4. 試行錯誤

「雷斗の居場所を探すのに、監視カメラの映像分析してるんだけど、なかなか見つからなくてさ。写真くらい撮っとけば良かった。そしたらカメラの映像と照合できたのに」


 ジークさんがぼやいた。

 けど、実際その作業をしているのはマーシャさんとノエルさん。二人とも、大量の画像をパソコンでチェックしている。全然異世界感のない、普通の仕事風景に見える。

 リアレイトとレグルノーラで共通した物が多いことに関しては、輸入も一つの例だけど、物事が進化していくとき、全く別の物が起源でも、最終的に同じような物が出来上がることがある、なんてことをジークさんは言っていた。ルーツの違う文明でも、発展の仕方は大体似てる。歴史の授業で習ったような覚えがある。


「どこかにはいると思うんだけど、それは二人に任せることにして、問題は君らの今後について。事情はさておき、急に三人も面倒見なきゃならなくなるってのはどうもなぁ。女子はマーシャにお願いするしかない」


 ついたてで区切られた応接スペースに押し込められた僕達は、事務机から自分の椅子を引っ張ってきて座るジークさんに、食後のお茶をご馳走になっていた。

 以前、うっかり興奮して竜化してしまったことを思い出して、今日は落ち着いて話を聞くことに集中する。


「もし仮に、雷斗の居所が分かったとしても、問題は、大河の気配がどの程度抑えられるのかってことにかかってる。“気配”が強すぎて悪目立ちするんだよ。買い物の時、なるべく大河の名前を呼ばないようにしたり、そういう話題には触れないようにしたりしてたけど、“神の子”なんてアリアナが言うもんだから、結局その言葉に引き寄せられて、攻撃してきたヤツがいた。“あの辺にいる”程度のザックリした情報が、“ここにいる”に変わった瞬間、攻撃に転じやすくなる。ここのビルは僕の結界でどうにか外に“気配”が漏れずに済んでるけど、僕の力にだって限界がある」

「でもまさか、あんな風になるなんて」


 口を尖らせるアリアナさんに、ジークさんは手のひらをパーにして突きつけた。


「五倍」

「五倍?」

「昨日の騒ぎで、大河にかけられた懸賞金の額が跳ね上がってる。百万ディルから一気に五百万ディルに上がった。百ディルが日本円で約二百円だから、二百万円から一千万円に上がった、と言えば分かる?」

「い、一千万……!」


 ゴクリと、僕は思いっきり唾を飲み込んだ。


「そんだけありゃ、しばらく遊んで暮らせる。今まで古代神教会の奇行だとバカにしていたヤツらまで、こぞって大河を狙ってくる金額だ。そこまでして大河を追い詰めようとしている理由が正直よく分からなかったけど、昨日の凌の様子からして、破壊竜の復活が近いというのはあながち嘘じゃないんじゃないかと僕は思う。大河はどう?」

「僕は……」


 凌の心の中も、心の色も、何も見えなかった。

 あんなに不穏な発言を繰り返して、普通だったら黒系のねっとりした色が漂っていてもおかしくないのに。


「僕には、分かりません。でも、リサさんの話をしていたとき、凌はあまりにも穏やかで、悪意の塊には見えなかった。演技なのか、人格が入れ替わっているのか、全然、分からなくて。混乱……、しました。嘘なのか本当なのか。ただ、僕が弱すぎることに対して絶望しているのだけはよく分かって。強く、ならなければって。このまま、竜になって暴れるくらいしか能がないなら、本当に破壊竜が復活したとしても、僕は捻り潰されて終わりだし。そんな風にならなければ良いんだけど、だったらどうしてわざわざ、あんなに目立つようなことをしたのかなって」

