3. 気持ち悪い

 人目の付かない路地に入ってから、転移魔法で家に飛んだ。

 玄関前に転移して、「ただいま」と家に入る。スニーカーがひとつ、増えている。


「あ、大河来た。雷斗君来てるよ」


 母さんが玄関先に顔を出し、教えてくれる。

 リビングに行くと、雷斗がソワソワしながら立っていた。


「凄ェ!! 大河だ!!」


 雷斗の背はあの日より更に伸びていた。身体もガッチリしてる。

 少し髪を伸ばして、清潔感もある。伯父さんに心なしか似てきている。


「雷斗。会いたかった」


 僕らはスっと手を出して、パシンと高い位置で手を握りあった。


「おばさんが言ってた通り、凌叔父さんそっくり。叔父さんの方がもうちょい背が高かったかな」

「これから成長期だから、抜くかもよ。雷斗こそ、結構身体鍛えてるね。筋トレ続けてるんだ?」

「まぁね。腹筋割れてるくらいじゃないと?」


 あの日、いろんな色が混じりすぎてぐちゃぐちゃだった瑠璃色は、綺麗に澄んでいる。雷斗は、乗り越えたらしい。


「高校の制服? 襟と袖、ライン入っててカッコいい。進路決まった?」

「大学行く。入試のために、今頑張ってるとこ。児童福祉関係の仕事したくて。オレ達みたいにさ、悩みを抱えた子どもに寄り添いたいんだ」

「凄いじゃん! 雷斗、自分でやりたいこと、見つけたんだね」

「大河のお陰だよ。親父も柔らかくなった。どうにかしてお礼したかったのに、全然会えなくなっただろ? 心配してたんだからな!」


 さっきまでのモヤモヤが、雷斗に会ってスッと消えたような気がする。

 雷斗に釣られてるだけかも知れないけど、凄く……、気分が明るくなる。


「あんた達、二階行ったら?」


 母さんに言われ、僕らはハッとした。

 興奮のあまり、立ったまま話を続けそうだった。

 キンキンに冷えたコーラ二リットルペットボトルとグラスを二つ、それからポテチの袋を渡されて、僕らは素直に受け取った。


「友達なんて呼んだことないんだけど」


 書斎のついでに、自分の部屋に行っとけば良かった。室内がどうなってるのか、全然確認してない。


「じゃあ、オレが初?」

「あ……、違う、リサが最初かな。そう言えば」

「リサって、一緒にいた金髪の?」

「干渉の仕方、教えて貰ってたんだ」

「え? まさか一人で干渉も出来なかったの?! 神の子なのに?」

「仕方ないじゃん。僕の力、封印されて、何にも聞かされてなかったんだから」


 話しながら僕らは階段を上がり、左側にある僕の部屋に向かった。

 右手にある書斎から物音がする。父さんはまだ作業中だろうか。

 気にはなるものの、今はこっち。書斎を横目に左に曲がってドアを開ける。

 室内に入ると、まるでタイムスリップしたかのように、あの日のままだった。


「懐かしい」


 思わず漏らした言葉に、雷斗は笑った。


「あれ、まだ入ってなかった? 中学生の大河の部屋ってこと?」

「あ……、うん。なんか恥ずかしいな」


 机の上にペットボトルとグラスを起き、部屋を見渡した。

 雷斗もポテチの袋を机に置いて、あちこち見回している。

 三年前に読んでた漫画、ラノベ。好きなキャラのフィギュア。図工で作った訳の分からない木製の何か。

 ついに卒業の叶わなかった中学の制服も壁に引っ掛けたまま。


「おばさん、こまめに掃除してたのかもな。ホコリひとつない」

「だよね。戻れる保証もなかったのに」


 せっかく用意してくれたコーラ、飲まなきゃ勿体ないと思って、栓を開ける。

 グラスに注ぎながら、そう言えばさっきから食ったり飲んだりし過ぎじゃないかと思う。竜化して疲れてるのか、食欲はあるから良いんだけど。


「お、サンキュ。乾杯しようぜ」

「乾杯? 何に?」

「大河との再会に! カンパァイ!!」


 カチンとグラスを鳴らし、一気飲み。

 ついでにポテチの袋を開け、床に座って二人で摘む。

 空になった雷斗のグラスにコーラを注いでいると、ふと視線が気になった。


「はい、おかわり。……どうしたの?」


 目を細め、じーっと僕を見る雷斗に、恐る恐るグラスを渡す。

 雷斗は首を傾げながら、グラスを受け取った。


「髪、染めてるって? あれ? 目も何か違う」

「あ、あぁ。うん」


 僕が来る前に、母さんに聞いていたようだ。

 不自然に黒いの、雷斗もやっぱり気になるのか。


「薫子と会うために染め直してたの、忘れてた」

「薫子?」

「僕のいとこ違い……? 美桜のいとこだって」

「大河の親戚か」

「らしいね。今日初めて会ったんだ。陣が勝手に僕のこと話しててさ……」


 栓を締めながら乾いた笑いを零すと、雷斗はふぅんと首を傾げた。


「溜め込んでるだろ」


 ドキッとする。

 何のことだと目をそらすと、益々雷斗は僕をジロジロ見だした。


「何があったか知らないけど、だいぶ溜め込んでる。大河の周り、ぐにゃぐにゃに歪んでるんだよ。凌叔父さんと同じか、それ以上。以前とは比べ物にならない力を感じる。それに……、いや、何でもない。ところで今は、髪の毛白いって聞いてるけどマジ?」


