4. 相容れない
「アホ大河……ッ!」
ジークさんの声が聞こえたが、僕は無視した。
聖職者の座る左側に身体を傾けて目を見開くと、途端に会議室の窓が割れた。
バリンという破裂音と、聖職者らの悲鳴。
「タイガ! 貴殿は何を!」
ウォルターさんが僕を見てオロオロしている。
イザベラさんは険しい顔をしている。
大丈夫。僕はまだ、竜化してない。理性もある。
それでも僕の身体からは明らかに異常なくらい力が溢れ出してきているし、魔法を発動させようと思ったわけでもないのに、ガラスが外側に吹き飛んだ。
ドンッと勢いよく、後方から誰かが突っ込んで来て、そのまま床に押さえつけられた。背中と両足を踏まれ、両腕は左右それぞれで床に固定される。
「何やってんだ、大河……! 冷静になれっ!」
ジークさん、ノエルさん。それに、三人の神教騎士。大人が五人がかりで僕を押さえつけていた。
筋肉質の男達に全体重をかけられ、僕の動きは完全に封じられてしまった。
「苛つくのは分かる。だからって、君が暴れていい理由にはならない」
背中の上で、ジークさんが言った。
そんなの、僕にだって分かってる。
だけど……!
「目が、目が光っている」
「化け物」
「殺される……!」
聖職者達は一様におののき、平静を乱していた。
ある者はひっくり返り、ある者は頭を抱え、ある者は神に祈り始めている。
「気持ちを抑えろ、大河。彼らとて不安なんだ。全てを君に託すための担保が欲しくて、あんなことを言ったに過ぎない。君は、自分が破壊竜ではないと証明すべきで、力を誇示して相手に恐怖を与えるなんて愚かしいこと、すべきじゃない」
ジークさんは、相変わらず正論ばかり言う。
「知ってますよ、そんなの……!」
床に伏したまま頭を持ち上げて、僕はぎりりと歯を食いしばった。
ジークさんだってノエルさんだって、神教騎士達だって、本心では僕を怖がっている。
緊張と恐怖の入り交じった色を漂わせ、まるで爆発寸前の爆弾を扱ってるみたいに震えている。
前は、こんなんじゃなかった。
確かに僕は不安定で、とても見ていられないくらい力に翻弄されていた。人間じゃなかった事実を受け入れるのに相当時間がかかったし、どうしたら良いか分からなくて、泣いてばかりいた。
可哀想だと同情されて、俺達が何とかすると言ってくれる大人がいて、それでどうにか立っていられた。
それが、なんだ。
三年二ヶ月経って目覚めてみたら、全然違ってる。
眠っている間無意識に暴れ回ったせいもあって、僕は完全に制御不能の化け物扱いだ……!
「――世界がそう望むならば、僕は破壊竜にもなれる」
「大河! 言い過ぎだ!」
ジークさんが首根っこを押さえてくる。
僕の言葉に、ダニエル司教は「ヒイッ」と声を上げて床にひっくり返った。
『思った通りだ。こいつは、破壊竜。早急に、排除しなければ』
司教の心の声が聞こえる。司教だけじゃない。そこかしこにいる聖職者達はこぞって僕を、危険視している。
聖職者側の席で極端に色を変えていないのは、ウォルターさんとイザベラさんくらい。
他の聖職者は、眼前で白い竜の力を見せつけられ、恐怖の色を濃くして怯えている。
「確かに、僕は人間じゃない。白い竜だった。それは認めます。白い竜に対するレグル人の感情についても、ある程度理解しています。……だけど、僕はドレグ・ルゴラではないし、今のところ破壊竜でもない。かの竜も、最初はただの白い竜だったはずだ。世界でたった一匹、真っ白に生まれたヤツを破壊竜にしたのは、こうした、周囲の無理解だったんじゃないですか?!」
筋肉が膨張して、僕の身体は少し大きくなってしまっていた。
僕を押さえつけている大人達も、それに気付いて焦りの色を濃くしている。
服が破れ、鱗の浮かび上がった身体が露わになった。
「リサ! タイガの竜化を止めろ!」
ノエルさんの声。
僕のすぐそばまでリサさんが近づいていた。
首を捻って見上げると、リサさんの険しい顔が目に入る。
「これが、大河君……?」
「ハァ? 何言ってんだ、リサ。早くしろ!」
「私が知ってる大河君は、こんな凶悪じゃなかった」
「あのなぁ! そんなのどうだっていいから。早く!」
納得していないような顔をして、リサさんは僕のそばに屈んだ。
恐る恐る、手を伸ばしてくる。
吸収魔法が発動し、リサさんの身体が赤く光り始めた。
「ダニエル司教も、リサさんも、僕が誰かなんて、気にしてる場合なのかな」
「黙れ大河」
ジークさんが、僕の頭を床に擦り付ける。
「白い竜の力が必要なんですよね? 僕の力でなきゃ、杭は壊せない。杭を全て壊さない限り、あいつには辿り着けない。それでも! やっぱり僕が何者か、そんなくだらないことに、こだわんなきゃダメですか?!」
「うっせーぞ、タイガ! いっちょ前に口ごたえするようになりやがって!」
ノエルさんは怒号と共に、無理やり身体を全部、僕の背中に乗せて体重をかけてくる。
「……言い方を、変えます。僕は確かに、かの竜の血を引く白い竜です。僕を、世界を救うための道具にするのか、それともかの竜同様、破壊竜に変えてしまうのか。それは、あなた方の出方にも懸かっているってことですよ!!!!」
もう、三年前とは事情が違う。
成長した僕の見た目は、前よりずっとレグルそっくりになっていたし、白い髪も赤い目も、彼らにとっては恐怖でしかないだろう。
でも、だからと言って、今、僕を挑発して何になる……?
