6. 協議会場へ

 オード会館に近付くにつれ、周辺が物々しい雰囲気に包まれていくのに気付いた。

 武装した市民部隊が並木道のあちこちを警備していたり、上空には竜騎兵が旋回、待機したりしている。戦闘車両こそないものの、警邏車両がそこかしこを走っているのが見える。


「いつもと違いますね」


 もうそろそろ会館の敷地だ、という頃になって、ウォルターさんは足を止めた。

 僕らも足を止め、ウォルターさんの気付きに吸い寄せられていく。


「塔は、非公表の協議だと言っていたのですよね? でもこれは」


 イザベラさんは不快の色を露わにして、大きく首を傾げた。


「塔と市民部隊だけじゃない、マスコミも結構来てる」


 ビビさんはそう言いながら一歩前に出て、手でひさしを作り、わざとらしく周囲を眺めた。

 オード会館の周辺には、市民部隊の兵士達の他にも、塔の関係者と思われる人達が何人か見受けられた。協議とは無関係の、報道関係のような人達も多数うろついているのが目に入る。彼らは数人ずつチームを組み、カメラを構えていたり、そこに向かって何か話していたり、かと思えば誰かと通話しながらメモを取り、会館の入り口付近を注視していたりしている。

 ふぅとため息をつき、ビビさんは僕に言った。


「もしかしたら、教会からの道中で、タイガの顔、撮られてたかも」

「ええっ?! 何ですか、それ。僕、有名人みたいじゃないですか」

「有名人でしょ。あの方の息子ってだけでも十分。フードとマスク、しておいてよかったじゃない」


 半分馬鹿にするような言い方をするビビさんに、僕は冷や汗を垂らした。


「目は隠れてない。赤い目なんて、もの凄く特徴的なのに。サングラス、かけとけば良かったかな……」

「いや、あの黒眼鏡は笑えるから。要らない要らない」

「ビビさんは他人事だから、そうやって」

「タイガは気にしすぎ。――で、どうする? 司祭。なんか、向こうさん方もこっちに気付いてるみたいよ」


 会館へと続く並木の奥に人だかりが見える。丁度、会館入り口付近。そこでたむろしていた人達の目線が、こちらの方を向き出した。


「本当ですね。普段はこんなにマスコミが殺到することはないのですが。我々の動揺を誘うつもりで、塔が彼らをけしかけた可能性もあるでしょうね。……飛びますか」

「かしこまりました」


 ウォルターさんの言葉を受けて、イザベラさんが空中に魔法陣を描き出す。

 宙に浮かんだ淡い緑色の二重円に、美しい文様と文字が、高速で書き込まれていく。


「イザベラの魔法陣が完成したら、一人ずつ、中を潜ってください。魔法で一気に会場まで転移しますよ」

「だったら最初から、魔法で飛べば良かったのに」


 ビビさんが膨れっ面でウォルターさんに突っかかる。

 けれどウォルターさんは、ビビさんをあしらうようにフフッと笑い、


「タイガに外の空気を吸わせたかったんです。少しは気分転換になったでしょう。さて、行きますよ」


 淡い緑色に光る魔法陣の中に、すぅっと消えていった。


「さ、タイガも早く」


 イザベラさんに急かされ、僕も魔法陣に飛び込んだ。


「――神の子!」

「逃げられる、急いで!」


 消えていく景色の中で、マスコミの人達が大慌てで走ってくるのが見えた。

 やたらと騒ぐ声と、バタバタと走ってくる音が遠くに聞こえていた。






 *






 目の前が急に明るくなる。

 並木道の木陰から、オード会館のエントランスへと視界が切り替わった。

 魔法陣を抜けて惰性で数歩進み、僕はそのまま立ち止まった。

 受付スタッフらしき男性が、僕らが現れたのを見てギョッとし、資料をパサッと足元に落としていた。


「失礼、驚かせてしまって」


 ウォルターさんが男性に声を掛けながら、拾った資料をスッと渡すと、彼は慌てて礼を言い、


「お、お待ちしておりました。今ご案内します」


 手元の時計と僕らの方を交互に見て、ようやく気を取り直したように、僕らを会場へと案内してくれた。

 手前を堂々と歩くウォルターさんとイザベラさんに、僕はキョロキョロしながら付いていく。

 目下気になっていたのは、フードをどのタイミングで取るべきかということであって。荷物を持っていない左手で襟元を掴んでソワソワしていると、それに気付いたビビさんが、


