7. 記憶の波から脱する手立てを
「――あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙っ!!!!」
何かが身体にぶっ刺さった。
激痛が走り、身体の動きが停止する。
何が起きているのか理解するのに時間が掛かった。
針だ。
針が刺さった。太い針。
「今だッ!! 押さえろ!!」
神教騎士共が部屋に雪崩れ込み、僕はあれよあれよという間に押し倒され、仰向けのまま床に固定された。
真っ暗い。夜か。
暗闇に、警告を表す赤色の光が何度も入り込む。
僕は白い竜になりかけていた。身体が肥大化し、闇に白い鱗が浮かんでいる。
「タイガ!! 暴れるな!!」
「グアアァッ!! ア゙ア゙ア゙ッ!!」
何で襲われているのか、何でこんなことになっているのか、全然分からない。
人間共は、何で僕を。
全身を捩り、神教騎士共を振り落とそうと藻掻いた。が、ヤツらはしつこかった。どうにかこうにか、振り落とされないように、僕の身体に剣を突きつけたりナイフを刺したりしている。
痛いとか、苦しいとか、そんな感情より先に、ただただ邪魔くさいって気持ちが先行する。
「鎮静剤、効いてるのか?!」
「翼竜用、二本も打った!」
「効くまで時間が掛かる。押さえて……!! これ以上、竜化を進めちゃダメだ!!」
「リサは?!」
「もうすぐ着く。制御装置はどうなってる?!」
『さっきから最大出力だけどぉ?!』
邪魔くさい。
徒党を組み、僕を押さえ込もうとしている。
「人間共めぇええ!!!!」
牙を剥き出しにして、僕は直ぐ近くの人間を威嚇した。が、首が固定されている上に、肩に深く刺さった剣で、身体が起こせない。
炎を吐こうにも、竜化が半端で体温が上昇しきらない。
血が、だくだくと流れ出ている。
息が苦しい。意識が、朦朧としている。
「どうせ直ぐに回復する。死ぬ気で止めろ。タイガに人間を食わせるな」
「タイガ、耐えろ。お願いだ、正気に戻れ」
「グレッグ、右手!」
「ク……ッ!! 許せ!!」
ザクッと手のひらを剣で刺される音。激痛。叫ぶ。
「タイガ、タイガ耐えろ。私達も、必死に押さえる。タイガ一人を、苦しませない」
聞き覚えのあるような声が沢山飛び交っている。
大量の血が、身体の至る所から流れ出ていた。
苦しい、痛い。
ダメだ。
意識が遠のく。
「……死にたくない。死にたくない、死にたくない」
身体が震えた。
死ぬのか。何が何だか分からないまま、僕は死ぬのか。
「死なない。君は死なない。全部終わるまで、死ぬことは許されない」
嫌だ。
逃げなきゃ。
早く、早く逃げないと。
……ダメだ。力が、抜ける。
身体が、急激に縮んで。
・・・・・
巨大な白い竜の姿でいることが得策とは思わない。
魔法エネルギーの乏しい森の外では、巨体を維持するために大量の餌が必要になるからだ。
人間の姿でいよう。
そうだ、旅をすれば良いのではないか。ニールと同じように。
一つのところに留まっているから、正体を長い間偽り、自分を押し殺して生きなければならない。
ニールのように旅をすれば、その必要は最小限にとどめられる。
腹が減ったら、食いたいだけ人間を食えば良い。
この世界だけじゃない、異世界にも、魔法を帯びてはいないが、人間はごまんといた。
人間の繁殖力は想像以上だ。あの分だと、いくら食っても絶滅することはないだろう。
村から村へ、転々とする。
途中、噂を聞く。
『また、村が一つなくなったらしい』
『白い竜か』
『村人全員食われたんだ。酷いもんだ』
『白い竜の仕業かどうか、誰か見たヤツがいるってのか』
『隣村の高台から見えたらしい。白い竜が喜々として村を焼いてたそうだ』
『神が天罰を下してるって騒いでいたヤツがいたのを知ってるか?』
『天罰?』
『世界を創りたもうた古代神が、白い竜に姿を変えて秩序を乱す人間に罰を与えなさっているんだと。最近、小国同士の小競り合いが絶えない。それを神は憂いて人間を罰しておられるんだとか』
『確かに、神はお怒りだろうな。それもあって、魔法使い共が騒いでるんだろう』
『“強大な魔力によって、世界に安寧を”――だっけ? だが、魔法使い共だって十分胡散臭い。まともな思考じゃねぇ。妙な力を使ってどうこうしようなんて、気が狂ってるとしか思えねぇ』
『全く、頭のおかしい連中ばかりが幅を利かせる、とんでもねぇ世の中になったもんだ』
――『古代神が、白い竜に姿を変えて』?
