2. 初めての

 寮で見た私服とは全然違うテイスト、しかも髪の毛までバッサリ切られると、印象が全然違う。女の子は凄い。何があったら、こんなにイメチェン出来ちゃうんだろう。ぼうっとしていた頭が急に目を覚ましたような、変な感覚になる。

 アリアナさん、こんな大胆に肩を出すような服も着るんだ。パンツスタイルも似合ってるし。


「あれ、知り合い?」


 とジークさん。


「うん。昨日も一緒にいて。リサさんと一緒にいた……」

「あぁ、あの子」


 古着屋で着替えていて良かった。

 ジークさんのダボダボの服だったら、ちょっと恥ずかしかった。いくら服に無頓着でも、やっぱり異性に見られて大丈夫な格好かそうでないかくらいは判断できる。


「ところでアリアナさん、今、付いてくって、聞こえたけど……」


 聞き間違いかなと、僕は再確認のつもりでアリアナさんに尋ねた。

 するとアリアナさんは、またニカニカしながら、


「付いてく。当然でしょ、あんなの間近で見せられて、私が黙ってると思った?」


 聞いてはいけなかったような返事を寄越してきた。

 参ったなと、僕とジークさんは顔を見合わせる。

 見たところアリアナさんは寮から全部持ってきたんじゃないかと思うくらいの大荷物。相当な覚悟を持ってやって来たことが見た目にも分かる。それにしても、女の子一人で持ち歩くには不自然な量だ。実は結構力持ちなのだろうか。

 商店街のど真ん中、立ち止まって人の流れを妨害していること、その原因が大量の荷物であること、買い物をした僕の荷物もそれなりで、両手が塞がっていたことなんかもあって、僕はどうも周囲の目が気になっていた。

 リアレイトで縮こまって生きていたときよりは、少し心に余裕も出てきたけど、やっぱり、人が沢山いればいる程、いろんな色が溢れて見える。

 色が多ければ多い程酔いやすくなるから、なるべく意識しないようにしなきゃならないんだけど、昨日の騒ぎの話題で不安になってる人、興味津々な人、とりあえず話題に乗っかりたい人、いろんな人のいろんな気持ちが、あちこちで色になって現れているのが見えた。


「リサの荷物も持ってきたから。カレンにまとめて貰ったの。あの子の荷物、生活に必要なもの以外、殆どなくて。一体どんな育ち方したらあんな身軽な生活になるのかと思ったけど、あの子はあの子でどうも変なことになってたじゃない。気になりすぎてあんまり眠れなかった」


 一番小さなボストンバッグをひとつ、アリアナさんは僕に差し出してきた。

 両手、塞がってるんだけど。思いつつ、仕方がないからと、僕の荷物を片手分ジークさんにお願いして、アリアナさんからバッグを受け取る。


「それにしてもよ。寮では外部の情報遮断してるから気付かなかったけど、街に出たら結構な話題になってるのね。驚いちゃった。流石は“神の子”、やることもド派手だし、だてに賞金かけられてないなって」


 ――アリアナさんの零した言葉の一つに、何かが反応した。

 商店街の景色の中に突然、黒い影が立ち上った。

 敵意だ。

 しかも複数。

 僕は咄嗟に、目視でその出所を確認しようとした。けど、待って。どんどん共鳴して、黒が増えていく。

 人の流れが変わる。

 道路に沿って二方向に動いていた人の波を逆走し、こちらへと向かってくる何人か。

 ジークさんは気付いてない。アリアナさんの言葉に半笑いしている。

 アリアナさんも気付いていない。僕を見つけた高揚で“気配”には気付けないのか、それともヤツらに特筆すべき“気配”がないのか。

 人波の陰から手をかざし、僕に向けている人が見えた。

 魔法陣を発動させる気か……!

 標的は、僕だ。


「アリアナさん、手! ジークさんも!」


 僕は二人に向かって、荷物を持ったままの両手を差し出した。

 言われたところでようやく、ジークさんが誰かの魔法に気付く。

 けど、荷物を持った手じゃ、攻撃に転じるまで時間がかかる。


「手!」


 アリアナさんも気付いた。

 けど、魔法陣の方じゃない。

 別の方から誰かが叫びながら突っ込んでくる。


「“神の子”?」

「賞金首の」

「うそうそっ」

「昨日のヤツじゃね?」


 雑踏の言葉が急に鮮明になった。

 商店街には多くの人がいた。

 相手は既に攻撃態勢を取っている。しかも同一方向じゃない。左右両方から挟まれ、このまま僕らが応戦すれば、大変なことになるのは間違いなくて。

 更にこの大荷物。逃げるにしたって、そう簡単にはいかない。

 だから、ダメ元でも。


「――転移!!」


 魔法だ!

