2. 何のために
「リサ、おはよう。今日は随分ご機嫌だね」
新聞をたたみながら父さんが声をかけると、リサさんは父さんに向き直って甲高い声を上げた。
「はい! 今日もモニカ先生にお時間取っていただくことになっているので」
「今後も色々と迷惑をかけると思うが、よろしく頼むよ」
僕の顔を見てるときと、父さんに声を掛けるときと、リサさんの顔が全然違う。
父さんも父さんで、家族と話しているときと、全然顔つきが違う。
「あああああの!! 二階! 二階行こう! 僕の部屋!!」
何か話たげな父さんと母さんを無視して、僕はリサさんの腕を引っ張った。
「ええっ! いいじゃない。もうちょっとお話を」
「やめてってば、リサさん! いいから行こうって!」
と、ソファの横に立っていた母さんが、ニヤニヤしながらこっちを見ている。
「リサちゃん、可愛い子じゃない。待ち合わせ場所、この家でもいいからね。いつでもいらっしゃい」
母さんが急な提案をするので、僕はギョッとした。
「ホントですか! ありがとうございます!」
「変なこと言わないでよ、もう! リサさん、行くよ!」
階段を上がり、二階の僕の部屋に行く。
最悪だ。
親に全部知られてる状態で異世界行くとか!
事情が事情だけに仕方ないんだけど、親が出てこないラノベやマンガが多い理由が、めちゃくちゃわかって、しんどすぎるんだけど……!
「うわぁ! 男の子の部屋だぁ!」
部屋に入るなり、リサさんが歓喜の声を上げた。
ベッドの上、起きたまんまの布団の形なのがもの凄く恥ずかしいけど、まぁ、散らかしてないのが幸い。
うっかり昨日、生返事したの、今もの凄く後悔してる。
神教騎士のアレで、頭の中からすっかり約束が吹っ飛んでた。
掃除機くらい、かけておけば良かった……。
「もっとお洋服が散乱してたり、本が散らかってたりするのかと思った。大河君て、結構きれい好きなんだね。あ! リアレイトの本、いっぱい並んでる。可愛い絵! なにこれ、中身も絵がいっぱい!」
「かかか、勝手に漫画読まないでって!」
あっちこっち気になってるうちに、リサさんは勝手に本棚から漫画を一冊引き出していた。
別にやましい内容じゃないけど、見てどうすんのさ!
「マンガ? 面白いね、レグルノーラにはこういうの無いから、すんごく面白い! ここに飾ってある女の子の人形も、凄く可愛い」
「人形じゃなくて、フィギュアなんだけど」
ラックの上に置いてある、僕の気に入りのフィギュアに、リサさんは手を伸ばそうと。
「あああああのさ、触らない! 触らないで、くれないかな」
ただでさえ女の子が部屋に入ってきて緊張してるのに、リサさんてば自由すぎて、全然落ち着かないんだけど!
「えええええ。つまんないなぁ。せっかく大河君のプライベート空間満喫できるのに」
「しなくていいから! もう、からかわないでよ」
「いやぁ。だって、大河君の反応が可愛くて」
「かかか可愛くないから!」
「そういうところが可愛いんだって」
声を上げて笑うリサさん。
もう嫌だ。
「大河君てさ、ほっとけないんだよね。弟がいたらこんな感じなのかな」
リサさんはそう言いながら、僕の部屋をあっちこっち見て回る。
怒られたからか、手は後ろ。
まぁ、触られないなら、見られるのは、仕方ない……。
「リサさんは兄弟いないの?」
何気なく尋ねると、リサさんはあははと笑って、杏色を濁らせた。
「うん、いない」
珍しく引きつった顔。
「魔法学校の寮にいるんだっけ」
「そう。全寮制なんだ。ルームメイトが、姉妹みたいな感じ? かな」
よくよく考えたら、僕はリサさんのこと、何にも知らない。
いつも同じくらいの時間に来て、僕をレグルノーラに連れてく人。……お姉さん、みたいな感じ?