 雷斗は何か言いかけていた。

 僕はワザと気づかないフリをした。


「うん……。陣が、周囲に変な刺激与えないよう、外では染めてた方がいいって」

「郁馬のヤツ、了見狭いな。気にせず、オレの前では普通にしていいよ。おばさんも、白いのカッコよかったって言ってたし」


 興味本位という訳ではなく、隠し事をされてるみたいなのが嫌なのかもしれない。

雷斗とは全身全霊でぶつかりあった仲。お互いの醜い所も全部見せ合ったのに、今更……だよな。


「じゃ、じゃあ戻すよ。ちょっと気持ち悪いかもだけど」


 一旦目を閉じ、色素を剥がしていくイメージで、髪と目、肌の色を戻す。……と、雷斗はおおっと声を上げた。


「変身術、変わってくの見るの、初めてだ」

「前に、目の前で竜化したじゃん……」

「あ、そっか。――って、凄ェ、別人? 印象違う!」

「あはは……。気持ち悪いだろ。死人みたいな色してるんだ」

「いや、そんなことないって。目の色も前は青っぽかったけど、真っ赤なのな。白い竜の血の影響?」


 決して大袈裟に言ってる訳じゃなさそうだ。雷斗の瑠璃色にも特段の変化はない。


「多分ね。レグルもこんな感じだったし」

「え? レグルの姿してる凌叔父さんにも会ったの?」

「あいつに眠らされたんだ。で、目を覚ましたらこんなことになってて。最悪だよ。お互い、親には苦労するよね……」


 僕は、顔を上げられなかった。

 雷斗の目、今は見たくない。

 そんな僕を察してか、雷斗は少し、間を置いた。

 壁掛け時計がカチカチと針を動かすのを、意識の片隅で聞きながら、僕らはコーラをぐびぐび飲んで、ため息をつく。

 お互い、暗くならないように努めてたのに、結局こうだ。

 僕自身に明るくなる要素がない。

 上辺だけ見繕ったところで、直ぐに無理がバレる。


「……苦労ってレベルじゃねぇだろ」


 再び空になったグラスを床に置いて、ボソッと雷斗が言う。


「凌叔父さんを、本気で殺すつもりなのか」


 やっぱり、この質問。

 何時ぞやに聞かれて、僕はどう答えたっけ。


「ドレグ・ルゴラが完全に復活する前に、殺さないと。僕だけが……、その力を持ってる」

「その話、前も聞いた。大河は、自分の意思で殺したいのかって聞いてる。何かさ、見た目もそうだけど、大河お前……、だいぶ追い詰められてないか?」

「別に。自分の置かれた立場を知っただけだよ。僕は、ドレグ・ルゴラを倒す為だけに存在する、いつ人間を襲うか、世界を破壊してしまうかも知れない危険な白い竜だって」

「危険な竜が、コーラ飲んでポテチ食うのか。随分庶民的だな」

「……調子狂う。信じてないでしょ」


 思わず、顔を上げてしまった。

 雷斗はニッとして、僕の顔を無理矢理下から覗き込もうとする。

 僕はプイッと目をそらす。


「信じてるよ。お前、嘘下手だし。危険な竜なのは、実際見たしな。……だけど」


 雷斗はポテチを何枚か摘み、口の中でパリパリさせてから、


「本当は、凌叔父さんのこと、殺したくなんてないんだろうなってのは、凄く伝わるよ」


 知ったふうな言い方をする。


「破壊竜を野放しには出来ない。あいつは、僕が殺さないと」

「叔父さんは大河のこと、凄く可愛いがってたぜ? あれから色々思い出したんだ。いつも大河のこと、宝物みたいに膝に乗っけたり、抱っこしたり」

「可愛いがりもするさ。あいつは最初から僕を、もしもの時自分を殺させるための道具にしたかったんだから」

「大河、それは」

