3. 呑まれる
いざ
グラントやガルボが中途半端に人間に近い竜の姿になっていた理由がようやく分かった。
身体の組織、骨格、色。何もかもが違いすぎて、順応できないのだ。
完璧に、人間そのものだと勘違いされるくらい違和感なく
人間の姿は知ってる。知り尽くしているからこそ、妥協したくない。
僕は
誰とも交わらず、誰とも話さなかった。
ある日突然、完全な人間の姿になって、ヤツらの前に現れてやる。
それまで、どんな孤独にも耐えてやろうと、そればかり考えていた。
熱中することがあると、孤独を忘れられる。
僕が、誰にも受け入れられない白い竜であることも、どこの誰なのか分からないことも、魔法の練習さえしていれば、忘れることが出来る。
人間を襲いたい気持ちも、次第に薄れた。
気に食わない竜をぶっ殺したいとも思わなくなった。
そんなことより、誰よりも優れた
僕が完璧に囚われている間に、群れの幼竜達は
人間の姿、というのは、彼らがそう思い込んでいるだけで、実際には角を生やしたままだったり、尻尾が生えたままだったり、或いはグラントやガルボのように、鱗の色をそのまま肌の色にしてしまうようなヤツもいた。
人間の姿だと、木登りも出来るし、かくれんぼの難易度も上がる。器用に手が動く分、出来る遊びも増えていく。
僕はそこで初めて、今まで食ってきたのが人間の成体なのだと知る。人間の子どもは想定していたよりもずっと小さいらしい。
散々
僕はまだ幼竜だから、無理に人間の成体に化けようとしておかしくなった。
人間の幼体、つまり子どもに化ければ良かったのだ。
幼竜達が人間に化けて遊んでいるところに、僕は恐る恐る近付いた。
腕試しをしたいと思った。
自分では、自分の姿がよく見えない。多分完璧だと思うこの
森の中に小さな人間の子どもが数人、円陣を組んで座っていた。
僕は木の陰に隠れて、彼らの前に出るタイミングを探った。
『契約って、知ってるか?』
聞き慣れない言葉。
僕は背筋を伸ばして耳を傾けた。
森の幼竜の中にも、ちゃんとした人間の幼体に
まともな人間に
『契約? それって人間の
別の子どもの声。
『当たり。
『人間って、今の、こういう姿をした生き物のことだよね。この前、神殿に来てた』
『そうそう』
『それって楽しいの? よくわからない』
リーダーシップを取っているのは、どうやら銀髪の子どもらしい。
やたら自慢げに、
『人間と契約すれば、何かあっても卵に戻れるし、また新しい人間と契約すれば復活できるようになる。命が永遠に続くってこと。凄く面白いと思うけど、グレイはどう?』
銀髪の男の子が嬉しそうに言うと、その隣で黒髪の女の子がうーんと首を傾げている。
『ゴルドンはそれがいいと思ってるかも知れないけど、私は嫌だな。人間なんて面倒くさい。姿格好はとても綺麗だし、
グレイと呼ばれた女の子が、立ち上がって僕に声をかけてくる。
彼らから離れた木陰に隠れていた僕に向かって、こっちにおいでと合図している。
見つかってたのか……!
僕は目を逸らした。
同じ竜の子に話しかけられたことがなかったから、心臓がやたらとバクバクした。
木の陰にサッと隠れて無視をしていると、よりによってその子は、僕のところまで駆け寄って顔を覗き込んできた。
『うわっ!』
僕は思わずひっくり返りそうになった。
女の子は、僕の顔を遠慮無しに覗き込んだ。
『ねぇ、どう思う? やっぱり人間の
金色の目と黒い髪が印象的な、とても可愛らしい子だ。
僕は慌てて顔を腕で隠した。
何だこいつ。
人間の姿をしてるときは、僕のことが誰だかわからないのか?
