12. 脅しじゃない
闇の魔法で作られたロープの隙間から、リサさんが僕のジャンパーの裾を引っ張っている。ブンブンと頭を横に振って、必死に僕を止めようとする。
「何のための、……五年、だったんだよ」
僕の声は、震えていた。
融通が効かない。
ウォルターさんが言った通りだ。
こいつら、何も分かってない。
危機は確実に近付いているのに。
権力に浸りすぎて、判断能力が鈍ってるのか……?
もし、これが僕の憶測じゃなくて、本当だったらどうなるんだ。
あいつがもし、どうにかこうにか必死に捻り出した“五年”だったなら。
「……塔は、何してた?」
縛り上げられたまま、僕は向き直って、塔の魔女をギッと睨んだ。
ローラ様はビクッとして、激しい警戒色を僕に浴びせた。
さっきまでの、見下したような顔じゃない。
何かが見えてる。
目が光ってたり、角が生えてきたりしてるのか?
リサさんがいつもより強めの魔法で抑えてくれてるはずなのに。
「あいつが塔にいた間、塔は一体何してたか、教えてくれないかな。レグル様のお仕事は何。世界が平和でありますようにとお祈りでもするのか? 小さな世界の中で、敵対する国も権力もない、脅威も、破壊竜すらいなくなった世界で、あいつを閉じ込めて、苦しめて、何をしたかった。……何が神様だ、神の化身だ。ただの半竜だよ。あいつはただ、世界を救うために自分を犠牲にしただけだ。その結果が、あの半竜だった」
グッと腕に力を入れると、更にロープが腕に食い込んでいく。
「平和の象徴? ……違う。あいつは犠牲者だ。美桜もそうだ。彼女もただの犠牲者だった。僕もそうだ。この世界の秩序をどうにか保つために、平和を維持するために、あいつは自分の身体を犠牲にした。お前らはそれに乗っかって、浮ついてただけ。塔の面子がそんなに大事かよ。教会を頑なに拒んで、話すらまともに出来なくて、力尽くで僕を縛り上げて。こんな状態で、僕が塔に行くわけないだろ! 何やってんだ。何がやりたいんだ。――真の平和を取り戻したいならなぁ! 誰かの犠牲に、頼るなよ!!」
――パンッ!!
弾けるような音がして、闇の魔法で作られたロープが弾け飛んだ。
「嘘だろ! こいつ、力技で……!」
「これが神の子……?!」
ヴィンセントとルークが驚いて、慌てているのが目に入った。
「リサ、魔法は」
「まだ解除してません」
ウォルターさんが慌てている。
リサさんはヒャッと悲鳴を上げ、ブンブン顔を横に振った。
ゼイゼイと全身で息をして、立っているのがやっとだけれど。唾を手で拭い、僕はふらふらのままテーブルに手をついた。
前のめりになって、僕はグッとローラ様の方に身体を傾ける。
左隣のイザベラさんが、困ったように椅子を引いてウォルターさん側に身を寄せていた。
体重を乗せたテーブルが、グッと、下方向にしなり、ミシミシと音を立てた。
「大河君、落ち着こう。ねぇ、大河君」
リサさんが何か言ってる。背中を擦ってくる。
二号の警報がうるさくなった。
ビビさんが数値がどうの、魔法の効果がどうの言ってて、ウォルターさんとグレッグさん、ライナスさん辺りがざわざわしてる。
「僕は教会にとどまって杭を破壊する。塔と市民部隊は、破壊の度に暗黒魔法に晒される僕を全力で止めてください。いいですね」
「……それは塔の、主導で」
「五傑に用はない。あくまでも決定権は塔の魔女にあるんでしょ?」
ギロリとシャノンを睨む。
シャノンはヒイッと声を上げ、目を見開いた。
「市民部隊も実質塔の管理下にあるようだし、他の杭についても教会より多く把握しているはずだよね? それにさ、あんたらの言うとおり、僕の力を抑えるには、教会だけでは不十分なんだ。僕の暴走を教会だけで止めようとして、一般市民に被害が及んだ場合、塔は本当に無傷でいられるの? それこそ、塔は問題と責任を放棄してるって話にならない? 僕だけじゃ、教会だけじゃ、世界は救えないんだよ。分かる?」
