4. 向き合うために

 僕の言葉にいち早く反応したのは、雷斗だった。

 門の側からズンズンと大股でやって来て、僕の胸ぐらをグッと掴んだ。

 互いのおでこがくっつくかくっつかないかくらいまで引き寄せられ、雷斗の潤んだ瞳を向けられた。


「何を……、考えてんだよ」


 雷斗なら、そう言うと思った。

 当然だ。

 僕は教会に賞金首にされていた。それなのに、急にこんなこと。理解できるはずがない。


「りょ、凌のことを、司祭様が知ってそうなんだ。もっと話を聞いて、僕の中でしっかりとけじめを付けなきゃ。レグルのことも、ドレグ・ルゴラのことも。塔や……、塔の影響を受けた人間の言い分だけじゃなくて、全然違う視点、……教会側からの視点も取り入れて、僕の中でしっかりと、曖昧な凌の姿を具現化させていかなくちゃならない。意味……、分からないよね。ゴメン……」


 頑張って目をそらさないようにと思ったけど、無理だった。

 雷斗の心は凌との思い出で満たされていて、僕がいずれ凌を倒さなくちゃならないかも知れないという昨晩の告白を、まだ受け入れ切れてないようだったから。


「僕は君と違って、凌のこと……、みんなの記憶の中でしか、知らないんだよ」


 小さい頃の記憶がない僕は、自分の父親だという彼の姿をみんなの記憶に求めてる。

 その殆どが、彼の優しさだとか、強さだとか、そういうものばかり滲ませていて、――あの日、僕の前に現れた悪魔のような人物とは、全然重ならなかった。

 凌がどうしてああなったのか、僕には知る権利があると思う。

 知らなければきっと、立ち向かうことすら出来ないから。


「君が、リアレイトに戻って伯父さんとしっかり話を付けなくちゃならないように、僕も凌と……、レグル、そしてドレグ・ルゴラと、しっかり向き合わなくちゃならない。そのために、とどまりたいんだ」


 理解なんて、出来ないと思う。

 今までずっと疑うことのなかった自分という存在が、ここしばらく、どんどん崩れてきていること。

 その原因が、僕の出自であり、凌の存在だということ。

 僕はずっと僕でありたい、そう願っても、僕は自分ではない何者かにならなければならないかも知れないということ。

 そんなこと、雷斗に言ったところで、まるで通じないと思う。

 だから、出来るだけ、彼が理解できそうな言葉だけ選んで伝える。


「戻っても、干渉能力があれば、雷斗はまた“こっち”に来れるわけだし。会えなくなるわけじゃないよ。僕だって、聞きたいことを聞いて覚悟が出来たら、またジークさんとこに戻るかも知れない。君も僕も、父親っていう面倒な存在と向き合ってさ、そしたらまた会おう。――約束」


 一生懸命笑ったつもりなんだけど、僕の笑顔は妙に引きつっていたに違いない。

 歯を食いしばり、目を潤ませる雷斗の手は、やたらと震えていた。


「……ッ! ァアッ!!」


 バンッと雷斗が僕を思いきり突き飛ばした。

 足元がふらつき、僕は倒れそうになった。

 どうにか踏ん張って前を見ると、雷斗は顔を真っ赤にして、肩を怒らせていた。


「カッコつけんな! アホ大河!」


 まただ。

 雷斗らしい。


「何笑ってんだ、このッ!」


 更に殴りかかろうとするのを、ノエルさんが止めていた。


「ごめんなさい……」


 深々と頭を下げる僕に、ノエルさんは「謝るな」と言った。


「全く、血は争えねぇよな。知りたいと思ったら最優先で情報掴みに行こうとする。リョウとおんなじだ」


 ――え?

