2. 竜の気配

「女子寮にいたことは内緒にしてあげる。あらかじめ結界も張っていたから、今の話も外には漏れてない。安心して。あの鈍感なカレンには、君の正体はバレなかっただろうし、能力察知の“特性”を持っている人間も数少ない。学内で問題に巻き込まれても、私なら誤魔化すことが出来る。リサより役に立つと思うわよ」


「は、はい……」


 アリアナさんは、リサさんよりずっと強引だった。

 彼女の向日葵色は正義感も伴う色。眩しいくらいにキラキラして、圧倒されてしまう。

 アリアナさんの前で恐縮しているリサさんを見ると、力関係もハッキリしすぎていて、何とも微妙な気持ちになる。


「で、他に協力者はいるの? まさか先生方の前でも干渉者シバの息子を名乗り続けるつもり?」


 深緑の目が僕を見てくる。僕はそっと目線をずらして、リサさんの方を見た。

 出来れば教えたくなさそうな顔。

 けど、アリアナさんの迫力の前で、何も言わない方が不自然だ。


「も、モニカ先生……」


 僕が観念して呟くと、


「なるほど。救世主のお仲間だったモニカ先生なら適役って訳か」


 アリアナさんはうんうんと納得している様子だ。


「他は?」


 知らないと顔を横に振る。

 あらそうと、アリアナさんが小さく頷いている。


「……もしかして、私のこと疑ってる? 古代神教会と繋がってるんじゃないかって」


 唐突にそんなことを言い出すアリアナさんに、僕もリサさんも慌てふためいた。


「け、決してそんなこと!」

「疑ってなんか!」


 僕ら二人は声を揃えるように否定したけど、ちょっとわざとらしすぎたのかも知れない。

 アリアナさんはふぅと眺めにため息をついて、じっとりとした目を向けてきた。


「もし私が教会関係者なら、“神の子”と知った時点で君を殺すでしょうね。賞金稼ぎなら、速やかに君を拘束すると思うわ。それをしない時点で察して欲しいところだけど難しいかな」


 アリアナさんの透き通るような瞳が、僕の真ん前にある。

 目をそらさないと、また見る必要のないものが見えて……。




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




 ノートに走り書きされた、読めない文字。

 多分、この世界の。

 新聞や雑誌の切り抜き。

 タブレット……みたいなものに映し出される綺麗な魔女と塔。

 教会。

 竜の羽を持った雄神の像。




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




「それにしても」


 アリアナさんは言いながら、僕の右手を取った。

 柔らかい、けど少し冷たい手に触られて、僕は肩をすくませる。


「ただのリアレイト人にしか見えない。君、本当は何者なの」




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




 アリアナさんは、僕と誰かを頭の中で見比べている。

 画像がぼやけてよく見えないけど、多分、レグル。頭に角があって、背中に竜の羽がある。

 目線が低い。

 まだアリアナさんが小さかったときの記憶だ。

 幽閉される前は、この世界の住人とも普通に交流してたってこと……?




