【10】古代神教会へ
1. 夢のあと
転移魔法でジークさんの自宅に飛び、それからシャワーを浴びて、服を借りた。
凌が具現化して渡してきたタオル以外、何も身につけていなかった僕の身体はかなり汚れていたし、すっかり冷えていた。シャワーを浴びながら今日の出来事を反芻し、反省した。僕には強くなる以外の選択肢がないことを、ただただ思い知らされる。
ジークさんの自宅は会社の上の階にあった。会社の下の階はリアレイトで言うところのコンビニで、そこで色々と必要なものを揃えてくれた。ビル自体、ジークさんの所有だそうで、コンビニと、もう一軒、同じ階にある軽食屋のテナント料で結構儲けてるんだとノエルさんが教えてくれた。
ノエルさんも、ジークさんと一緒に住んでいるらしい。宿無しだったノエルさんを放っておけなくて、無理矢理住まわせていると、ジークさんは笑った。
リサさんはと言うと、会社で待機していたマーシャさんが、今夜は面倒を見てくれるらしい。学校の制服で飛び出したリサさんをどうおめかししようかと、マーシャさんは相変わらずのマイペースで一般市民っぷりを発揮してくれるので、なぜだかとても和んだ。
下のコンビニで買い込んでくれたご飯を食べる前に、僕の緊張の糸は切れた。
いつの間にか眠ってしまっていた。
そして、長い長い、夢を見た。
*
誰かが僕の額にキスをしている。
柔らかい、暖かい。
徐々に顔が遠のいて、美桜の綺麗な顔が視界いっぱいに映った。
『可愛い、大好き』
小さかった僕が、手を伸ばしている。
だけど全然手が届かなくて、やっと握った指のぬくもりを、必死に感じ取る。
『ママが、守ってあげるからね』
そう言って微笑む美桜の後ろに、一瞬、黒い影が見えた。
白い塔の中。
誰かに抱っこされながら、ガラスの向こうに広がる街を見下ろす。
眼下に広がる都市、森、砂漠。
飛び交う竜の背に乗った銀ジャケットの人が、塔にいる僕らに気付いて大きく手を振った。僕も、誰かの腕の中で必死に手を振っている。
『きもちよさそう』
小さい僕が言うと、僕を抱えたその人は、
『気持ちいいさ。大河も竜になって飛んだら、きっと気持ちいい』
と笑った。
僕は嬉しくなって、その人を見上げる。
白い髪をした、綺麗な男の人だった。角を生やして、肌の一部が鱗で覆われていた。背中には大きな白い竜の羽があって、綺麗な服を着ていたんだ。
優しい赤い目が、僕を見つめていた。
僕には、その人の心の色が見えなかった。
『らいとも行けるの?』
小さな僕は、前のめりになって、小さな男の子の顔に迫っていた。
雷斗だ。
『うん。たいがも?』
ちょっとはにかみながら、小さな雷斗は僕の話に乗った。
『まほうは? まほうはつかえる?』
『ううん。まだ。たいがはつかえるの?』
『ちょっとだけ。あのね、う~んってすると、おもちゃが出てくる』
小さな僕は、両手に力をグッと入れてから、雷斗の方にハイッと見せた。
黄色の長方形の積み木が一つ、僕の手の中にあった。
『すごい。まほうつかいだ』
『ちがうよ。かん……かん……』
『かんかん?』
『“干渉者”だよ。また“こっち”で力を使ったのか、大河』
割り込んできたのは、凌だ。僕らの隣にあぐらを掻いて、僕が出した積み木を手に取った。
『三歳でこれだもんな。鍛えれば強くなりそう。俺の子だし?』
『はいはいはい。もう何回目? 本当に、凌は大河のこと大好きなんだから』
美桜も来た。
ここは、来澄の実家だ。
遊びに来てたんだ。縁側に、おじいちゃんとおばあちゃんが座っているのが見える。伯母さんがだっこしてるのは、椿ちゃん。伯父さんは……、いないみたい。
『強くなって貰わなきゃ、困るんだよ。もし、俺に何かあったら、美桜か大河しか止められない。……けど、美桜には頼めないもんな。
『あのね。そういうのやめて』
『大河は、保険なんだよ。俺が暴走したときの』
『そういうつもりで、大河を作ったわけじゃないでしょ』
『結果的に、そうなってる。俺は、いつまでも俺のままでいられる保証がないんだから』
『芝山は、子ども作らないんだっけ』
『作らないんじゃなくて、出来ない。神様になってもデリカシーないな、君は』
『神様じゃねぇって、何度言わせるんだよ』
『神様ってことになってるじゃないか。“向こう”じゃ、全然まともに顔も見れない。神々しすぎて』
『あのさぁ、そういうのやめろよ。ダチだろ、ダチ』
『はいはい。で、そのダチに何の用』
父さんと凌の、軽快な会話。
僕は美桜に抱っこされて、隣で話を聞いている。
小さい頃に住んでいたマンション。美桜の趣味だろうか、インテリアは花模様に統一されて、棚や小窓も綺麗に飾り付けしてある。
『大河、引き取って貰えないかと思って』
『は?』
『もうそろそろ限界が来る。養子縁組をお願いしたい』
『ちょ、ちょっと待てよ! 美桜は、美桜はそれでいいのか?』
『仕方ないと思ってる。私が大河を育てる選択肢もあるけど、……最近、古代神教会の動きが活発化してて、一人で大河を守り切る自信がない。そっちは私がどうにか食い止める。だから、大河のこと、お願いできないかな。怜依奈にも、私の方から頼んである。芝山君に凌から話をした後で、二人で相談してみてって。とても迷惑で無責任な話だとは思うんだけど』
