5. 塔との協議に向けて

「そもそも塔は、破壊竜ドレグ・ルゴラの復活に備え、白い竜の血を引く僕を手元に置いておきたかった。だから、レグルが僕をシバに預けることを了承し、優遇した。なのに、シバは僕を戦線から外そうとしてる。誰が納得できますか、こんなこと」


 アーロン枢機卿を真っ直ぐ見ながら淡々と話すと、次第に周囲がざわめき始めた。


「誰か話したのか」

「取引のことは当人には伝えない約束では」


 声が漏れ聞こえてくる。

 目を覚ましたばかりの僕が知っているはずのない知識。

 アーロン枢機卿は眉間にしわを寄せ、苦しそうに言葉を紡いだ。


「残念ながら、神の子よ。なにも、塔の協力を得れば全てが解決するというわけではない。彼奴らは塔の面目を守り続けなければならないらしい。神の子を取り戻したところで、塔が考えていることなど目に見えている。かの者同様に、そなたを新たなる平和の象徴として据え置き、この不安定で混乱した時代でも塔の絶対敵支配が変わらないことを知らしめたいのだ」


 ……平和の、象徴?

 塔は、破壊竜を封じ込めたレグルを手元に置くことで、その絶大な権力を誇示していた。

 世界を創造したという神の化身と思しきレグルは、正に平和の象徴だった。

 だけどそこに、レグル自身の自由はなかった。

 レグルは毎日のように塔を抜け出し、大聖堂を訪れた。束の間の自由を、ウォルターさんと過ごしていた。

 リアレイトにしか、自由はなかった。

 けど、その自由さえ、凌の意識が薄れて行くにつれて、少しずつ蝕まれた。


「アーロン枢機卿、失礼ですが」


 ダニエル司教が手を上げる。


「このような大事な話を、外まで筒抜けの状態で話すのはいかがなものかと。が、ガラスの破片も散乱しているわけですし」


 僕の方をチラリと見て、顔を引きつらせているダニエル司教に、アーロン枢機卿は落ち着きなさいと声を掛けた。


「なにも恐れることはない。密室で話す内容でもない。寧ろ、そのように考えてしまう我々聖職者にこそ問題があるというもの。考え方を変えてみなさい、ダニエル。神の子が窓ガラスを割ったお陰で、窓際の聖職者は身動きが取れなくなった。偏見を抱き、化け物と決めつけていたのは、我々の方なのだ。……世界が終わるかも知れない状態にあって、それを救う手立てがあるのだとしたら、些細なことに拘るべきではない。かの者が何者であるか、その血を引く神の子とは何者か、そもそも神とは、我らの信じる神とは何なのか。神の子の怒りは、そんなことに拘って本当に大切なものを見失おうとしている我々への、ある種の警告ではないのかと考えればどうか。――ウォルター、次の塔との協議はいつ頃の予定か」

「二日後、午後からの予定です」


 ウォルターさんが、短く答える。


「では、それまでの間に段取りを頼む。ビビ、神の子の力の状態は如何ほどか」

「データ上では、興奮時に数値が跳ね上がり、竜化値が上昇、竜化開始となりますが、平常時はだいぶ落ち着いています。極端な刺激を与えないよう注意が必要ですね。装着式端末の方は……、すみません、改良しておきます。端末で数値情報を確認できれば、いざという時に騎士団へ連絡、緊急配備のつもりでしたが、塔へ行かれるのだとすれば、ここは考え直す必要がありますね。制御装置の小型化も、どうにかしたいと思います。かなり需要がありそうですので」


 ビビさんはプラチナブロンドのふわふわした髪を揺らしながら、淡々と答えた。

 まだ直接話してはいないけど、この人がフィルさん達のボス。見た目に反してかなり頭の切れる人のようだ。


「協議には、神の子を同行させる。が、引き渡しがどうなるかはさておきとして、神の子と共に協議に参加する人物の選定も済ませる必要がある。出来る限り穏便に、かつ、塔の要求を丸呑みしないよう、細心の注意を払わねばならない。教会の人間ではない方が、塔を刺激しないのではないかと思うが、どうか」

