3. 塔の魔女からの返事
「それってつまり、大河君には隠された姿があるってこと……?」
リサさんは急にそんなことを言い出した。
ふざけてる訳じゃないのは分かってるけど、あまりにも荒唐無稽だ。
「あくまで、憶測ですよ。“力”を封印されている状態では、何とも言えませんけど」
モニカ先生は、僕をちらっと見ながら息を吐いた。
「けれどもし、竜の血が原因で、気配や力が強くなっているのだとしたら、対処方法はあります。この間、話しましたね。塔の魔女の許可さえ出れば、どうにかなるかも知れません」
「もし……、その方法を使えば、大河君が古代神教会から逃れることも容易になるんでしょうか」
リサさんが遠慮がちに聞くと、モニカ先生はゆっくりと目を伏せた。
「分かりません。少しでも見つかりにくくなればいいでしょうね。それよりも、私は今後肥大していくだろうタイガ様の力を安定させる一助になればと、そういう風に考えています。私のように、何となくでしか“気配”を察知できない“特性”の者は騙せるかも知れませんが、古代神教会にもし、感度の高い“特性”の持ち主がいたのなら、『逃れる』という目的を果たすことは出来ないはずです。リサが考えるよりも、タイガ様の奥深くに眠る力は大きいのですよ」
――やっぱり、そういうことらしい。
レグルから引き継いだ“力”……、“竜の血”……。
気のせいでなければ、ディアナ校長もモニカ先生も、おかしいくらい慎重になってる。それこそ、僕に眠る“力”を恐れているようにも感じる。
これって、古代神教会が僕を執拗に狙ってくるのと、何か関係があるんだろうか。……なんて、今の時点では口が裂けても聞けないけど。
モニカ先生は、そんな風に勘ぐる僕を、優しい目でじっと見つめている。僕はまた、何かが見えてしまうのではないかと、意識的に目をそらした。
僕の視界に、淡い緑色に光る鳥が入ってきたのは、そんなときだった。
窓もドアもしっかりと閉め切った準備室に、どこからともなく現れた一羽の鳥。鳩くらいの大きさの、だけどそれは生き物じゃない、光の集合体。
目を奪われて、僕はその鳥の行方を追いかけていた。準備室の天井をぐるっと一周、二周。リサさんも気が付いたらしく、僕と同じように鳥を目で追い始めた。
鳥は少しずつスピードを緩め、徐々に高度を低くして、それからブレーキをかけるように数回羽ばたいた。そしてモニカ先生の真ん前に来ると、ピィピィと甲高い声で鳴き、一枚の紙へと姿を変える。
先生はその紙をそっと手に取り、そこに書かれた文字を読んだ。すると今度は、先生の手の中で紙が自動的に燃え上がった。驚く僕らとは裏腹に、先生はその様子を無言でじっと見ていて、手の中から紙がすっかりと燃えてなくなると、何かに納得したように、静かに頷いた。
「塔の魔女から、返事がありました」
今のが……、返事?
魔法の伝書鳩……!
「タイガ様、少しお時間をいただけますか。急ではありますが、タイガ様のために、塔の魔女ローラ様が時間を割いてくださるそうです。今から塔に向かいます」
「――塔に!」
僕よりも先に、リサさんが反応した。
「塔に……、塔の魔女に会えるんですか……!」
先生の机に両手を付いて、前のめりになるリサさん。興奮して、杏色に濃い黄色が混じった。
「ええ。ですが、残念ながら、リサ、あなたは同行できません。塔の魔女が呼んだのはタイガ様だけです」
モニカ先生がそう言うと、リサさんはわかりやすく大きいため息をついて、そのまま椅子にストンと腰を下ろした。
「いいなぁ、大河君は。羨ましいなぁ……」
じっとりとした目を、僕に向けてくるリサさん。
「そんなこと、言われても」
「塔の魔女はお忙しいのですよ。憧れる気持ちは分かりますけれど、そのふわふわとした気持ちのまま会いに行くのは賢明ではありませんね。また、機会はあるでしょう。今日のところは寮に戻りなさい」
「はい……」
モニカ先生になだめられ、リサさんは更に落ち込んだ様子。興奮の濃い黄色も、一瞬で消えてしまっている。
「大河君……、あとで教えてね。塔の魔女ローラ様って、とにかく美しくあらせられるそうだから、その、美しさをしっかりと目に焼き付けてきてよね……。良いなぁ……」
何度もため息をつきながら、リサさんは眉毛をハの字にして、口をへの字にして、僕に迫った。
「う……、うん。そうする。明日、また会うときに教えるよ」
「明日からまた学校があるんだよね。学校帰り、河川敷に迎えに行く?」
「いや、いい。今日、頑張って一人で飛べたし、家に帰ってから、自分の力で飛んでくる。……リサさんの色を辿れば大丈夫そうだった。今度は寮じゃなくて、学校の中で待っててくれれば」
「そっか。わかった。じゃあ、学校で待つよ。遅すぎるようなら、こっちから迎えに行くからね」
「うん」
会話して、少し落ち着いてきたのか、リサさんはいつもの笑顔に戻っていた。
モニカ先生は僕とリサさんのやりとりが終わるのを確認してから、ゆっくりと立ち上がった。
「それではリサ、また明日、学校で」
リサさんはモニカ先生の言葉に促され、準備室を後にした。
