6. 変に気を遣われるより

「全く、どうなるのかと思った」


 床に転げた端末を拾い上げ、レンさんはハンカチで汚れを拭き取っている。


「最初に言ったよな、軽々しく竜化しないでって。これを作るのに、どんだけ苦労したかって、君の耳元でネチネチ喋った方が良い?」


 ギロリと睨まれ、僕はスミマセンと小さく言った。

 会議は終了したものの、僕が暴れ回ったせいで、片付けが大変なことになっていた。

 レンさんは散会の合図の直後に猛ダッシュで端末を拾いに来て、僕に怒りの色を浴びせてきたのだ。


「アーッ! 留め具が壊れてる。このパーツ、替えが効かないんだけど。うっそ! こんな簡単に壊されんの?」


 本当に申し訳ない。

 見ると、腕にカチッとはめる部分が見事に根っこから折れていた。


「ま、魔法で直します」


 レンさんに両手を差し出すと、ハァ? とばかりに上目遣いで睨まれる。

 これ以上怒らせたらマズい。僕はレンさんの手の中にある端末に意識を集中させ、留め具が元に戻るようイメージした。

 パチッと小さい音がして、端末が一瞬光った。

 これが直った合図。

 半信半疑でレンさんが動作確認すると、ちゃんと開いて閉じて、出来るようになっている。

 無言で端末を渡されたので、僕は左手にはめ直してみた。イメージどおり、ちゃんと直ってる。


「直せるから壊しても良いってことにはならないから。な!!」

「あ、はい」


 レンさんは流石、近くから見守ってくれていただけあって、僕を全然怖がらない。

 自然な態度で接してくれる人がいると、それだけでホッとする。


「おい大河。窓直せ、窓」


 声の方を向くと、ジークさんが顎を突き出し、変な顔をして僕を睨んでいた。


「直せるからって壊しても良いってことにはならないんだ。分かってんのか」


 同じ言葉を口調を違えて言われると、ガックリくる。


「す、スミマセン……」

「ちょいと来い」


 ジークさんは僕の上着の胸倉を掴み、そのまま窓際の方に歩き出した。もつれそうな足を引きずって、ジークさんに付いていく。

 と、聖職者達が集まっているところの真ん中に突き出された。


「うわっ!」


 僕も驚いたけど、聖職者達はもっと驚いている。

 蜘蛛の子を散らすように、僕の周りから遠ざかっていく。


「早く。直せ」


 ジークさんの凄んだ顔に圧倒され、僕はちらちらと周囲を見回しながら、ガラスの散り方を確認した。

 窓際にはガラスの破片が、かなり広範囲に散乱している。うっかり踏んだら靴底に刺さってしまいそうなくらい鋭いのもある。大きなガラス片は既に一カ所に集められていた。


「力が解放されてるなら、こんなの朝飯前だろ」


 しかも、わざとらしく圧力をかけてくる。

 めちゃくちゃ怒ってる。

 不機嫌そうな色を漂わせるジークさんを横目に、僕はこくりと頷いて、両手を前に着きだし、魔法を発動させた。窓ガラスが元に戻っていくイメージで……!

 ぱあっとガラスが光りを帯びて、カタカタと揺れ出したかと思うと、一つずつ、元の場所へと戻り出す。パキパキと小さな音を立てながら、床に落ちた欠片、外に落ちた欠片が元々あった場所へ戻っていった。それでも全部元通りとは行かなくて、足りない部分はイメージを具現化させる力を使って補完して。

 窓枠にすっかりと元通りガラスがはまり直すまで、少し時間がかかった。

 が、出来た。

 やっぱり、確実に精度が上がってる。


「で、出来ました」


 恐る恐るジークさんの方を振り向くと、流石に目を丸くしていた。

 他の人達は……と、周囲を見回せば、やっぱりみんなビックリして、感嘆の声を漏らしている。


「"神の子”ねぇ……」


 ジークさんは無精ひげを左手で擦りながら、また変な顔をする。


「力に溺れてる感じがする」

「……え?」


「姿も変わったし、力の種類も、強さも変わった。暴走しまくってた頃に比べたら安定感はあるが、突然手に入れた力に溺れてる。一応、みんな年上だし、自分の立場というのも分かっているようだから、今のところは大人しく従う振りをしている感じだな。ちょっとでも納得できないことが起きたら、いつでも白い竜になって実力行使する準備も出来てるんじゃないか。どうも気持ち悪いんだよ。君が大河かどうか、みんなが訊ねてくる理由はそれだ。白い竜の血を引いている人間なんて君ぐらいしかいないわけだし、ずっと君のことを監視し続けていたんだから、その身体が大河のものだってことは十分に分かってる。その上で、君がまだあの時の大河なのか、それとも全く違う人格に支配されているのか不安でたまらないわけだ。……だけど、僕は大河は大河のままだと思うね。単に、変わったんだ。見るものを全部見て、考え方が変わった」


 言われてゾッとした。

 力に溺れてる。

 考え方が変わった。

 確かに、そうだろうけど。


「本心はさっきのアレだな。『許せない、愚かしい』僕らを完全に見下してる。僕らを、と言うより、人間をって感じだな。自分を化け物だと受け入れた辺り、過去を見て、何かが変わったか」


