4. ゲーム

「レグルノーラの大地に、これから十二本の杭を打つ」


 レグルは赤い目を怪しく光らせ、淡々とゲームについて話し始めた。


「竜石で出来た、特別な杭だ。人間の力では削ることも折ることも出来ない頑丈な杭。それを、世界中にばら撒く。杭は時間が経てば経つ程どんどん地中へ伸びていく。どんな固い岩盤も突き抜け、やがて大地を割るまで、延々と伸び続ける。その杭を探し出し、壊す。そういうゲーム」


 直接レグルと戦うとか、駆け引きするとかじゃないのか。

 思っていたのとは全然違って、僕はちょっと面食らった。


「杭を破壊するには、白い竜の力を使うしかない。最初の一本を壊したら、それから一年以内に全ての杭を破壊しなければならない。達成できなかった場合、全ての杭は元に戻る。杭を倒す間隔は、三十日以上開けてはならない。それ以上開いてしまうと、やはり杭は全て元に戻る」


 振り出しに戻される……。

 嫌な条件を付けてきた。

 単純なゲームなんて言ってたけど、簡単に終わらせる気はないってこと。


「十二本の杭のうち、四本を、守護竜に守らせる。守護竜を倒すか、懐柔しない限り、杭を壊すことは出来ない。守護竜が守る杭は、それぞれの名前を冠した地域のどこかに打つ」


 そのための守護竜。

 四体の竜はそれぞれ人型をしているけど、巨大な竜の姿にも変化へんげ出来ると、さっきレグルが言っていた。

 僕を見る彼らの目線が痛い。

 滅茶苦茶強そうだ。今戦ったら、確実に負ける自信がある。


「五年以内に、全ての杭を壊せなかった場合、杭は大地を貫き、世界を破滅させる魔法が発動する。この世界が破滅した後、私はリアレイトに侵攻し、大地を焼く。人間の持ちうる兵器では私を倒せないというのは、二十年前、既に実証済み。核兵器でも使われたらどうか分からないが、そこまでして人間共が私を倒そうとするのか、興味もある」

「リ、リアレイトも壊すの……?!」


 言うと、ヤツはにやっと笑う。


「何も知らない人間共が恐怖に包まれ、私に更なる力を与えるのだ。考えただけでワクワクするだろう?」

「狂ってる。全部破壊して、それからどうするんだよ」

「どう? さぁ、どうなるんだろう。私がもし、創造神レグルの化身ならば、そこから新たな世界を創造するかも知れない。が、単なる破壊竜なのであれば、それこそ破壊し尽くした先にあるものを探しに行くかも知れない。――嫌なら、全力で止めればいい。お前の他に、私を止められる者はいないのだから」


 蔑み、嘲笑う。

 そうやってヤツは、また僕を挑発する。

 怒りがこみ上げ、力が溢れそうになっているのが分かる。

 リサさんが僕の背中に手を当てて、懸命に竜の力を吸い取ってくれているから、どうにかなってる。そうでなきゃ、怒りで我を忘れ、勝てるわけもないのにヤツに襲いかかっているはずだ。


「そうそう、ウォルターに、一つ、良いことを教えてやろう」


 レグルの目線が、スッとウォルターさんの方に動く。

 ウォルターさんの喉が、ゴクッと音を立てて唾を飲み込む。


「杭には誰も触らせないように。暗黒魔法で満たされた杭は、生き物にとって毒でしかない。触ればどんな生き物も魔物化してしまうだろう」

「ええっ……!!」


 僕もウォルターさんも、リサさんも、驚いて同時に声を上げた。


「魔物化……? どんな生き物も? 野生の動物さえも?」


 ウォルターさんが聞くと、レグルはフフッと不敵に笑う。


「そう。止まり木のつもりでそこに触れた鳥は、怪鳥になり人々を襲うだろうし、興味本位で近付いた一般市民もおぞましい魔物になって暴れまくるはずだ。各地に点在する修道会との連携して、杭のそばには誰も近寄らせないようにした方が良い。そして、古代神教会を未だ悪の巣窟だと信じて疑わない、塔の哀れな連中にも、どうにかしてこの事実を伝える必要がある。……が、果たして信じてくれるだろうか。あの傲慢な塔の五傑、融通の利かない塔の魔女。彼らにお前の訴えが通じるかどうか見物だな」


「あなたは……! 塔の動きも見越してこんなことを!」

「疑い、憎み合い、恨み合う負の心が私の力になると言った。せいぜい人間同士で殺し合えば良い。破壊竜と同じ白い竜を恐れ嫌う人間共や、私を偽神だと揶揄し、排除したがった人間共が、果たして大河を信じるかどうか」


 人間同士でいがみ合いが始まる。

 古代神教会がやっと僕を認めてくれたけど、その教会の主張を、塔はきっと信じない。

 賞金首だった僕を、未だ目障りに思っている連中もいるだろうし、なんなら賞金関係なしにぶっ殺したいと思っている連中だっているはずだ。

 どんなに弁明したところで、僕はこの世界を恐怖に陥れた白い竜の血を引いている。

 白い竜を危険視するレグルノーラで、誰にも杭を触らせることなく、全ての杭を破壊するなんて、本当に、可能なのか……?


