3. 反則技
空気が動いた。
ノエルさんの魔法陣発動が早かった。腕を突き出したときにはもう、魔法陣に全ての文字が書き込まれ、黄色い光を放っていた。
――雷撃。
穴の空いた天井の隙間から、稲光が落ちてくる。
外でぶっ放った時には、その痺れで一気に散り散りになったスライムが、今度は――。
「チッ!」
落雷の瞬間、ぎょろりと剥いていた一抱え程のダークアイは、ギュッとその巨大なまぶたを閉じた、その程度だった。
ダークアイになりきれなかった黒いスライム達は縮み、分散しているが、ダークアイそのものには殆どダメージが入っていない。ダークアイになった途端、魔法が効きにくくなっている。
けど、全く効いてないわけじゃない。
むしろしっかりと隅々まで電撃が伝って、ビリビリと震えていた。触手の長さが縮まって、全体的に容量が減ったかのようにも思えたのに、帯電を終えて目玉がまたひん剥くと、にゅるっと元の大きさに戻ってしまう。
目玉の一つ一つが粘着質の膜を纏い、まるで生きているかのようにギョロギョロと眼球全体が動いている。
気持ち悪い。
竜じゃなくったって、こんなの、苦手に決まってる。
僕もノエルさんに続いて魔法を――。赤い魔法陣を宙に描き、文字を書き込んでいる途中で、僕はゾワッとした寒気に襲われた。
「魔法は、相手の属性を考えて撃てよな」
ダークアイの奥で刀を構えていた雷斗が、したり顔を向けている。
目が、一段と赤く光った。
「雷撃を取り込んだ……! 魔法剣かッ!」
刀が、目映く光を帯びているように見える。いや、間違いなく、帯びている。
小さく「しまった」とノエルさんが零した。
「――“
雷斗が力強く叫ぶと、周囲に漂っていた黒いもやが、雷撃の黄色い光と共に圧縮されて刀に集まり始めた。
「おいおい、ちょっと待てよ……!」
ノエルさんが顔を引きつらせる。
雷斗の構える刀に、鮮やかな黄色と暗黒が渦を巻きながら絡みついているのが見えた。
確か、この世界の魔法属性は七つ。火・水・光・風・木・
「他人の放った魔法使うとか、反則だっ!」
「反則? オレはこの世界の常識とか、――知らないんで!」
雷斗が、剣を構えたまま突進してきた。
「やべぇっ!」
咄嗟に、ノエルさんが防御壁、シールドの魔法を発動させる。
僕は、間に合わない。
消えかけた赤い魔法陣を、どうにか補助系の緑色に変えようとして手こずった。
雷斗は僕の隙を確実に捉えた。一瞬、ノエルさんを狙う振りをして、それからスッと向きを変え、僕に向けて刀を振り下ろす。
「危ない!」
間一髪、後ろに仰け反って攻撃を躱す。刀身本体の攻撃は躱せた、けど、雷撃が。
「ウワァァアッ!」
ヤバい、全身が痺れた。
足がよろけ、体勢を崩しそうになる。
どうにか踏ん張ったが、二発目!
咄嗟に構えた左腕が斬りつけられた。
鮮血。視界に赤が舞う。
「さっさと死ねよ、大河ァ!!」
禍々しい表情で、雷斗は僕を狙った。
黒い眼球に赤く光る瞳をギラギラと光らせ、闇のような黒を全身に漂わせながら、凄まじい勢いで斬り込んでくる。
戦わなきゃ。
こんなところで倒されるわけにはいかない。
思っていながらも、なかなか攻撃できなかった。
瓦礫を乗り越えながら、必死に逃げ回った。雷斗の刀筋を見極め、ギリギリのところで躱していく。
雷と闇を宿した刀は、通常時より破壊力が増している。触れるより前に傷つけられる。
「いつまで逃げられるかな……!」
瓦礫を飛び越え、雷斗が斬り込んだ。
ヤバい。
間に合わなかった、右の太ももを斬られた。
傷は深くないけど、痛みが酷い。
竜化しかけて皮膚が硬くなってきているお陰で、まだどうにかなってるけど、このまま更に攻撃され続ければ、いずれ致命傷を負いそうだ。
僕も魔法か剣でどうにか反撃しなきゃいけないんだろうけど、――ダメだ、集中できない。
雷斗を攻撃するなんて、考えてもいなかったから、多分頭の中が酷く混乱している。訓練の時みたいに頭を空っぽにして、戦うことだけに集中できれば良かったのに、雷斗を傷つけずに止めることばかりが頭を巡って、戦おうって気持ちになれない。
相手はこんなにも殺気を漂わせているのに。
雷斗の目を見たらお終いだとか、傷つけたらダメだとか、無傷で伯父さんに送り届けたいとか、余計なことばかりが頭を支配する。
「大河! 何してる! 攻撃!」
ノエルさんの怒号。
雷系魔法を雷斗に吸収されると知り、ノエルさんは炎系魔法でダークアイを次から次へと攻撃していた。見る限り、どんどんダークアイの数も増えている。礼拝堂のあちこちに散っていた黒いスライム達が、団長室に集まってきてるらしい。
僕が雷斗に集中攻撃を食らっている中、ノエルさんは一人でダークアイを仕留めようと必死なようだ。狭い室内じゃ、得意の召喚魔法も使いづらいだろうし、撃てる魔法にも限りがある。
続けざまの炎系魔法で、瓦礫や家具、あちこちに火がつき始めた。崩れかけていた壁が脆くなり、ミシミシと音を立てている。
僕の視界の隅っこには常に、力尽きそうな騎士団長の姿があって、彼の救護だって出来れば優先的にやらなければならないってのに、どうしてこうも、雷斗は僕を攻撃し続ける。
「戦う気がないなら、さっさと降参して、殺されてくれないか? なぁ、大河……!」
ビュンと、雷斗が一度刀を払った。
そして今度は、
「――“
雷斗が放ったのは、単なる熟語じゃない。
呪文だ。
この世界ではどうやら魔法の発動に魔法陣と呪文の書き込みが必要なようだけど、それをすっ飛ばして、技の名前を――呪文代わりに使ってるんだ。
リサさん達に魔法を教わったとき、聞いたんだ。レグルノーラには、魔法を発動するための固定した呪文は存在しない。術者の思い描いた魔法を文字にして魔法陣に書き込むことで魔法を発動させる。
それを全部ぶち壊して、必殺技名で魔力の発動を促してる。しかも、やっぱり二属性。今度は火と闇……!
ノエルさんが放った炎系魔法が、漂う黒いもやと共にどんどん雷斗の刀に吸い込まれていく。赤と黒、二つの激しいうねりが刀の周囲でぶつかり合っている。
僕はいつの間にか、壁際まで追い詰められていた。
直ぐ後ろは壊れた窓。直ぐそこに瀕死の騎士団長。壁により掛かっていることも難しくなったらしい。床にずり落ち、仰向けになって肩で息を繋いでる。
防御、防御しなくちゃ。ノエルさんがやってたシールドの魔法。僕と、騎士団長、両方囲えるようなシールドを。
両手を突き出し、緑色の魔法陣を出現させる。文字を書き込む、“強固なシールドを展開”――……。
ボトッと、頭の上に何かが落ちてきた。
足下に落ちたそれに気を取られ、集中力が途切れる。
「防御魔法なんか、使えるのか? 一丁前に、魔法も覚えましたってかぁ?!」
雷斗の声は聞こえていた。
けど、ちょっと待って。
ボトッボトッと、小さな欠片、大きめの欠片、どんどんどんどん――壁が、崩れ落ちて。
「団長さん! 危ない!」
足が、勝手に動いていた。
団長の真上に、大きな壁の塊が落ちていくのが見えた。それを、弾かなきゃならなかった。
右方向に大きく跳ねると、左脇腹目掛けて強烈に“黒炎”の魔法が浴びせられた。
痛いなんて思っちゃダメだ。
激痛に気を取られるな。
魔法陣は霧散し、シールドなんて張れなかった。
魔法? 何かの魔法を発動させて、あの塊を砕くか。いや、そんな暇はない。
僕が、盾に。
――ズドンズドンズドンズドン。
地鳴りと共に凄まじい音がした。
そして、強烈な痛みが背中を襲った。
呻く。
意識が朦朧とする。
だけど今、僕が意識を失えば、団長は下敷きになって押し潰される。
それだけは避けなければと、僕は必死に踏ん張って、団長の上に覆い被さっていた。
「か……、“神の子”……」
それまで終始無言で、命を繋ぐことだけに集中していた団長が、ポロリとそう呟いた。
記憶で見たあの精悍さが消えてしまいそうなくらい、何もかもがズタボロだった。
良かった。
どうにか崩れた壁で押し潰されずに済んだ。
力が抜けて、顔が綻んだところで、僕は我に返った。
団長の瞳に、僕の姿が映っている。白い竜になりかけた僕。
落ちてきた壁を防いだのは、咄嗟に広げた白い竜の羽。身体を肥大化させ、僕自身が彼を守る壁になった。四つん這いになって覆い被さる僕を、団長は、怖がってやしないだろうか。
そう考え出すと、気が気じゃなかった。
早く立ち上がって彼から離れなければ。
「更にデカくなった。やっぱ、化け物じゃねぇか」
雷斗が背後でケタケタ嗤った。
僕は小声で、
「ごめんなさい。大丈夫?」
団長に、これ以上かける言葉がない。
怖がらせた。
守らなければならない対象なのに。
リサさんの魔法が切れれば、結局またいつも通り。僕は白い竜になって、理性が吹っ飛んで、誰かを傷つけてしまう。
そうならないように、必死に訓練したのに。
どうして竜の血はこんなに濃くて、僕を恐ろしい姿に変えようとするの。
「――黒い、水」
団長が、絞り出すように呟いた。
僕は目を丸くして、団長の顔を見た。
………‥‥‥・・・・・‥‥‥………
突然苦しみ出す雷斗。
胸とお腹を掻きむしり、藻掻いたあと、オエッと何かを吐き出した。
――黒い水。
雷斗が吐き出した黒い水が、うねうねと動き出す。
強烈な酸で駆けつけた神教騎士達を溶かし、呑み込んでいく。
黒いもやがたちこめ、雷斗がケタケタと笑い出した。
………‥‥‥・・・・・‥‥‥………
「浄化……、
虫の息と思われていた団長の目は、爛々と光っていた。
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