もっと、リサさんのことも知らなくちゃいけないんだろうけど。今のところ、僕自身のことで頭がいっぱいいっぱい。リサさんがどうとか、考えたこともなかった。
「――さぁ、とりとめない話はこれくらいにしてさ。“向こう”へ行こう!」
リサさんがパンと軽く手を叩いた。
漂う色も、いつもの杏色に戻っていた。
………‥‥‥・・・・・━━━━━□■
「なるほど。そうですか、神教騎士が」
モニカ先生は口元に手を当てて黙りこくった。
昨日の今日で、まさかそんな展開になるなんて、誰も思わなかっただろうし。
僕の隣でハッとした顔をするリサさん。
今日は休息日と言うこともあってか、魔法学校の制服じゃなくて、僕のところに迎えに来てくれたときの私服のままだ。
「だけど、モニカ先生に昨日聞いてたことが、直ぐに役に立ちました。魔法の使い方は結局よく分からなかったけど、あの感覚が掴めたらいいのかなっていうのは、なんとなく」
準備室の机の前で、モニカ先生はじっと宙を見つめ、何かを考えている。
僕とリサさんは向かいの椅子に座り、沈黙の間にお互い顔を見合ったり、壁に貼られた表や絵を見たりした。
文字は読めないけど、イラストから察するに、魔法の七属性の相関図。闇と聖は互いに相対関係にあって、その他の五属性はそれぞれ、何かに弱かったり、強かったりするみたいで……。
「副団長、と名乗ったわけでしたよね」
モニカ先生が沈黙を破った。
「はい。副団長ライナスって、確か」
「古代神教会は、信者を魔物から守るために、昔から神教騎士団を擁していた、という話は聞いていますね。単なる噂ではなかった。彼らは“神の子”であるタイガ様を捕らえようとしている。……何のために? というところが、引っかかるのですよね。まさか、レグル様同様、幽閉してしまおうというわけではないでしょうし」
「賞金を懸けてたのは、殺すためじゃなかったってことですか? 古代神教会は“神の子”の命を狙っているんだと解釈してましたけど」
リサさんが言うと、モニカ先生もうんうんと頷いた。
「ライナスは『“神の子”に確実に、興味を持たせ、確実に、追い込むため』賞金を懸けてたって。そんなにしてまで、“神の子”が必要だった。かなり手荒だったけど、攻撃をされたわけじゃないし……」
昨日塀にぶつけられた頭をさする。
血は出てないみたいだけど、触ると痛い。たんこぶが出来てる。
「魔法が使えたこと、凄く驚いてた。僕が力を使えない状態でリアレイトにいるってことも、知ってるみたいだったし。……変なんだよね。殺すつもりなら、あそこで殺せたんだと思う。僕は丸腰で、周囲には誰もいなかったから」
「でも、殺さなかった」
モニカ先生に、僕はこくりと頷いた。
「連れ帰らなければならない理由があったということでしょうね。……私達も、教会について詳しい知識があるわけではありませんから、これ以上何を言っても結論を出すのは難しそうですが。ただ、教会が大々的に“神の子”探しをしていて、賞金を懸けているというのは事実です。警戒を怠らぬようにしなければなりませんね」
「はい」
「そういえば、先生。昨日の話って……」
リサさんが切り出すと、モニカ先生は首を横に振った。
「まだ返事は。塔もタイガ様の力については考えていることがあるようですから、何らかの回答が得られるはずなのですが。もう少し、待ってみるしかありません」
何とも、歯切れの悪い返事。
「“竜の血”なんて、異世界なんだし、結構普通なんじゃないかと思ってたけど」
「普通だったら、こんなに頭を痛めませんよ。ミオ様も、それでずっと苦しんでらっしゃった訳ですし」
「ミオも?」
「詳しい事情は存じませんが、リアレイトの干渉者と、竜との間に生まれたと聞きました。幼い頃から能力を発揮し、二つの世界を自由に行き来していたようです。“禁忌の子”であるミオ様の存在を巡って争いが起き、ディアナ校長は塔に多くの敵を作ってしまったのだと、耳にしたことがあります。生まれや育ちにかかわらず、平等に生きる権利を与えたいディアナ校長は、規律と伝統を重んじる塔とは相容れなかったようです。――タイガ様のことを、ディアナ校長が気にかけてらっしゃるのは、そういう経緯もあるからではないかと思います。この世界は狭いですから。はみ出し者は目立つのです」
モニカ先生はそう言って、肩を落とした。
*
この前、属性確認テストをした実習室で、魔力の調整方法を習う。
必要以上に力が出てしまうのが問題だということを、再度確認。
「怒りや悲しみのような、両極端な感情をなるべく抑えていれば、余計な力を出さずに済むはずです」
モニカ先生は淡々と言った。
「魔法を使う場合、思いの強さが重要になってくるのですが、タイガ様の場合、ベースが既に強い状態から始まってしまいます。普通の能力者が必死になって出せる程度の魔力が、既に備わっているわけです。つまり、興奮してしまうと、簡単に力が暴走する、ということです」
「昨日、身体がやたらと光ったみたいに」
「ええ、そうです」
リサさんは見学。準備室から椅子を引っ張ってきて、だだっ広い実習室の隅っこにちょこんと座って待っている。
「昨日、神教騎士を追い払う際に風の魔法が出たという話でしたけど、タイガ様の場合、もしかしたらそれは魔法だったのではなく、魔力が高まって吹き出しただけだった、と考えることも出来ます。確か、風の魔法の木属性は、タイガ様の弱点属性だったはずです」
「え? じゃあ、吹き飛ばしたのは……」
「偶然かも知れません」
「偶然?!」
……がっかりした。
魔法が使えるようになったって思ったのに。
「焦らなくても大丈夫ですよ。今まで何も知らなかったのですから。力を高めたり、抑えたり。少しやってみましょう」
魔法を使えるようになったばかりの小さい子と同じようなことを、何度も繰り返した。
実習棟の中は、どんなに暴れても大丈夫なように特殊な結界が張られているそうだ。
何度も失敗して、何度もやり直した。
力が使えたなら。
もっとヤバいことになっても、一人で乗り切れるかも知れないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます