第3部 破滅のゲーム編
【15】神の子か、化け物か
1. 古代神教会の覚悟
「――レグル!」
僕は思わず口走った。
ガラスに反射して見えた顔は、確かに凌よりは中学生の僕の方に近かったけど。
白い髪の毛も、瞳も、背格好も、まるで。
『魔力値再上昇。竜化値にも僅かに伸びが見られます』
虫唾が走った。
胃液が遡って、口の中が酸っぱくなった。
立ち上がろうとしてベッドからずり落ちて、冷たい床の上に尻餅をついた。
「大河君! 待って、落ち着いて!」
リサさんの声から逃れるように、僕は壁際まで這った。
ガラスの壁に手を付き、カタカタと震える歯を必死に食いしばりながら立ち上がる。
目の前には常に、知らない顔があった。
肩まで伸びた、緩いクセのある白髪で、赤い目をしていて、僕と凌、その間みたいな顔をしていて。
『三,五〇〇、四,二〇〇、五,〇〇〇。数値の上がり方が異様です。五,八〇〇、六,五〇〇……』
『耐久値、幾らまでだっけ?』
『五〇,〇〇〇まではどうにか。それより膨れると……、自信がありません。地下崩壊ということも』
そいつは、僕と同じ動きをする。
何だ。
何だこいつ。
気持ち、悪い……!
「どうせ、大河君には全部見えちゃうんだろうから、嘘なんてついても無駄だと思う。誤魔化したり、慰めを言ったりしても、何の得にもならない。もっともっと苦しむだけ」
ベッドから立ち上がり、リサさんが僕の背後でそう言った。
僕はガラスに映った知らない顔と目を合わせたまま、肩で息をしながら、耳を傾けるのがやっと。
『竜化値もじわじわ上がってるねぇ。まだ、人間の姿を保ってるみたいだけど』
『いや、若干、鱗が浮き出てきてますよ。大丈夫、ですかね』
「三年間。正確には、三年と二ヶ月。君は眠ったままだった。ここはね、古代神教会の北側にある、祈りの館の地下室なんだ。あの後、君はここに運び込まれた」
『どうかな。大丈夫だと、思いたいけど?』
「普段は魔物の侵入を防ぐための結界を張ってるこの館は、あの日から君を監視し、君の力を抑えるための施設に変わった。意識を失ったままなのに、君は何度も竜化した、魔力を溢れさせた。――正直、恐かった。君の力は成長につれてどんどん膨れ上がっていくし、どんな夢を見ているのか、泣き喚いたり叫んだり」
『イザベラシスター長、到着しました』
『ビビ、今し方、タイガが目覚めたと聞いて』
「正直言うとね。みんな、君が君のままなのか、不安でたまらないんだ。見ての通り、君はすっかり違ってしまったから。……君は、誰? 大河君で、合ってる?」
頭の上で何人かが話している声と、リサさんが僕に直接話している声。
ごちゃごちゃといろんな情報が混ざって、とても大事なことを言われているはずなのに、どこか遠くで起きた出来事を、同時再生しているような。
『どうですか? タイガは自我を保ててる?』
『まぁ、そこなんですけど。混乱なのか、混濁なのか。いずれにせよ、時間が』
「大河君……、だよね?」
――振り向く。
リサさんの、強ばった顔。
怯えた目に、僕が眠っていた時間が映し出される――。
………‥‥‥・・・・・‥‥‥………
大聖堂。
倒れた僕を揺さぶるリサさん。
『リョウゼン! あなたの目的は何だ! 何を企んでる?』
ウォルターさんが、恐怖と戦いながらリョウゼンに、レグルに向かって叫んでいる。
ヤツはウォルターさんを蔑むように、ニヤッと不敵に笑った。
『深い眠りの後、大河は白い竜として覚醒するはずだ。魔法学校で暴れたときに見せた幼竜の姿ではなく、本来の私と同じように、巨大な白い成竜に
リサさんとウォルターさんは、顔を見合わせ、ブルッと身体を震わせていた。
『住宅地、農村部の数カ所に、巨大な柱のような物が突然現れたと、ノーラウェブに多数書き込みがありました。直ちに各地の修道会に調査を依頼し、上がってきた報告をまとめた物がこちらです』
ウォルターさんはそう言いながら、レグルノーラの市街全図を大きな会議テーブルの上に広げた。
