7. 雷斗の行方
もし僕に、“色”ではなく“気配”を感じる特性があれば、雷斗がどこにいるのか感じることが出来たのだろうか。
帰宅した僕は、自室の床に荷物を放り投げて私服に着替えていた。
自転車であちこち回ってみよう。雷斗に貰った連絡先のメモに、住所が書いてある。まずはその付近で、雷斗の特徴的な色があれば。いや、それとも神社? ……まさか。幾ら木立に囲まれていたとしても、小さなお堂しかない神社で一夜を明かすのは難しい。
付き合いの浅い僕には、雷斗の行動範囲が殆ど分からない。
けど、動かなきゃ。
僕しか、彼の本当の悩みにたどり着けないはずなんだから。
身支度の最後にスマホを手に取る。
――通知。
画面には、見覚えのない電話番号。誰だ。
朝、僕が学校に出かけた後から、何度も何度も同じ番号から電話がかかっている。
雷斗じゃない。雷斗の連絡先は、確か念のためと電話帳に入れておいたはずだ。
嫌な予感がする。
手に汗がにじむ。
じっと画面を見つめる僕の手の中で、急に着信音が鳴った。
「うわぁっ!」
慌ててスマホを床に落とした。
さっきの番号だ。
ど、どうしよう。出るべきか、それとも。
いや、こんなに何度もかけてくるんだ。きっと、何かある。
僕は恐る恐るスマホを手に取った。
「……もしもし」
『通じた! あの……、芝山、大河君ですか?』
女の子だ。
僕と同い年か、いや、もっと下。小学生?
この声、どこかで。
「つ、椿……ちゃん?」
『そう、椿。来澄椿』
当たった。電話口の女の子も、僕も、ホッと胸をなで下ろす。
『凄い。なんで分かるの』
「声、聞いたことあると思って」
『会ったこともないのに?』
「あ……! あの、いや、その」
『聞いてたとおり。“カンショーシャ”?』
「う、うん。そう」
椿ちゃんには話してたのか。
仲が、良いんだな。
『“カンショーシャ”なら分かる? お兄ちゃん、どこにいるのか』
「……分からない。ごめん。雷斗はスマホ、持ってないの?」
『持ってない。お父さんに……、壊された』
「え?」
『大河君とのやりとり、お父さんが見つけて、怒って……、壊した。一昨日の夜。だから、持ってない。今朝、お兄ちゃんの部屋で大河君の書いたメモを見つけて、慌てて電話した。平日だし、出るわけないの、分かってたのに。何か……、ちょっとしたことでもいい、知ってればと思って』
「椿ちゃん、学校は?」
『休んだ。お兄ちゃんが帰ってくるかも知れないから、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に、留守番してろって言われて』
「これ、家の番号?」
『うん』
スマホ、壊されたなんて。決して安くないものなのに、そうも簡単に。
それに、僕とのやりとりって言っても、あの眠れなかった夜に一回だけ。伯父さんを怒らせるようなことなんて……。
『大河君は、魔法、使える?』
「え?」
唐突に、椿ちゃんは言った。
『お兄ちゃん、スマホ壊されたとき、うわぁってなって、お父さんに魔法みたいな……、分かんない。変な“力”を使った。そしたらお父さんも、お、お兄ちゃんを、お兄ちゃんを』
電話口の声が震え出す。
聞いて、いられない。
「……ありがとう、椿ちゃん。もういいよ。僕も、多分、魔法、使える。でも、まだ上手く使えない。そうか。雷斗は“こっち”でも使えちゃうんだ。凄いな」
『大河君。お兄ちゃんを……、助けて』
雷斗の記憶で見た、伯母さんと椿ちゃんは泣いていた。
今も、泣いてる。
「探してみるよ。電話してくれて、ありがとう。また何かあったら電話して。僕も、何かあったら連絡する」
椿ちゃんは、電話口で泣きながら、何度も何度も頷いていた。
通話を終えて、僕は呆然と立ち尽くした。
雷斗は、ついに伯父さんに対して“力”を使ってしまった。必死に耐えて、どうにかして抑え込んでいた感情が、伯父さんのスマホ破壊という行為によって爆発してしまったんだ。
「そ、そうだ。履歴」
僕は慌ててアプリのトーク履歴を確認した。
《来澄凌ってどんな人》
――これだ。
僕の、この書き込み。
伯父さんは恐らく、これを見た。
自分の親が……といっても養親だけど、子どもであってもプライバシーがあるという考えの人間だから、僕は直ぐに気付けなかった。
世の中には、子どもの行動範囲全部に目を光らせる親が存在するらしい。スマホの中を覗くのも、机の中を漁るのも、当然だと思っていると聞く。
伯父さんは雷斗を管理したがっていた。理由は分からないけど、それが来澄凌と関係ありそうだってことは何となく分かる。多分、伯父さんは薄々、来澄凌が干渉者であったことを知っていた。干渉者が何者なのかは知らなかったかも知れないけど、凄く、嫌っていた。凌と同じような力を持ち、自分よりも嫌いな弟の方に心酔する雷斗に対して、伯父さんは管理体制を強化していった。
進路のことも、部活のことも、スマホのことも、全部見張られて、制限されて、雷斗の我慢はついに限界を超えた。
だから、学校から戻らなかった。
……そのまま、消えたんだ。
「神社だ」
学校の後、多分神社には寄ったんじゃないか。
あそこは雷斗の大切な場所。自分と来澄凌を繋ぐかも知れない場所だったはずだ。
いるとは限らないけど、行ってみる価値はあるかも知れない。
僕はスウェットのポケットにスマホを突っ込んで、部屋から飛び出した。
*
