7. 準備万端
「休めたか」
朝方、ガラス張りの部屋にやってくるなり、ノエルさんは言った。
身支度をしながら、僕はムスッと顔をしかめた。
「休めたと思いますか? 消灯時間ギリギリまでリサさんが僕のこと警戒しながら部屋の中にいて、四六時中外からも監視されてて。全然気が休まらなかった」
せめて夜くらい監視を止めてくれたって良いのに、僕が消灯したところで、ガラスの向こう側では忙しなく人が動いているのが見えた。監視部屋は、僕が目覚めたことで更に忙しくなってしまったようだ。
「信用できないからな」
「酷い言いようですね」
「本当のことだろ。昨日のアレで、お前に対する信用度、信頼度が一気に落ちた。何様のつもりか知らないが、上から目線は止めた方が良いぜ。先輩として忠告してやる」
「そんなつもりはないんですけど」
「そういうのを直せっつってんの。オレの記憶、見たことあるだろ。分かるんだよ、弱っちぃヤツがオレのこと、色目使って見てるの、もの凄く嫌だったから。ま、そんなのはどうでもいいや。オレのことじゃねぇし。髪結べ」
ブンと拳を突き出したノエルさんの手に握られていたのは、黒いヘアゴムだった。
「アリアナが気にしてた。ボサボサ頭、似合ってないってよ」
僕は渋々ヘアゴムを受け取り、ふぅとため息をついた。
手ぐしで髪をまとめ、ゴムでギュッと一つに結ぼうとするんだけど、これが結構面倒くさい。
結び慣れてない上に、くせっ毛でまとまりにくいのだ。
「櫛出せ、櫛」
ノエルさんは小馬鹿にしてくるし、上手く出来なくてイライラするし。
渋々櫛を具現化させて、壁のガラスを鏡代わりに髪を結んだ。
両サイド、顔の輪郭を隠していた髪の毛がなくなると、何だかスッキリする。
「悪くない」
思わず口にした。
「清潔感が出た。少しはまともそうに見える」
ノエルさんは相変わらず、口が悪かった。
「準備終わったら,ここに集合することになってる。そしたら、石柱まで飛ぶ」
「破壊するのに竜化が必要だったら、化けても良いと思いますか?」
ガラス越しにノエルさんに目を向けると、少し渋い顔をしているのが見えた。
「自分で制御できるなら良いと思うぜ。オレはそう思うってだけね。他の連中は拒むだろうな。何せ、化け物にしか見えねぇから」
「……まぁ、そうなりますよね」
凌と旅をしていたというノエルさんは、中途半端に竜化した格好にも耐性があるようだった。けど、普通は――。
暴走した雷斗が魔法を放ち、咄嗟に竜化して防いだときに見た、みんなの顔が忘れられない。
怯えた目、青ざめた顔、恐怖に染まった心の色。
見た目が変わっただけであの反応だった。
周囲の目は、思ったより僕を傷つけている。
「気にすんなって言われたところで、傷つくのが人間だ。大河、お前は単なる化け物に成り下がるなよ」
こんな風になっても、ノエルさんは未だ僕を人間扱いしてくれる。
「はい」
僕は小さく呟くのが精一杯だった。
*
壁のガラスにポスター大の地図を貼り付け、レンさんがペンで赤く丸印を書いた。
「今日の目的地はここです。エルーレ地区、牧草地の広がる地域と農村部の境目にある石柱。オリエ修道院から少し北に進んだところにあります。石柱の周辺は既に立ち入り禁止措置をしていますが、時折紛れ込んだ小動物や昆虫が魔物化して村を襲っています。それでも民家からはある程度距離がありますし、市街地で発見された石柱に比べれば、幾分か余裕を持って破壊できるのではないかと」
朝から待機していたノエルさんに続き、リサさん、アリアナさん、レンさん、そしてイザベラさんが集まり、作戦会議に移った。とりあえずは場所の確認。以前、ノエルさん達と一緒に魔法の練習をしていた牧草地の近くだ。
「石柱の大きさを確認しておかなければならないと思うのですが」
イザベラさんが言うと、リサさんがハイと手を上げて、僕の方を見た。
「リアレイトの単位で伝えた方が分かりやすいよね?」
「出来れば」
レンさんが無言でスッと僕に一枚、紙を渡してきた。大きな柱のようなものの写真。レグル語で書かれた文章が添えられている。
「直径、約一.五メートル。高さは約十五メートル。地中部分は不明だけど、この大きさだから、かなり深いところまで刺さってるって考えた方が良さそうだね」
「直径一.五メートル……。だから柱か」
人間からしたら、巨大な柱でしかない。
やっぱり他人の記憶で情報を知ってる程度じゃダメだな。思ったよりずっと大きい。そんなものが突然打ち込まれたら、建物は倒れるし、人だって死ぬ。ヤバいどころじゃない大きさだ。
「白い竜の力でなければ壊せないと、リョウゼンは話していたのでしょう?」
イザベラさんの言葉に、僕はこくりと頷いた。
「しかも、暗黒魔法で満たされてる」
「他の生物が触れば危険でも、白い竜ならば触れることも可能だと解釈していますが、実際どうなのか、やってみないことには分からないでしょうね」
握り拳程度の石ならともかく、そんな巨大な柱、どうやって砕けば良いのか見当も付かない。
ヤツは一体、何を考えているんだ?
