6. 特訓開始

 マーシャさんがリサさんとアリアナさんを連れて出社してくると、ジークさんは早速それぞれに指示を出した。


「マーシャと僕は監視カメラの分析を続ける。大河はノエルと特訓、その間に、リサは大河の“気配”を如何に弱くし続けることが出来るか、アリアナの“特性”活かして調整を続けること。ついでに大河は、“竜の力”に頼らずとも戦えるように、自分の力の調整を図る。互いに得意なこと、不得意なことがあるだろうから、ノエル中心に上手いこと調整してくれ」


 ジークさんが古代神教会に向けて飛ばす虫型監視カメラは、超小型のドローンのようなものらしい。見た目はコガネムシ、目のところに超小型のカメラがある。AIが搭載されていて自在に動き回ることが出来るのだとジークさんは言った。

 放った十数機の虫型カメラが、人の会話や体温を感知すると、事務所の端末に映像が送られてくる仕組み。あとはそれを、人間の目で精査する。目的地やその地図を読み込ませておくと、目的地まで迷わず行って使命を果たすそうだから、人間が潜入捜査するよりずっと効率が良い。


 雷斗が目撃された付近には、オリエ修道会という、古代神教会の下部組織がある。各地域ごとに修道会を抱えているそうで、実は結構地域に根ざした宗教なのだと感心する。なかでもオリエ修道会は神教騎士団を取り仕切る、特別な位置づけだそう。

 この辺の情報は、古代神教会が大々的に広報しているそうで、簡単に調べることが出来たらしい。ご丁寧に、ノーラウェブという、インターネットのようなものに、教会や修道院の周辺地図や礼拝堂の画像も載せていたそうだ。


「いくらなんでも、神聖な場所で手荒な真似はしないと思うんだけど、まぁ、大河に賞金懸けるような連中だからな。慎重に調査するから、時間はかかると思う」


 教会というのは、一般市民も出入りする公共の場。騒ぎが起きれば直ぐに表沙汰になるはずだ。

 ノーラウェブにも教会関連のニュースは出ていないという。……僕の賞金が跳ね上がったという件を除いて。


「何かあったら連絡する。特訓の方、どうにか頼む」


 ジークさんはそう言って、みんなに目配せした。






 *






 エルーレ地区の東端、未開の森との境にある広大な牧草地に、ノエルさんは僕らを転移魔法で連れてきた。小高い丘の上からは、塔やその周辺の街並みが一望出来る。

 背の高いビル群を背景に、手前にあるのが住宅地。北には農村、南には工業地帯も見える。住宅地と農村の間に見える、白い三角屋根がオリエ修道院だろうか。平坦な世界レグルノーラにも、それなりに凹凸があって、砂漠との間に広がる未開の森の一部には小さい山々がなだらかな稜線を描いている。

 この辺の牧草地には牛や羊、もしかしたら厳密には僕の知っているそれらとは違う生物なのかも知れないけど、そうした家畜が放牧されているようだ。静かにしていると、遠くの方からモォだとかメェだとか聞こえてくる。草の香りが漂う風も爽やかで、気温は少し涼しいくらい。動くには丁度良い。

 多少暴れても大丈夫だと、ノエルさんが太鼓判を押すこの土地は、ジークさんの古い知り合いの所有だ。市街地では訓練しようにも無理だからと、いろんな伝手を辿って探してくれたのだった。


「あんまり人目には付かないが、見てのとおり家畜が放牧されてる。夕方にはこの場所を通って、家畜が畜舎に戻っていく。そういう制限付きの土地だから、白い竜にだけはなるなよ」


 訓練を始める前に、ノエルさんに釘を刺された。

 全く、言い返す術もない。


「砂漠のど真ん中なら、竜化しようがデカい魔法ぶっ放そうが好き勝手出来るんだが、未成年三人も連れて自殺行為はしたくない」


 ノエルさんが言うと、アリアナさんがアハハッと顔を引きつらせた。


「砂漠に出るにはまず、未開の森を通らなきゃならないでしょ。そんな危険なことをするくらいなら、牧草地で十分。死にたくないもん」


 未開の森というのは、レグルノーラの都市部をぐるっと囲う森のこと。その殆どが人間の手が入っていない場所で、魔物や竜の生息地になっているそうだ。一部、林業や狩猟を営む人達が生活のために森へ行くことはあっても、手前側ばかりで、奥まで行くことはないのだという。更にその先に広がる砂漠に至っては、物好きな冒険家以外は足を踏み入れることもない、未踏の地という話だった。


「その砂漠を帆船で自由に行き来してたのが、タイガの育ての親、シバってわけ。あいつ、慎重な振りしてめちゃくちゃ大胆だから」


 帆船……?