「概ね賛成ですね」


 と、ジークさんが、僕の後ろで手を上げる。


「ヤツらは頭が硬すぎる。教会の人間というだけで拒否反応を示す可能性がある。事情に精通していて、塔についても理解している人間が妥当でしょう。例えば、ノエルとか」

「――ハァ?!」


 名前が出ると、ノエルさんがズイッと前に出て、ジークさんの肩を鷲掴みにした。


「ジーク、てめぇ、何考えてんだ! オレは塔が大嫌いなんだって!」

「奇遇だな。僕もだ」

「僕もだじゃねぇ。てめぇが行けばいいだろ」

「残念だな、僕は社長業で忙しい。それに、大河も君の方が気が楽だろう。な、大河」


 急に呼ばれて、僕はギョッとした。

 嫌らしい笑顔を向けてくるジークさんと、目をガン開きにして威圧してくるノエルさん。どっちもいい人なのは知ってるし、ノエルさんも別に怒ってるわけじゃなさそうなんだけど。


「で、ですね」

「じゃ、決まり。ノエルが従者として付いていきます。ウォルター司祭、頼みますよ」


 任されたとばかりに、ウォルターさんはニッコリ笑っている。

 一方で、無理矢理押しつけられたノエルさんは、ちょっとご機嫌を損ねているのか、チクチクした色を出し始めていた。


「あの、ところで」


 話が終わりそうだと思った僕は、恐る恐る声を上げた。


「く、杭の話ですけど。もし可能なら、明日にでも現地に行ってみたいんですが。大きさとか、本当に僕の力が通じるのかどうかとか……」


 杭の話を出すと、またどよめきが起こる。

 もしかしたら、協議のあとにその話をするべきだったのか。


「柱は、早急に破壊すべきだと思います」


 ずっと静かにしていたイザベラさんが、すっくと立ち上がった。


「柱を守る神教騎士の疲弊が限界を超えています。五本目の柱が見つかってから、一本あたりに派遣される騎士の人数が減りました。昼夜問わず、様々な魔物が現れるため、魔力も早々に底を突き、回復も間に合わず、物理攻撃にも限度があると聞いています。タイガが眠ってから、黒い水中毒症は見かけなくなりましたが、それ以上に柱の力で魔物が増えました。他の七本に関しても、調査を進めなければならないものの、未開の森や砂漠に打ち込まれているのだとしたら、対処できません。上空から都市部を監視している市民部隊の竜騎兵は、既に柱の場所を把握している可能性があります。協力していくことが出来れば良いのですが、そこはウォルター司祭の手腕にかかっているということでよろしくお願いいたします」


 ひとしきり話し終えると、イザベラさんは満足したように座り直した。

 隣でウォルターさんが咳払いしている。


「ここから一番近い石柱はどこだったかの?」


 アーロン枢機卿の言葉のあと、教会側の男性の一人がスッと手を上げた。


「距離からすれば、ニグ・ドラコ地区の住宅地にある石柱ですが、あそこは人目が多く、神の子を連れて歩くのに不都合です。オリエ修道院そばの農村で見つかった柱ならば、人目にも付きにくい上、何かあっても住民を避難誘導し易いかと」

「なるほど。では、カーク神父の意見を尊重しよう。では、明日神の子と共に現地へ赴ける人間は?」

「わ、私が行きます!」


 ずっと下を向いていたアリアナさんが、ガタッと音を出して立ち上がった。


「リサはタイガと一緒にいなくちゃならないから当然として、私と、あと、ノエルとで、行きます!」

「またオレかよ。何だと思ってんの? 便利屋じゃねぇんだけど」

「私もご一緒しますわ」


 イザベラさんがニコニコして手を振っている。


「仕方ない……、僕も行くよ。装置の調整も必要だし」


 レンさんが渋々手を上げた。


「では、すまないが、諸君に委ねる。仮に柱を破壊できるようであれば、破壊するか、それとも協議の決着を待つかだが、破壊優先で構わない。柱さえなくなれば、市井の人々も安心して眠れるだろう。よろしく頼むぞ、神の子よ」

「分かりました。やってみます」


 ちょっと人数が多い。場所さえ教えて貰えれば、自分だけでとも思ったけれど。

 それだけ僕は今、信頼に値しないのかも知れない。

 僕に対する不信感を示す濃い灰色と紫色が、会議室中に充満しているのが見える。

 同時に、彼らの様々な思惑が、頭の中で響いていた。

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