笑わせる。
そこに、神の意志などない。
全ては僕の。
・・・・・
身体中、包帯だらけだった。
全身だるくて、頭がぼうっとしていた。
手を動かすのがやっと。
見慣れた天井、ガラス張りの部屋。
白い法衣の聖職者と、杏色のメス。
「目を覚ましましたね。リサのおかげで助かりました。タイガも安定しているようです」
「良かった……」
杏色のが涙ぐんでいる。
僕はベッドの上からその様子をじっと見つめていた。
こいつ、僕を心配してるのか。不安の色が多めに混じっている。
「司祭のウォルターです。覚えていますか。彼女はリサ。貴殿の力を吸い取ってくれています」
「ウォルター……? リサ……?」
頭の隅っこに何かが引っかかったままで、未だよく思い出せない。タイガの知り合いなのだろうとは思うんだけど。
「やっぱり、記憶に問題があるようですね。無理はしなくていいですよ」
ウォルターはニッコリと優しく笑った。
「何か、辛いことがあったんですね。深夜に突然暴れ出し、少し焦りました。薬が効かなかったらお手上げでしたよ」
途中からしか、記憶がない。
気持ち悪いくらい現実味がなくてゾッとする。
「タイガ。少し、話を聞いても?」
「何」
ウォルターは椅子を引っ張り出し、ベッドの直ぐそばに座った。
リサはその後ろで、不安そうに僕を見ている。
「覚えていることを、一つずつ教えて頂きたいのです。思い出した順番で構いません」
「聞いてどうすんの」
「貴殿の記憶が、かの竜のそれであることは概ね間違いないでしょう。貴殿が、記憶の波から脱する手立てを探りたいのです」
「記憶の、波……?」
「大きな記憶の波に呑まれ、貴殿は自分を見失ってしまっている。共通点も多いですし、共感することも多いはずです。しかし、記憶で見えるのは既に起きてしまったこと。どんなに解決方法を考えても、解決することはありません。事態も好転しません。このまま、再生される記憶に翻弄されていては、精神が破壊されてしまう。そこで、一つ試してみたいのです。タイガの中の記憶を、三つに区分します」
ウォルターは指を三本立て、静かに笑った。
一旦手を下ろしてから、改めて人差し指を立て話を続ける。
「一つは、森で生まれたという白い竜の記憶です。これは、今の貴殿には理解できないかも知れませんが、闇の魔法によって与えられた、かの竜の記憶。……かの竜が何者かについて、ここでは触れません。あくまで、区分するための名称だと思って頂いて差し支えありません」
中指も立て、二を示す。
話は続く。
「二つめは、タイガの記憶。一つめが強烈過ぎて霞んでしまっているかも知れません。ですが、確実に貴殿の中に残っているものです。例えば、この部屋の設備。貴殿がタイガでないのだとしたら、きっと意味不明なものが多く存在しているはずです。何故蛇口の捻り方を知っているのか。何故医療行為と攻撃を区別できるのか。食べ方、道具の使い方、所作、言葉、様々なものにタイガの記憶が生きています」
最後に薬指が立てられる。
「そして三つめ。誰のものかあやふやな記憶。タイガには他人の記憶が見える特性があるのだと聞いています。様々な記憶を見ているウチに、影響されたり、自分の記憶と混同されてしまったりしている可能性があります。これを分別していくことで、タイガの中に溢れる記憶が徐々に整理されていくはずです」
どうでしょうと、少し首を傾げ、ウォルターは口角を上げた。
静かな象牙色。聖職者は、薄い色が多い。ウォルターも例に漏れず、白に近い色をしている。
濁りのない色に、絶対の自信と僕に対する真摯な気持ちがうかがえた。
「……いいよ。暇だし」
仰向けのままポツリと言うと、ウォルターは満面の笑みを見せた。
リサの杏色からも、不安の色が薄くなったような気がした。
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