「不安か?」


 気が付くと、僕の真ん前に、レグルの整った顔があった。

 デカい体を屈ませて、僕の顔を下から覗き込んでいる。


「それとも五年じゃ長すぎるか?」

「そういう問題じゃない!」

「今の、その中途半端な状態では、このゲームは辛いだろうな。竜にもなりきれない、魔法も具現化も、思うように発動できない。私の封印が強すぎて、幼い頃の記憶もない。ゲームの進行に支障があったら大変だ。全ての力と記憶を解放してやる」

「え……?」


 レグルの大きな右手が、僕の顔を鷲掴みにする。

 驚いて身動きが取れない。


「リョウゼン! 何をする気です!」


 ウォルターさんがレグルを止めようとするも、見えない力に弾かれ、近寄ることも出来ない。

 リサさんもレグルの気迫に驚き、僕の背中から手を離してしまっている。


「シバの元に養子に出す際、お前の力と記憶を、どうしても封印しなければならなかった。リアレイトでは不要だったからだ。しかし、お前はリアレイトの全てを捨て、レグルノーラへとやって来た。私を、倒すために。――塔の魔女ローラが解放できたのは、白い竜へと変化へんげするところまで。徐々に力を付け、魔法も、具現化も、それなりに出来るようになった。だが、それだけで私は倒せない。本来の、お前の中に眠る力を引き出す。私が封じた記憶も、全て蘇らせる。恐らく、大きな反動が来る。大河、お前は長い眠りに就くだろう。目が覚めたら、世界が違って見えるはずだ。私を本気で倒さなければと、今まで以上に思うはず」


 ヤツの手に力が入る。

 鋭い爪が僕の額や頬に刺さった。

 痛い……!

 両手でヤツの右腕を掴み、引っ張ろうとしても、びくともしない。

 なんて、なんて力だ……!


「何度も言う。白い竜である私を倒せるのは、同じ白い竜であるお前だけ。この言葉の意味をよく考えろ。私は何者か、お前は何者か。次に会うのは、お前が私を倒すときだと、そう、信じている」

「レグル、お前……」


 指の間から、レグルの顔が見えた。

 暗黒魔法の赤黒い光がヤツの手から溢れ出しているのに、その顔は、どうして。

 どうしてそんなに。

 

 ――泣き出しそうな、苦しそうな顔をしている。


 破壊竜じゃないのか。

 ゼンじゃないのか。

 やっぱりお前は凌で、僕に何かを訴えかけている?

 どうして本当の気持ちを見せない。

 全部デタラメで、全部嘘で塗り固めて。

 苦しいなら苦しいって言えば良いのに。

 本当は僕に、もっと話したいことがあるはずだ。

 こんな、悪の親玉みたいなことをやって、それで僕が凌を恨んで、憎んで、殺したいと思って襲いかかってくるのを待つようなこと、やってどうするの。


「本当のことを言えよ、凌!! 悪ぶってないで、本当のことを!!」


 僕は叫んだ。

 だけど声はヤツの右手の中で響くだけで、耳に届いているのかどうか。

 心が見えれば。

 せめて心の色でも。

 僕の“特性”を弾いているわけじゃないのは、何となく分かってる。

 多分、“そういう存在”なんだ。

 だから、僕らはヤツの本当を見極めることが出来ない。

 ――だったら、どうしてそんな、わざと破滅の道に進むようなことを。


「真実は、大河、お前が探し当てろ」


 魔法が発動する。

 僕の頭に、ヤツの魔法が直接降り注がれていく。


「ア……ッ! アアッ!!」


 何だ。

 何だこれ。

 頭が。

 鈍器で殴られたような、どこかに叩きつけられたような。

 ヤツの手が離れた。

 僕はふらつき、会衆席の椅子に雪崩れた。

 自分で腰を下ろすとか、体重を支えるとか、そんな当たり前の動作さえ難しいくらいに、頭が痛い。

 うっかり椅子から落ちて、そのまま頭を抱えて床に転げてしまう。


「大河君! 大丈夫?!」

「タイガ! しっかり!!」


 リサさんとウォルターさんが駆け寄ってくる。

 けれど、触られるだけで全身に激痛が走って、僕は無意識に彼らの手を振り払っていた。


「リョウゼン!! タイガに何を!!」


 ウォルターさんの声が聞こえる。


「記憶と力を解放したとさっきも言った。大河が眠っている間、余計な犠牲が増えないよう、せいぜい励め」


 レグルの冷たい声。


「さぁて。楽しいゲームの始まりだ。人間共が殺し合う、楽しいゲームの」


 ズシンと、どこか遠くで何かが落ちたような音がした。

 ほぼ同時に振動がして、大聖堂全体がぐらぐらと揺れる。


「え? 何?」


 驚き、慌てているリサさんの声。

 音と振動は数回繰り返した。

 遠いところで、近いところで、いろんなところで何かが起きている。


「杭を打った音だ。守護竜ども、位置に付け。愚かな人間共がどう出るか、楽しもうじゃないか」

「承知しました」


 守護竜達が、スッと姿を消すのを、僕は床の上で悶えながら、見ているしかなかった。


「凌……、てめぇ、許さねぇ……」


 僕は、そう、言葉を捻り出すのがやっとで。

 床に這いつくばり、立ち上がることも、手を伸ばすことも出来ないくらいの激しい痛みが全身を駆け巡っていた。

 尋常じゃないくらい、身体が熱を帯びてる。

 毛穴という毛穴から、汗が吹き出してるし、胸も痛くて息苦しくて。

 ローラ様の、あの黒い矢印の時も苦しかったけど、これは、それ以上の。

 ……最悪だ。

 力が入らない。

 身体が鉛のように重い。

 頭が朦朧とする。

 眠いのとはまた違う。

 意識が離れていく。

 僕の身体から、僕の意識が離れて……どこかへ。

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