「それは、脅しですか」
ローラ様の顔は、真っ赤だった。
「脅しじゃない。事実だ。まさか本当に、分かってない?」
「大河君、言い過ぎ」
リサさんはとうとう、僕の腰に手を回し、力尽くで止めようとしてきた。
弱い。何の意味もない。なのに必死で止めようとする。
ガン無視した。
僕は目の前の、綺麗な色を纏い、綺麗なドレスを着た、綺麗な顔のお姫様を睨み付けた。
「本当にこの世界を救いたいと、平和を取り戻したいと思っているなら、いがみ合ってる場合じゃない。塔だとか、教会だとか、人間だとか、竜だとか。……どうでもいいんだよ、そんなの。くだらないことに拘って、何も見えてないだけじゃないか。何を見てる? 何と戦ってる? 本当の敵は誰? あんた達がくだらない時間の使い方してる間に、三年以上の年月が無駄に過ぎた。取り戻すには、どうにかして杭を壊し続けるしかない。杭を壊せば、また暗黒魔法が発動する。僕は破壊竜にまた近づいてしまう。――それでも! 僕しかヤツを倒せないなら、あいつを止められないのなら、暗黒魔法でも何でも、一つ残らず受け止めて、化け物にだってなってやるよ!!」
「た、タイガ、あなた……」
塔の五傑達が、席を立ち始めた。
僕を警戒しているらしい。
ヒュームはサッと腕を出し、ローラを庇った。
ヴィンセントとルークの手には、剣が握られている。シャノンは杖を僕に向けている。
シバだけが、両手で頭を抱え、席にとどまっている。
竜化が始まった。リサさんの魔法でも、僕の力を抑えきれなくなってきてる。
「ウォルターさん、避難させて」
僕は斜め後ろを振り返り、呆然とするウォルターさんにそう言った。
「ひ、避難?」
「会館スタッフ、マスコミ、市民部隊。余計な連中、全部避難させて。無駄な犠牲は出したくない。周辺施設にも声を掛けて避難誘導お願いします」
「……やるんですね」
「言葉で通じないんだから、仕方ないですよね。やらないで済むなら、その方が良かったのに」
そう、リサさんの魔法はまだ、切れてない。
それでも確実に、僕の中から力が溢れていた。
興奮と共に竜化は始まる。一度始まったら、簡単に止めることが出来ないのを、塔のヤツらは知らない。
ウォルターさんはビビさんとイザベラさんを連れ、荷物を纏めている。スーツケースにタブレット類やコードを突っ込み、サッと抱えて、会場スタッフと共に入口側に向かっている。
二号の警報がガンガン響く中、ドアを開いて廊下に向かうウォルターさん達を横目に、ローラ様が驚きの顔を見せた。
「タイガ、あなたは何をしようと」
「遅いんですよ、ローラ様。教会が下手に出ているのをいいことに、五傑は言いたい放題、僕らの要望を聞きもしない。実力行使に出ます。何が起きているのか、その目で見て、適切に判断してください。……ここから一番近い杭はどこですか」
「ニグ・ドラコ地区住宅街の東側。近くに河川が流れている」
ライナスさんがポツリ言う。
「ありがとうございます。昨日の杭から右手に見えていた杭ですね」
「二日連続だ。耐えられるのか」
神教騎士の二人に、不安の色が見えた。
昨日のアレを知っているから。
暴走した僕を抑えるのが、どんなに大変か知っているから。
「さぁ、どうでしょう。僕に何かがあっても、塔の五傑が死ぬ気で止めてくれれば、大丈夫じゃないですか……?」
僕はニヤリと、口角を上げた。
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