6. 異質なもの
テーブルの上には、更に食べ物が追加された。ジークさんお手製のクッキーの他に、マーシャさんお気に入りの焼き菓子やチップス。お茶のおかわりも。
「僕が最初に、美桜と出会ったのは君達くらいの時かな」
ジークさんは遠慮なく食べなさいと、僕と雷斗に無言で圧力をかけながら、淡々と話し始めた。
「今、魔法学校の校長をしてるディアナ様が、塔の魔女だった頃だよ。美桜は不幸にして、四歳で孤児になってしまってね。僕と、ディアナ様の姪が交代で彼女の面倒を見ていたんだ。才能に長けた、頭の良い子だった。生活の主軸はあくまでリアレイトだったけど、幼い頃から“干渉能力”を発揮していたから、僕達は“こっち”で彼女を支えてたんだ。そういえば時折、美桜は相手の思考を読むようなことがあった。もしかしたら彼女にも、君のように何かが見えていたのかも知れないね」
懐かしそうに、ジークさんは遠くを見ていた。
美桜、つまり僕の本当の母さんの情報は、これまで殆どなかったから、何だか新鮮だ。
「こう見えて、昔は真面目に魔法の修行をしてたんだ。ディアナ様は僕の師匠。塔の魔女は普通、弟子を取ったりなんかしないんだけど、ディアナ様に憧れて直談判した。根負けして、随分と世話を焼いてくれたよ。そんなこともあって、ディアナ様には頭が上がらない。けど、だからといって塔や、その周辺組織の揉め事には関わりたくないから、独立後はずっと自由気ままにやってるんだ」
お菓子作りが趣味だというジークさん。僕の母さんも料理が上手いけど、そういう家庭的な感じじゃない。見た目より、ずっと真面目で誠実な人なんだろう。ひとつひとつ、丁寧に焼いてある。
ノエルさんも、見た目は恐くてがざつそうだけど、食べ方や姿勢が綺麗。本当は、とても良い家柄の出身かも知れない。
「凌と知り合ったのは、美桜の紹介さ。独立して少し経った頃、高校生になった美桜に相談された。『同じクラスに、干渉者がいる』って。類い希なる才能に恵まれた凌を、美桜はレグルノーラに導いた。取っつきにくいところもあったけど、熱い男だったよ。で、その頃の凌に、雷斗の雰囲気と気配がそっくりで。うっかり間違った」
アハハとジークさんは笑って誤魔化していたけど、雷斗は口をへの字にして微妙そうな表情をしていた。
「雷斗は不満だろうけど、そのくらい似るんだよ」
「全然フォローになってないし」
ブツブツと文句を言いながら、雷斗はお菓子に手を伸ばしている。
僕も、ちょっとずつお菓子をいただく。とっても美味しいんだけど、長く伸びた爪がお菓子を摘まみにくいし、犬歯も伸びていて口にも違和感があるのが酷く残念だ。
ジークさんが窓という窓のブラインドを下げてくれたり、マーシャさんが僕に気を遣って背もたれのないスツールを持ってきてくれたり、応接スペースだと狭いだろうからと、ジークさんとノエルさんがテーブルを事務室の中央に寄せてくれたりした、その合間に、僕はうっかり、自分の姿を鏡で見た。
事務室の端っこに、身だしなみチェック用の鏡が引っかけてあった。
頭の左半分、髪の毛が真っ白で、目の色も左右で違っていた。白い角、白い羽、首筋から顔にかけて鱗が浮かんでいて、僕なのに僕じゃない、知らない生き物みたいに見えた。
心を乱しかけた僕の背中を、ノエルさんはまた優しく擦ってくれて、僕はどうにか、それ以上竜化をせずに済んでいる。
「で、ノエルは、救世主として活動し始めた凌のサポート役だった。ディアナ様の命令で、渋々だったみたいだけど」
ジークさんの目線がノエルさんに移る。
ノエルさんは不機嫌そうにチップスを摘まんだ。
「融通の利かない、最低最悪のクソ野郎だった」
僕はギョッとした。
初めて、来澄凌を貶す人に出会った。
「ひ、酷い人、だったんですか」