 ジークさんはいつも鋭い。

 僕より、僕のことを分かってるみたいだ。

 別に、心が読めているわけじゃないはずなのに。


「変わったと思います。少なくとも、凌の気持ちは分かった気がする」

「凌のこと、思い出したのか?」

「はい、思い出しました。凌が、非の打ち所のない正義だってことも」

「だけど、魔法学校に現れた凌は、凌じゃなかった」

「――いや、凌です。あいつは、凌に違いない」

「中身は、ドレグ・ルゴラだった」

「どうかな。僕は、凌だったと思ってます」


 ジークさんはムッとして、何だか腑に落ちないような顔をしている。


「ドレグ・ルゴラじゃないのに、破壊活動をするのか? この世界は、あいつが救ったのに」


 そう思うのは当然だと思う。

 ウォルターさんも、大聖堂に現れたヤツを見て、そう思った。

 だけど。


「あれは凌です。あいつは僕に殺されるために、何度もああやって現れてる」


 この意味を本当に知る人間は、きっと、どこにもいないのだと思う。






 *






「改めて自己紹介するね。私はビビ。君の力を監視・制御するためのシステムを作ってる。監視とか制御とか、明らかに君のことを制限するような言い方なのは諦めてね。その通りだから」


 ガラス張りの部屋に戻ると、ビビさんがフィルさん、レンさんと一緒に入ってきた。

 菜の花色を漂わせた、とても快活そうな人だ。


「分かってると思うけど、君の力は人間の世界ではどうしても、危険な部類に入るわけ。それこそ、力の使い方を間違えれば、かの竜復活前にこの世界が吹き飛んでしまうかも知れないくらい、とても恐ろしく強大な力。自分の意思で制御できるのなら、それに越したことはないけど、出来ればそういう不安定なものじゃなくて、しっかりとしたシステムの中で制御できたら、君自身の負担も減ると思う」


 リサさんの記憶の中で、その辺のことは大体知っていた。

 僕は初めて聞くようなそぶりで頷いて見せた。


「だけど現状、制御システム自体は固定式が限界。天井にある魔法陣がそれ。天井裏に仕込んだ制御装置が魔法を発動させて、溢れ出す竜の力を吸い取っている。同じ竜石を使ってるはずなのに、リサには性能が及ばないんだよね。竜石の産地の違いなのか、精製方法に理由があるのか、その辺も分かってなくて」

「竜石の産地?」


「興味ある? ニグ・ドラコの森の奥に、塔で管理してる竜石の採掘場があるらしいんだけど、そこの石はなかなか出回らない訳よ。工業地域の多いフラウ地区にも、竜石の取れるところがあるんだけど、そこは森じゃなくて、工業地域の端っこ。工場建設の地盤調査で掘り進めたら固い岩盤に当たって、それが竜石だったのね。地上にあるどの鉱物よりも硬いから、加工していろんなものに使ってたら、そのうち竜石が空気中に漂う魔法エネルギーを吸収して、魔力を帯びるようになったのに気付いたのよ。そこから先は長いから割愛するとして、この世界では当たり前の移動手段、エアカー、エアバイクなんかは、竜石によって帯びた魔力を利用して飛んでるの。で、制御装置の竜石も、フラウ地区から採掘された竜石を使ってるんだけど、おんなじ竜石でも何かが違うってことまでしか分からなくてね。不純物なのか、はたまた地層の問題なのか、竜石になるまでの年月が問題だったのか、そのの辺りも研究していくべきなんだろうけど、何せ竜石自体が貴重でしょ。そうなってくると、比べようがない。そもそも、竜の死体から出来たなんてのも本当かどうか。だって、誰もこの世界の本当を知らないんだから、調べようがない。まぁ、そこが面白くてやってる訳なんだけど」


「――ビビ、喋りすぎ。タイガが呆れてる」


 フィルさんが肘で小突くと、やっとビビさんの話が終わった。

 うっかりすると、永遠に話していそうな勢いだった。


「あ、ゴメンゴメン。話を戻すね。制御装置、もう少し小さくならないか頑張ってるところ。携帯端末、上手く出来たと思ったら、竜化でパーンと弾けちゃったし。やっぱり、身につけるって常識の通じないのが、君だよね」

「す、すみません」

「謝ることはないよ。外せない仕様にしたこっちも悪いんだし。付け直してくれてありがとう。でもまた壊されるんだろうなぁ」

「その時はまた直します」

「そういう問題じゃないんだよね。分かんないかなぁ」


 と、ここでレンさんがムスッと頬を膨らませた。


「ゆくゆくは測定機能の他に、制御機能も入れたいと思ってたんだけど、やめた方が良さそうだなというのが分かったのは収穫だよ。持ち運ぶ方がまだマシ。人工知能で常時君の動きを追跡、自動で測定、制御してくれるようなものを作った方が良さそうだ」

「同感」


 ビビさんとフィルさんがハハッと笑った。


「ところで勘違いして欲しくはないんだけど」


 人差し指を立てて、ビビさんが藍色の瞳を僕に向けてきた。


「私達は別に君を厄介だと思っているわけでも、君の力を恐れているわけでもない。単純に、興味がある。 もし仮に、かの竜と戦うことになったとして、その時にそれぞれの力が数値化出来ていれば、私達人間は事前に何かしらの対処方法を考える時間が取れるかも知れないし、或いは制御できていれば、かの竜の力さえ弱める手立てになるかも知れない。そのぐらいの危うい考えでやってる。君は君で辛いかも知れない。面倒だと思っているに違いない。けれど、竜石の欠片程の希望しか残っていなくても、その希望に縋りたいと思うのが人間でしょう。だから、君に対して特別な感情は持たないようにしてる。レンとフィルは知らないけどね。そういうわけだから、淡々とお付き合い頼むよ」

「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」


 澄んだ瞳には、確かに恐怖も疑念も、怒りさえ感じない。

 それはそれでちょっと気楽だ。

 変に同情されるよりは、ずっと。

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