4. 正体を明かさなければ
空を自在に飛び回る魔法をかけられた人間達は、まるで巨大な白い竜なんて怖くないって勢いで、僕に攻撃をガンガン浴びせながら徐々に高度を高くしていった。
始めは腹の辺りにいた人間達が、今では肩、首、そして顔面を狙ってくる。魔法の種類を次々に変え、僕がどの魔法に対して耐性があり、弱点があるのか試しているようにも見えた。
だけどあいにく、彼らの放つどんな魔法も、僕には殆ど通用しない。硬い鱗は魔法を弾き、ダメージなんて入ってないのと同じだった。
剣を併用したり、銃器を使ってみたりもしているようだったけれど、空しいくらい手応えがない。
攻撃される度に、僕も対抗して炎を吐いたり、長い尾で払い落とそうとしたりした。それでも人間達は攻撃の手を止めず、食らいついてくる。人間達は攻撃を避けるのが上手かった。もう少しというところでスルリと抜けていく。
主に活発に動いているのは、空色を纏った金髪のオス。続いて赤毛と黒髪。魔女と黒服は低位置からほぼ動かず、遠距離攻撃や補助魔法で応戦している。
このまま今まで通りの戦い方をしていたところで、人間を食うのは難しい。
誰を狙う?
目をギョロギョロ動かしながら考える。
ふと、赤毛のオスに目が止まった。
こいつだけ、異様に恐怖の赤が強く出ている。それを誤魔化すように、人一倍多くの攻撃魔法を撃っている。魔力は一般的なレグル人の魔法使いよりはかなり多いようだ。だから沢山魔法が撃てる。
……こいつに決めた。
僕があちこち動き回るのをやめると、人間達はギョッとした様子で身構えた。
「動きが止まった! 魔法が効いてる!!」
赤毛の若いのオスだけが警戒心なく、右手を高く上げて叫んでいる。
「違う。様子がおかしい」
空色のヤツが言う。そいつだけじゃない。赤毛以外の人間達が、僕の魔力の上昇に気付いている。
耳元でピーピーと激しく何かが電子音を響かせていた。一定のリズムで何かを警告しているようなそれは、何を意味する音だったか。
知っている音だ。
何だっけ。あれは、白くて丸くて……。
何かが引っかかってる。
気になって仕方ないのに、空腹でまともに頭が働かない。
早く……、早く人間を食わないと、どうにかなりそうだ……!!
・・・・・
『恥ずかしくて、名前、言えないのね。いいわ。教えたくなってきたら教えて』
女の子はニコッと笑い、前のめりだった姿勢を戻した。
気が気じゃなかった。
僕は目をうろうろさせ、全身変な汗でびっしょりなのを悟られないようにするのが精一杯だった。
『私はグレイ。ねぇ、君、もの凄く
グレイは無邪気に言った。
……憧れ? そうか、憧れ。
竜は人間の小さく、洗練された肉体に憧れている。
巨大な身体では文明は築けないから、道具を使い、群れで生活する人間に憧れる。
そして僕も。
忌み嫌われた白い鱗から解放されるから、人間に
僕は、無言でこくりと頷いた。
するとグレイはパッと顔を明るくし、
『こっちおいで! 仲間に入れたげる!』
僕の手を引き、人間の子どもに化けた幼竜達の方に連れていった。
幼竜達は、僕の正体に全く気付いていないようだった。
グレイは僕を、“恥ずかしがり屋”と呼んだ。
『凄く上手に化けるんだね! どうやったらそんなに上手に出来るの?』
幼竜達は僕を褒めた。
大抵どこかに竜の特徴が残ってしまうのに、僕にはそれがなかったからだ。
『ま、ちょっと色だけが残念だけど』
グレイは僕の白髪赤目を笑ったが、自分だって目は金色だ。そんな人間は存在しない。
『だけど、身につけてるものも、仕草も完璧だ。ね、教えてよ!