「白い竜にしか、白い竜は殺せない。あいつと同等か、それ以上の力を持たなければ、世界は滅びるかも知れないんだ。僕は、あいつを殺すためなら、何だってするよ」

「……極端すぎる。お前、どうしたらそんなふうに」

「時間がない」


 短く言うと、雷斗は「ハァ?」と呆れたような声を出した。


「時間がないんだ。あと、一年十ヶ月。……もうそろそろ、あと一年九ヶ月になるのかな」

「何の話」

「二つの世界が滅びるかもしれない、その日までの時間」


 ゆっくり、顔を上げて、雷斗を見る。

 僕のセリフに驚いたのか、僕の表情に驚いたのか。

 雷斗は今日初めて、恐怖の色を見せた。


「悪魔討伐、雷斗は参加してないみたいだね。良かった。襲われたら追い払うとか、その程度にとどめてるなら、それでいい。進路優先にして正解だと思う」

「……なんだよ急に」

「能力があるから干渉しなくちゃいけない訳じゃないことも、雷斗には分かってきてるんだね。安心した。僕があとは何とかするから、雷斗は日常生活を大事に過ごして欲しい。せっかく親子で分かり合えたんだから、もう仲違いしないでよ」

「大河お前」

「二度と来ないと思ってたのに。記憶が混乱して、自分を見失って、気がついたら戻って来てた。……ごめん。こんなはずじゃなかった」


 僕がどんな顔をしているのか。

 ……考えたくもない。


「雷斗に会ったら言いたいこと、いっぱいあったはずなのに、何も思い出せない。本当にごめん。伯父さんには会うよ。じいちゃんやばあちゃんや、伯母さん、椿ちゃんとも会うよ。勝手に、父さんが約束してた。裏切れない。出来るだけ、数日以内に会いたいって言っといて。日程分かったら、父さんか陣にでも伝えてくれれば」


 雷斗はいつの間にか真ん前にいて、僕の胸倉を掴んでいた。

 食べかけのポテチが床に散った。


「……本当に、大河なのか」


 雷斗の目は潤んでいる。


「大河は、そんな死人みたいな目はしてなかった」


 オリエ修道院の地下、僕を殺そうと襲いかかってきた雷斗は、真正面で僕のおぞましい姿を見ていた。あの日の映像が、雷斗の目線で僕の脳内に展開していく。

 あの頃の僕は、もっとギラギラしていた。必死だった。

 雷斗を連れ戻すために、僕がどうにかしなくちゃと、苦しみながらも堂々と立っていた。


「……君に、何が分かる」


 吐き捨てるように言うと、雷斗はギリリと奥歯を噛んだ。


「分からねぇよ」


 僕の胸ぐらを掴む手が、力みすぎて震えている。


「君には全てが揃ってる。満たされてる。僕には何もない」

「だから何だ。そんな死んだような目をしたやつが、世界を救えるのか? 凌叔父さんを殺すって? 出来るかよ、こんな体たらくで。ふざけんな。冗談は休み休み言えよ」

「フフッ。冗談? 冗談に聞こえてるなら、それでもいい」

「何笑ってんだ。気持ち悪い……!」


 気持ち悪い。

 今の僕を形容するに的確な表現。


「ママに褒めて貰いたいから頑張ってたって、薫子が言うんだ」

「ハァ?」

「そういうの、良いなと思って。雷斗も伯母さんに褒められると嬉しいんだろ? やっぱり、血の繋がった母親って、特別な存在なのかな」

「大河、何言ってんだ急に」

「褒めて貰えるかな」


 僕は目を細め、口角をクイッと上げた。


「凌を殺したら、美桜はあの世で――、僕を、褒めてくれるかな」

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