 アリアナさんとジークさんの手の感触を確認してから、僕は叫び、強く魔法の発動をイメージした。






 *






 ――ドォンと地鳴りがして、窓ガラスがガタガタと揺れた。

 両手の力を抜くと、ドサッと大きな音がして、床に荷物が滑り落ちた。

 ガタッという音と共に、誰かが椅子から転がり落ちる。


「え? あれ? おかえ……り?」


 ノエルさんだ。

 ってことは、成功、成功した。

 僕の両脇で、アリアナさんとジークさんが、目をぱちくりさせながら突っ立っていた。僕の手があった位置で、二人とも手が固定されている。


「あ、あれ? ここどこ?」


 困惑するアリアナさん。


「飛んだ……?」


 ジークさんも、狐につままれたような顔をしている。

 出来た。

 ちょっと、よく分からなかったけど、多分、転移魔法が上手く発動した。

 ホッとした瞬間、胸のあたりが急に気持ち悪くなる。


「――オゥエエッ」


 急に嘔吐えずきが襲ってきて、僕は胸を掻きむしった。

 中身は出ない、けど、口の中が酸っぱくなる。変な唾液が大量に出て、全身から汗が噴き出した。

 立っていられなくなって、僕は床に手を付き、しばらく嘔吐きを繰り返した。

 ジークさんが背中を擦ってくれて、ちょっとずつ落ち着いてくる。その間に、ノエルさんが水とタオル、床掃除のぞうきんなんかを用意してくれていた。ようやく座れるようになり、差し出された水をグビグビ流し込んで、僕やようやく深呼吸した。


「すみません、ありがとうございます」


 床を掃除し終えたノエルさんに、空のコップを返す。


「反動?」


 コップを受け取りながら、ノエルさんが聞いてきた。


「反動、というと……」

「極端に強い“力”を使ったときなんかに、身体がビックリして副作用を起こすアレ。まさか、転移魔法ごときで反動?」


 上を向く。

 ノエルさんが眉間にしわを寄せて、僕を見下ろしている。僕のことをちょっと馬鹿にしているような、変な色が混じっている。


「……多分。初めて、だったので」

「転移魔法が?」

「魔法、自体が」

「へぇッ?」


 ノエルさんは、声を裏返らせて変な声を出した。

 僕はどうにか立ち上がって、


「魔法、まともに使ったの、初めてだったので」


 もう一度、念を押すように言った。


「嘘だろ……、魔法も使えなかったとか。そりゃ、リョウが弱ぇ弱ぇ言うわけだ。うわぁ……、マジ、ええぇ……」


 ノエルさんは頭を抱え、信じられないという風に、大げさに驚いて見せた。


「まぁ、仕方ないんじゃないか。シバもずっと黙ってたわけだし」


 ジークさんは自分の椅子にどかっと座った。


「雷斗と違って、まだ干渉始めて数週間程度。凌だって最初はポンコツだったと美桜が言ってたのを耳にしたことがある。初めての魔法で、魔法陣無し、的確に目的地移動、しかも、三人と荷物も含めて全部飛ばしてきてるんだ。使い方を知らないだけ。要するに、覚えりゃ良いんだから」


 褒められてるんだろうか。

 何とも微妙な言い方するんだよな、大人って。


「――そんなことより」


 ジークさんはピッと人差し指を立てて、窓際で様子を見ていたアリアナさんにその先を向けた。


「君、やたらと外で“神の子”の話はしないように。多分、今回のアレは、それが原因。外見た?」


 アリアナさんは顔を強ばらせて、うんうんと高速で頷いている。


「商店街でドーンと一発デカいのが上がった。死傷者が出たかも知れない。やったヤツらが当然悪い。けど、それを誘発させた君の責任もまた、大きい。理由は幾つかあるけど」


 ジークさんが説教しようとしたところで、バンッと事務室の扉が開いた。

 会話を見事に遮ったのは、マーシャさん。そして、明るい色の服に着替えたリサさんだった。


「おっはようございまぁす! 半休、ありがとぉござぃましたぁっ!」


 前に見たときも変なテンションの人だなと思ったけど、拍車がかかっていた。女子同士、盛り上がったのだろうか。リサさんはすっかりマーシャさんとの距離が近くなっている。


「いやぁ、可愛い女子は良いですなぁ! 眼福眼福! しかも、人の金で女の子のお洋服買いたい放題とか、ジーク社長! 流石です! 一生付いていきます!」


 丈の長い薄桃色の上着がよく似合う。しかも……、白いホットパンツ。長い足がめちゃくちゃよく見える。

 身長も高いし、体型も良いから似合うんだな。しかも、蜂蜜色の髪がよく映えてる。

 学校の制服は堅苦しくて嫌だって言ってたし、身軽になって、リサさんはとっても嬉しそうだ。


「ところでところで、こっち来る途中、向こうの商店街で何か爆発したらしくて、凄い騒ぎになってますよ。昨日の今日で、何だろねって」


 マーシャさんの言葉を聞いて、ジークさんは「ほぅら」と、アリアナさんをまたねちねちと指さしている。


「……あれ、どなた」

「そう、それ! オレも聞いてない。なんでここに」

「えっ! あ……、アリアナ?」


 マーシャさんとノエルさん、そしてリサさんが同時に驚いた。

 事務室の隅に積まれた、荷物の山の前で、アリアナさんは言いづらそうにみんなの方を向いて、頭を掻いていた。


「な、なんて言えば良いかな。えっと、実は魔法学校、辞めて来ちゃって。自主退学。……えへへ。アリアナ、と言います。ちょっと、ご迷惑だとは思うんですけど、タイガ君のお手伝いをしたいなぁ……、なんて」


 え?

 退学?

 僕とリサさんは互いに顔を見合わせた。


「退学――?!」

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