7. 進捗と新たな脅威

 毎日の訓練にもだいぶ慣れてきた。


「だんだん動きも良くなってきたんじゃないか」


 ノエルさんにも褒められ、気分は上々だ。

 以前はノエルさんに一撃を食らわせるどころか、僕がひっくり返ってしまう回数の方が断然多かったのが、まともに攻撃が入るようになってきた。

 それでも、一撃が軽すぎると何度も注意を受ける。大人と違って体重が軽い分、威力を増すためには筋力の他に運動エネルギーを乗せた方が良いそうだ。くるくると回転するように一連の流れで攻撃していくことで、弱い筋力をカバーするだけの運動エネルギーを生み出していく。

 具現化魔法と同じように、接近戦においても、想像力を豊かにし続ける必要があるという指摘も受けた。闇雲に殴ったり蹴ったりするだけじゃなくて、特に市街戦では、周囲に見えるありとあらゆるものを使って戦うことが必要になるとか、相手が自分より接近戦を得意としているようなら、ある程度で見極めて離れる必要が出てくるとか、具体的例を挙げてくれるから、僕としてもかなりやりやすい。


 ノエルさんは休憩の合間に、自分のことを少しずつ話してくれた。

 塔に押し込められたのは五つの時。既に召喚魔法――便宜上こう呼んでいるけど、魔力で幻獣を生成する魔法を会得していて、うっかり飼い猫を殺してしまったことが全ての発端だったそうだ。塔の中は大人ばかりで、ノエルさんは同じ年頃の子ども達が遊ぶのを遠目に見ていることしか出来なかった。

 そんな境遇もあって、捻くれていた十二歳の頃、当時塔の魔女だったディアナ校長に呼び出された。モニカ先生と共に、凌のサポート役に任命されたノエルさんは、凌の仲間達と共にドレグ・ルゴラとの戦いに挑んだ。今の僕と同じくらいの年齢で最前線にいたことを知り、僕はますますノエルさんのことを尊敬した。


 戦いが終わってからは、放浪の旅と称してあちこちを転々としていたようだけど、学校にも行かず、ただ戦うことばかり教えられてきたノエルさんにとっては、慣れないことばかりで、何一つ長続きしなかったらしい。

 今から五年程前に、ジークさんが拾ってくれるまで、ノエルさんはホームレスだった。

 孤独と共に生きてきた彼が、やっと辿り着いた安寧の場所。無理強いもしないし、わがままも聞いてくれるジークさんは、ノエルさんにとってどれだけ大切なのか、想像も出来ない。

 ノエルさんの記憶を、時々垣間見る。

 幼少期から凌に会う直前まで、記憶はずっと白黒だった。凌に会ってからは少しずつ色が付いて、ドレグ・ルゴラ戦の後、また白黒に戻っていた。ジークさんとの再会以降、また色づき始めるけれど、やっぱり色の数は少なくて、全体的にくすんでいる。

 それは多分、ノエルさんの中にぽっかり空いた穴のせいじゃないかと、僕は思う。足りない物が埋まるまで、全部の色は揃わないんじゃないだろうか。


「何を見てるのか知らないけど、オレにはこういう不器用な生き方しか出来ないから」


 じっとノエルさんを見てしまい、そう返されたことがあった。


「お前の相手をしてるのも、ライトの身を案じてるのも、見て見ぬフリをする無責任な大人でいたくないからだ。別に、親切心でやってるわけじゃない」


 とても心の綺麗な人なのだと思う。

 だから、周囲に馴染めなくて、孤独になっていったんだろう。


「人のことを気にかけている暇があったら、自分の弱さに向き合え。いいな」


 言葉は厳しいけれど、僕を一人の人間として見てくれている証拠。

 それがとても嬉しかった。






 *






 具現化魔法の訓練は、武器と防具の生成へと移っていた。

 あまりそういったものに詳しくない僕のために、リサさんとアリアナさんが魔法学校の教科書と図録を貸してくれた。武器の名称や特徴が写真やイラストと共にレグル文字で書かれているんだけど、生憎僕には読めなかった。どうしても覚えたくて、夜にジークさんとノエルさんに教えてもらいながら、隣に日本語でルビを振った。

 武器の質感や重さも想像しながら、具現化を試み、どうにか時間をかければ剣や盾が出せるようになってきた。


「けど、大河君。もし実戦となったとき、具現化のスピードが遅くなっても、敵は待ってくれないよ?」


 ターン制のRPGじゃないんだから、当たり前のことなんだけど。

 慎重になりすぎて、具現化に時間がかかるのでは、とリサさんは指摘した。

 普段見慣れないものは、特にハッキリとしたイメージがないと、具現化しにくい。繰り返しイメージして、具現化の速度を上げていく必要がある。そしてそれは、通常の魔法攻撃においても、同じことが言えるのだと。