 そう言えば、ローラ様の記憶の中に、そんなものが。


「あの船、父さんのだったんだ」


 言うと、ノエルさんは小さくため息をついて半笑いした。


「何だ、見たときあるのか」


 見たときがある、というのは、誰かの記憶の中で。ノエルさんは知ってて、そう返してきた。


「帰りたくなった?」

「ううん。大丈夫」


 僕は首を横に振った。

 笑って見せたのに、ノエルさんは僕の頭を真上からぐしゃっと押さえつけて、ぐりぐりと変な撫で方をする。そしてそれ以上、この話題には触れなかった。


「時間が勿体ない。ジークとマーシャが頑張ってる間、こっちも出来るだけのこと、やっちまおう」


 筋肉量を急激に増やすのは難しいと、ノエルさんは言った。

 身体の軸を知り、重心を知るところから始めた方が良いのではと、組み手中心に指導を受ける。相手の動きをしっかり見ること、次の攻撃を予想し弧を描くように動くこと、勢いを殺さぬよう、一連の動きを自分の中でテンプレート化していくこと。手を合わせながら、少しずつ自分の弱いところ、苦手なところを克服していく。

 その間に、リサさんは僕の“竜の気配”を弱めるべく、魔法の強さを調整する。アリアナさんが僕とリサさんとの距離を手元の携帯端末で確認しながら、魔法の効き具合を確認、リサさんの体力と魔力がきちんと保てる状態で、どのくらいまで離れても効果があるのかを実証していく。


 攻撃をする瞬間、受ける瞬間には、やはり強い“気配”が出てしまう。それよりも魔法の効果が上回る必要があると、アリアナさんは力説した。

 かなり地味な訓練ではあるけれど、有り余る力が溢れてしまう僕にとって、これほど重要なことはない。リサさんは僕の動きにも気を配って、魔法の強さを調節していた。

 それが終わると、今度は具現化魔法についての指導を、リサさんから受ける。


「“イメージの具現化”は干渉者だけが使える魔法の一つなの。単に魔法を使えるだけじゃ、具現化は難しい。二つの世界を飛び越える力があって初めて、出来るようになる。二つの世界の狭間にある特殊な粒子を反応させて――、なんだっけ。難しいから忘れちゃった。とにかく、そういう方法で、何もないところから物を作り出すの。例えば……、こんな風に」


 草地に座ったまま、リサさんは両手のひらを一度合わせ、それからパッと開いて見せた。

 それまで何も持っていなかったはずなのに、彼女の手の中に透明な液体の入ったボトルが現れた。


「どうぞ」


 リサさんは僕に、その得体の知れない液体を差し出した。

 ゴクリ、と唾を飲み込んでリサさんを見る。彼女はニッコリして、


「飲んで良いよ。喉、乾いてるでしょ。中身、水だから」


 本当なのかどうなのか。ペットボトルみたいな形状のそれを受け取り、恐る恐る蓋を開けてみる。臭いはしない。チラリとリサさんを見ると、ニコニコしている。

 飲むしかないのか……。

 意を決してぐいっとひと飲み。

 ん?

 んん?


「水だ」


 驚いてリサさんの方を見ると、そりゃそうでしょとばかりに笑っている。


「触ったときがあるもの、見たときがあるものなら具現化は結構簡単にできちゃう。難しいのは武器防具、その他、簡単に手に入らないような物。イメージ力の強さと、元々の魔法力の強さが、具現化の精度に影響してくる。大河君は、魔法力は申し分ないけど、イメージ力の方がどうなのか、トレーニングしてみないと分からないよね」

「イメージ力……」


「大河君にも分かるように言うと、頭の中でイメージした物を、具体的な形として別の物に転写する能力、かな。例えば、絵を描く、物を作る、料理、自分の思い描いたとおりの動きを身体で再現する、とか。頭の中ではもの凄い物を想像できても、それを転写する能力がないと、上手く発動しない。私、記憶がないのにそこは大丈夫みたいなんだよね。これも、レグル様の力なのかな」

