3. 幕間

「たたた退学って、あと一年で卒業できるのに!」


 びっくりしたどころの話じゃない。寮長を務めるくらいなんだから、アリアナさんは相当優秀なんだろう。なのに、どうしてそんな、とんでもないことを。

 けれどアリアナさんは、


「そうなんだけどね」


 とはにかんだ。


「この機会を逃したら、一生後悔すると思って。憧れのレグル様にお近づきしたくて魔法学校の門を叩いたのに、いつの間にか世界は変わっていた。その存在に陰りが見えてきた理由や、神の……、タイガの命を堂々と狙うようになった理由。私達一般市民が知りたくても知ることの出来なかった情報が、掴めそうな位置にあると分かったんだもの。この胸のざわめきを止めるには、付いていくしかないでしょ」


 アリアナさんの目は、真っ直ぐだった。

 彼女の見せる向日葵色には一点の曇りもない。


「高等部三年、学歴がなくなるのは勿体ないぞ」


 ジークさんの言葉に、アリアナさんは一瞬顔を曇らせる。それでも、


「自分の学歴にこだわって、世界の危機を見逃すような人間にはなりたくないもの」


 アリアナさんは強い口調で言い返した。


「……まぁ、仕方ない。とりあえず、午後から雷斗の捜索、情報整理して作戦会議。飯食いに行くぞ」


 ジークさんは面倒くさそうにしながらも、ちょっとだけ嬉しそうな色を滲ませていた。






 *






 ビル一階の隅っこにある軽食屋さんは、カウンター含めても席が二十席程度しかない小さなお店だった。随分前からの知り合いに場所を貸したとかで、多少危険な会話をしても大丈夫なのだという。マスターと奥さんが二人で切り盛りしているそうだ。

 メニュー表を見て、リアレイトで言うと何に近いのか、ジークさんに聞きながら注文。トマト系のパスタをお願いした。

 女子は女子同士、隣のテーブルでキャッキャ言いながらメニューを指さしている。ジークさんが「好きな物を頼んで良い」なんて言うから、デザートまでがっつり頼んでいるのが聞こえた。

 店内いる何組かのお客さんは、大体が常連さんだそうだ。

 塔の役人さん、市民部隊の兵士さん達、近隣のビルに勤める会社員。多少ファンタジー的な顔ぶれではあるけれど、昼間に行きつけのお店でランチを取るのは、どこの世界でも一緒らしい。

 変な感じがする。

 異世界なのに、リアレイトとあまり変わらないところが凄く多い。


「以前よりリアレイトから干渉しやすくなってるからね。魔物も出ないし。行き来が頻繁になって、文化をより取り込みやすくなった。さっきの古着屋でも話していたとおり、自由度が増した。リアレイトから色んなもの輸入してくるヤツなんて、以前は僕くらいなものだったけど、今は結構な干渉者が買い付けてくるようになった。『レグルノーラがリアレイト化していく』なんて言うヤツがこの前新聞に投書してたけど、別に良いんじゃないかと思うけどね」