「空っぽの魔法陣を描いてから文字を書き込むまでの時間を短縮すれば良いのよ」


 アリアナさんが横から口を出してくることも多かった。


「イメージを出来るだけ短く文章にまとめるの。定型文なんてないから、適当よ。自分がきちんとイメージできれば良いんだもの。『炎で周囲を焼き払え』とか『雷よ、目の前の魔物に降り注げ』とか、そんな感じで」


 簡単に言われても、これがなかなか難しい。

 空っぽの魔法陣を描くところで集中力が切れそうになる。


「魔法陣抜きで発動させた方が、本当は相手の不意を突ける。が、範囲を的確にイメージしないと、敵じゃなくて味方にも攻撃が及んだり、思わぬ副作用や反動があったりする」


 と、これはノエルさん。

 それでいいなら、そうしたいところだけど、


「今のタイガの不安定さを考えると、魔法陣抜きは危険だな」


 一緒に警告が付いてきた。

 諦めて、魔法陣の錬成から行うことにする。

 以前、モニカ先生に僕の得意属性を聞いていた。

 火、水、光。この三属性は強い。風、木、ひじり、闇の四属性は弱い。完全なる攻撃タイプ。

 苦手なものを克服するのはまだ早い。まずは、得意属性を伸ばし、実際使えるように。

 具現化魔法と並行して、攻撃魔法の訓練。

 何度も繰り返すうちに、魔法陣の錬成スピードも上がり、具現化速度も上昇していった。







 *






 同時に行われていた、リサさんの吸収魔法の訓練。

 無意識に溢れ出してしまう、僕の“竜の気配”を吸い取り続けるという魔法の調整は、だいぶ大変だったようだ。


「竜石には吸い取れる力の上限があったはずだ」


 過去に竜石に触れたことのあるノエルさんは、そんな不穏なことを口走った。


「上限まで達して、なお吸い取ろうとすると砕けていた記憶がある。リョウの場合、確か、自分の意思で竜石に力を押し込めたり、逆に引き出して竜化したり出来ていた。リサは実際、自分の身体にタイガの力を閉じ込めるわけだから、それを放出する手段が要るんじゃないか」


 入れ物に入りきらないものを押し込めたら、そりゃ、壊れたり使えなくなったりするだろう。リサさんにも同じことが言えるとしたら、かなり困る。いや、困るどころの話じゃない。


「その分、リサが自分の魔力の代わりにタイガの力を使えばいいんじゃないの?」


 アリアナさんに言われ、リサさんはハッとしたような顔をした。


「大河君の、力を?」

「そう。吸い込んだ分だけ、放出する。補助系、回復系の魔法に変換してくれるなら、一緒に戦う私達にも嬉しい話じゃない」

「……アリアナも、一緒に戦うの?」

「あのね。何のために学校辞めてまで来たと思ってるの。当然、私も戦うわよ」


 アリアナさんは物好きだ。何にでも首を突っ込んでくる。

 漂う向日葵色のように、真っ直ぐで、眩しいくらい正義感が強い人。

 攻撃系の魔法と、意外にも剣術が得意らしい。軽めの両手剣で、ガシガシ斬り込んでいくのだそう。


「そうだね、やってみる。放出するときに、私の力に変換するイメージでやれば、“竜の気配”の濃いところは外に漏れずに私の中にとどまるかも」


 リサさんが自分の立場を受け止めてどうにかしようとする姿に、僕は刺激を受けた。

 逃げることは許されない。

 だから、強くなる。

 僕らは各々おのおの、雷斗の身を案じながら、日々訓練を重ねていった。






 *






 ジークさんとマーシャさんの映像分析は難航を極めていて、あの日以来、これといって成果も無いようだった。偶々映り込んだ、というのがどれだけの確率だったのか思い知らされる。

 エルーレ地区のオリエ修道院周辺を重点的に調べていたようだけど、極端な変化も無く、平穏な修道院生活を送る修道僧や神教騎士の様子が映し出されるだけだったようだ。

 変化があると言ったら、修道院よりも商店街、オフィス街の方。例の、不定形生物とやらがあちこちに出没するようになった。警戒のため、市民部隊の竜騎兵が普段より多く空を飛び交っているのが、牧草地の丘の上からもよく見えた。


