2. いずれ後悔する
ケーキが運ばれてきた。
ショートケーキとチョコケーキ。
「じゃあ、ショートケーキで」
イチゴなんて久々すぎる。白の中に赤が良いアクセントで映えている。
つんと立った生クリーム、新鮮なイチゴ。色合いも良いし、もの凄く美味しそう。
「共食いみたいだ」
ボソッと呟くと、薫子はチョコケーキをもぐもぐしながら首を傾げた。
「あ、ああ。白と赤の組み合わせがさ。ほら、僕、白い竜だから。目は赤かったでしょ」
「――大河、さっきから暗い話題ばっか。なんかもっと、楽しいものだと思ってたのに。年の近い干渉者で、強いし、カッコいいし。もっとワクワクしたい」
三十分という時間制限がありながら、なかなか会話が進まないのは僕のせいだ。
共通の話題がない。
出来るだけ、薫子には余計な知識を与えたくないと思っているから、尚更。
「ワクワクさせるのは難しいな。だいぶ長い間眠ってたし、僕の本体は幽閉中なんだ。自由が利かない。好き勝手レグルノーラをうろちょろ出来るなら、話題に出来ることもあったかも知れないけど」
「神の子なのに、幽閉されてるなんて、変なの。レグル様もだよね。どうなってんの、あの世界」
「強すぎるんだよ」
「誰が?」
「僕も、りょ……レグルも。強すぎるから、封じ込めておかないと」
「白い竜の神様の力でしょ?」
「そうだね。でも、強すぎる力は、人を簡単に傷つける」
「さっきみたいに、急に竜になったり、銃を素手で握り潰せるような力?」
「ん……、まぁ、そう。あんなの、力を使ってるうちには入らないんだけど。そういうこと」
「ふぅん。全然分かんない」
薫子は首を傾げながら、パクパクとケーキを頬張っている。
僕も、久々のケーキをいただく。誕生日の時くらいしかショートケーキなんて食べなかったから、特別感がある。
イチゴは最後に取っとく派……じゃなくて、最初に食べちゃうんだ。フォークで刺して、そのまま口の中に。甘酸っぱい。幸せの味。
「ケーキ食べてる大河の顔、可愛い!」
「……は?」
「甘いの好きなんだ? もっといろんなケーキ食べようよ。郁馬の奢りで」
「陣に奢らせなくったって、芳野家の財力で十分美味しいの食べられるんじゃないの?」
「お小遣いは貯めてるの」
「貯めてる? 買いたいものがあるとか?」
「高校に入ったら一人暮らししたい。美桜みたいに」
大伯父と折が合わず、美桜は一人暮らしをしていたと、聞いたことがあった。なるほど。それで。
「浅はかだな。一人暮らしにどれくらいお金かかるか、計算してる? 美桜が一人暮らししてたのは、大伯父さんに気を遣ったからだよ。お金も大伯父さんが出してたはず。大伯父さん、美桜のことも理解したし、レグルノーラのことも知ってるような話、陣から聞いてるけど。それでも家を出たいの?」
「……ママが」
フォークを皿に置き、薫子はムスッとした。
「ママが、あたしのこと、分かってくれない」
「……その程度で?」
「その程度って何。幼稚園の頃から習い事もいっぱいやって、ずっと頑張って、ママにいっぱい褒めて貰ってたのに、干渉能力に目覚めた途端、気持ち悪がって目も合わせてくれない。それがどれだけ辛いか、大河には分からないの?」
「うん。全然分かんないね。僕は干渉者に育てられたから」
ケーキを食べ進めながら適当に答えると、薫子は一層大きなため息をついた。
「大河まで酷い。神の子なら分かってくれるとどこかで思ってたのに、損した気分」
「君だって、僕の話、分からないって言ってただろ。他人のことなんて、分からない方がいい。たとえ君が苦しくても、泣きたくても、分からないのが普通なんだ」
僕みたいに、些細な心の動きとか、相手の考えてることとか、記憶とか、そんなものは見えない方がいい。
見えるから、余計なものが見えるから、苦しくなる。
「――悪魔討伐、やめたら?」
