【4】笑顔の裏側
1. 土曜の朝の衝撃
思ったよりマズいことになってきた。
学校でも、通学路でも、僕は襲われた。
いよいよ真面目に力の使い方を覚えないと、いろんなものを巻き込んでしまいそうだ。
今日は偶々一人のところを狙われたけど。まさか大勢の前で何かが起こるってことは……。考えたくはないけど、あり得ない話じゃない気がしてくる。
頭が混乱するどころじゃなくなってきた。
神教騎士は、なんたって僕を生け捕りになんか。
自室に戻り、寝ようとしていた僕のところに父さんがやってくる。
寝間着姿だったが、その表情はどこか硬かった。いつもの涼しげな水色とは違う、緊張の濃い青と、不安要素の紫色が混じっている。
「寝る前に、ちょっとだけ、いいか」
父さんは僕をベッドに行くように促した。仕方なしに立ち上がり、僕はベッドの縁に座る。
「神教騎士が襲ったって?」
父さんはどうやら、母さんに心配をかけたくないらしくて、みんな揃っているところでは、そういう話をしたがらない。
「……うん。攫われそうになった」
頭を押さえる父さんを見て、僕も頭を抱えた。
間一髪だったから。
モニカ先生に話を聞かなかったら、どうなっていたか。
「かといって、普通の生活を直ぐに諦めるわけにはいかない」
父さんは小さく呟き、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「明日は土曜だし、時間がある。普段、お前が通る道を教えなさい。結界を強固にするほか、今のところ対抗手段がない」
苦しそうな顔。
いつにも増して、濃い青紫が多く漂っている。
心なしか、父さんの目が潤んでいるような気がして、僕はドキッとする。
父さんがそういう顔をすることは、今までなかったから。
「……十年前の話だ。『限界かも知れない』とあいつに言われて、私達はお前を引き取る決意をした。あいつらのことは誰よりも知っていた。頼られる理由も、断れない理由もあった。いつか……、こういう日が来ると知っていても、それまでの人生が素晴らしくあるようにと必死だったんだ。本当は、もっと早いうちに話しておくべきだったんじゃないかと、何度も後悔した。まだ子どもだ、まだ子どもだと自分に言い聞かせて、ずっと逃げていた。……なのにいつの間にか声も低くなって、体つきも男らしくなってきた。背格好も声も、あいつそっくり。ふと、思い出すんだ。そうだった、お前はあいつらの子どもだったって」
それからふぅと長くため息をつき、椅子を僕の方に向けて、眼鏡の奥で目を細めた。
「運命はそう簡単には変えられない。十年経って、結局懸念していた通りになった」
父さんの額には、脂汗がびっしり張り付いている。その一粒が、つぅと額から頬に向けて落ちてゆく。
「昔、聞いたことがあった。お前の本当の母親には幼い頃から“干渉能力”があって、二つの世界を自由に行き来していた、と。彼女の母親、つまりお前の祖母にも同じような能力があり、彼女はそれを引き継いだ。お前の父親にも……、やはり幼い頃から“能力”があったらしい。“力”は、確実に引き継がれていく。どんなに、本人がそれを必要としていなくても」
僕は、父さんの言葉を一つ一つ、噛みしめるように聞いていた。
できる限り僕を傷つけないように、父さんは言葉を選んでいる。それがまた、苦しい。
「『普通の生活を、させてやって欲しい』と、あいつに言われた。私達はそれを守った。何気ない日常を過ごす大切さを味わわせてやりたかった。それは、単純に親としての愛情からだ。……血が繋がっていなくても、お前は私達の本当の息子だと思っている。それだけは、知っていて欲しい」
顔を上げた父さんの、鼻の頭が赤かった。
苦しい色。灰色と紫色が一層濃くなっている。
「……恐らく、お前の“力”は、見えていない部分の方がずっと大きい。一度外れた
父さんはそこまで言って、顔を伏せた。
「この世界には、いられなくなってしまうかも知れない」
*
真っ暗なところに、僕は座っていた。
夢だ。
また、夢を見てる。
白っぽく光る人型のシルエットが、僕の隣に座っている。
『魔法を使ったって?』
うん。
使った。
……多分、使えた。
『やっぱり“神の子”は凄いな。ここ数日で見違えた』
男の声。
聞き覚えのあるような、ないような。
だけどとても懐かしい、優しい声。
『自分の力は、恐い?』
いや、だいぶ慣れてきたかな。
『良いことだ。だって、君はずっと前から、こうやって力を使っていた』
ずっと前?
