7. すれ違う

 困惑の色が波になって僕に押し寄せた。

 塔の五傑達も、ローラ様も、それぞれ顔を手で覆ったり口をあんぐりさせたりしている。


「ど……、どういうことですか、ウォルター司祭! タイガは、タイガはどうしたのです?!」

「司祭! 話が違う。レグル様も、なぜ神の子の身代わりを」


 ローラ様とヒュームが相次いで声を上げ、苛立ちを露わにした。

 彼らには、僕がレグルに見えている。白い髪も、白っぽい肌も、赤い目も、ヤツの特徴そのままだからだ。


「まさか! レグル様にしては、若くないか。俺よりずっと下だろ、こいつ」


 ヴィンセントは眉間にしわを寄せ、顎に手を当てて僕を見定めている様子。

 もう一人、一番奥のルークも、首を傾げて納得していないような顔をしている。


「あなたもそう思いますか、ヴィン。私も違うと思いますね。確かに彼は老いを知りませんが、こんなに若くはなかった。それに何より、体つきが全然違う。あの方はだいぶ筋肉質で、背も高い。レグル様に見えて、レグル様ではない。その特徴をしっかり引き継いだ“神の子”と見て間違いないかと」

「けれど、ルーク。シバの話では、神の子は赤茶の髪に灰色の瞳をした少年だと。普通、人間は成長過程で髪や瞳の色を変えない」


 冷静そうに見えていたシャノンも動揺を隠せない様子だ。

 そりゃそうだ。

 常識では考えられないことが起こった。だから困ってるんであって。


「……人間じゃないから、途中で姿が変わった。脱皮したみたいに」


 ポツリと、シバが言った。

 すっかり顔は青ざめ、綺麗な顔つきが台無しになっている。

 目を見るのが怖い。僕は咄嗟に視線を逸らした。


「つまりシバ、彼はタイガで、レグル様そっくりの姿に変わってしまったのだと?」


 ローラ様が身体を傾けて、シバの様子を確認している。

 シバは、恐らくと小さく頷いて、テーブルに肘を付き、苦しそうに声を絞った。


「白い竜の血が、濃すぎたんでしょう。幼い頃は人間の血が勝っていたから、リアレイトで暮らせていたってこと。成長と共に竜の血が勝り、いつの間にか容姿さえ変えてしまった。……いや待て。変身術でレグルそっくりに化けているって可能性も」

「シバ、先ほども言いましたが、神の子は非常に不安定なのです。困惑しているのは分かりますが、事実を受け入れて頂けないのも困ります」


 ウォルターさんはため息をついて、小さく頭を横に振った。


「私達も、嘘はつきたくない。彼を保護していた施設で、記録映像を残していました。変化が出始めたのは……、ビビ、映像は出ますか」

「今、用意してます」


「眠りに就いてから一年程した頃のことです。タイガは度々、昏睡状態のまま竜化することがありました。竜化するにも過程があって、最初に髪の毛の色が白く変わり、鱗が浮かび、角や羽、尾が生え、骨格が変わり、巨大化していくようです。昏睡状態では、完全な竜になることはありませんでしたが、六から八割程度竜に近付くことはままありました。意識がないので、完全に本能で動き、暴れ回るのです。その度に魔法や制御装置で彼の力を押さえつけ、人間に戻していたのですが……、ある日を境に、髪の毛の色が戻らなくなりました」


 ビビさんがタブレットの画面を塔側に向け、ローラ様や五傑に向けて映像を見せている。

 生々しい音声。

 この、獣のような声は、……僕か。

 ガラス張りの部屋の中、あちこちに設置された監視カメラで、僕の行動は記録され続けていた。

 リサさんの泣き叫ぶ声が聞こえる。グレッグさんの鬼気迫る声、ビビさんの怒号、剣で斬りつける音、暴れ回って機材を壊す音、警報音も。

 僕は両耳を手で塞いで、背中を丸くした。

 音だけで。音だけで、どんなに酷かったか伝わってくる。

 意識がなかったとはいえ、これはない。やり過ぎだ。

 こんな状態の僕を、教会はずっと庇って。


「タイガの肌は、徐々に白くなりました。そして、瞳の色も変わってしまった。かの竜は色素の薄い変異体でしたから、人化したときにもそれが引き継がれた。リョウゼンが白髪で、赤い目をしていたのもこのためでしょう。竜化値も上昇し、平常時でも竜化の兆候が見られるのと同じ水準を保つようになっていきました。――この状態で、シバの願いを受け入れるのは難しいと判断しました。これが、今まで我々がタイガの引き渡しを拒んでいた理由です」


