5. 作戦

「――で、司祭には何か作戦が?」


 とんでもないことを言い出したウォルターさんに、ビビさんが半笑いで尋ねた。

 ウォルターさんはフフンといたずらっぽく笑い、腕を組んで、


「ありません」


 と答える。


「ありません?!」


 僕らは驚いて、思わず全員が同時に同じ言葉を吐いた。

『何考えてるのこの人』とビビさんが頭の中でぼやき、『力が抜けるんだけど』とリサさんが脱力し、『やっぱり』とイザベラさんがため息をつく。

 それぞれが頭の中でウォルターさんに呆れていて、それが声になって僕に届くくらい、落胆してしまったのだ。

 ところが当のウォルターさんは何故か自信たっぷりで、何の不安もないような顔をしている。


「作戦がないところが作戦ですよ」


 益々意味が分からない。

 顔を見合わせる僕らのことを見て何を思っているのか、ウォルターさんはニコニコしていた。


「下手に作戦なんか立てたら、粗が出ますからね。嘘をつくのもいけません。途中で整合性がとれなくなる。敢えて作戦があるとするならば、『堂々と、ありのまま話す』ということですね。そしてもう一つ、『相手を絶対に否定しない』。相手の挑発に乗ってしまうと、ついつい否定したり、拒絶したりしたくなるものですが、そこは堪えましょう。とにかく私達は、この二つをしっかり守ることだけ考えていればいいのです」

「けれど、そんなものであの五傑とやり合えるとは……」


 ビビさんが頭を抱えて大きくため息をつく横で、ウォルターさんはにんまり笑う。


「私達に出来るのはその程度。それにね、ビビ。人間は思ったより、一度に沢山の指示を理解し、行使することが出来ない。せいぜい二つか三つが限度です。ですから、もう一つ付け加えるとしたなら、タイガは『本音をぶつける』。絶対に誤魔化したり、その場の雰囲気に呑まれたりしてはいけません。最悪、貴殿が実力行使に出たとしても、私は否定はしません。その場合は、我々や五傑の方々が全力で止めればいい話。そして我々も、『タイガの暴走を止める』ことを念頭に動きましょう。その上で、一つだけ、作戦らしい作戦があります」


 人差し指を立て、ウォルターさんはリサさんの方を見る。

 視線を向けられたリサさんは、ピクッと反応して、ウォルターさんに顔を向けた。


「リサ、普段より吸収魔法の精度を上げてください」

「精度、ですか?」

「ええ、精度です。現状でも、魔法の効果でタイガの竜の気配はだいぶ弱まっているようですが、出来れば限りなくゼロに近いところまで持っていっていただきたい」

「それは、協議に影響するからですか?」


「そうです。タイガが白い竜の気配をプンプン臭わせながら会場入りしたのでは、彼らも度肝を抜かれてしまうでしょう。微かに感じられる程度なら致し方ありませんが、ライナスのように敏感に反応する者もいます。あいにく、制御装置の持ち出しは出来ませんし、まるっきりそうした特性のない人間ばかりではありませんからね。出だしくらい、まともに話し合いをして欲しいという気持ちもあります。――ただ、そうも言っていられない状況になるのは目に見えています」


 ウォルターさんは一息つき、眉間にしわを寄せて僕ら一人一人に目配せした。


「話し合いは冷静に行われるべきで、やたらと興奮を持ち込むわけには行きません。相手の話や道理も、ある程度は受け入れる必要があります。しかし、それが許容範囲を超えることもあるでしょう。理不尽に立場や存在を否定されたり、受け止めがたい言葉を浴びてしまえば、誰だって我慢できなくなってしまう。その時は、リサ、吸収魔法の発動を完全に停止してください」

「――ええっ?! 司祭、それはちょっと!!」


 バンッとテーブルを叩き、ビビさんが立ち上がった。


「リサが吸収魔法をやめたらどうなるか! こうやって常時リサがタイガの力を吸い取ってるから、普通でいられるんでしょ? 何考えて」

「ええ、勿論承知しています。だから、わざとやめるんです」

「そんなことをして、タイガが人間の姿を保てなくなったらどうするつもり?!」

「つまりビビは、魔法を解けばタイガが人間でいられなくなると」


「数値がそう言ってます。石柱を破壊したことで、平常時ですら竜化値の高止まりが続いてる。しかもこれは、リサが吸収魔法を続けている状態での話。タイガが眠りに就く前からずっと、リサはタイガの竜の力を吸ってるわけでしょ? ゼロの状態になったらどうなるかなんて、誰にも分からない。最悪の場合、タイガが本能と白い竜の記憶とやらに支配されて、人間を襲うかも知れないって考えたら、誰だって反対するでしょうが!!」

「なるほど、人間を襲うかも知れない。そういう現状を、ビビは言葉だけで塔の面々に伝えられると思いますか?」

「……ッ!」


 ビビさんは言葉に詰まり、悔しそうに拳を握っている。


「一理、ありますね……」


 二人のやりとりを聞いて、僕は思わず呟いた。


「タイガ! あんたも何言って」

「勿論、そうならないよう努めたいですけど。言葉で伝わらなければ、見せつけるしかない。そうなったとき、誰か僕を止められますか?」

「さぁ。どうでしょうか。だけれど、誰かが止めるしかないでしょうね」


 ウォルターさんは不敵に笑う。


「浅はかに神の子をコントロール出来ると思っている彼らのプライドは、ズタズタに引き裂かれるでしょう。彼らが神の子のなんたるかを目の当たりにしたとき、どんな判断を下すのか、見ものです。出来る限り、この不幸で理不尽なゲームを穏便に終わらせる結末に持っていけるよう、全力を尽くしましょう。そのためには手段は厭わない。全ては世界を守るため、救うためです」