「僕にしか出来ないというなら、やるしかない。人間の姿のままで、そんな巨大な柱を砕くだけの力を出すのは無理だろうし、となれば、白い竜になるのはもう、必然だと思って貰った方がありがたいんですけど。……良いですよね?」
チラリと顔を上げ、みんなの顔を確認する。
ノエルさん以外は、ほんの少しではあるけれど、やはり警戒の赤を出している。
「仕方ない。腕の装置は外そう」
レンさんは両手を挙げ、降参のポーズ。
「君が自分の意思で竜化するときの数値の上がり方、凄く気になるんだけど、やっぱり装着型は無理だなって思って、昨晩色々考えたんだよ。で、自走式のロボットに組み込んで、君から一定の距離を取りながら計測する方法を思い付いてさ」
そこまで言うと、レンさんは一旦部屋を出てガラスの向こう側に行き、何かを抱えて戻ってきた。
「ジャァ~ン! 見て!」
枕くらいの大きさの、巨大な白いラグビーボール?
外側はシリコンゴムみたいな素材で包まれていて、両側に赤く細長い目のようなものが付いている。側面にワンポイント的に入ったギザギザ模様は、レンさんの趣味?
底面は吹き出し口? タイヤで走るんじゃなくて、エアカーやエアバイクみたいに浮くんだろうか。
上部に組み込まれたディスプレイは、僕が装着している端末と表示が似ていた。
「何コレ? 可愛い!」
キャッと黄色い声を上げて一番に反応したのは、後ろの方で話を聞いていたアリアナさんだった。
レンさんはアリアナさんの方を向いて、パッと表情を明るくした。
「分かる?」
「分かる分かる! これ、もしかして、白い竜……」
「あたり! やったあ! このために睡眠時間削ったんだ。分かって貰えて嬉しいよ!」
「ええ? 僕なの?」
ギョッとした。
レンさんはニコニコしながら僕にそれを渡してきた。
受け取ってみると、そんなに重いわけじゃない。ズッシリ感はあるけど、中学で背負っていた通学カバンよりはずっと軽い感じ。
「てことは、こっちのギザキザが口で、横のが、角、顎のライン……」
身体の方はご丁寧に、ゴムが少し鱗状になっている。
「白い竜のあのフォルムをデザインした装置をいつか作りたいと思って、いくつか試作してたんだ。これ、一番のお気に入り! どっかの企業が、犬とか猫とかさ、リアレイトの動物象ったロボット出してたのを見て、僕ならコレだなって、コツコツ作ってたんだよね。ビビにもフィルにも、不謹慎だと馬鹿にされたけど、いやぁ、良いタイミングだった」
既に試作していたものに、必要なものを搭載したって感じか。でなきゃ、一晩でこれは作れないよな……。
それにしたって、なんでみんなが怖がる白い竜をモチーフにしようと思ったのか。
レンさんの感覚は良く分からない。
「名前付けよう、名前!」
アリアナさんがぐいぐい迫ってきた。
僕はロボットを両手で抱えたまま、ちょっとだけ仰け反った。
「タイガ二号で良いだろ」
ノエルさんが適当に言った。
「嫌ですよ、そんなの」
「二号~! 良いかも~!」
アリアナさんが猫なで声でロボットを撫で撫でしている。
「二号。大河君本体が一号」
「あのね、リサさん。わざわざ言われなくても、そういうつもりでノエルさんが言ってることくらい、僕にも分かるから」
「二号ですね。ロボットですし、そのくらい機械的な名前の方がしっくりきますね」
イザベラさんまで乗っかってしまった。
レンさんも気に入ったらしく、ご機嫌そうな色を出しながらニコニコしている。
「タイガ二号はタブレットで遠隔操作できるようにしてあるし、数値も即時反映される。これなら装置外しても構わないかな」
……タイガ二号で決定してしまった。
レンさんに一旦二号を渡すと、レンさんはそのまま二号をアリアナさんに持たせた。
目をキラキラさせて二号に頬ずりしているアリアナさん。二年経って彼女もすっかり大人になったんだけど、あの頃とあまりテンションが変わってないみたいでホッとする。
左腕の端末をレンさんに差し出し、ディスプレイに解除コードを入力してもらう。カチャッと音がして、左腕が自由になった。
「二号も起動してみよう」
アリアナさんに二号を持たせたまま、レンさんは本体後方をパカッと開けた。充電用の差し込み口と、ボタンが幾つか並んでいる。ポチッとボタンを押して蓋を閉じると、二号の上部ディスプレイと目の部分が光り始めた。
「よし、床に置いてみて」
レンさんの指示に従って、アリアナさんがそっと二号を床に置く。
すると、ファンが回り、吹き出し口から空気が押し出されて、二号の本体が浮き上がった。
「か、可愛い……!」
アリアナさんが両手で口元を覆い、目を輝かせながら喜んでいる。
二号はふわりと宙に浮き、アリアナさんの胸の高さまで浮いた。
アリアナさんとリサさん、イザベラさんに囲まれ、二号がチカチカと目を点滅させると、益々感極まって、一気に喜びと感動の色が辺り一面に広がっていった。
「レン、天才……!!」
「いやぁ、そんなに褒められると、照れちゃうなぁ」
勝手にモチーフにされたり、ロボットに変な名前を付けられたりして、僕はちょっと複雑だったんだけど、久しぶりにみんなが嬉しそうに笑って、こんなに明るい色を沢山振りまいているのを見るのは、悪い気がしない。
「二号、モテモテじゃん。タイガ一号は嫉妬しないのか?」
ノエルさんは皮肉たっぷりに言って、眉尻を上げた。
「するわけないじゃん」
僕も嬉しくなって、かなり久々に笑えたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます