までの間滞在予定のようだ。
宿屋までの道のり、衛兵に取り囲まれ、物々しく町の中を歩かされた僕は、
ただでさえ白い髪に赤い目、それに、知らない間に付いてきた名前と肩書き。冒険者や賞金稼ぎがゴロゴロし、ギルドでは身分を明かさず依頼がこなせた。人間を襲いたい衝動がないわけではないが、無闇に自分の居場所を失うのも嫌だった。
様々な人間達が行き交う町は、僕が身を潜めるのに非常に都合が良かった。
しかし、長く居すぎた。
そろそろ、暴れてもいい頃合いではないか
『お会いするのを楽しみにしていました』
塔の魔女は、少女だった。
大人と子どもの間、なるほど純真無垢な乙女だ。
魔女は人払いし、念のためと扉や窓を全て閉じ、魔法で室内を明るくした。更に結界の魔法を施し、僕と二人きりになった。
『塔で、あなたを見かけました』
魔女は言った。
『まるで普通の人間ですね。一体いつからそのような姿でいるの?』
僕の正体を知りながら、塔の魔女は動じず、それどころか質問まで。
面食らう。
一体彼女は何者なのだ。
『竜の姿でいるよりも、人間の姿で過ごしている時間の方が長いかも知れない。もう、随分昔からずっと。僕と会話をするつもり? 食われるかも知れないのに』
金色の長い髪をした少女だ。透き通るような翡翠色の瞳をしている。……誰かに、似ている気がする。
『貴方は私を食べませんよ』
……僕は目を丸くする。
『彷徨える白い竜を導くよう、白い塔を建てよと、神のお導きがあったのです』
『導き?』
『神は私に告げました。世界を構成する三つ。唯一の白い竜、強大な力を持つ魔女、そして異界からやってくる、悪魔を祓う者。世界が混沌へと向かい始める前に、それらを集めよと。道標として、世界の中心に塔を建てよとのことでした。私は、お告げの通り塔を建てています。三つのうち、白い竜と魔女はここに。悪魔を祓う者は現れていません。その三つが力を合わせたときに、世界は均衡を保つと神は仰いました』
少女はニコリともしなかった。
まるで全てを受け入れたかのように、空っぽだった。
『話をしませんか。私と、話をしましょう』
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