………‥‥‥・・・・・‥‥‥………




「答えられるわけないか。ごめんね、変な質問して」


 アリアナさんの記憶を垣間見て返事が出来なかったのを、彼女は僕が答えに窮していると勝手に理解してくれた。

 心臓に悪い。

 レグルノーラに来るようになってから、やたらと色んなものが見える。


「リサ、タイガのことで何かあったら、私にも教えなさいよ。いいわね」


 リサさんが無言で何度も頷くのを見て安心したのか、アリアナさんはご機嫌な様子で部屋から出て行った。

 パタンと戸が閉まり、アリアナさんの結界魔法が消えたのを確認してから、僕とリサさんは顔を見合わせて長いため息をついた。


「ど……、どうしよう、大河君」

「どうしよう」


 急に熱が冷めたみたいになって、今度はどっと、身体の色んなところから変な汗が出てきた。

 ここは魔法学校。色んな力のある生徒がいて然るべきなんだけど、一発で正体が見破られるとは思わなかった。これじゃ、悠長に訓練とか言ってられないんじゃ……。

 しかも、勢いに負けてモニカ先生の名前を出してしまった。

 悪い人には見えなかったけど、アリアナさんの記憶の中に教会の映像も流れてきたし、少し引っかかる。


「も……モニカ先生のとこに、行こう」


 それしか方法が浮かばない。

 リサさんも、そうしようとゆっくり頷いてくれた。






 *






「バレてしまったからと言って、簡単に認めてしまうようでは少し困りますね。……けれど、アリアナの性格や能力を考えると、否定するのは難しかったでしょうね」


 リサさんと急いで実習棟の準備室へ行った。

 事情を聞いたモニカ先生は顔を歪めた。

 先生の顔色を見て、想像以上にしくじったと知った僕らは、揃って肩を落としていた。


「相手の能力を察知する“特性”は、誰もが身につけているわけではありません。力の程度も方法も様々です。上位の干渉者、能力者となってくれば、自然とそうした“特性”も身についてきますが、……そうですか。アリアナは先天的に“気配”を察知する“特性”を強く持っていたのですね」


「あの、先生」


 リサさんが恐る恐る声を上げた。


「もし、“気配”なんてもので大河君の正体が分かってしまうと言うなら、リアレイトとレグルノーラを大河君が何度も行き来していることも、この学校に何度も大河君が来ていることも、古代神教会には知られてしまってるって考えた方がいいんでしょうか」


「――だと、思いますよ」


 モニカ先生は静かに頷いた。


「だからリアレイトで襲われたのです。この学校にいる間は、ディアナ校長の結界魔法によって、ある程度守られています。しかし、現実問題として、完全に存在を隠す、隠れるというのは不可能に近い。まだまだ眠っている力もおありのようですし、これが徐々に解放されていけば、簡単に標的にされてしまうでしょう」


 神妙な先生の顔。

 僕は、心臓をかきむしられたかのような、嫌な気持ちになる。

 ひっそりと安全に暮らしていこうってこと自体、もう諦めるしかないのだろうか。


「けれど、思い違いはなさならいでください。タイガ様は逃げるために力を使えるよう訓練するのではありません。理不尽な追っ手を振り払うためです。彼らは自らの信条を大切にしたいだけ。彼らの神を守りたいだけなのです。しかし、そのためにタイガ様を狙うというのは間違っていますよね。盲信的になってしまっている彼らを正すにも、“力”が必要です。“力”がなければ、正当な訴えさえ相手には届きませんから。そのためにも、タイガ様は強くならなければいけないのですよ」


 珊瑚色の中に不安の色を少し混ぜながら、モニカ先生は努めて冷静に話してくれた。

 力がなければ、平穏は手に入らない。

 何度言われても、納得できない現実。


「先日、タイガ様の力を測ったとき、いや……、実際はそのもっと前から、“竜のような気配”が学内に紛れ込んでいるという声は上がってたのですよ」

「――ええっ?!」


 僕とリサさんは同時に声を上げた。

 モニカ先生は、不安の紫色を漂わせ、こくりと頷いた。


「市民部隊の翼竜や、学校で飼っている訓練用の竜とはまた違う不思議な“気配”だ、というものです。私も僅かながら“気配”を察知する能力を持っていますが、精度が低く、気が付くことが出来ませんでした。けれど、人間でもない、竜でもない特別な“気配”は、他にありませんからね。分かる人には分かってしまうのは無理がありません」


 僕とリサさんは、また顔を見合わせた。


「あの、先生。大河君の気配や能力は、どちらかというと竜に近いってことですか」


 リサさんの問いに、モニカ先生はゆっくりと頷いた。


「ええ、そうです。もしかしたら、私達がこうして見ている姿は、本来のタイガ様ではないのかも知れません」


 不穏なモニカ先生の言葉。

 僕は乾いた喉に、無理やり唾を流し込んだ。

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