「だよね」


 ジークさんは腕を組んで唸った。


「昨日の彼って、タイガのお父さん? でも、彼はレグル様じゃなかった」


 アリアナさんは不思議そうな顔をした。


「いや、あれはレグルだよ」


 とジークさん。


「レグルの姿になる前、干渉者だった頃の姿。変身術でわざと姿を戻して現れたってこと。一体、何を考えてるんだか」

「確か、リサのことを“竜石の娘”って」

「普通の女の子と見分けが付かないくらい精巧な、竜石から生成した魔法生物。人格も形成されてる、普通に思考して、食べて、寝て、戦って、何でも出来る。大河のためにそこまで準備していたとなると、ますます混乱するな。自分を殺すかも知れない相手に、自分からアイテム渡すなんて」

「大河君のことを、大切に思ってるから、じゃなくて?」


 と、リサさん。


「どうだろう。凌自身はそうだと思うけど、レグルやゼンは何を考えてるのかよく分からない。――それはさておき、どうにか竜化前でも大河の“気配”を弱く出来ないか、リサには試して欲しいところだな。懸賞金も爆上げされてるし、このままだと、おちおち外にも出られない。効果があるのかどうか、アリアナと検証を進めて貰いたい」


 “気配”を辿って、アリアナさんは僕のことを商店街の雑踏から見つけ出した。

 確かに、アリアナさんがいれば、効果が確認できそうではある。

 リサさんとアリアナさん、そして僕で頷き合った。






 *






 ジークさんも雷斗捜索の映像分析に戻り、僕らは三人で、どうすれば僕の“気配”が弱まり、相手に気付かれにくくなるのか、色々やってみた。


「“竜の気配”がにじみ出てる間は、“神の子”じゃないかって疑っちゃう気がするんだよね。ほら、寮で出会った時みたいに」


 アリアナさん曰く、僕からは、獣のような竜のような独特な“気配”がにじみ出ているらしい。

 自分のこととなると、全く自覚がないから、アリアナさんの助言はとても参考になる。


「単に“気配”が強いのと、“竜の気配”がするのとじゃ、全然違う。後者の方が圧倒的に危険だと思う。普通、人間からそんな“気配”はしないから。市民部隊みたいに竜を従えてれば別だけど」

「……なるほど。とにかく、竜っぽいのをどうにかしないといけないわけか」

「で、そのためには私が必要。そういうことだよね?」


 リサさんが確かめるように言った。

 正直なところ、突然“竜石の娘”だなんて言われたリサさんの気持ちは計り知れない。記憶がなかった理由はハッキリしたけれど、それってつまり、自分は人間ですらないってことを突きつけられた。僕とはまた違う、別のショックがあったに違いないのに。リサさんの杏色には殆ど揺らぎがない。昨晩のうちに気持ちを整理したんだろうか。


「昨日は、竜になった大河君に手を当てて吸い取るようなイメージで成功したけど、あの方法じゃ、常に大河君とべったりくっつくことになっちゃう。それじゃ、何にも出来なくなるから、どうにかしなくちゃダメ、なんだよね」

「胸、光ってたじゃない。あの魔法陣が鍵だと思うけど」


 アリアナさんが、リサさんの胸を指さした。

 僕が竜化してない間は、リサさんの魔法陣は浮かび上がらない。


「古代レグル文字なんて、誰にも読めない。多分、ジークさん達にも」


 リサさんは胸の辺りに手をやって、じっとそこを見つめていた。


「だけど、凌が言うように、竜化した時には確実に効果があった。常に触れながら僕の力を吸い取るのは難しいわけで」

「あれは無理矢理“竜の力”を吸い取るときの動きって考えたらどう? 巨大化したタイガを戻さなきゃならないとき、思いっきり掃除機みたいに吸い取るの。普段は、違う方法でタイガの“竜の気配”をコントロールする。どうかな?」


