5. ニグ・ドラコ産の竜石

 ヒアシンス色のヤツはレンと名乗った。一抱えもある白い瓜状のものを持ってきて、床に道具を広げ、何やらゴソゴソと作業を始めた。機械だ。瓜には蓋が付いていて、工具でこじ開けられている。

 僕も流石に気になった。

 ベッドから降りて、レンの隣に屈む。


「君が何回も暴れるから、二号が変なんだ。で、部品交換と新しいセンサーの増設が必要になってさ。二本目の石柱を壊した直後の数値も参考に調整するから、大人しくしといてよ。この部屋のセンサーも、異常値を示してる。君、本当に化け物になってきたな」


 化け物と言われてムッとした。けれどレンは僕の反応を無視して機械いじりを続けている。


「化け物のところに来るなんて、相当頭がおかしいね」

「ああ、奇遇だな。僕も同じことを考えてた。食われるかも知れないのに、懐に飛び込むような真似をして、絶対に頭がおかしくなってるって自覚がある。君が目を覚まして以来、全部が全部めちゃくちゃだ。いつ目を覚ますのかやきもきしてた頃が懐かしいよ。意識がないまま暴れまくってたけど、あれは平和だったんだな」


 レンの言うことは意味不明だ。暴れてたのに平和? やっぱり頭がおかしい。


「ま、僕にとっては、君の中身なんてどうでもいいことだけど」

「どうでもいい?」

「どうでもいいだろ。君が白い竜であることに、何ら変わりはないんだから。僕は君が順調に石柱を壊し、かの竜の暴走を止めてくれたらそれでいい。君がタイガだろうが、そうじゃない別の誰かだろうが僕には関係ない。僕は死にたくないし、諦めたくない。だからここにいる。君が何と戦ってるのか、どれだけ苦しんでいるのかは知らないけど、僕らだって苦しいんだ。自分だけが苦しいなんて思うなよ」


 レンのご機嫌は最悪らしい。


「さて、完了。テストも兼ねて測定するから、じっとしてろよ」


 白い機械の上の方に付いたパネルを覗き込みながら、レンは言った。

 何をされているのか分からなかったが、僕はとりあえずじっとすることにした。


「うーん、やっぱり最低値がだいぶ上がってるなぁ。竜化が進まなくても、竜化したのと同じくらい高い数字が出てる。これじゃあ、リサの魔法でどうにか出来なくなるのも時間の問題だろうね。仕方ない。思い切って試してみるか」


 レンはよいしょと立ち上がって、ゴソゴソと自分の荷物を漁り始めた。バッグの中から出てきたのは、こぶし大の石だった。

 はいよと渡された石を、僕は反射的に受け取った。

 赤や黄色、緑、青。角度によって様々な色に変わるそれは、まるで宝石のようだった。


「もうひとつある」


 と、今度は琥珀色の石。重さも大きさも、最初のと同じくらいだ。


「竜石の原石。竜の力を吸収したり、放出したり出来る石だ。塔の魔女にお願いして、ニグ・ドラコの森で採掘されたものを貰ってきたんだ。最初に渡した綺麗な色のがそれ。工業用で重宝される、フラウ産の竜石が茶色いやつ。産地によって性質が少し違うらしいから、ちょっと試してほしくて」


 僕は床に尻を付いて座り直した。

 右手にニグ・ドラコ産、左手にフラウ産。どちらもゴツゴツした、掘りっぱなしの石。


「どうすんの」

「ちょっと待ってよ……。今、二号の蓋を閉めてっと。で、モードを変更……っと」


 二号と呼ばれた機械が変な音を出してすうっと浮いた。

 僕はギョッとして仰け反ってしまった。


「何回も見てるのに初めてみたいな反応するんだな」

「は、初めて見たよ! 何これ、浮くの?!」

「あはは……。本当に覚えてないのか……。まぁいいや。で、前方にセンサーがある。赤い目のところ」

「目……? これか」


 丸っこいそれは、確かに生き物のようにも見える。僕は、目だと言われた赤い部分をじっと見つめた。


「あ、見てなくて大丈夫。よし、正面に君の顔が来た。じゃあ、まずは茶色い方の石だけを手に取って、思いっきり魔力を注ぎ込んでみて。竜石が力を吸い取りきれなくなったら、パリンと砕けるはずだから、それまで遠慮しないでガンガン魔力注いでくれる?」