 料理を待つまでの間、ジークさんはそんなことを話してくれた。


「輸入?」

「リアレイトで合法的にお金を稼いで、その金で購入したものをレグルノーラに転移させてくる。協力者にお願いしたり、自分の力で色々やったり、方法は様々だ」


 そういえば、ジークさんはスマホを持っていた。その時、協力者の話を聞いたんだった。


「破壊と再生の繰り返しだったからな、つい二十年前までは。都市部にも頻繁に魔物が出ていた。発展しても定期的に破壊されていくから、文化が育ちにくい。だからより効率的な方向にばかり発展していく。例えば移動手段。農村から工業地域、オフィス街、住宅街とあるけれど、一カ所に密集していて、離れた場所に集落は存在しない。限られた場所でしか活動できないから、ビルはどんどん高くなるし、道路も窮屈になってくる。そういうのもあって、長距離移動手段が確立されなかったかわりに、短距離を効率的に移動する手段として、エアカーやエアバイクが登場した。竜の背中に乗らなくても高いとこまで行けるし、道路が混んでても空飛びゃ良いんだから楽だよな。酔いやすいのが難点だけど。そうやって独自に進化していった技術と、どうしても育たなかった技術があるわけだ。移動手段で例えると、飛行機、鉄道。これが、レグルノーラにはない。遠くまで移動する必要がなかったから。もし、リアレイトからそうした技術が輸入できていたなら、かつて破壊竜を封じていた砂漠の果てにある湖の変化にも直ぐに気づけたんだろうが……。そのためだけに砂漠を渡るのは危険だし、誰もやろうとはしなかった。そして、恐らくこれからも」


 ちょっと、難しい話だ。

 社会の勉強をしているような。


「ローラはあまりリアレイトに干渉するのを好まないから、そうした交流も民間レベルにとどまってるのが勿体ないけどね」

「ローラって、塔の魔女の」

「そう。あの女、すっかり塔に馴染みやがって」


 椅子に背中を押し当てて、ノエルさんが言った。

 店内には他のお客さんもいるし、流石にその言い方はマズいんじゃ、と思ったけど、政治批判くらいでは特に問題にならないのか、会話は普通に進んでいく。


「あのていたらくのせいで、古代神教会が幅利かせてるんじゃないのかと、オレはずっと思ってる。ディアナ様のことも苦手だったけど、また違う。変に自分のことを正しく見てるって言うか、全体が見渡せてないって言うか。それ相応の魔女が他にいなかったのも、この時代の不幸ってこと」

「ノエルはそう思うって話だろ。一般市民は敬愛してるよ。お美しい塔の魔女が、今日もレグルノーラを守ってくださる。それでいいんだ。そう思わせておいた方が、面倒じゃないから」


 難しい話をしている間に、料理が運ばれてきた。

 トマトの良い香り。たっぷりのソースが、細い麺にしっかり絡んでる。

 いただきますをして、早速一口。口の中いっぱいに、甘酸っぱいトマトのうまみが広がっていく。どうやら、正確にはトマトに似た野菜らしいけど、殆どトマトだ。美味い。結構な量だけど、ペロリといけそう。

 と、目の前のジークさんのところには、カレーが運ばれてきた。


「これこれ。リアレイトで美桜に教わってさ。やみつきになって材料輸入して、マスターに“こっち”の食材でどうにか出来ないか色々試して貰ったんだ。スパイスの調合が難しいところ、上手くいって。大企業にレシピ売って結構儲けたんだよ。ま、本場には劣るかも知れないが、この味が“こっち”でも楽しめることに感謝!」


 ちょっと色の濃い、辛そうな匂いがする。

 そうか、そうやって色んなものがリアレイトから輸入されてる。

 ただ魔法が出来る、二つの世界を行き来できる、それだけが干渉者の力だと思ってたけど、そういうんじゃないんだ。美味しいものを教えたり、便利なもの、流行ってるものを紹介したり。そうやって、異世界と関わっている人達が沢山いる。

 もしかしたら、そうやって、自分の得意分野を活かして干渉を行ってる人達の方が、ずっとずっと多いんじゃないだろうか。

 襲われたり、面倒なことに巻き込まれたりするばかりだったから分からなかったけど、こういう平和な交流が町を発展させていったんじゃないかと思うと、ほっこりした気持ちになってくる。


 ノエルさんの前に、大きめのピザが運ばれてきて、僕達男性陣はそれぞれガツガツと好きな物を食べたわけだけど。

 女子のテーブルはまた凄いことになっていて。頼んだものを分け合ったり、互いにあーんさせてみたり。年が近い彼女らは、このお喋りしながらの食事タイムが一番の幸せみたいで、楽しそうだった。

 会計を終えて、先に僕らは事務所に戻ることにした。

 女子達はそれから十分少々遅れてから、事務所に戻ってきた。

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