「湖が黒くなっているのかも知れない」


 事務所一階の軽食屋で頼んだ特製ランチボックスをお土産に、一緒にランチを過ごすためやって来たジークさんが、ノエルさんにぼやいていた。


「一時はあんなに透き通るまで浄化できたのに。マズいな」


 ノエルさんはランチボックスを手に取りながら、難しい顔をした。


「湖って、僕が通ってきた……?」

「大河が通ったあの湖は、ちょっと特殊なんだ」


 ジークさんは、一緒に持ってきたレジャーシートを広げながら、僕にも分かるよう、話をしてくれた。


「この、レグルノーラって世界は、平らな大地が湖の上に浮かんでいる、特殊な構造をしていることが分かってる。更に、レグルノーラとリアレイトは湖を介して繋がっている。二つの世界の狭間に存在する、広大な水たまりなんだ。ただ、そこから先のことは、誰にも分からない。どうして日が昇ったり沈んだりするのか、天気は何故変化するのか、生命はどこから来たのか、一匹の竜が創り上げたという伝説はどこまで本当なのか、調べる術もない。どうやら湖は、二つの世界から零れ落ちた様々な感情を蓄積させるらしい。主に負の感情を溜め込み、闇の力を帯びた湖の水が暗雲を作り出し、空を覆い尽くしていた、ということまでは分かってるんだけど。ドレグ・ルゴラをいにしえの救世主が湖に封じたから湖が黒くなったのか、黒くなった湖に封印されたからドレグ・ルゴラが凶悪になったのか、前後関係もよく分かっていない。ハッキリしているのは、ドレグ・ルゴラ自身が、黒く染まった湖の水をエネルギー源にしていたってこと。そしてもうひとつ、市街地に出没する不定形生物は、黒い湖の水自体が変化した魔法生物だってこと」


「つまり、不定形生物の出現が、湖の色の変化と、かの竜の再来を示している可能性が高いってことよね」


 レジャーシートに腰掛け、ランチボックスからチキンをひとつまみしながら、アリアナさんはジークさんの話を要約してくれた。


「その通り。実は市民部隊からは、不定形生物の出没状況をまとめてくれないかって依頼が来てるんだけど、雷斗のこともあるし、参ってんだよね。二十年前に現れたときは、日差しが雲で遮られていたから、“ダークアイ”まで変化したけど、今は太陽も照ってるし、そうそう巨大化はしないと信じたい。だけど、夜になれば状況は一緒だからな……」

「“ダークアイ”って、何ですか?」


 リサさんが目をくりくりさせながら尋ねた。


「俗称なんだけど、“闇の目”なんて、リアレイトの干渉者の誰かが言い出したのが始まりで。不定形生物が散り散りに出没する程度なら、まだ良いんだ。これが集合体になると、人の体程のデカい目ん玉を持つ魔物に変化する。更にその目ん玉が集合していくと、今度は目ん玉だらけの巨人みたいに変化する。不定形生物に物理攻撃は殆ど効かない。竜も、不定形生物を得意としない。弱点は、光。魔法攻撃中心で一気に制圧しないと、分裂して増えていく。……厄介だろ」

「マーシャのアパートメント付近にも、やたらと市民部隊がうろついてると思ったら、そういうこと。ゾワッとする」


 アリアナさんはそう言って、両腕を軽くさすっていた。






 *






 事態が急速に動いたのは、不定形生物出現のニュースから三日後。

 いつものように牧草地で訓練を続けていた僕達の耳に、ドォンという爆発音と、突風が襲ってきた。

 天気は晴れ。

 眼下に見える、オリエ修道院の白い三角屋根の建物から、煙が立ち上っていた。

 胸騒ぎがしているところに、ジークさんから、ノエルさんの携帯端末に連絡が入る。


『オリエ修道院で雷斗の姿を確認した直後、虫型カメラから映像が届かなくなった。至急、向かって欲しい』

「マジかよ」


 ノエルさんは端末を手に、焦りを隠さず、顔を引きつらせていた。


「修道院から煙が上がってる。監視映像には何か写ってた?」


 携帯端末のスピーカーに、僕らは聞き耳を立てた。

 電波状況が普段からあまり良くない牧草地、風の音でかき消されそうな音を、必死に耳で拾う。


『いや、それが。神教騎士団長と、雷斗、二人きりだったようなんだが、何を話しているのかも聞き取れなくて。どうやらこっちに気が付いて、どちらかがカメラをぶっ壊した。もう数機、カメラを飛ばしてるから、そっちで映像が撮れ次第、再度確認するけど』

「けど、カメラをぶっ壊した程度の煙じゃなさそうだぜ……?」


 市民部隊の竜が数体、旋回して修道院へ進路を変更しているのが見える。

 緊急避難を伝えるサイレンが、遠く、この丘の上にまで聞こえてきた。

 煙の他に、火の手も上がっているようだけど、ここからじゃ、遠すぎて何も分からない。


「行こう、ノエルさん」


 僕は、力強く訴えかけた。

 ノエルさんは険しい顔をして、じっと修道院の方を見つめていた。

 リサさんとアリアナさんも、無言で頷き合っていた。

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