 アリアナさんの考えには納得できる。

 僕もリサさんも、うんうんと頷き合う。


「つまり、常態的に魔法を発動させる……」

「タイガ、それ。多分それだよ」


 ここまでは、どうにか分かったんだけど、ここから先が大変だった。

 情報が、何もない。

 手掛かりは、リサさんの胸の魔法陣だけ。創造主だと名乗った凌は、竜化の戻し方だけしか教えてくれなかった。あとは、自分達で探るしかない。この辺りの情報が、もしかしたら、リサさんの欠落した記憶とやらに含まれていたかも知れないけど、そんなことを言い始めたらキリがない。


「やっぱり、リサの胸に書き込まれた魔法陣に何かヒントがあるんじゃないの?」


 議論は振り出しに戻った。


「タイガが竜化する前に、昨日と同じ動作やってみたらどうなるの?」

「ええっ?」


 アリアナさんに指示されるまま、椅子から立って、リサさんの隣に行き、手を当てて貰う。リサさんのもう片方の手は、胸の魔法陣のところ。そして、昨晩のように、吸い取るイメージをして……。


「ど、どう?」


 リサさんがアリアナさんの顔色を見ている。

 アリアナさんは渋い顔で、


「変化無し。失敗」


 と言った。


「やっぱり昨日のはタイガが竜化した後じゃないと効果がないみたいね」

「じゃ、じゃあ、僕の竜化とは関係なく、リサさん自身が魔法陣を発動させてみる、とか」

「私自身が?」


 きょとんとするリサさんに、僕は身振りで考えを伝える。


「そう。普段魔法を発動させるみたいに、胸の魔法陣に手を当てて、魔法が発動するようイメージしてみたら」

「そうか、紙に書かれた魔法陣を発動させるのと同じ要領で」

「そうそう」

「やってみるね」


 あくまで、思いつきだけど。

 リサさんはゆっくり深呼吸した後、両手を胸に当て、魔法陣の辺りに力を集中させた。

 最初、僅かに赤い光。けれど間もなく消えてしまう。


「どう……かな?」


 ちらり、とリサさんはアリアナさんの方を見た。

 アリアナさんは目を閉じ、しばらく神経を研ぎ澄ませていた。


「少し、弱くなった。もう少し力を入れてみて」

「こう?」

「うん、そんな感じ。あ、“気配”が大分小さくなってきた」

「苦しかったり、辛かったり、しない?」


 僕が尋ねると、リサさんは、


「大丈夫みたい」


 とにこやかに笑った。

 こうして、リサさんの身体が赤く光ることもなく、持続的に僕の溢れ出る“竜の気配”を吸い取ることには成功したんだけど。


「問題は、どの程度の距離までなら、効果があるかってことよ」


 アリアナさんは人差し指を立てて、語気を強めた。

 この状態で、どのくらいの距離まで効果を発揮するか。確認したいところだけど、事務所の中では難しそう。実際に、街に出て距離を確認しながら効果を見ていくしかない、ということで落ち着く。

 出来るだけ、僕とリサさんは極端に距離を離さないようにすること。

 これが、僕が外で活動する、最低条件になった。

 どうにかこうにか、そこまで導き出した頃には、どっぷり日が落ちていた。

 今日は切り上げて明日続きを、とジークさんが呼びかけたところで、パソコンの画面をじっと見つめていたマーシャさんが声を上げた。


「……これ、ライトじゃない?」


 みんなでマーシャさんのパソコンの画面を覗き込んだ。

 かなり遠いところから偶々撮れた映像は荒くて、ハッキリとは見えなかったけど、レグルノーラではあまり見かけない、半袖Tシャツとジーパン姿。大きめの英文が胸の部分に書かれている。背格好も、髪型も、雷斗にしか見えない。


「待って、これ」


 ノエルさんが指さしたのは、雷斗と一緒にいる人物。

 白いローブは、金色で縁取られている。


「一緒にいるヤツ、神教騎士じゃないか」


 そうだ。

 見覚えがある。

 住宅街で襲われたとき、神教騎士ライナスが身につけていた、あの特徴的なローブ。


「古代神教会に、手掛かりがある……?」


 言葉にした途端、不安を示す紫色のモヤモヤがみんなを包み込んだ。

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