「――どうだろう。殺しに来いなんて言っておいて、僕にリサさんを宛がった変なヤツの考えることなんて、僕には分からないよ」


 記憶喪失の、干渉者の女の子。けど、本当は凌が竜石をベースにして作った魔法生物。

 見た目も、中身も、普通の人間に見えるけど、そうじゃない。

 今まで通り接して良いはずなのに、どこかで、『けどリサさんは人間じゃない』と思ってしまう僕がいる。とても浅ましいことだと思う。自分だって、人間の皮を被った化け物なのに。

 胸の中に変な引っかかりが出来て、モヤモヤした。それを押し流すように、リサさんが出してくれた水を一気に飲み干す。


「具現化魔法の上位互換が、変化へんげ、変身術。自分の思い描いた通りの見た目に、自分を変化させられる。つまり、シバ様は凄いってこと。干渉中はずっとお姿を変えてらっしゃるんだもん。服装を変えるだけでも、結構大変なのに」


 具現化に必要なのは、具体的な物の形の他に、質量や手触り、臭いなんかの、付加的要素をどれだけハッキリとイメージできるか。飲み物や食べ物なら、その味も大切。


「能力者、いわゆる魔法使いや魔女は、具現化じゃなくて、必要なものを取り寄せてる感じ。つまり、どこかに存在するものしか、たぐり寄せることが出来ない。でも、干渉者なら何もないところから物が作れる。だから、干渉者が旅するときは荷物は最小限でいいってわけ。とは言っても、何でも具現化できるわけじゃなくて、そもそも知らない物は具現化できない。人によって、具現化できる物に偏りがあるのはそういうこと。知識量も大切なんだよ。それに、命があるものを作り出すのは不可能だしね」

「不可能……なのに、凌は魔法生物が作れたの?」

「うん。そうなんだよね……。私自身、不思議でたまらない。竜石っていう無機物から、どうやったら人間型の魔法生物が生み出されるのか、説明が付かないんだもん。それこそ、“神の力”とかいうやつなのかな。分かんない」


 ノエルさんの魔法みたいに、魔力で魔法生物を生成しているわけじゃない。あの硬い竜石から、どうやったらこんなに柔らかいリサさんみたいな女の子が出来上がるのか。やっぱり、凌の力は本物だって、そういうことなんだろうか。


「考えても仕方ないよ。大河君、まずはやってみよう。何か……、汗をふくためのタオルとか、ハンカチとか。身近な物、今欲しいものを想像するところから」


 具現化魔法の練習の間、アリアナさんはノエルさんに攻撃魔法の精度を上げる訓練をして貰っていた様子。剣の稽古や組み手なんかもしていたようだ。僕よりずっと戦闘に向いていそうなアリアナさんの動きを遠目に、僕は力の入れ方や想像のコツをリサさんの指導通りに色々試してみた。

 そのうち、日常生活でよく使っていた文房具やらティッシュなどの日用品なら、どうにか具現化できるようになる。慣れないと、一つ具現化する度に頭がフラフラしてしまうのが難点。


「頑張ればそのうち、意識しなくても軽く思い浮かべるだけで具現化できるようになるらしいよ。私もそこまで極端じゃないけど、殆ど身体に負荷かけずに色んなものを具現化できる。さっきの、水とかね」


 本来ならば魔法学校で教えて貰うはずだったいろんなことを、急ピッチでたたき込んでいく。

 あそこで凌に会わなければ、竜化しなければと、何度も思う。

 けど、レグルノーラにこうやって身体ごとやって来てしまったことで、避けて通れなくなっていた。

 逃げたいと強く願ったところで、僕は結局、闇に呑まれているかも知れない、元・救世主の息子で、“神の子”なんて呼ばれてて、世界を破滅に導いてきた破壊竜の血を引いている、白い半竜であることに変わりはないんだから。


 お昼休みに、ジークさんが転移してやって来て、ランチを一緒にいただいた。

 マーシャさんはお留守番。

 進捗状況を、互いに確認しながら、しばらく休憩。

 そして夕方まで、また同じことを繰り返していく。

 家畜が畜舎に戻っていく時間が近づくと撤収。何事もなかったかのように一日が終わり、また朝が来る。

 こうして三日、四日、一週間と過ぎたある日の朝、ジークさんが険しい顔でノーラウェブのニュース記事を見ていた。


「二十年前、市街地のあちこちで発生していた、黒い粘着質の不定形生物が、また目撃されるようになったらしい」


 それが何を意味するのか、僕は知らなかった。

 これから起きる事件の前触れとして、僕らに警告を発していたことさえも。

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