「フードもマスクも取らないで。そのまま」


 と隣から耳打ちしてきた。


「そ、そのままですか。失礼じゃないですか」


 驚いて小声で返すと、


「司祭から合図があるから、その時に。リサも、合図があるまで魔法を続けるから」

「わ、分かりました」

「もう一つ。協議が終わるまで、私語禁止ね。相手に隙を与えないためだから」

「え……ッ!」

「息子の君にシバが声を掛けてきたり、誰かが興味本位で君に色々訊いてくることもあると思うけど、必要最低限で」

「はい」


 私語禁止。

 急に緊張感が増してきた。


 こんな立派なところに呼ばれてるのに、普段通りの格好だってことで既に気が引けてる上に、私語まで禁止。心臓をバクバクさせている僕を見透かしているのか、ビビさんはいつもよりトーンを抑えて話してくれた。

 それくらい、大切な協議だってこと。

 結果如何で、僕の処遇が随分変わってしまうんだから。


「どうぞ、こちらです」


 男性スタッフに案内され、開け放たれた大きな扉を通り、協議会場に入った。

 ……綺麗な部屋。大聖堂とは違って、厳かな感じとかそういうんじゃなくて。汚い言い方をすれば、金がかかってる。

 天井には豪華なシャンデリア。テーブルや壁際に置かれた色とりどりの花、中央に置かれた巨大なテーブルと、そこに添えられた座り心地良さそうな沢山の椅子。大きな窓から日の光が差し込み、会場内を美しく照らしている。壁の装飾も、まるで美術館か古いお城のような細やかさだ。

 部屋の中央に置かれた縦長のテーブルの、右手が協議の主催である塔側。僕ら教会側は、ゲストとして左手へと進む。


 既に五傑の三人が席に着いていた。

 薄緑色の髪をした中年女性、スキンヘッドの屈強そうな年配男性、それから肩までの黒髪の優男。

 ビビさんに荷物を渡し、僕らも席に着く。

 教会側の代表であるウォルターさんが中央に、その左側にビビさん、グレッグさん、ライナスさん。ウォルターさんの右側にイザベラさん、僕、リサさんの順。

 席に座ってもまだフードとマスクを取らない僕が気になるのか、魔法使いらしい奥の長髪男性が、じっと僕の方を訝しげに見ている。落ち着いた芥子からし色を纏ったその人は、ジークさんと同じくらいの年だろうか。


 ビビさんがテーブルの上に端末を広げ、協議の準備に入っているのが目に見えた。

 僕もポケットから、昼に渡された資料を取り出して、膝の上で広げてみる。

 長髪の男性、名前はルーク。塔の古参の能力者。

 その隣に座ったスキンヘッドの男はヒューム。煉瓦色を纏った彼は、塔の五傑で一番偉い。先代の塔の魔女、ディアナ校長の時代からずっと五傑を務めている。

 一つ席を空けて座っている女性はシャノン。やはり先代からの五傑。五人の中では一番冷酷。

 そしてあと二人が……、今、会場入りした。

 一人はヴィンセント。最年少で、真っ赤な髪をし達ょっと怖そうな男。彼はリサさんの前に座った。


 最後の一人、シバ。いつもは澄んでいる空色が、今日はくすんでいる。僕の、真ん前の席に腰を下ろした。

 シバは前髪を掻き上げ、僕の方をじっと見ている。

 僕はなるべくフードで目が隠れるように、顎を引いて肩をすぼめた。

 胸がざわざわする。

 落ち着け。落ち着け、僕。


「大河?」


 シバに声を掛けられ、僕はビクッと肩を揺らした。

 顔は上げない。

 ビビさんの忠告通り、私語は慎む。

 資料を掴んだ手が、汗でじっとり濡れてきた。

 心臓が高鳴ってきて、それを落ち着かせようとすると、呼吸が不自然に早くなる。

 スッと、震える僕の手の上に、リサさんが手を重ねてきた。

 リサさんの方を見ると、大丈夫だよと口が動いていた。

 僕はこくりと頷いて、大きく息をついた。

 まだ何も始まってない。ここで心を乱すなんて、もってのほかだ。


 ――カツン、カツンと、ヒールの高い音がして、僕はチラッと首を上げた。

 塔の魔女。

 柔らかなお日様色のドレスを着た、美しいお姫様のような魔女が、颯爽と会場に入ってくる。選ばれた人間だけが持つ、特別な真珠色の気配を漂わせた塔の魔女ローラ様は、美しい所作のまま、向かい側のテーブル中央の席に着いた。

