7. 三つの人格
ただでさえ恐そうな顔を更にしかめて、ノエルさんは話し出した。
「リアレイトに限らない。自分とは違う“力”や“特性”を持っている、それだけで簡単に化け物扱いするヤツの方が多いと思うぜ。誰が決めたのか知らないが、どんな事柄にも、ある程度決まった数値があるらしい。それをはみ出せば、化け物だよ。今のタイガみたいに見た目でそう判断される場合もあるけど、オレの場合は、年齢の割に魔力が強すぎてさ。大人よりずっと威力の強い魔法をひょいひょい使ってたから、めちゃくちゃ気味悪がられて。両親はオレを塔に押しつけたんだ。以来、会ってない。そういうもんだよ。自分の常識でしか相手を見ることが出来なければ、親子の縁だって簡単に切れる。確かミオも、リアレイトではそんな感じだったって聞いたけど」
「ああ……」
ジークさんはお茶を少し含んでから、ため息をついた。
「美桜は、唯一の肉親である伯父さんが大敵だったって聞いてる。彼女も幼い頃から干渉者だったし、リアレイトでも少し力を使えたらしいから。凌は自分のこと、殆ど話さなかったからよく分からないけど、やっぱり、似たような理由だったのかも知れないな」
事情が分かれば、少しは理解して貰える。
だから、干渉者でもある父さんと母さんは、僕をすんなり引き取ってくれた。
雷斗のお父さんも、来澄美桜の伯父さんって人も、ノエルさんのご両親も、知らないことに対する恐怖に耐えられなかった。だから、冷たくあしらったり、存在を否定したりする。
それはとっても悲しいこと。
だけど、それ以上に、どうすることもできないこと。
「本当に、それだけ?」
雷斗はずいっと前のめりになって、ジークさんとノエルさんの顔を交互に覗き込んだ。
「オレ、凌叔父さんには遊んで貰った思い出しかないから分からないけど、親父の言い方が極端すぎて、なんか引っかかるんだ。それが、大河のその姿と何か関係があるのかなって」
二人の色が、急に濁り出す。不安や心配事を示すように、暗い灰色が浸透していく。
「凌叔父さん、今は普通の人間じゃないんだよね……? レグル様? マーシャが変な言い方をしてた。叔父さんが救世主としてレグルノーラを救ったのは、何度も聞いた。けど、今は会うこともままならない。リアレイトにも戻れなくなってる。大河は自分のこと、『破壊竜じゃない』って叫んでたし。古代神教会が追っかけてくるのも、変な話だなって」
雷斗の瑠璃色にも、どんどん灰色と紫色が侵食している。
ずっと心の中で引っかかっていただろうことを捻り出す、それだけで、とても苦しいだろうに。
「凌叔父さん、本当は救世主じゃなくて、その逆……?」
恐る恐る、雷斗が言った。
――プッと、ノエルさんが吹き出す。
「いやいやいや、救世主で間違いない。大丈夫大丈夫。あいつ、どんなに追い込まれても正義を貫こうとする変態だから」
その言葉を聞いて、僕と雷斗は顔を見合わせ、ホッと息をついた。
「けど、その言い方も間違いじゃない。大河はもしかしたら聞いたかも知れないけど、凌は自分が追い詰めた破壊竜を殺さなかった。いや、違うな。強すぎて殺せなかった。だから同化して、破壊竜の暴走を内側から押さえ続ける方法をとった。で、ここからが、もの凄くややこしい」
ジークさんは人差し指を立て、良いかよく聞けと僕らに目配せした。
「人格が、不安定になった。凌と、破壊竜、そして二つが融合して出来たもう一つの人格。この三つが、入れ替わり立ち替わり、現れるようになった。一つ目の人格、凌は、リアレイトに干渉することで、向こうでの生活を取り戻した。雷斗が見ていたのは、その姿。君達がレグルノーラに干渉するのとは逆、彼は自分の本体をレグルノーラに置いて、意識をリアレイトで具現化させていた。美桜と結婚して、大河が産まれた後も、しばらくはその生活を続けるだけの精神力を保っていたから、彼は、そういう意味では本当に、化け物だったと思う」
