11. 茶番
「シバ、ご理解ありがとうございます。タイガのことは我々が責任を持って最後まで支えます」
ウォルターさんが頭を下げた。
懸案事項が一つ解決したこともあって、教会側は安堵の色で包まれていた。
一方で、さらりと伝えられたミオの死を、シバはどう捉えたのか。絶望の色が濃い。それでも、どうにか気丈に振る舞おうとしているのが、見ていて辛い。
「――神の子がリアレイトに戻れない、シバの元には返せないというのは理解しましたけれど」
一旦和らいだ空気を裂くように、シャノンが刺々しい言葉を放った。
「教会にこのまま神の子を任せるのは反対です」
思いも寄らぬ一言に、教会側がざわめき立った。
「どういう意味です」
ウォルターさんが言い返すと、シャノンは眉間にしわを寄せ、首を傾げた。
「神の子は恐ろしい、神の子は扱いづらい、神の子は何をしでかすか分からない。さっきからそうやって、わざと我々の不安を煽ろうとするのはどうしてかしらと考えていたの。石柱破壊の主導権を握りたいのね? 教会が主導する作戦に、我々塔が協力する形を取りたい。そうやって、失墜した信頼を取り戻そうとでも考えてらっしゃるの?」
「シャノン、教会はそんなことは」
「では司祭。石柱を破壊する度に暗黒魔法で凶暴化していく可能性がある神の子を、教会は支えきれますか。今はどうにかなっている、しかし今後はどう? 石柱はあと十一本あるのでしょう? 教会の狭い敷地と脆弱な警備で、神の子を抑え続けられるのかしら。民間企業が協力しているとはいえ、あまりにも頼りない」
シャノンはビビさんの方を見て、フンと鼻で笑った。
ビビさんはムスッと顔をしかめはしたが、グッと堪えているようだ。
「協議に急遽参加ということで、経歴と業績、確認しましたけどね。ビビワークス。岩盤調査と工業用竜石の研究、商品開発援助。なるほど? 少ない人数でもしっかり結果を残せる、素晴らしいチームなのはよく分かりました。けれど、ここ三年は教会に入り浸り。これと言って目立った業績も無し。それでも黒字なのは、だいぶ教会からお金を貰っているということなのかしら?」
「仕事なんだから、当然対価は貰います。慈善事業じゃないし」
我慢が出来なくなったのか、ビビさんが赤色を出しながら言い返している。
「一社に固執しすぎでは? 癒着?」
「他に技術協力してくださる企業がなかっただけです」
流石のウォルターさんも、ご機嫌が怪しくなってきた。
普段は見せない、イライラを表す紫色が、そこかしこに漂い始めた。
「なにせ教会の評判は最悪です。教会と関わりがあると分かっただけで企業価値が下がると、寄付を断られるケースが後を絶ちません。施設の維持管理、孤児や失業者など、社会的弱者支援事業にもお金がかかります。有事に備えて神教騎士団の兵力増強も必要です。これらを全て寄付でまかなっていましたが、それすら危うくなってきました。協議の度に、こうした現状もご理解くださいと、何度も申し上げている。そんな中でもタイガを守り続けているのは、リョウゼンに頼まれたからです。私はあの方の信頼を裏切ることは出来ない。守り、支え続けることが使命だと、信じています」
「信頼、使命。そんな薄っぺらいもので、神の子を扱えるのかしら」
「薄っぺらい……?」
「ええ。随分と薄っぺらい。たいした魔力も持たない聖職者や神教騎士が、絶対的な力を持つと予想される神の子をどうにか出来ると思っている時点で、随分と薄っぺらい覚悟なのだと思いますけれどね」
「――やめようぜ、シャノン。こいつらに何を言ったってムダなんだからさ」
またヴィンセントだ。
僕らを馬鹿にするように、ヘラヘラ笑っている。
「とんだ“茶番”だな」
「茶番?」
隣でシバがムッと顔を歪ませる。
「こういうばかばかしいのを、“茶番”って言うんだろ? リアレイトのことも、ちょっとは知ってる。リアレイトの干渉者のやることも、教会のやることも、茶番だ。くだらねぇくだらねぇ」
「……ヴィン。心の声がダダ漏れですよ。自重なさい」
ローラ様が制しても、ヴィンセントはやめなかった。
「神の子はヤバいって言い続ければどうにかなると思ってる感じ、見え見えなんだよなぁ。正直、神の子がリアレイトに戻れるかどうかなんて、どうでもいいんだよ。重要なのは、神の子が教会ではなく、塔に付くってこと。白い竜の血を引いている時点で、破壊竜になるかも知れないリスクは孕んでた。当然、そんなことは承知してる。それでも念のため、教会の了解を得る形で神の子を引き入れないことには、また面倒なことになるだろうから、そのために無理矢理日程合わせて仕方なく協議を開いてるようなもんじゃないか。レグル様を偽神だと揶揄し、神の子に賞金を懸けていた教会が、神の子と共に世界を救おうだなんて訳分かんないことされると困るんだよねぇ。神の子も目覚めたんだしさ、もう、こんな話し合いごっこ、やめよう?」
さて、と声を出して、ヴィンセントは自分の席から立ち上がった。
そして両手を大きく開き、自分に注目するよう促した。
「さぁ、神の子タイガ。我らが塔の下で、世界を救おうじゃないか」
「……ハァ?」
思わず口に出た。
教会側の僕らは、顔を見合わせ、互いに首を捻った。
「な、何を言い出すのです。ヴィンセント、今までの話は」
「ヴィン! 私は聞いてないぞ!」
「うるさいうるさい。司祭様は頭が固ぇなあ。シバもうるせぇ。お前の役目は、神の子が本物かどうか確認したところで終わってんの。黙ってろ。……まぁ最初からぁ? 神の子が来ればこっちに力尽くで引っ張っちゃえばいいじゃんって思ってたから、神の子連れてきた時点で、協議なんて意味なかったんだけど」
「ヴィン、話しすぎですよ」
ローラ様はヴィンセントの目も見ずに、静かに言った。
「神の子に気付かれないよう、特性弾いてて助かったぁ! ローラの言ったとおり、こいつ、無意識に思考を読もうとするんだな。多少の感情の起伏を知られるのは困らないけど、流石に頭の中覗かれるのは困るもんなぁ」
言いながらヴィンセントは、会議テーブルをグルッと回り、僕の真後ろに立った。
「ほぅら、捕まえたぁ! 人間の姿なら、まぁ俺よりちっさいし、何より弱そうだった。ヤバ過ぎるなら殺した方が良いかもって思ったけどさ、この程度なら問題ない。普通に話も通じるしね。人の肉を食おうとする化け物だとしても、教会はキチンと神の子を飼い慣らしてる。教会に出来て、俺達に出来ない訳がない」
右手首を掴まれ、無理矢理立たされ、気が付くと羽交い締めにされていた。
一瞬だった。
何が起きているのか分からないうちに、拘束されていた。
「弱ぇ弱ぇ。はい、ルーク、拘束魔法」
ブンと音がして、僕の周囲を赤黒い光が囲った。
パッとヴィンセントが手を離した瞬間、光は閉じられ、僕は赤黒い魔法のロープでぐるぐる巻きにされてしまった。
「な、何コレ」
直立不動のまま、動けない。
動こうとすると締め付けてくる。
この色。闇の魔法……!!
「ルークは全属性の魔法を操れる唯一の魔法使いだからな。強ぇぞ」
「ヴィン! ルーク! 君らは初めから……!!」
シバは二人を交互に見てオロオロしている。
「ごめんなさいねぇ、シバ。元々、リアレイト人は信用してないの」
シャノンがフンと鼻を鳴らした。
「卑怯だぞ、協議の場で……!!」
グレッグさんとライナスさんがガタッと立ち上がり、剣の柄に手をかけている。
けれど狭い。
すぐそばにビビさんがいて、ウォルターさんがいる。剣は……、抜けない。
「話し合いの場で、こんなこと。私は反対した……!」
フュームさんが髪の毛のない頭をさすって、大きなため息をついた。
「けれどフュームは止めなかった。それはつまり、賛成したことになるわよね?」
「シャノン、私はこんな卑怯なことはやるべきではないと」
「卑怯? 教会が神の子を囲い込んでしまっていることのほうが卑怯でしょう。どんな権力も、神の聖域には踏み込めない。それを逆手に取り、レグル様も、神の子も、全部教会に持っていかれてしまった。卑怯なのは教会です」
「――さっきから、好き勝手言いやがって」
ぐるぐる巻きのまま、僕はぎりりと奥歯を噛んだ。
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