 静かに、入口のドアが閉じられる。


「お待たせしました。皆さんお揃いのようですので、協議を始めます」


 司会の男性がテーブルの端に立って挨拶する。

 スタッフが印刷した資料を配って歩く中、じっと僕を見ていた五傑のシャノンが痺れを切らして声を上げた。


「ウォルター司祭。そこにいる彼は、“神の子”で間違いなくて?」

「ええ、そうですが、何か」


 ウォルターさんは飄々と答えている。


「何かではありません。塔の魔女の御前おんまえですよ。それに、協議は始まりました。顔を隠したまま協議を進めるつもりですか」


 明らかに、シャノンはご機嫌斜めだ。

 シャノンだけじゃなくて、塔側の全員が、僕の格好に引っかかっている。


「これは失礼しました。皆さんに刺激を与えてしまっては、協議に支障をきたすと思いまして。致し方なく、彼にはこのような格好をさせていました」

「刺激? 可笑しなことをおっしゃいますのね。それにもう一つ。教会側は、協議には五人まで参加というルールでは? 神の子を含めて七人。そこのお嬢さんは、不要ではなくて?」


 シャノンの言い分は正しい。

 僕が不安定すぎて神教騎士の二人が追加されたから、数が合わなくなったんだ。


「彼女は、教会側の人間ではなく、神の子の制御装置です」


 ウォルターさんは淡々と言い返した。


「制御装置? それは、神の子の後ろに浮かんでいる、妙な機械のことでしょう?」

「いいえ、シャノン。制御装置は彼女。後ろのロボットに制御機能はありません。観測装置です。神の子の力は大変不安定なので、彼女の特別な力が必要なのです。ご理解頂きたく」

「ではせめて、そのフードとマスクを取らせなさい。まさか、偽者を連れてきた訳じゃあ、ありませんわよね。神の子には独特の気配があると聞いています。私も多少、相手の気配を感じる特性を持ち合わせてはいますけれどね。彼からは何も感じない。本当に、神の子ですの? 顔も見せずに神の子だと言われたところで、どこの誰が信じられますか」


「協議に支障をきたすと思って、彼女……、リサにはいつも以上に神の子の力を抑えるように伝えていたものですから。神の子の気配をお感じにならないということは、つまり彼女の魔法の精度が上がったということ。こちらとしては思惑通りでしたが、それがかえって不信感を募らせてしまったのですね。申し訳ないことをしてしまいました。お詫びいたします。仕方ありません、フードとマスクは取らせましょう。ですが、どうか神の子の心を乱す言動は控えられますよう。何せ、まだ不安定なものですから」


 以前、大聖堂に立ち入った僕を咎めたアーロン枢機卿に、ウォルターさんが皮肉たっぷりにとんでもないことを言っていたのを思い出す。

 この人は、穏健そうに見えて、実は過激派なのかも知れない。そうでなかったら、こんな言い方しないだろうし。


「タイガ、フードとマスクを」


 ウォルターさんが僕の方を見て、こくんと頷いた。

 僕はテーブルの向こう側に座る、シバの顔をチラリと見た。

 最後にシバが僕を見たのは、穴の向こう側。薄暗い闇の中で、半竜になりかけた僕を見て、酷く驚いていた。あの時の、父さんの情けない顔。

 どんな反応をされるのか、考えると手が震える。僕自身、受け入れるのに時間がかかった。まだ、半分以上夢の中にいるような気分なのに。

 両手でフードに手をかけ、ゆっくりと後ろにずらしていく。白い前髪がはらりと落ちて、視界に被さる。僕の頭がすっかりフードから出ると、一気に、警戒と恐怖の色が会場全体に広がっていくのが見えた。

 最後にマスクを外し、ポケットに突っ込んでから、ゆっくり前を向く。

 シバを見る。

 心臓が止まりそうな顔をして、シバは僕を見つめている。


「レグル……!」


 シバは僕を、そう呼んだ。

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