自転車をぶっ飛ばして神社に急いだ。
雷斗のことがあるからか、普段よりパトカーが沢山走っていた。
河川敷にも警察車両がいて、丈の伸びた葦の間を捜索しているのが見えた。
神社のある住宅街でも、聞き込みに回る警察官を見かけた。
神社の前に自転車を止め、僕はそろりと鳥居を潜った。相変わらず神社の境内は異空間だ。ざわめきも感じないし、ひと気がない分、余計な色もない。けど、今は少しでも雷斗のあの瑠璃色が残っていればと、そう思ったのだけど。
「いるわけ、ないよな」
参道を辿って、いつものお堂に向かう。狛犬は雷斗を見ていたのだと思う。けど、人間じゃないから、目を見たところで記憶を辿ることも出来ない。
お堂にも、ひと気はなかった。
僕はぐるりとお堂の周囲を回って、それからお堂の下を覗き込んで、何もないことを確認してため息をついた。
「探しもの?」
誰かが急に、背後から声を掛けてきた。
ハッとして振り向く。
「じ、陣君」
今日も今日とて涼しそうな顔をして、陣君が立っていた。
「少し早くない? いつもは学校の時間だと思うけど」
「うん……」
ため息交じりの返事をすると、陣君はニヤリと見透かしたような笑い方をした。
「雷斗を探しに来たのか」
「え、どうして」
何も言ってないのに。
まさか陣君にも、僕の思考を読む力があるんだろうか。
驚いていると、
「違う違う。そんな“力”なんてないから。朝からこの辺、警察官がうろうろしてるみたいで。飛んでくるタイミング失敗してたら、見つかって職質されるところだった。ホラ、僕、住民登録なんかしてないし、この格好で日中フラフラしてたらお巡りさんに補導されちゃう可能性もあるだろ。警察官達がお堂の下から雷斗の荷物引きずり出すの、木立の影から見てたんだ。行方不明って聞こえたけど、本当……?」
陣君の記憶映像が、僕にも流れ込んできた。
見つかったのは、雷斗の通学カバンとスクールバッグ。中に制服が入っていたようだから、今は学校指定ジャージ姿か、別に用意していた私服かも知れない。
「昨晩から行方不明。さっき、妹の椿ちゃんから電話があった。雷斗、お父さんと喧嘩したんだって。この前、帰りたくないって言ってたとき、もうちょっと真剣に話を聞いてあげれば良かった。僕の……、せいだ」
「君の?」
「僕とのやりとり、スマホでしてたのを伯父さんに見つかったんだって。椿ちゃんの話だと、伯父さんにスマホをぶっ壊された後、雷斗は怒って魔法で反撃したみたいなんだ。僕がもうちょっと慎重にやりとりしてれば」
「なるほどね……」
陣君はまた、生えてもいない無精ひげを擦りながら、天を仰いだ。
「どうも、ゲートの様子がおかしいんで飛んできてみたら、コレだもんな」
「おかしい? どういう風に?」
「ゲートってのは、二つの世界の距離が近くなっている場所。僕ら干渉者が意識を飛ばすとき、最小限の力で済む、とても便利な存在だってことをまず、念頭に置いといて。普段は意識を飛ばして、もう一つの世界でその意識を具現化させる方法で干渉しているわけだけど、この穴をこじ開けて本体ごと転移させるようなヤツが、偶にいる。具体的に言うと、まぁ、先の戦いで色々やらかしてくれたドレグ・ルゴラがその代表格。アイツは何でもありだったから、本当に酷かった。無理矢理ゲートを広げて魔物をリアレイトに送り込んできたり、地面や空に大穴を開けて二つの世界を繋ごうとしたり、めちゃくちゃだった。通常、そんなことをするようなヤツはまぁ、いないんだけど、無謀が人間の格好して歩いているような来澄凌とかいう干渉者が、過去にやらかしたことはある」
「やらかした?」
僕が尋ねると、陣君は、聞きたいかとばかりに眉をひそめた。
「転移魔法で、本体ごとレグルノーラに飛んだんだ。で、戻れなくなった」
「え……!」
絶句した。
そう言えば、リアレイトで暮らしていたときは意識体だったって。
「戻すには、同じようにレグルノーラから転移魔法で連れてくるか、ゲートをこじ開けて連れてくるか、二つに一つ。どうも、ウチの会社のサーバールームにあるあのゲートを、リアレイト側からこじ開けようとした跡があったんだよな……。それが雷斗の仕業なのかどうか分からなかったけど、今の話じゃ、あり得なくはないような気がしてきた」
「じゃ、じゃあ、雷斗はレグルノーラに」
「――分からない。けど、あそこから侵入すれば、必ず僕の会社の事務室に出る。出入りしたような形跡はなかったから、やろうとして失敗したのかも知れない」
失敗……。
雷斗がここに荷物を隠した理由と経緯はハッキリした。
けど、このゲートから飛んだわけじゃないとすると。
「転移魔法で……、飛んだ?」
「可能性がなくはない。流石凌の甥っ子だけあって、潜在能力は相当だったから。普段、リアレイトでは魔法が使えなくても、怒りで力が増幅されれば、飛べた可能性も否定できない」
「て、転移魔法で飛んだら、どこに出るの」
握り拳を二つ作って、僕は前のめりで陣君に迫った。
陣君はとても答えづらそうに、唇をぎゅっと噛みしめた。
「魔法陣に書き込んだ場所か、或いは強くイメージした場所。雷斗が最も行きたい場所、会いたい人がいる場所に辿り着いている可能性が高い……。もっとも、具体的に彼が知っていれば、だけどね……」
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