 顔を上げると、苦笑いするノエルさんが雷斗を羽交い締めにしているところだった。


「誰にも止める権利なんてない。好きなだけ、話、聞いて来いよ。そんで満足したら、戻ってくりゃ良いじゃん。な、ジーク」


 ジークさんも遠くで大きなため息をついて、仕方ないなと笑みを零していた。


「良いんじゃないか、それで。……悪いけどリサ、君は大河と一緒にいてくれるか?」

「はい」


 ジークさんに言われて、リサさんが駆け足で戻ってくる。

 その後ろでアリアナさんが、つまらなさそうに両手を腰に当てているのが見えた。


「タイガ、自分で決めたからには、ちゃんと向き合ってこいよ。多分、今までで一番、辛くなるだろうから」


 まだ言いたいことがありすぎて暴れそうな雷斗を、ノエルさんはひょいと抱え、自分の肩に担ぎ上げた。無理矢理持ち上げられた雷斗はうわっと叫び、足をジタバタさせている。

 じゃあなと手を振って門まで戻っていくノエルさんと入れ違いに、リサさんが僕の方に戻ってきた。ノエルさんと、ノエルさんに担がれた雷斗をチラチラ見ながら、リサさんは、


「大河君、いいの?」


 と不安そうに言った。


「いいよ。大丈夫。それより、――すみません、教会の皆さんには全然相談無しに、勝手に決めちゃって。迷惑でなければ……、色々と、教えていただきたくて」


 僕は振り返って、見送りに来てくれていたウォルター司祭達に許可を取ろうとした。

 けど、その心配はいらなさそうだった。

 まるで僕の考えなんて最初からお見通しだったみたいに、司祭も、シスター長も、騎士団長も、他の人達も、柔らかく微笑んでくれている。


「拒む理由など、どこにもありません。“神の子”が知りたいと思うことは全て、お教えしましょう」


 ウォルター司祭の言葉に、僕はとても、救われた。


「ありがとうございます」


 ジークさんとノエルさん、雷斗と、アリアナさんに、大きく手を振って別れを告げた。


「またなぁー!」


 去り際に聞こえたジークさんの声は、じんわりと僕の中に染み込んでいった。






 *






「正直、意外でした」


 みんながいなくなったあと、僕の処遇をどうするか、騎士団詰所の談話室に戻り、教会の皆さんで話し合ってくれていたときのこと。

 ウォルター司祭がポツリと言った。


「意外……ですか?」


 僕が恐る恐る尋ねると、


「ええ、意外でした」


 司祭は重ねてそう言った。


「確かに、“あの方”のことをお話ししたいと、そうは申しましたが、まさかお一人で残られる覚悟だったとは。賞金を懸けてまで貴殿を狙っていた組織にとどまりたいなどと、あまりに無謀なのでは」


 至極当然の疑問だと思う。


「僕の命を狙っていたなら、僕はもう殺されてますよね? 戦意のない状態では、僕は隙だらけなので」

「流石、分かってらっしゃる。まぁ……、それはさておき。このままオリエ修道院にお世話になるのは難しいでしょうから、私が“神の子”を引き取って中央で面倒を見ますよ。異論は?」


 騎士団長とシスター長の二人は、いいえと首を横に振った。


「ところで、“神の子討伐”論者の教皇と枢機卿はどう説得を?」


 シスター長が怪訝そうな顔を見せる。


「ああ、あの石頭達はどうにかなるでしょう。教皇は枢機卿の言いなりですが、その枢機卿、彼は気配にやたら敏感なんです。“神の子”を連れていけば、その圧倒的な“竜の気配”に、口を噤むと思いますよ。下手に刺激したら、今度は大聖堂を崩されかねません。同じ理由で“あの方”の出入りを黙認していた訳ですし」

「司教はお人が悪い……」


 騎士団長が苦笑いした。


「で、どうなさいます。先にどちらかがご報告を?」

「いや、こういうときは知らんふりをして突然連れて行く方が良い。面倒ごとは全部教会の外で起きていると思っているオメデタイ皆様方の目を、一気に覚ましてあげなくては」


 ウォルター司祭は結構大胆な人なんだろうか。言ってることがかなりヤバい気がする。


「では、私が彼女をお預かりすればよろしくて?」


 イザベラシスター長はリサさんの方に手を向け、ニコッと笑った。


「あ、それなんですけど……、リサさんは僕の“竜の気配”を吸い取り続けてくれてて、出来れば一緒に……」

「気配を吸い取る?」


 司祭が反応して、少しだけ前のめりになった。


「実は何もしてなくても、日常生活で支障出るくらい結構強い“気配”がするらしくて。彼女に常時吸い取って貰ってるんです。あんまり遠くに行くと……、効果がないとかで、出来るだけ一緒にお願いしたいんです」

「“気配”を吸い取る……。そういえば、“あの方”もそのようなことを。分かりました、良いでしょう。その代わり寝所だけは、男女別々ですから。よろしいですね」

「ありがとうございます」

「では、向かいましょうか。恐らく、“神の子”にとっては、とても居心地の悪い場所だとは思いますけど、私も“あの方”との約束がありますので」


 ウォルター司祭はそう言って、僕らに出立の準備をするよう促した。

 準備と言っても、心の準備くらいで、特に持ち物なんてないのだけれど。

 狭い談話室の隅っこの床に、ウォルター司祭は魔法陣を描き始めた。転移魔法で一気に、“中央”に飛ぶらしい。

 手招きされるがままに、僕とリサさんは魔法陣の方へ歩み寄った。そこにイザベラシスター長も加わって、四人で転移する。

 居心地の悪い場所だなんて、そんなのは最初から分かってるけど。

 それでもどうにかして、知りたいことに近付けるなら。

 淡い緑色の光に包まれながら、僕はギュッと手を握りしめた。

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