アーロン枢機卿を初めとする古代神教会の要職らに混じって、ジークさん、ノエルさん、アリアナさん、他にも何人か、教会とは関係のなさそうな人の姿がある。
『塔や公共施設の多い中心部を囲うように、四カ所で、竜石製の柱が見つかっています。あの方は“杭”とおっしゃいましたが、実際に見つかったのは“柱”。かなり強烈な魔力を発している点からも、“杭”とはこの“柱”を指すのではないかと』
『竜にとっては“杭”程度の大きさの物でしかないと、そういうふうに捉えられなくもない』
アーロン枢機卿が渋い顔をして地図と、杭の写真を見つめている。
『ノーラウェブのニュース記事によれば、深夜に突然巨大な音と振動がしたと。真下にあった民家では犠牲者も出ている』
ジークさんが、杭の写真を地図の上からひょいと拾い上げ、深くため息をついた。
『他人の犠牲を嫌う凌が、こんな恐ろしいことをするとは考えにくい。リサとウォルターは、ヤツを見てどう思った? ヤツは今、誰なんだ』
声を掛けられ、リサさんの目線が上を向いた。ウォルターさんと二人首を傾げ、声を揃えて、
『分かりません』
その言葉に、そこにいた誰もがため息をつく。
『私は、少なくともリョウではなかったと思っています。彼はもっと気さくでしたし、自分がどうなってしまうのか、常に不安を抱えていました。けれど、先日のあの方には、そういった不安定さはなかった。だったらリョウゼンだったのかと言われたら――、あ、リョウゼンというのはつまり、レグルと外部の方々が呼んでいる、二人の融合体のことですが、彼でもないように見えました。彼はもっと落ち着いていて、聡明で、慈悲のある方です。ならばゼン、つまり、ドレグ・ルゴラだったのか。……分かりません。何しろゼンは、殆ど私の前には姿を現さなかった。けれど恐らくは、ゼンであると仮定して動いた方が人類のためにはなるのではないかと』
ウォルターさんがドレグ・ルゴラの名前を出すと、一気に場に緊張が走った。
『リサは? どう思った?』
ジークさんに名指しされ、リサさんは緊張しながらも、どうにか話し出した。
『あの、えっと。私は、レグル様のことはあまり、存じ上げないので。ですけど、その……、大河君に対しての話し方というか、声のかけ方というか、そういうのが……、気になって』
『と言うと?』
『大河君を、挑発してたんです。わざと怒らせるような言い方っていうのかな。無理矢理喧嘩をふっかけてるような感じ? 私も、あの、虐められてたから、分かるんです、けど。本当にバカにしたような言い方って、あるじゃないですか。悪意を込めてというか、悪意しかないというか。自分が言われたらなんて考えずに、ただからかうのが面白くて言っているような感じっていうか。そうじゃなくて、レグル様は――、わざと、大河君が自分に向けて怒りを覚えるような言い方をしていたんです。殺しに来いなんて言ってみたり、憎めって言ってみたり。あんまり……、考えたくはないですけど、私があの日会ったのは、もしかしたら、大河君の本当のお父様、だったんじゃないかと、思うんです』
ビクッと、眠っていたはずの僕の身体が痙攣した。
溢れた魔力が付近の機器を破壊し、あちこちで破裂音が鳴る。
『リサ、吸収!』
『やってます……!』
修行僧らが周りを取り囲み、聖の魔法を発動させて、僕の力を抑え込もうとしているのが見える。
それでもなお、力は溢れ続けている。
『大河君、お願い……! 鎮まって……!』
リサさんの身体は吸収しすぎた竜の力で真っ赤に光っていた。
意識のない僕に語りかけながら、リサさんは僕の身体をギュッと抱きしめた。
『大河君、頑張って! お願いだから……!!』
『魔法と科学を掛け合わせたようなもの、と言ったら分かるかな。人間には限界があるから、科学の力で魔法を発動出来ないかと、彼らはそういう研究をしているんだ。エアカーやエアバイクもまぁ、それと同じような原理を使っているわけだし、レグルノーラでは身近な技術なんだけど、説明したところでよく分からないよね』