 見るに堪えないだろう映像を突然提示された五傑やローラ様が、どう思ったか。

 考えるだけで胸が苦しくなる。

 僕は自分の襟元を掴み、どうにか平静を保とうと、呼吸の乱れを直すのが精一杯だった。


「この映像が、本物である証拠は」


 遠くの席で、ルークが言った。


「そういう意見が出るとは思っていました。証拠提示のために必要箇所を抜き出し、編集して纏めたものですが、信じる、信じないはお任せします」


 ウォルターさんも、引き下がらない。


「今まで何度も協議を重ねたのに、司祭はこの情報を一切表にしなかった。その理由は」


 今度はローラ様だ。


「タイガを守るためです」

「賞金を懸け、命を狙っていたのは教会ではなくて?」

「タイガの身を挺した戦いにより、その件に関しては和解しています」

「和解? 物は言い様ね。確かに、タイガは大人しく教会に従っているようにも見えるけれど」

「タイガは自分の立場をよく理解していますよ。まだ十六の子どもに、世界の命運を懸けなければならないことも、それによって自身が酷く傷つくことも」

「何も知らない、いたいけな少年にどう取り合ったかは分からないけど、レグルを偽神だと揶揄し続けた教会が、今更そんなことを訴えたところで、説得力などないでしょう。この際です、隠していること、他にもあるんじゃなくて? 全て話しておしまいなさい」


「では、塔の魔女。全て話したら、塔は教会と協力して、タイガが全ての竜石柱を破壊する手助けをしてくれると解釈してよろしいでしょうか。それが担保されないのであれば、協議は無駄になります。これまで通り、教会側でどうにかしていくしかなくなる。あと二年、いや、一年と十ヶ月以内に全ての石柱を探し出し、壊さなければ世界は滅びると予告されているのに、それを見過ごすことになる。つまり塔は、協議の決裂によって、世界を見放したのだと、そういうことになりますが、よろしいのですね」

「司祭、毎回毎回、同じ脅しでは響きませんわよ。もう少し、言い方を変えたらどうですの」


 ローラ様も、決して引き下がろうとしない。

 堂々巡り。

 何のきっかけもないまま、お互い引くことも譲ることもしないで、同じ結論を繰り返してた。

 ウォルターさんの辛労が慮れる。


「それも、そうですね。少し、話の方向を変えましょう」


 タブレットの映像も途切れ、一旦、会場内が静かになった。

 下を向きっぱなしの僕に、左隣のイザベラさんが、大丈夫ですかと声を掛けてくる。

 僕は大丈夫と目線で返し、また下を向く。

 チクチクと、やたら塔側の視線が僕に向いているのが気になって、なかなか顔を上げられない。


「昨日、オリエ修道院近郊で一本目の石柱を壊したという話を聞いた」


 そう話を切り出したのは、スキンヘッドのヒュームだった。

 チラリと目線をやると、腕を組み、向かい側に座る神教騎士の二人を睨んでいるのが見えた。


「巨大な白い竜の目撃情報を聞きつけ、市民部隊の竜騎兵が現地に向かった。そこで何が起きていたのか、詳しいことは分からないが、間違いなく石柱は破壊され、刺さっていた場所に巨大な穴だけが残ったと聞いた。……昨晩、現地に赴いた竜騎兵の一人が、どうにか神の子を助けられないかと懇願してきた。とても、一人の少年が負えることではないと。何があったのか詳しく話して欲しいと尋ねても、自分の口からはとても話せないと、そればかり。読心術など持ち合わせていない私には、それ以上何も訊くことは出来なかったが……。一体、何があったのか。教えて貰うことは出来ないか」


 昨日の話。

 避けては通れない話題。

 自分がやってしまったことを思い出すと、急に吐き気がしてくる。思わず口に手を当て、吐き気に堪えていると、右隣からリサさんが僕の背中を擦ってくれた。

 向かいの席の、シバの方からも、僕を心配している色が滲んでいる。この色が、直ぐに別の色に変わるんだろうと思うと、やっぱりシバの顔は見れなかった。


「石柱周辺の警備をしていた我々神教騎士団の負担を少しでも減らそうと、目覚めたばかりの神の子が率先して破壊に向かったことを、まずお伝えしておかなければなりません」


 ヒュームに尋ねられ、騎士団長のグレッグさんが話を始める。

 しんと静まりかえった室内に、グレッグさんの低い声がよく響く。


「ご存じの通り、柱は全部で十二本。教会側が把握しているのは五本に過ぎません。しかし、この五本は全て、民家や住宅地など、人間の生活圏に刺さっている。その中でもオリエ修道院近郊に刺された一本は、辛うじて住宅地から離れており、被害も最小限で済ませるのではという理由で、破壊対象に選ばれました。現地には、ここにいるイザベラシスター長、リサ、それからタイガが兄と慕うジーク・エクスプレス社員のノエル、ビビワークス研究員のレン、それからリサの学友だったアリアナが同行しています。現地で警備にあたっていた一人が、ここにいる神教騎士団副団長のライナスです。ここから先は、ライナスが話します」


 分かりましたと、小さく返事して、ライナスさんが話を繋ぐ。


「まず、誤解を与えないために前置きさせていただきます」


 ライナスさんはそう言って、一拍開けた。


「私は、神の子を今でも敵視しています」


 ギョッとしてライナスさんの方を見る。一番左端の席にいるライナスさんの顔は、僕の位置からはよく見えなかった。けれど色は落ち着いているし、嘘をついているようでも、大袈裟に話しているようでもない。

 僕はゴクリと唾を飲み込み、ライナスさんの話に耳を傾けた。

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