手を振り、名残惜しそうに出て行くリサさんを見送ると、先生は机の脇の床を指して僕を自分の前に立つよう促した。
「転移魔法を使います」
「転移魔法?」
先生を見上げると、そうですと軽く頷いて答えてくれる。
「離れた場所へ直接向かう方法です。具体的な場所をイメージして、魔法陣に命令文を書き込みます。基本、魔法は魔法陣を錬成して発動させるように指導しています。地面や壁に描いた魔法陣に手を当てて魔法を発動させるか、何もない空間に魔法陣を錬成して発動させるか、どちらでも効果は一緒です。今日はお手本として、やり方をお見せしますから、よく見て、覚えてくださいね。タイガ様も素質は十分おありですから、少し訓練すれば出来るようになると思いますよ」
「は、はい……」
半分、分かったような、分からなかったような。
首を傾げる僕をよそに、先生は話を続ける。
「“上位”の干渉者や能力者になると、魔法陣を描かずに魔法を発動させることが出来るようになるのですが、初心者にはお勧めしません。イメージが具体的でなかったり、あやふやだったりすると、思い描いていたのとは違う魔法を発動してしまうことがあるからです。この世界で“魔法”というのは、“イメージを具現化する力”のことを指します。的確に脳内で思い描いたイメージを具現化させていくことが、魔法の上達に繋がります。ここまで、大丈夫ですか」
僕は小さく何度か頷いた。
「ところでタイガ様、この世界では、魔法の強さに影響を与えるものが二つあります。ひとつは個々人が生まれ持った“力”です。もう一つ、前者よりも大きく影響を与えるものがあります。何だと思われますか?」
――と、ここで先生の目を見てしまうと、答えが見えてしまうかも知れない。
僕は意図的に視線をずらして、少し考えた。……けど、急に言われても全然浮かばない。
「ちょっと……、分かりません……」
「“思いの、強さ”です。と言われても、特にリアレイト人にとっては、少し曖昧でわかりにくいかも知れませんね。魔法という概念自体、とても曖昧なものです。実際、どういう原理で働いているのか、という話になると、我々レグル人でさえ、皆頭を傾げます。化学や物理、数学のように、原因があって、その先に結果があるようなものでもない。けれど、この世界では確実に存在する、身近なものです。魔法は、術者の心が動かしているのではないかという説があります。どんなに生まれ持つ“力”が弱くても、“思い”が強くなれば強大な力を発揮することもあります。“力”と“思い”、この二つが互いに影響しあって、初めて“魔法の強さ”が決まります。しっかりとした“イメージ”を心に思い描き、それを“具現化させようと強く思う”ことで、魔法は的確に発動します。魔法陣は、その補助的な役割を果たすものです」
先生はそう言いながら、スッと床を指さした。
僕と先生を囲うように、床の上に緑色の光で二重円が描かれている。――さっきまで、床に模様なんてなかったのに。
「基本円です。まず、中心を同じくした大きさの違う二つの円を、描いていきます。転移魔法の場合は、転移させたいものの下部に、その他の魔法では、空中に描きます」
小さい方の円の中央に、今度は三角や曲線を使った綺麗な模様が描かれてゆく。
先生の手は動いていない。目線も動いていない。
緑色の光の線が、自動的に一定の早さで動いてゆく。
「魔法陣の模様に定型はありません。ここから先は、術者にとって一番しっくりくるものを。私は植物の文様が好きなのでこんな模様ですが、レグル様が救世主だったときは、三角を上下に重ねた星模様というシンプルなものを使っていましたよ」
ダビデの星。
そういう単純な模様なら、確かに思い描きやすいかも。
「これで、“空っぽの魔法陣”が完成します。ここから先は、命令文を刻んでゆきます。自分がイメージするのとぴったり一致する言葉を、大小二つの円の間に一文字ずつ刻むのです。命令文にも定型はありません。古くから伝わる呪文や命令文も存在はするのですが、術者の頭の中できちんとイメージされなければ、結局は想定と違う結果となって現れてしまうため、推奨はしていません。また、命令文はレグル文字で刻むのが一番良いのですが、タイガ様はまだ、レグル文字自体をご存じないでしょうし、好きな文字、普段使っているリアレイトの文字を刻んでいただいて構いません」
二重円の間に、見たことのない字が刻まれていく。
レグル文字。
この世界独特の文字。
直線を多用した、どこかで見たような、でも見たことのないような、不思議な文字。
「“塔の魔女ローラ様の元へ”と書きました。命令文は単純で、かつ、わかりやすい方が発動しやすくなります。全ての文字を書き終えた後、その文字をひとつずつ読み返しながら、頭の中で命令文通りの事象が起きると強くイメージしてください。慣れるまでは目を閉じて呼吸を整えた方が良いでしょう。さて、転移しますよ」
足元の魔法陣が強く光り始める。
淡い緑色が視界を覆ってゆく。
僕の身体も、先生の身体も、光に包まれていく。
魔法に……、呑まれる……!
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