8. 信用されていないのは
どうにか、リアレイトに戻ってきた。
全身に走る痛み、倦怠感。それに、熱っぽい。
干渉する前はベッドの縁に腰掛けてたはずなのに、仰向けで床に倒れていた。
息をするのがやっと。
頭の中は、もやがかかったみたいにぼんやりとしていた。
だけど、服を着ている感触がある。
全裸じゃないだけマシなような気がする辺り、感覚が麻痺してる。
「大丈夫か、大河」
父さんが隣に屈み、心配そうに僕を見下ろしていた。
大丈夫かどうか、よく分からなかった。
全身の力が抜けて動けなかったし、胸の辺りがズキズキと痛んでいた。
「僕は……」
そこまで言ったところで、違和感に気が付いた。
壁にヒビが入っている。照明が割れ、本棚が倒れていた。クローゼットの扉も折れていたし、机の中身も飛び出していた。
漫画もフィギュアも散乱してる。
僕の部屋は、相当めちゃくちゃだった。
「急激な力の上昇を感じて、慌てて来てみたら、これだ。力が暴走していた」
父さんに言われ、僕は仰向けのまま、ウッと両手で顔を隠した。
レグルノーラでの竜化は、こっちにも影響を及ぼすのか。
「ローラのやり方は強引過ぎる」
ため息をつき、父さんは首を横に振った。
「僕が闇に呑まれるようなら、殺すつもりだったって」
言うと、父さんはまた深く息を吐いた。
「大河を破壊竜だと仮定して動いていたわけか。そんなことにはならないと何度も話していたのに。私の言葉は、信用されていなかったんだな」
信用されていなかったのは、父さんじゃない。
白い竜だ。
破壊竜の血を引く僕のことを、ローラ様は信じるわけにはいかなかった。
モニカ先生に相談を受けたローラ様は、最初から僕を試す算段で動いていたに違いない。
特別な方法があると言っていたのは、恐らく竜石のことだったんだろう。使用許可が要る、つまり、そのくらい難しい方法なんだと思っていたけど、実際は違った。万が一に備えて市民部隊の竜騎兵を集める必要があったからだ。
モニカ先生がローラ様の思惑をどのくらい知っていたのか。僕の能力を垣間見たモニカ先生だって、ローラ様と同じように僕を危険視していたかも知れない。
僕が何者か分からないから、みんな慎重に慎重を重ねる必要があった。
……そういう、ことだ。
「それにしても」
父さんはすっくと立ち上がり、腰に手を当て、グルッと室内を見渡していた。
「派手にやったな。今日はこれで済んだと、思うしかないのかも知れないが」
言いながら、父さんは逆再生の魔法をかけた。
薄目を開けて見ていると、僕が暴れてめちゃくちゃにしたらしい部屋の中が、どんどん元の状態に戻っていくのが見えた。
相変わらず、父さんの魔法は凄い。
概ね元通りになるまで、大して時間はかからなかった。
「封印はやたらと解かない方がいいと、あの時ディアナと話していたのが、全部無駄になった。最悪だ。よりによって大河を竜に」
また、父さんは大きくため息をついた。
「見たの?」
「ああ」
額に手を当て項垂れているところを見ると、相当ショックだったらしい。
顔色が悪い。
いつも以上に、濃い紫と灰色が周囲に渦巻いている。
「塔の上空に見えた。展望台まで上がって、桟橋に出て、白い竜の姿を確認した。想像していたよりも遙かに巨大で、完全な竜だった」
「そうなんだ……」
僕はまた、仰向けのまま両手で顔を隠した。
「竜の血を引いてるからって、竜になるなんて思ってなかった。もしかして美桜も……、竜になった?」
「ああ」
「……そうか。じゃあ、仕方ないね」
竜の血なんて言っても、普通の人間より力が強いだけかと思いたかったけど。
違うのか。
僕は、軽く考え過ぎていた。
「こっちの僕、大丈夫だったの? まさかこっちでも」
「いや。力の暴走だけだな。もし巨大化していたら、この家は無くなってる」
「……よかった、のかな?」
「そう思うしかない。多少物が壊れたくらいなら、どうにでもなる」
そう言い切ってしまうあたり、流石はシバ。
なんだかんだ、カッコいいんだよな、父さんは。
「あのまま街を破壊するんじゃないかと思ってヒヤヒヤした。だいぶ苦しんでいるようにも見えたが、自我は保っていられたのか?」
「うん。……声が、聞こえたから」
「声?」
「僕のこと、いつも見守ってくれてるんだ。あれは……、凌の声、だったのかな」
「来澄の……」
ハッキリは分からないけど。
モニカ先生やローラ様の記憶で聞いた凌の声と、夢で聞く声。
同じ気がしてならなかった。
もしかしたら、僕がそうだったらいいと無意識に思って、そう聞こえているだけかも知れない。
父さんは何も言わなくなった。
倒れたままの僕の顔を覗き込んで、何か考えごとをしているようだった。
*
入浴時、身体をくまなく見たけれど、いつもの僕のままだった。
ローラ様に埋め込まれたはずの竜石も、どこにあるのか分からない。
「やっぱり、変だよな。身体が移動してるわけでもないのに」
洗面所の鏡を見ながら、僕はふぅとため息をついた。
ローラ様の記憶の中で、凌の顔が初めてハッキリ見えた。
……僕に、似ていた。
「“神の子”、か」
救世主の子どもとして、期待されてるのか。
はたまた、破壊竜の血を引くと恐れられているのか。
酷く曖昧で宙ぶらりんな存在。
出来るならば、救世主の方に傾きたいけど。
「破壊竜の血の方が濃いなら、やっぱり僕は……」
*
就寝前、リビングで寛ぐ父さんと母さんの前に立ち、僕は思い切ってこんなことを聞いてみた。
「明日から、学校に行っても、いいの?」
二人とも、夜のニュース番組から目を離してキョトンとしていた。
「どうしたの、大河。急に変なこと言い出して」
竜になったことを知ってるのか知らないのか、母さんは特に目を丸くしている。
僕はううんと頭をかいて、言葉を選びながら話を続けた。
「え、いや、その。ほら、リアレイトでも、こう……、色々あったし。襲われたりだとか、攫われそうになったりだとか。レグルノーラでのことも考えると、学校なんて、行かない方がいいのかなあ、なんて」
半笑いの僕は、とても不自然だったんだろう。
父さんは呆れたように、大きく息を吐いた。
「普段通りにすればいい。何が不安なんだ」
「え、えっと。また、同じことがあったら」
「そんなのは、気にしなくていい。何かあればまた私が飛んでいけばいいだけの話。結界も強くしたばかりだ。お前が自ら日常を捨てるのは早すぎる」
また、飛んでいけば。
そういうのが申し訳なくて言ってるんだけど。
「大人に気を遣うな」
父さんはぶっきらぼうに言って、視線をニュース番組に戻していた。
言える雰囲気じゃない。
僕が不安なのは、襲われるかも知れないからじゃなくて――……。
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