「あ、うん」


 レンは板状の機械のようなものを手に持って、僕から徐々に距離を取り、ガラスの壁まで引っ込んでいった。

 僕はキラキラした方の竜石を床に置き、琥珀色の竜石を両手で包み込んだ。

 急に力を使って良いだなんて、レンは変なヤツだ。が、溜まった鬱憤もある。せっかくだから全力でやらせて貰おう。

 そう思って一気に魔力を高め、力を石に集中させた。


「あ」


 気が付くと、石は砕けていた。

 僕とレンは二人で同時に変な声を上げてしまった。


「何これ。脆い」


 眉をハの字にして僕が言うと、レンは嘘だろと小さく呟き、手元の板を見て目を丸くしていた。


「瞬間的にだけど、数値が一〇,〇〇〇を上回った。参考として、平均的な能力者の魔力値は一〇〇ね。魔力値に、竜石が壊れるまでの時間を掛けると、許容量になる。タイガが力を注ぎ始めてから二.三四秒後には竜石が砕けた。あ、レグルノーラとリアレイトの時間単位は大体同じだと思って貰って大丈夫。力を発動させてからピークに達するまで、魔力値に変動があるから、平均を割り出す。およそ八,五〇〇。二.三四を掛けるとおよそ一九,〇〇〇。誤差もあるとして、あの大きさの石だと吸い込めるのは二〇,〇〇〇が限界。……厳しいな。一本目の石柱を壊したときの魔力値は一〇万超だぞ。同程度の竜石を何万個積めば君を抑えられるんだ」

「僕の力を抑えようとしてんの?」


「そうだよ。あんな巨大な竜が好きに暴れたんじゃ、石柱を破壊する前に世界が滅びる。分かってないみたいだから言うけどさ、石柱を放置しても世界は滅びるし、石柱を破壊しても滅びるかも知れないんだぞ。だったらせめて、少しでも長く生きるために、君がレグル様の思惑通り石柱を全部破壊して、最終決戦に臨むようにした方が良いんじゃないかって思うわけだよ。僕に出来ることなんて限られてるから、せめて何かの役に立つならって思ってさ。はい、次はニグ・ドラコ産の石持って」


 何だかよく分からない話に、僕は首を傾げる。

 タイガは何かに巻き込まれていた。

 レグル様? 最終決戦?

 ……戦いたくもないクセに、何かと戦うよう強制されていたのだろうか。


「いつでもいいよ、始めて」


 レンが言うのを待ってから、僕はさっきと同じように石に力を集中させた。

 同じように……、が、なかなか壊れない。さっきのとは違う。


「お、壊れない。もっと力を解放させても良いぞ」

「竜になっても?」

「ならないギリギリで耐えてくれ。部屋が壊れる」


 ここが壊れたら、また居場所を失う。それは避けなければ。


「じゃあ」


 僕はそう言って、改めて力を高めた。

 竜にはならないが、竜になってもおかしくないくらいの、ギリギリを攻める。

 高まっていく力に、空気が揺れた。地下室中がガタガタと音を立てて揺れ始めた。

 レンは驚いて「おいおいおいおい、大丈夫かよ」と慌てている。

 石を持つ手が震えた。同じ竜石じゃないのか。何だこの、手応えのなさ。


「さっきみたいに、瞬間的にだけグッと力込めてみて」


 瞬間的に。


「はあぁ……ッ!」


 バリンッと、高い音を立てて竜石が砕けた。

 砂状になった欠片が飛散している。

 うっかり白い竜の鱗が浮き出てしまった。肩で息をしている僕を、レンは目をぱちくりさせながら見ていた。


「大丈夫か、タイガ」

「手応えが……、違いすぎて……」

「瞬間最大値が五万。さっきの五倍だ。平均値が二〇,〇〇〇、掛かった時間が六十五秒。一三〇万まで耐えられるのか。何だこの性能の差」

「ニグ・ドラコの森は、僕が育ったところ……で合ってる?」


 腕で額を拭い、ズボンの上に散った砂を払い落としながらレンに尋ねる。

 レンは変な顔をしながら、「多分?」と答える。


「あの森、古代神が降り立った土地らしいんだ。特別、魔法エネルギーが強い。だから喋る竜が生息してるし、僕も大して狩りをせずに済んでいた。竜は、魔法エネルギーを体内に取り込むことで餌を最小に抑えられる。森を追われた僕は、より栄養価の高い人間を定期的に食うことでどうにか生きながらえた。と、まぁこれは余談だけど。魔法エネルギーが強いところで出来上がった石だから、恐らく他のところで採れた石とは性質が違うんだと思う」

「なるほど」


『ちゃんと会話できてる。白い竜は元来、そんなに凶悪じゃなかったってことか』


 レンの心の声が漏れ聞こえた。


『タイガなのか、かの竜なのか分からないが、少なくとも“まとも”だ』


「十三秒」

「え?」


 僕の言葉に、レンが顔を上げる。


「あの石でも、十三秒しか竜になった僕を抑えられない計算だ。それでも、竜石に頼るのか」

「まぁ、そうだな。平常時なら、どうにかなるかも知れないだろ」

「平常時?」

「二本目の石柱を破壊する前の平常魔力値は五〇〇。それでも高い。普通は一〇〇前後だから。今は二,〇〇〇。四倍だ。だとしても、単純計算で十分は持つ」

「十分程度持ったところで、何にもならない。こんなことに時間を消費するなんて、頭おかしいんじゃないか」


 白い髪を掻き上げ、僕は目を細めた。


「最後まで、足掻きたいんだ。どうにかして、世界を救えないかと必死なんだよ」


 レンは板を見て、それから白い二号を見て、ため息をついていた。

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