思えば思う程、頭はどんどん興奮していく。身体は竜に近付いていく。
落ち着け。
威嚇程度でとどめなければ、みんな吹き飛ぶ。
落ち着け。落ち着け落ち着け、落ち着け……!
「――それくらいにしなさい、神の子よ」
パンッパンッと大きく手を叩き、アーロン枢機卿は自分に注目するよう促した。
一瞬、恐怖の色が途切れる。
「全く、神の子の言う通りだ。――ダニエル、そなたはもう少し、考えてから動くことを知るべきだな。かつての私がそうであったように、未知への恐怖で判断を誤るのは愚かなこと。慎みなさい」
アーロン枢機卿はその場にいた全ての者を諭すように、静かに言った。
リサさんの吸収魔法が発動していたこともあって、僕の身体からは、徐々に力が抜けていた。竜化しかかっていた身体が、急速に人間の姿に戻っていく。しゅるしゅると逆再生するように身体が小さくなるのを、会議室の面々は固唾を飲んで見守っているようだった。
神教騎士達も、ジークさんもノエルさんも、僕が抵抗しなくなったのを確認して、押さえつけるのをやめて、離れてくれた。
身体が軽くなる。途端に、力が抜け、気持ちも軽くなった。
「もう少し、やり方があったのではないか」
解放された僕は、竜化で破れ、ボロボロの服を引き摺るようにして立ち上がり、アーロン枢機卿の方を見た。
頬に汗が流れ、緊張と警戒の赤を強めながらも、枢機卿は微動だにせず、定位置から僕を見ていた。
僕は項垂れ、大きく息をついた。
「ごめんなさい。目を覚ましたばかりで、まだ力の加減が分からなくて。……やり過ぎました」
ダニエル司教の方をチラリと見ると、司教は押し黙って震え上がっている。
失敗した。
もう少し、言葉を選ばないと。
考えながら、僕は少しずつ破れた服の修復を試みる。イメージの具現化も、スムーズに出来るようになっているようだ。ボロボロに破けた服が、あっという間に元に戻っていく。
「人間は、知らないものに対して敵意を向ける生き物です。当然の反応なのだから、もう少し寛容になるべきでした。以後、気をつけます」
苦し紛れに、詫びた。
本当に、やりづらい。
だけどこうやって、いちいち僕の存在を否定してくるヤツらが、世界中にいるはずだ。
杭を壊しに行けば、きっと否応なしに、そういった連中と対峙しなければならないわけで。
これって結構、苦しく……、ないか?
「――痛たたたっ!」
急に腕を、後ろからギュッと掴まれた。
鱗がまだ少し残る腕に思いっきり爪を立てるような握られ方をして、僕は思わず声を上げた。
リサさんだった。
「何考えてんの……! 軽々しく竜化なんかして……!」
「痛い痛い痛い!」
細い指が食い込んで、二の腕が本当に!