僕は半分竜になったままの手をテーブルについて、ちょっとだけ前のめりになる。
と、ジークさんが今度はケタケタと声を上げて笑い出した。
「違う違う。思春期真っ盛りのノエルと、真っ直ぐすぎる凌は、君達の世界で言うところの“水と油”。そもそもディアナ様の人選が悪かったんだよ。ノエルはまだ子どもだったし、元々人間不信だったんだから」
「何だよその言い方!」
ジークさんとノエルさんは、何だかとても仲が良い。年齢差もあるし、立場的には社長と社員なんだろうけど、もっと深いところで信頼し合っているような感じがする。
桔梗色と銀鼠色が、変にぶつかり合わずに、綺麗な色を保っている。
「説明なんかされるより、記憶を見た方が早い?」
ジークさんの言葉が、胸に刺さる。
僕は必死に頭を振って、拒絶反応を示した。
「そ、そんなこと」
「余所では言うなよ」
ジークさんの垂れ目が、急に鋭くなる。
「“心を覗く特性”は稀だ。君のその姿よりも、もしかしたらそっちの“特性”の方が厄介だと僕は思う。姿は努力次第で変えられる。けど、生まれ持った“特性”は簡単に封じられない。五感と同じ領域にあるからだ。見えてしまうものを、見なかったことにするのも難しいだろうと思う。君は、相手に自分の思考を探らせないよう、そのコロコロ変わる表情をどうにかした方が良い。ってのも、君ぐらいの年の子には難しいだろうから、せめて、何か見た後でも悟られぬよう、平常心を保つこと。ここに来てから、何回か君の動きが不自然に止まった。多分、その時かな。何か見てるのは」
……凄い。
淡々として、でも、ズバリと言ってくる。
僕は無言で頷く。
「見るのは構わないよ。でも、何を見たかは、なるべく他言せず、自分の心にとどめておくんだ。いいね」
「……はい。そうします」
言い方の差だろうか。
ジークさんの言葉はすんなり入ってくる。
ちょっとだけ、胸のつっかえが取れたような気がする。
「面倒ですね」
それまで大人しく話を聞いていたマーシャさんが、テーブルの角っこからスッとお菓子に手を伸ばした。
「私は何の特徴もない一般人で、“力”とか“特性”とかよく分かりませんし、塔とか教会とか、正直どうでも良い立場だからアレですけど、……生きづらそう」
マーシャさんは、柔らかい
「人と違うってだけで、変に気を遣ったり、慎重になったり。そこまでしないと、みんなと一緒には生きられないって、凄く大変って言うか、苦しそうって言うか。ライトからは、親の無理解で凄く悩んでるって話はよく聞いてたけど、タイガ君はそれ以上だもんね。 石の力? で押さえ込んで、どうにか人間の姿を保ってても、こうやって半竜になっちゃう上、相手の心まで見えちゃうんだもん。それって、自分ではどうしようもないことなのにね。みんな、何故かそこを責めるんだもん。もっと優しくなれば良いのに」
「……リアレイトの人間は、特に異質なものに対して、拒絶反応が凄まじいから」
と、ジークさん。
「雷斗にも相談されたけど、僕にはどうしようもない。難しいと思う。自分の知らない世界のことを理解して貰うのは。マーシャに塔のしがらみについて説明したって意味がないのと一緒。興味関心のないことに対して、人は拒絶反応を示すことで自己防衛している。嘘なのか本当なのか判断するより、その方がずっと簡単だからね。多分、凌の存在を、雷斗のお父さん達が煙たがってたのは、そういうのが原因だろうとは思う」
「そうかぁ」
口をもぐもぐさせながら、雷斗は視線を泳がせた。
「だからって、凌叔父さんのこと、化け物扱いするかな」
「――する」
間髪入れずにそう言ったのは、ノエルさんだった。
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