『本当に、無責任だな』
父さんは頭を抱えていた。
『大河の力は封印しておく。いずれ、その時が来たら話してやって欲しい。分かってると思うけど、大河は白い竜の血を引いている。こいつは、最終手段なんだ』
『忘れても良いんだよ、俺のことなんか』
凌の、悲しそうな声が頭の中に響いていく。
『どのみち、“この世界”にはいるはずのない人間だったんだから』
僕のほっぺたを両手で挟み、目に涙をいっぱい浮かべて、僕を見ている。
『愛して貰え。いずれ、絶望を味わうしかなくなったとき、愛されていたという記憶が、きっと心の支えになる。存分に、愛して貰え。俺達が出来なかった分も、たくさん、……愛して貰うんだ』
*
昼近くまで泥のように寝ていたらしい。
ソファの上で寝ていた僕の腹をノエルさんが蹴飛ばしてきて、それで無理矢理起こされた。ジークさんが腹はやめろと注意していたけど、ノエルさんは、だったら次は背中を蹴飛ばすと訳の分からないことを言っていた。
昨日食べ損ねたご飯を頂戴し、落ち着いたところで、ジークさんに買い物に連れ出された。ノエルさんは会社でお留守番。マーシャさんは昼過ぎまで、やっぱりリサさんの着替えを調達に行くとかで、午前はお休みだそうだ。
変な夢だった。
子どもの頃の記憶が蘇ったのかとも思ったけれど、所々、昨日の出来事が重なっていた。
どこまでが記憶で、どこからが夢だったのか。
僕は最初から、そういう目的で芝山家に預けられたのか。もし仮に、父さんとレグルノーラでばったり出会ったとしても、あまり尋ねたくはない。
必要とされているってことは、僕の存在は肯定されているという意味なのだろう。だから、決して卑屈にならなくていい。そう、自分に言い聞かせようとしても、どこかで凌の言葉と行動、そして表情のちぐはぐさが気になってしまう。
あれは、本当に凌だったんだろうか。
「ホラ、さっさと選んで。一般人は“気配”なんて感じないだろうから大丈夫だとは思うが、能力者や魔法使いが混じってたら“気配”で直ぐに気付かれる。なるべく迅速に頼む」
古着屋に連れてこられ、自分のサイズの服を探す。
今着てるのは、ジークさんのお古。身長が三十センチ以上違うから、肩幅も合わないし、半袖のシャツが七分袖状態だ。ズボンも当然デカすぎて、ジークさん曰く膝上のハーフパンツなんだけど、僕のふくらはぎは余裕で隠れていた。
靴はサイズの合うのがなくて、コンビニでサンダルを調達して貰い、どうにか外には出ることが出来ていた。けど、確かにこれじゃ、どこにも行けないわけで。仕方なく、こうして買い物に出ているんだけど。
商店街はどこも混雑していて、昨晩の魔法学校襲撃の話題で持ちきりだった。白い竜を直接見た人もいたし、テレビ? みたいなのがこの世界にもあるっぽい、どこで見たとか、バズってたとか、異世界に来たとは思えないような会話が飛び交っていた。
異世界というと、どうも中世時代風ファンタジー世界ばかり思い描いてしまうんだけど、どうもこのレグルノーラってところは違うらしい。僕がいたリアレイトとほぼ変わりないような感じ、と言ったら語弊があるけれど、そこにプラスして、近未来的なものやファンタジー要素が混じっているような、そんな世界のようだ。
高層ビルはガンガン建ち並んでいるし、空にはエアカーとかエアバイクとか呼ばれる乗り物がヒュンヒュン飛び交っている。更にその上空を市民部隊の竜騎兵がパトロールしていて、西欧風の古びたアパートメントの建ち並ぶ一角があり、銃や剣を携帯した冒険者みたいな人がうろついていたり、魔物の出没警報なんかが、読めない字で電光掲示板に映し出されたりしている。
商店街も、どちらかというと東京の下町みたいに雑多な感じで、看板の文字やデザインだけが変に異世界くさいというか、とても奇妙な感じがした。
動きやすい服を探す。あとはしっかりサイズの合った靴を。
ジークさんはあんまり服には興味がないとかで、いつもくたびれたような服を着ているから、ノエルさんがめちゃくちゃ怒ってくるのだそうだ。
本当は、ノエルさんが僕の服を選ぼうと思っていたらしいけど、そうすると戦闘服みたいになりそうだからと、ジークさんが突っぱねた。
僕自身もあまり
二十年前に救世主が世界を救う前は殆ど服装の自由がなくて、一般市民は、デザインが画一的な市民服と呼ばれるものを基調にした服を着ていたらしいと聞く。魔物の襲撃も多く、デザインより機能性重視だったというその頃のことを、古着屋さんは懐かしそうに話してくれた。
思ったより時間を食って、どうにか一通り着替えを揃えた。
もうすぐお昼だ。
ジークさんと一緒に、足早に古着屋を出たところで、僕達は思いがけない人に呼び止められた。
「タイガ、いた。やっぱ凄い“気配”がしてる」
私服姿のアリアナさん。
髪の毛をバッサリ肩上まで切って、身軽そうな格好をしている。……割に、スーツケースみたいなのを引っ張って、両肩にも荷物背負って。
僕とジークさんは目をまん丸にして立ち止まった。
「私も付いてく。人、探してるんだったよね?」
アリアナさんは、目をキラキラさせて、ニカッと笑った。
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