「痛いってば! やめてよリサさん!」
どうにか手を振りほどいて、リサさんの方を見た。
リサさんは涙を浮かべ、怒りを湛えたような目で僕を睨んでいた。
「私がいなかったら、白い竜になって全部破壊してた?」
みんなが見ているのに、リサさんは関係なく僕に迫った。
リサさんの杏色に、困惑の紫が差している。
「そんなわけない。ちょっと威嚇するつもりで」
やっぱり、僕の背は伸びてる。僕より背が高かったはずのリサさんが、小さく見える。
「威嚇で窓ガラス全部割るとか、竜化しそうになるとか、頭悪いの?」
「え? 何それ。僕のこと煽ってんの?」
「煽るわよ! こんなの、全然らしくない。どんな夢を見ていたか知らないけど、目が覚めたら手が付けられなくなってるなんて、最低! 私達がどんな、どんな気持ちで待ってたか……!」
「だから、その」
ダニエル司教も面倒だと思ったけど、リサさんも、十分面倒くさい……!
僕は白い頭を掻きむしり、頭を振った。
「ごめん、リサさん。確かに今のはやり過ぎた。早急に元に戻す。だけど僕は僕なんだってことも、理解して欲しい。何も知らされず、力と記憶を封印されていたあの頃の僕には、もう二度と戻れないんだ」
目を泳がすリサさんの、瞳の奥を見ていた。
不安そうで、苦しそうで。
――信じたいのに信じられない。
ダニエル司教始め、古代神教会の人達もそうだ。
目の前の、見たことのないあやふやな存在に対しての恐怖を、どうにかして克服したいと思っている。だから、強く出る。
分かっていたはず、なのに。
「……ごめん。誤解を与える言い方ばっかりで」
呼吸を整えろ。
これ以上、自分で自分の敵を、作るな。
リサさんの肩にポンと手を置き、ジークさん、ノエルさん、神教騎士達の間を縫って、前に出る。
みんなを見渡せる位置に進み、ぴんと背筋を正した。
視線が僕に集まり、室内がしんと静まり返った。
「危険な存在だと分かっていて、長い間僕を殺さずにいてくれたこと、感謝しています」
周囲を見渡す。
まだ震え上がる聖職者達の背後に、僕がガラスを割った窓がある。
本来の力を取り戻してるってことは、つまり、加減を間違えただけで 意図しない攻撃が出来てしまうってことだ。
気をつけないと、傷つける必要の無い人間まで傷つける。今まで、以上に。
「僕の存在をよく思わない人や、僕を殺したい人がいることに対して、……許せない、愚かしいと思う気持ちは、しばらく燻ると思います。だけど、その気持ちを露わにするのは、確かに得策じゃない。反省します」
正直に話すと、会議室がざわめき出した。
特に、許せない、愚かしいの辺りで、不安の紫色が濃くなる。
「僕を信用出来ないなら、怖がるなら、それでも構いません。だって、白い竜はずっと、レグルノーラの人達を苦しめてきた。信じて欲しいとか、受け入れて欲しいとか、そういう欲求は、僕の我が儘に過ぎません。力で相手を押さえつけてまで、僕は他人と仲良くしたいなんて思わない。そんなの、全然嬉しくないし、フェアじゃない。だから、僕に対する負の感情を否定するのはやめます」
右側に目を向けると、辛そうな顔をしているアリアナさん、じっと話を聞くビビさん、僕の足元に転がる端末の状態がきになってソワソワしてるレンさん、難しい顔をしているフィルさんが見えた。
視線を、アーロン枢機卿に戻す。枢機卿は、レグルと僕を頭の中で交互に見比べ、不安そうな顔をしている。
素知らぬ振りをしてウォルターさんと親しげに大聖堂で話しておきながら、レグルは一方でアーロン枢機卿達を脅していた。自分は脅威だと、混乱の種を撒いていた。その時の不安が、まだ拭いきれていないらしい。
「利用してください。僕のこと」
アーロン枢機卿の長い眉が、ぴくりと動いた。
「十二本の杭もそうですが、目下、塔と市民部隊の協力を得る必要があるんですよね。そうしないと、レグルノーラ全土を守りきれない。是非僕を、利用してください。否定して排除されるより、その方がずっといい。塔に突き出す必要があるなら、それでも一向に構いません」
「……良いのか。塔に行けば、何をされるか分かったものではないのだぞ?」
枢機卿の中に、白い塔と、塔の魔女ローラ様の映像が見えた。僕が知る荘厳さや煌びやかさは、そこにはない。まるで、攻略困難なダンジョンみたいに見えている。
塔の正義と、教会の正義は交わらない。
それが、混乱の原因の一つだと、僕は知っている。
「大丈夫です。塔の五傑、シバにも、個人的に用がありますから」
実質的に塔を牛耳るのだという、塔の五傑。
僕は、父さんの顔を思い出し、静かに怒りを燃え上がらせた。
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