4. 全てを疑え

 寒空の下にいるからか、それとも陣君の言葉が衝撃的すぎたのか。

 僕は今まで感じたことのないくらいの寒気に襲われた。

 真っ直ぐに、僕の目を見る陣君。

 けれど僕にはまだ、彼の目を見る余裕がない。


「リアレイトには魔法の概念がないから、殆ど気付かれないだけだ。君、自分が思うよりもずっと強い竜の気配を晒している。竜石で押さえ込んでコレってことは、その前はもっと強かった。いや、違う。多分最近急に強くなった。そして、増幅している最中。……リアレイトでも何度か襲われただろ」


 陣君は厳しい顔をして遠慮無しにズバズバ言ってくる。

 僕は渇いた喉に無理矢理唾を流し込み、こくりと頷いた。


「だろうな。けど……、どうにか回避してきたのは、単に“力”が増幅する前だったからって訳じゃなさそうだ。恐らくシバが本人に知られないよう、結界を張るなり敵を追い払うなりしていたってことか。……臭うな」

「臭う?」

「ああ。シバのヤツ、何か隠してる」


 腕を組みながら、陣君は首を傾げた。

 殆ど何も話していないのに、陣君は少ないヒントから話をどんどん掘り下げていく。


「隠してるも何も、今まで全部、秘密だったから」

「秘密? 僕らの記憶を覗いたように、特性で見えたり感じたりしなかったのか?」


 僕は首を横に振った。


「特性は弾かれてる」

「弾く? 心の中を覗けなくしてる? ますます臭う。他に、特性を弾いてるのは?」

「ディアナ校長……だけ、かな」


 なるほど、と陣君は深く頷いて、それからしばらく黙りこくった。

 葉のこすれる音が、今日はとても寒々しい。

 境内の砂利はまだ濡れていて、偶に差し込む日の光をチラチラ反射していた。雨に濡れた濃い緑が、曇天と重なって更に僕の気持ちを沈めていく。

 陣君は、虚空を見つめたまま、桔梗色に灰色や黄色を時折混ぜ込んでいた。必死に考えを張り巡らせ、情報を整理しているようだ。


「興奮して感情のコントロールが効かなくなると、竜化しやすいらしい」


 ぽつりと陣君は言った。


「君に多くの刺激や情報を与えることを、シバは良く思わなかった。もしかしたら、シバは知っていたんじゃないのか。君が竜化することも、“力”のことも全部。だから特性を弾いた。全部秘密にしていた。けど……、沈黙を破るしかなくなった。君の“力”が思いのほか強くなってきたからなのか、それとも何か、もっと重要な出来事があったか。何かを見つけた、誰かと出会った、何かを耳にした、とか」


 どうなの、と陣君は僕の方を向いて首を傾げた。

 他人とは違うもう一つの色が見えていたのは、ずっと前から。物心ついたときにはもう、色が幾重にも重なって見えていた。心の中も、小さい頃から覗けていた。

 他人には話していなかっただけで、多分ずっとずっと前から、僕は人とは違う感覚を持っている、それだけだと思っていた。

 急に状況が変わったのは、



――『大河君。君は、命を狙われているのよ』



「リサさん」


 急に口から出た言葉に驚いたのは、僕自身。


「リサ?」

「リサさんと……、出会ってからだ。土手で魔物が襲ってきて。神教騎士にも狙われた。だけどそれは、僕の居場所がバレたからって」

「魔法学校の子、だっけ?」


 こくりと、僕は静かに頷く。

 眉間にしわを寄せ、陣君は無精ひげのない顎をさすりながら空を仰ぎ見ている。

 灰色がグッと濃くなって、綺麗な桔梗色が消えかかっていた。


「リサって子の素性、探った方が良いかもしれない」

「でも、リサさんには記憶が」


 僕は少しだけ前のめりになって、陣君の顔をチラリと覗いた。

 陣君はもの凄く大人びた顔をして、僕に力強く言うのだった。


「君の“力”、その子と何か関係してる可能性がある」

「え?」


 全然、合点がいかない。

 一体陣君は、何を。


「偶然と見せかけて、必然的なことが、世の中にはあるってこと。君の場合、色々と事情が複雑すぎて、誰がどこでどう手を引いているのか、今の段階では全然分からない。もしかしたら、全員敵かも知れないと疑ってかかった方が良い。何も知らない子どもは利用されやすいからね。悪い大人は味方の振りをして近づき、とんでもないことに巻き込もうとしてくるもんだよ。僕だってもしかしたら、その一人かも知れない。こんな風に、君と同じような年頃の少年に化けて、君に取り入っている可能性もある。心の中を覗けるなら、最大限にその力を発揮した方が良いだろうね」

「そんな……、疑うだなんて」

「特性を弾いている人間は、特に怪しいと思った方が良い。都合の悪い真実を隠そうとしているってことだろうから」


 陣君は真剣だ。

 なのに、どうしても彼の話が頭に入ってこない。

 自分のことだと分かっているのに、何だか全然知らないところで話が進んでいるような気がして、僕は変な感覚に陥っていた。

 思えば、いつも。

 僕はこのところずっと、そういうふわふわした気持ちになっている。

 どこかで、僕はこの話とは無関係だと感じていて、みんなが真剣に考えたり、話をしてくれることすら、他人事みたいに思えてしまう。


「逃げたいだろ」


 気が付くと、陣君の顔が真ん前にあった。

 身体を捻って、僕の顔を真っ正面から見つめている。


「リアレイトにいても自分の境遇や“力”を受け入れるので精一杯なんだろ。レグルノーラでは変に特別扱いされたり、敵視されたり襲われたり。全然、心安まる場所がない。雷斗もよく、君と同じような顔をしてたよ」

「雷斗も?」

「居場所がないってさ。どこにも、本当に自分が生きていく場所がないって」


 よいしょと声を上げながら、陣君は立ち上がった。

 お堂の階段から軽い足取りで参道に降り、組んだ両手を思いっきり伸ばして、軽くストレッチを始める。


「大河、来いよ」


 それまでの話を全部吹き飛ばすように、陣君は明るく声を掛けてきた。


「人目にも付かないし、雷斗が来るまで暇だろ? ちょっとだけ、相手してやるよ」


 陣君は、いつの間に用意したのか、両手に剣を一つずつ持っていた。

 お堂から見下ろす僕に、早く受け取れと突き出してくる。


「身体動かしてた方が、余計なことも考えずに済む。大丈夫、訓練用だから。手加減もしてやる」


 屈託ない笑顔を見せられると、何とも言えない気分になる。

 この人は、大人なんだろうか。

 それとも、僕らと同じ子どもなんだろうか。

 階段を降り、僕は陣君から剣を受け取った。鞘に入ったそれは、思いのほかずっしりしていた。

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