『わ……、わからない。難しい』
主従関係を結ぶ話……に、聞こえた。間違いでなければ、そういう生き方があるのだと、どこからともなく聞いたんだろう。
竜が人間と契約を結ぶ? 主従関係? ……市民部隊の竜騎兵のような感じだろうか。
待て。
何だ、竜騎兵って。
今僕は、何かを思い出しかけて。
頭がぼうっとして、ぐちゃぐちゃと変な音を立て始めた。
『ねぇ。見かけない顔だよね。凄く白い肌』
女の子は僕の顔を、まじまじと覗き込んだ。
『それに、髪の毛の色も変わってる。白? 薄い銀色? 人間って、もっと色が付いているような。人間に
『……え?』
思わず顔を上げた。
『やだ。目も変な色。もう少し暗い色の方が良いんじゃない。真っ赤っかよ。ね、名前は? あなたの名前教えて』
『名前……?』
途端に、僕は目を丸くした。
名前って、何だ。
僕の名前?
『友達になりたいの。お名前、教えてくれる?』
おかしい。女の子の顔が歪んで見える。
『名前。僕の、名前は』
名前?
名前、名前、名前……。
そこで初めて気が付いた。
僕は、名前を、……持っていない。
・・・・・
「――大河アアアッ!! 呑まれるなァッ!!」
誰かが叫んでいる。
ビュンビュンと目の前を青い光が通過する。
見えない階段を駆け上がり、飛び跳ね、そいつは僕に向けて、巨大な水の竜をぶつけてきた。
バシャンと魔法を帯びた水の竜が僕の顔に当たる。ブルブルッと顔を震わせ、僕は自分がどこか遠くから意識を戻したことを知る。
「大河! 目を覚ませ!!」
空色を纏った若い、人間のオス。
魔法。
こいつ、魔法を帯びてる……!
ジュルッと垂れかけたよだれを啜り、僕は思いっきりそいつを掴もうと白い竜の腕を伸ばした。
「チ……ッ! ダメかッ!」
あとちょっとのところで、スルリと躱される。
何だここは。空の上?
僕は白い竜だった。大きく羽を広げ、空を飛んでいる。足元には人間の街。魔力を帯びた人間が何人か、僕の周囲をヒュンヒュン飛んで、攻撃魔法を浴びせてくる。
一際魔力の高い魔女がいる。明るい色の衣装を纏ったその魔女は、他の人間達に空を飛び続けるための魔法をかけてやっている。そして自身は魔法で作られた見えない床の上に。
空色を纏ったオスだけは、どうやら魔女の力を借りずに自分の魔法で動いているようだ。こいつだけ、色が違う。
「シバ!
黒い服の、頭に毛のないオスが叫んだ。
シバと呼ばれたオスが一気に僕から距離を取る。
させるか!
僕はガバッと開いた口の中に思いっきり魔力を溜め込んだ。――一気に放出。
同時に、黒服のオスが放った雷魔法が僕の身体を突き抜けていく。
全身が痺れ、激痛が走った。叫び声を上げる。
黒服と空色の方は――間一髪、攻撃から逃れていた。
「効いてる! 効いてるぞシバ!」
喜び、拳を突き上げる黒服。
「油断するなヒューム! 首や目を狙え!! 仕留めるつもりでやらないと、こっちがやられる」
「首や目……?! 息子を、殺す気か?!」
「息子? 違う。アレは白い竜。今は、人類の敵だ」
ドォンドォンと、腹や胸の辺りに何発も大きめの魔法を喰らった。さっきの雷に比べればたいしたことはないが、まるで爆弾を何発も打ち込まれたみたいな衝撃に、バランスを崩しそうになる。
赤毛のオスと、黒髪のオスが、交互に魔法を喰らわせてくる。
こいつらの魔力は、黒服と空色のに比べたらたいしたことがない。最高値のが魔女で、その次はその二人。赤毛と黒髪はその下。
可能ならば、食いたい。
そうだ。
このところ、
都合の良いことに、グラントもいない。ガルボも、森の成竜達もいない場所に、僕はいつの間にか連れて来られている。
そろそろ、許されるんじゃないか。
我慢した。
あの麻薬めいた肉の味を忘れそうになるくらい、気が遠くなるくらい練習に没頭した。
食いたいと思った途端に口元が緩んだ。
ご褒美だ。
最上級の肉を口に出来る、またとないチャンスだ。
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