言うと、薫子はガタッと立ち上がった。
「な、何言ってんの、大河まで……!」
「君がやらなくても、誰かがやると思う。中三の大事な時期を、そんなもんで棒に振っちゃいけないよ。君には未来があるんだし」
「そんなもん? 何その言い方」
怒った。
でも、怒りより動揺の方が大きい。茜色に混じる紫色が、ぐねぐねと捻れて見える。
ため息をついて、僕は薫子の顔をそっと見上げた。
「僕の手助けとか、したいんだっけ。要らないから。手は足りてる。君は、自分の将来のために勉強して、なりたいものになった方がいい」
「酷い。どうしてそんなこと言うの。あたしは本気で戦ってるのに」
「レグルノーラにある杭は、僕が全部破壊する。そして、破壊竜の復活を完全に阻止する。そしたらリアレイトにも悪魔はやって来ないはずだ。世界は正常に戻っていく。――その時に、悪魔討伐で費やした時間を後悔して欲しくない」
「こ、後悔? あたしが?」
「後悔すると思うよ。僕とこうやって関わってしまったことも、いずれ後悔すると思う」
「後悔なんて、するわけないじゃん。ずっと会いたくて、やっと会って、キミの力をまざまざと見せつけられて、こんなにドキドキしてるのに」
……参ったな。
陣のヤツ、勝手に僕のこと紹
介して、勝手なイメージ植え付けて。
これじゃ、薫子が可哀想だ。
何故だか薫子は、やたら僕に心酔してる。言うなれば、抱いて欲しくない感情を、彼女は僕に抱いてしまっている。
こういうの、困るんだ。
困るんだよ。
僕はグシャグシャと髪の毛を掻きむしり、ハァと大きく息をついた。
「普通じゃない生き方をしているから、僕が普通じゃないから、物珍しいだけなんだと思うよ。……違う?」
「そんなこと!」
「落ち着きなよ。座って」
薫子は渋々と、椅子に座り直す。
「君は、僕とは違う。君には未来がある。僕にはない」
「ど、どういうこと?」
「分かってないと思うけど、僕はもう、人間じゃない。化け物なんだ。今は人間の姿をしているだけ。君とは根本的に、何もかも違いすぎる」
「化け物って……、白い竜に変身できるってことでしょ。それくらいで」
「それくらいじゃないんだよ、薫子。君は、何も分かってない」
ウッと声を詰まらせて、薫子は視線を落とした。
「僕がどうしてリアレイトでの暮らしを捨てなくちゃならなかったのか、君が理解するのはとても難しいと思う。僕は、そんなに綺麗な存在じゃないんだ。……干渉出来てしまったこと、本当は後悔してる。リアレイトには来るべきじゃなかった」
ショートケーキの最後のひと欠片を口に入れ、ゆっくり咀嚼した。
辛くなるくらいの甘さが口の中に残った。
フォークを皿に置く。カツンと音がする。
「今日は、どうしてもリアレイトに来なくちゃならなくて、戻ってきただけだから。僕の親戚に、こんな可愛い子がいるなんて知らなかった。会えて良かった」
「大河! 私は」
「陣に頼まれたから君と会った。あっちでも世話になってるから、無下に断れなかった。それだけだよ」
店のドアが開く音。
いらっしゃいませの声。
靴の音。
「時間。延長無し」
時間きっかりに陣はやって来て、僕らに告げた。
「分かってるし!」
薫子は三分の一程残っていたチョコケーキを無理矢理口に押し込め、もぐもぐしていた。
席を立つ。
陣は先に会計に回っている。
顔を真っ赤にして涙を浮かべている薫子に、僕はどう接するべきだったのか。
「僕は薫子を家に送ってく。大河は、自分で家に戻れる?」
店を出たところで、陣は言った。
「戻れるよ。雷斗に会ったら、帰るから。悪いけど、薫子のこと、よろしく」
何が起きていたのか、陣は聞かなかった。
でも、何となくわかっているようだった。
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