ジークさんは難しい説明をしたあとで、頭を掻いた。
リサさんや教会の人達が集まる会議室に、見慣れない顔が三つ。
気の強うそうな女の人。あと、若い男性が二人。
『眠っている状態で神の子の力を制御することに成功すれば、覚醒後にも役に立つと思いますよ。私はビビ、こちらがレン、フィル。少しでもお役に立てるよう、尽力します』
『祈りの館の地下室には、教会側から改造許可が出てます。良いですね、皆さん』
ジークさんの言葉に、教会の面々はこくりと無言で頷いた。
『塔の理解は、得られませんでした。全ては私の、力不足です』
会議室。
項垂れるウォルターさん。
壁に貼られた市街図には、書き込みが増えている。
『“古代神教会は神の子まで幽閉し、世界の平和を乱している”――ノーラウェブに、こんな記事まで上がってる。まぁ、端から見ればそう見えなくもない。ちょっと前まで大河の命を狙ってたんだから』
ジークさんがタブレットを眺めながら、大きくため息をついた。
『情勢は最悪。教会の敷地から溢れ出た竜の気配や魔力は、全然隠し切れてない。神教騎士団が杭の周囲で警備に当たれば、こんな恐ろしいものを守っているのかとどやされる。柱の周囲に魔物が出れば、やはりお前らかと言いがかりを付けられる。教義を守るために、古代神の化身と言われたレグルを偽神だと決めつけて幽閉、その子どもである神の子大河をも幽閉、突然現れた巨大な柱を守り始めるヤバい団体って位置づけだ。優良な一般市民である僕も、こんなところに出入りしてるヤバいヤツって思われて、仕事は激減。負の連鎖だな』
『交渉相手である塔の五傑には、タイガの育ての親、シバもいたはずでは。あれらの杭から一般市民を守るのに、神教騎士団だけでは心許ない。塔と市民部隊の協力は不可欠だと、きちんと伝えたのだろうな』
アーロン枢機卿が尋ねると、ウォルターさんは首を横に振った。
『当然、話しましたよ。それでもダメでした。シバは、タイガを戦線から離脱させたいと』
『ハァ?』
とジークさん。
『塔も、タイガを対ドレグ・ルゴラの切り札として利用したいと、その点においては我々と共通の認識を持っていました。しかし、シバだけは反対のようです。タイガを利用すべきではない、今すぐ返すようにと。覚醒するまで時間がかかる、眠っている状態では何も出来ないと伝えたのですが、眠ったままで良いから引き渡せと。タイガの引き渡しが完了するまで、一切の交渉は受け入れられないの一点張り。あの杭の話にしても、私の話は信憑性が乏しいそうです。タイガを戻してくれるなら信じようと言われてしまいました。まるで話を聞いてくれるような雰囲気ではなかったですね。最悪です』
『シバは、大河に何も教えてこなかったらしいからな。ここに来て、妙なストッパーになったってことか。クソッ』
ジークさんはチッと舌打ちした。
『タイガを引き渡したとして、塔はタイガをどうするつもりだと』
再びアーロン枢機卿がウォルターさんに尋ねている。
『さぁ、どうでしょう。下手したら、タイガは破壊竜同等の力を得る可能性もありますからね。目を覚ました後、タイガがタイガのままでいるとも限りませんし。覚醒後のケアも含めて対処しようと、我々は考えているわけですが、塔に引き渡せばどうなることか。塔の魔女ローラは、一度、タイガを殺そうとしたようですからね』
『ほぉ。初耳だな』
『リサとアリアナの話では、タイガが破壊竜になり得るのではないかと疑った塔の魔女が、タイガの竜の力を目覚めさせ、確認のために一度攻撃を仕掛けたことがあると。疑いは晴れたようですが、もし仮に少しでも不審な点があれば殺すつもりだったのは明白。我々も、まぁ、塔のことは言えませんが』
チラリと、ウォルターさんはアーロン枢機卿の方を見た。
枢機卿はフンと鼻を鳴らし、押し黙った。
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