5. 不安定
真面目に剣術を習うなら魔法学校に頼んだ方が良い、なんて言いながらも、陣君は僕に丁寧に指導してくれた。構え方、腕の振り方、体重移動。剣道でもしていれば違ったんだろうけど、あいにくそういうのとは縁遠かった僕には、全部が全部新鮮だった。
陣君の言うとおり、動いていると余計なことを考えずに済んだ。
特に運動をしていたわけじゃない、体育の授業さえ不得意な僕にも分かるよう、陣君は順立てて教えてくれる。
初めは闇雲に振っていた剣も、次第に腕が慣れてくる。思っていたとおりに振れるようになると、僕は少し嬉しくなって、自然と頬が緩んだ。
徐々に日が傾いてきた。学校帰りの子ども達や散歩中のお年寄りが神社のそばを通る度、僕は何度か心臓が止まりそうになった。境内の方を気にしたり、入ってきたりする人はいないけど、こんなのを振り回してるって知れたら、大騒ぎになる。陣君はビクビクする僕を見てケラケラ笑った。
「一応、結界は張ってあるから気にしなくて良いのに」
やたらと突っ込んだ話をしてきたのも、僕が来る前にはもう既に神社は結界の中にあったのだと知らされ、何だかしてやられたような気がした。
普段使わない筋肉を思いっきり動かし、体中が汗だらけになって、肩で息をするようになった頃、やっと雷斗が神社に到着した。
薄暗くなった空の下、雷斗は僕と、いるはずのないもう一人を見て目を丸くした。
「誰、こいつ」
雷斗と陣君は、初対面のようだった。
話の流れで陣君の正体を知ると、雷斗はビックリして尻餅をついていた。無理もない。
それくらい、陣君は自然に中学生を演じられるのだ。
「実年齢から極端に離れた容姿に
「そりゃそうだけど。ジークが同い年って、気持ち悪い」
「ジークじゃなくて、陣郁馬」
「うわ。呼びづら。
雷斗は陣君が広げたレジャーシートの上に、よいしょと荷物を下ろし、
「で、何してたの」
と聞いてきた。
剣を教えて貰ってて、と言おうとして、踏みとどまった。
いつの間にか剣は二本とも消えていた。
「悩み多き少年と、先の見えない未来について語ってた。なぁんてね。嘘。身体がなまってたし、軽く運動してた。大河にも付き合って貰って」
陣君は、適当なことを言った。
剣の稽古を付けてくれてたなんて、陣君の柄じゃないから誤魔化したんだろうか。それとも、こんなところで剣を振り回してたってことで、雷斗に突っ込まれるのが面倒だったんだろうか。
僕は陣君に、そうそうとうなずき返した。
「で、郁馬はわざわざ何の用事で“こっち”に来たわけ?」
雷斗はどうやら、下の名前で呼ぶことに決めたらしい。
「そうだなぁ。大河に用事があったの半分。リアレイトでの雷斗の様子を確認したかったの半分」
陣君がじっとり目で言うと、雷斗はビクッと大げさに反応した。
「雷斗はいつも、
雷斗は参ったなと小さく呟いて、お堂の階段にドスンと腰掛けた。
誰とも目を合わせないように視線を下に落とす雷斗は、何だか小さく見える。
「郁馬の言うとおり。不安定だよ」
雷斗の瑠璃色は、くすんでいた。
「面倒くさいな、生きてくのって。いっそ、リアレイトでも魔法を使って良いなら、一発親父にぶっ放したいところだけど、そんなことをしたら椿が悲しむから、自重してる」
「やっぱり。そんなことだろうと思った」
アハハと陣君は半笑いして、雷斗の隣に座った。
「今、丁度、進路希望調査の時期でさ。将来なりたい職業の欄、書けなくて。本当は、干渉者としてのスキルをもっと高めて、二つの世界を行き来しながら、ジークの手伝いというか……、ゲートの研究とか、文化の研究とか、やりたいなって思ってたんだけど、そんなこと書けないだろ。ジークには、『いずれ力が弱まって干渉できなくなったら』って釘を刺されたこともあるから、あくまで希望なんだけど。縁があって、レグルノーラに干渉できているんだから、オレはとことんのめり込みたいんだ」
雷斗は狭い階段に体育座りして、頭をすっかり腕で抱えて、僕らの視線を遮っている。
僕と陣君は、雷斗の言葉を一つも漏らさぬよう、じっと耳を傾ける。
「無難に『会社員』って書いたら書いたで、親父の機嫌は悪くなって。ウチ、発言権は親父にしかない異常な家庭だから、親父が納得しないと、学校に提出する書類も出せないんだよね。進学校? 一流大学? で……、なんだっけ。金融だったか、医療系だったか。忘れた。親父の敷いたレールの上を、オレが走ろうとしないのが気に食わないらしい。塾とか、家庭教師とか、全部断っても、次から次へとうるさくて。ちょっと前に喧嘩したんだ。んで、昨日も。テストの点数、満点じゃなかったからって説教食らって。『勉強より、魔法の練習したい』って言ったら、ぶん殴られた」