他の幼竜達も、みんな僕に群がった。
悪い気はしなかった。優越感に浸れた。
少しだけ、認めて貰えた気がする。
それだけで満足して、お腹が空いていることなんて忘れてしまいそうだった。
正体を明かさなければ、ひとりにならなくて済む。
だからずっと、人間の姿でいようと思った。
白い竜の姿など捨ててしまいたい。
朝となく昼となく、そして寝ている間だって、僕は竜の姿には戻らなかった。
『あ、恥ずかしがり屋の子、おはよう!』
毎朝、僕は幼竜達が遊ぶ森の広場に顔を出した。
グレイは僕に手を振った。
『ね、長時間人間の姿でいるのって大変じゃない?』
僕は首を横に振った。
『慣れていけば良いんだ。少しずつ、人間の姿でいる時間を延ばしていけば』
人間の姿に
森の獣達は、僕を竜だと認識しているようだった。姿形こそ人間だが、臭いや気配は隠せない。だから、安心して眠ることだって出来ていた。
困ったのは、食い物だ。
人間の姿では、硬いもの、生肉などの弾力が強いものが食いづらい。
幾ら森中に魔法エネルギーが溢れていると言っても、食わないわけにはいかない。
餌を狩るのだって、人間の姿では難しいときが多かった。魔法を駆使してどうにか捕まえることもあったけど、結局、そういうところは竜が勝る。身体の一部だけ竜に戻し、獲物を狩って食い終えたら元に戻すようにした。
白い竜だと知られたくなかった。
だから僕はいつも、誰も狩りに行かない時間を探って、こっそりと狩りをした。
初めて人間の姿で竜達の前に姿を現してから、長い時間が過ぎた。
幼竜だった僕は、成竜に近付いていた。
始めは小さな子どもに化けていた幼竜達も、だんだん成長し、成人前の少年少女の姿に化けるようになっていた。
綻びは、突然訪れる。
いつものように狩りをして、僕はやっと手にした餌に齧り付いていた。
腹は常に空いていたから、餌を食うときは何も見えなくなる。注意力が散漫になる。
気付いたときにはもう遅かった。
鹿の肉に食らいついていた僕を、グレイが見ていた。
人間の少女の姿をした彼女は、顔を真っ青にして震えていた。
『君……、白い……、竜、だったんだね……』
おぞましい姿をしている自覚はあった。けれどそんなもの、ひとりでいる間はどうでもいいとさえ思っていた。
誰に見せるわけでもない、誰に見られるわけでもない。
頭から胸にかけては竜で、腕も肘から先だけ竜になって、残りは人間という実に不格好な状態で、だけどそれが、狩りのあとに獲物を食うには丁度良かった。食い終わったらシュルッと上手に人間の姿に戻っていた。ずっとそうしてきた。
僕は慌てて人間の姿に戻り、口元の血を腕で拭って立ち上がった。
好んで着ていた白い服の袖口に、鹿の血がべっとり付いた。
『何しに来たの。食事中だよ』
気の利いた言葉なんか出なかった。
頭の中は真っ白だった。
『恥ずかしがり屋の君が、どこをねぐらにしてて、本当はどんな姿をしているのか、……興味があって。……そうか、そうなんだ。君は』
グレイは長い黒髪を揺らし、目を閉じてふるふると震えていた。
『確か
怒っているのか、泣いているのか。
グレイの声は震えている。
『みんなに言う』
グレイは僕をキッと睨み付けた。
『恥ずかしがり屋の君が白い竜だったこと。ずっと正体を隠して、私達と一緒にいたこと。君がいつ私達を食べるかも知れないことも』
『ちょっと待って! 僕は決して……!』
『来ないで! 近付かないで! ずっと機会を覗ってたんでしょう? 何年も何年も私達を騙して、いつか食ってやろうと思ってたんでしょう?! 最悪!! そんなヤツに好意を抱いて、仲良くなりたいと思って、つがいになりたいとさえ思った私自身に腹が立つ!! 最低!!』
話を聞いて欲しいと伸ばした僕の手を、グレイは払いのけた。
彼女は泣いていた。
泣き喚き、走り去ってしまった。
『……何だよ、それ』
誤解だと反論する間さえ、グレイは与えてくれなかった。
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