 *






 教会から会議施設まで、徒歩で十分程度。

 天気は良好、風も心地よい。


 干渉者協会跡地に建てられたという会議施設には、古代レグル語で秩序を意味する“オード”という名前が付いている。そのオード会館に行くのに、普段なら教会専用のエアカーを利用しているそうなんだけど、リサさんの吸収魔法の精度を確認するためにもと、みんなで連れ立って歩いて行く。

 ウォルターさんとイザベラさんを先頭に、ビビさん、リサさん、僕。その後ろから、午後から合流した神教騎士団の団長グレッグさんと副団長ライナスさんが付いてくる。


「まぁ、フードを被れば見た目も目立たないようですし、どうにかなりそうですね」


 脳天気にウォルターさんが言う。

 僕の白い髪の毛は、どうしても目立つ。だからって、とりあえずジャンパーのフードをすっぽり被ってるんだけど、イマイチ一般人に紛れている気はしない。

 赤い目が気になってサングラスを具現化させてみたけれど、リサさんとビビさんに似合わないと大笑いされて、付けるのをやめた。代わりに口元をマスクで隠して、どうにか変装完了。けれど、マスクもレグルノーラではそんなに一般的ではないらしく、ゲラゲラと笑われた。


「そんなに気になるなら、いっそのこと、具現化魔法で姿も変えちゃえばいいじゃない」


 と、適当なことを言うのはビビさん。重い荷物を僕に持たせて、自分は手ぶらだ。貴重品の入った小さなリュックだけ背負っている。

 ビビさんから渡されたスーツケースには、端末と今回の資料が入っているらしい。

 ついでに僕の後ろにはタイガ二号もしっかりくっついてきてくれている。その、モニタリング用タブレットもスーツケースに入っているそうだ。


「自分が本体を置く世界で姿を変えるのは、至難の業なんですよ。確か、シバもディアナ校長もジークさんも、姿を変えていたのは、本体を置いているのとは別の世界だった。一般的に、もう一つの世界で姿を具現化させる際に、イメージを別の姿に置き換えて行うのが変身術であって、完全に生身の身体をいじくり回すわけじゃないはずですけど」

「あー、はいはい。分かった分かった」


 人が丁寧に解説しているのに、ビビさんは最初から全然興味がない様子。この人はどうやら、自分の心に自由な生き方をしているらしい。


「ライナスさん、どうですか。大河君の気配、だいぶ弱まってます?」


 リサさんが振り向きざまに、後ろのライナスさんに聞いている。

 竜の気配に敏感過ぎて、昨日は僕の気配を感じただけで吐きそうになっていたライナスさんだが、今日はそういった様子はないようだ。


「そうだな。かなり違う。確かに、人間の気配より竜の気配に近いのは分かるが、昨日よりはずっと薄まっている」

「良かった。アリアナにも確認したけど、ライナスさんも大丈夫なら、行けそうです。ただ、いつもより多めに力を使うので、調整が難しいんですけど」


 細かいことは分からないけれど、リサさんは僕から吸い取った力を体内で自分の魔力に変換させ、その力を使って吸収魔法を発動させているらしい。この循環サイクルを強めたり、早めたりすることで、僕の力の吸い取り具合を調整しているんだとか。それもこれも、彼女が人間ではなくて、竜の力を吸収できる竜石で出来ているからに他ならない。


「タイガの力は強すぎて、あのままでは外に出ることすら難しかったかも知れませんが、このくらい抑えられていれば、一般人に混じって街を歩いていても気付かれにくいということの証明にはなったようですね。色々葛藤もあったようですけど、リサ、ありがとう」


 イザベラさんが半分振り向きながら言うと、リサさんは少し照れているような、嬉しそうな顔をした。

 ふと、空を見上げると、巨大な白い塔がにょっきりと天に向かって伸びている。あちこちに展望台のようなものがあり、その下部に放射状に付けられた板は、エアバイク用の桟橋らしい。直接空中からも展望台へ行き来できるようになっているそうだ。

 記憶にあった展望台は、どの高さのものだろうか。僕はレグルに抱かれ、竜騎兵に手を振っていた。爽やかな横顔と、優しい声。あいつは僕を胸に抱きながら、一体何を考えていたんだろう。


「そういえば、グレッグさんとはあれ以来でした。僕を見て、驚いたでしょう」


 身体の向きを半分捻りながら、後方のグレッグさんに話しかける。

 騎士団長のグレッグさんには雷斗のことで世話になった。あの後直ぐに眠らされたから、三年二ヶ月ぶり、ということになるわけだけど。


「いや、そうでもない。実は君が眠っている間に何度か、教会の地下室を訪れていた。昏睡状態の君が何度か暴れるので、出動要請を喰らって、騎士団の精鋭達と君を止めたりもした。君が今そういう風に落ち着いて話をしているのを聞いていると、安心するよ。話してみると、あの頃から然程変わらない」

「ありがとうございます。でも、あの時よりずっと凶悪になってるので、注意してくださいよ」

「凶悪か。……まぁ、その時は、全力でお止めしますよ。手加減などしてしまえば、それこそ、大変なことになってしまいますからね」


 グレッグさんは流石、団長と言うだけあって、落ち着いた物言いだ。

 けれど、僕と合流した瞬間から、グレッグさんもライナスさんも、かなり強い警戒色を発したまま。

 この二人がいるならば、どうにかなるんじゃないかと変に期待してしまう。


「ですね。手加減しないで、殺すつもりで止めてください」

「ええ、そうさせていただきます」


 にこりと笑ってはくれたけれど、きっとそれは上辺だけだ。

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