最後に雷斗はハハッと小さく笑った。
陣君が、雷斗の背中をそっと擦る。
ずっと隠してきた想いが溢れ出したのか、雷斗は小刻みに震えて、泣いているようだ。
「一般人の前で魔法なんて言っても、リアレイトじゃ、狂ってるとしか思われないよ。何度か忠告したはずだけど」
「凌叔父さんのことも、親父は『狂ってる』って言った。『小さい頃から狂ってた』『気持ち悪かった』『案の定、狂ったまま消えた』って。親父にとって、干渉者は敵なんだ。存在を否定していい相手なんだ。オレは……、親父が嫌いだ」
垣間見た、雷斗の記憶。
蔑むような伯父さんの目を思いだし、僕は肩をすくませた。
「帰りたくない」
ぽつりと、雷斗が零した。
「家には帰りたくない。――大河んちに、泊めて貰うとか、アリ?」
ガバッと顔を上げた雷斗は、真っ赤な目で必死に訴えてきた。
僕はお堂の前で数歩後退って、ブンブンと顔を横に振った。
「こ、困る! 雷斗のことは親にも言ってないし、急に泊めてって言われても、外泊は親の許可が。た、確か、親に無断で外泊させても誘拐みたいな扱いに。雷斗のお父さん、とても厳しいみたいだし、そんなことしたら、学校も巻き込んで大変なことになるんじゃ」
「ハァ? 誘拐? 何言ってんの。オレの意思で泊まりたいのに、誘拐って」
「法律で、決まってる。僕の父さん、公務員だし、何か問題が起きたら信用に関わるって教えてくれて。だから無理なんだ。ごめん!」
本当は、泊めてあげた方が良いと思う。
でも、僕らは未成年。しかも、中学生。
義務教育中の僕らには、どうにも出来ないことがある。
雷斗はぎりりと奥歯をかんでいた。どうにかして僕にうんと言わせたかったのは、苦しい程よく分かる。……けど。
「警察沙汰になっても、全然構わないけどな」
「雷斗、落ち着け」
陣君が、雷斗の腕を掴んで制止している。
「警察でも何でも、来れば良い。教育虐待って言うんだよ。オレ、知ってる。勝手に自分の考え押しつけて、それ以外の道を選ばせなくするんだって。“この世界”にいる間は、オレには自由がないんだ。……大河が、心底羨ましい。育ての親は、事情知ってんだろ? 優しいんだろ? 大河を見てれば分かる。大切に育てられたんだって。オレは……、大河になりたかった」
「僕……に?」
雷斗の瑠璃色が揺らぐ。
悲しみの灰色に、どんどん侵食されていく。
「そうだよ、大河。オレは、お前になりたかった。“神の子”じゃないかと疑われて、お前の存在を知った。偽物だと突き放されたとき、オレは自分の存在を否定されたと思った。もし仮に、オレが“神の子”なら、迷わずレグルノーラで生きることを選べる。今みたいに、中途半端に親と対立したり、肩身狭くして生活したりしなくて済む。救世主の跡を継ぐ者として、いくらでも尽力してやる。だからオレは、お前に、なりたかった」
涙でぐしょぐしょの雷斗に、僕はかける言葉が見つからない。
追い詰められてる。
雷斗は、僕が思っていた以上に、追い詰められてる。
「……なんてな。嘘だよ」
心配している僕を嗤うように、雷斗はポツリと言った。
「嘘だよ。なりたいわけないじゃん。面倒くさい」
雷斗はよいしょと荷物を背負って、腕で涙を拭った。
「半分竜で、命狙われてて、苦しそうに生きてる大河を見て、オレばっか辛かったのかなって思ってたの、バカみたいだった。オレはオレで良いよ。……帰る」
階段を降り、参道を戻り始める雷斗の様子は、明らかに普通じゃない。
僕は雷斗の前で両手を広げて通せんぼした。
「き、来澄凌の話は」
夜中の約束、雷斗が自分で言ったんだ。
なのに、
「どうでも良い」
雷斗は、僕の目を見ようとはしなかった。
左手で僕をはねのけて、雷斗はズンズンと歩いて行く。
「郁馬も帰れよ。用は済んだろ」
陣君も、雷斗にそれ以上、声を掛けることが出来なかったらしく。
嫌な予感がしていた。
瑠璃色が薄れて、攻撃色の赤が混じり始めていたのを、僕は見ていながら、どうすることも出来なかった。
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