「ま、マジかよ」
雷斗は目をまん丸くして驚いていた。
僕も、正直驚いた。
この世界で古代神レグルの化身と呼ばれていた方が……、本体。思ってもみなかった。
「そして、二つ目」
ジークさんの中指が立てられ、二を示す。
「破壊竜。凌はドレグ・ルゴラなんていう、恐怖の対象としての名前では呼びたがらなかった。“ゼン”て名前を付けて、新しい相棒みたいに思っていたようだ。この破壊竜、なかなかの曲者で、とにかく、人間嫌いなんだ。あんまり人格として前に出てくることはなかったけど、色々と大変だったんだ」
もう一つ、薬指が立って、指は三を示した。
「そして三つ目。二つが融合して出来たもう一つの人格。僕らはレグルと呼んだ。破壊竜と融合した彼の姿が、いにしえの神レグルにそっくりだったから、ディアナ様が呼び始めた。彼は、自分では一切名乗りはしなかった。呼ばれるままに呼ばれていた。このレグルという人格が、どんどん彼の主軸になっていった。彼は人間じゃない。竜でもない。ただ、恐ろしい程神々しくて、そこに居るだけでひれ伏してしまうような威厳があった。彼は凌の記憶も、破壊竜の記憶も有していた。けれど、凌でも破壊竜でもなかった」
ジークさんはゆっくりと手を下ろし、僕らに目配せした。
「最初の頃は、凌の人格が強く出ていたんだ。それが、徐々に薄れていった。いつだったか、凌は自分で言ったんだ。『いずれ、自分でもゼンでもない存在になる』って。僕が知っている最後の彼は、多分レグルだったんだと思う。残念ながら、僕は塔を見限って十何年、塔には出入りしていない。だから、三つの人格が、どう変化していったのか、顛末を知らない。美桜が消えた話も、凌が幽閉された話も、人伝で聞いたくらいだ。……と、ここで雷斗の知りたいこと、つまり、凌が何者だったかという話に戻すと、彼は恐らく半分救世主で、半分破壊竜だったってことになる。雷斗の父親が何を見て、何を知って“化け物”なんて言ったのかは知らないけど、考えられるとしたら、目の前で魔法を使ったり、姿を変えたりしたんではなかろうかと。想像だけどね。どう? 納得した?」
ひとしきり話し終えると、ジークさんは目尻にしわを作って雷斗に笑いかけた。
雷斗はまだ納得していないような、理解していないような顔をしている。
「……あんまり、納得してない。要するに、凌叔父さんは、自分の身体に破壊竜を封印したってことだよね。封印は、解けないの?」
「どうだろう。何とも」
「封印が解けるどころか、大河にその力が引き継がれてるんだもんな。そりゃあ、追われるよな……」
雷斗の、乾いた笑い。
話を聞く前と、今。何となく、僕に向けてくる視線が、違ってしまった気がする。
「大河は、しんどくないのかよ」
雷斗の目に、涙が浮かんでいた。
「オレ、勘違いされただけでもしんどかったのに。お前、よく、立ってられるよな」
矢継ぎ早にいろんなことが起きて、いろんな人にいろんなことを言われて、僕の心は麻痺していたのかも知れない。
雷斗は、苦しくってもまともに泣くのを許されなくなってしまった僕の代わりに泣いてくれているようにも思えた。
そして、調査会社の三人の大人達は、そんな僕達に余計な言葉はかけず、ただ静かに見守ってくれた。
外は徐々に暗くなっていった。
震えるように泣いていた雷斗が落ち着いてきた頃には、僕の竜化もすっかり解けて、いつもの、冴えない芝山大河に戻っていた。
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