力の使い方を、聞いたばかりだ。
『力に惑わされないように』
うん。
『色々と知らないことばかりで、疲れただろう?』
疲れた。
でも、まだまだ知らないことがありそうなんだ。
『君はまだ、過去を少しだけ知った程度だと思った方がいい。君が生きてきた時間より、君が生まれる前の時間の方がずっと長いんだ。過去を遡って行けば、きっと、目を背けたくなることも、たくさんあるだろうね。悔しいだろうが、過去を変えるのは不可能だから。だけど、過去を知ることで、未来を創ってゆくことは出来る。これからもっと、辛いことが続くはずだ。だけど、“神の子”である君になら、乗り越えられるはずだよ』
……変なの。
あなたは僕のこと、随分知ってるんだね。
『知ってるさ。ずっと見ていた。君が、この世界に生まれた瞬間から――……』
*
土曜の朝。
カレンダー通りの休日が公務員の良いところ、と言わんばかりに、父さんは朝から新聞を広げてのんびりとしていた。ここ数日色々あったけど、普段と全く変わりないように見える。
今日は昼からのパートらしくて、母さんもまだ家にいる。
普段通りの、休日の朝だ。
先週の今頃はまだ、僕は自分が何者か知らなかった。……変な感じ。
ここ数日起きた出来事を思い返そうとしても、あまりにも色々起きすぎて、全然整理しきれない。
まずは宿題を片付けて、それからゆっくりゴロゴロしようかなと思っていると、不意にインターホンが鳴る。
「あれ? お客さんだ。大河、出て」
朝の家事で忙しい母さんに代わり、受信機のボタンを押す。
玄関の映像が受信機に映し出されて、僕はハッとした。
慌てて玄関に走って、急いでサンダルを引っかけ、ドアを開けた。
と、リサさんが肩をすくめてびっくりした顔で立っている。
「お、おはよう、大河君。――髪の毛! ボサボサ!」
いつもの中学の制服じゃない。
白いトップスに、若草色のパンツスタイル。ポニーテールもよく似合う。
めちゃくちゃ足が長いし、制服の時より胸が大きく見える。
会うのは夕暮れ時が多かったから意識してなかったけど、朝日に輝くリサさんの髪の毛は蜂蜜のような色をしていて、その可愛さを引き立てていた。
「ああああ!!!! わ、忘れてた!!」
自分でもビックリするくらい大きな声が出た。
そうだ。約束した。
向かえに来るって言ってた!!
「準備しててねって言ったのに! せっかくだから今日は、大河君のご両親にもきちんとご挨拶しとこうと思って。じゃ~ん! おめかしして来ましたぁ!」
にこやかに笑うリサさんの顔がまた、めちゃ可愛い……じゃなかった。
「ああ挨拶って、ちょ、おか、おかしいよ。要らないからそういうの。それにこの間、父さんには挨拶してたじゃん!」
僕は両手をブンブン振って、必死にリサさんを止めようとした。
だけど、そんなのは全然効果が無いわけで。
「遠慮しなくていいってば。この前は簡易的なアレだったし、きちんと挨拶させて貰わないと。これからずっとお世話になる訳なんだからさ、きちんとご挨拶するよう、ディアナ校長にも言われてきてるの」
「リサさん、一旦外に行こう、外に」
リサさんは僕の制止を振り切って、
「ごめんくださぁーい。ご挨拶に伺いましたぁ。リサですぅ」
と家の中に向かって声をかけている。
「やめて、やめてってば恥ずかしい」
中に入ってこようとするリサさんを必死に止めていると、後ろから気配がした。
「あなたが、リサちゃんね。いらっしゃい。上がって上がって」
母さんだった。
しまった、と大きく口を開けている間に、
「初めまして。よろしくお願いしまぁす」
リサさんが僕の脇の下をくぐって玄関に入ってきてしまった。
僕は振り向いて、リサさんの腕を後ろから掴んだ。や……柔らかい。じゃなくて。
「そ、そういうの良いから。レグルノーラ行こうよ。む、迎えに来てくれたんでしょ」
慌てる僕を面白く感じたのか、リサさんは半分振り向いてニタッと笑った。
「ご挨拶が終わってから、ゆぅっくり行きましょうねぇ、大河君。じゃ、お邪魔しまぁす」
きちんとサンダルを脱いで向きを逆にしてから母さんについて行ってしまった。
「もう! 何だよそれ!」
僕は気が気でなくなって、思わず大声を出した。
とんだ羞恥プレイだと思う。
付き合ってもいないのに女の子が家に上がるとか、急に両親に挨拶とか、どういう展開だよ。
ただでさえ頭が混乱しがちなのに、本当に困るんだけど。
頭をかきむしりながらリビングに行くと、更に困惑する事態になっていた。
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
リサさんが床に正座して頭を深々と下げてるんだけど。
ソファの上で目を丸くして、新聞を落としそうになっている父さんの姿が見えた。
母さんもリサさんを見下ろして、両手で顔を隠している。
「ちょ、り、リサさん、それ違う!」
リサさんに駆け寄って、腕を引っ張った。
頭を上げながら、リサさんはあからさまにご機嫌斜めな顔をする。
「違うって何よ。ちゃんと勉強してきたんだから」
「あのさぁ、今のヤツ、誤解されるから! ホントやめて」
嫌な汗が更にどっと出た。
リサさんは仕方ないなぁとばかりに立ち上がって、
「誤解って何よ、誤解って。ここの文化は“向こう”と違いすぎて、覚えるの大変だったのに。玄関の入り方とか、靴とか、頭を下げるとか、めっちゃ資料読みまくったってのに、失礼ね」
腰に両手を当てて、頬を膨らませている。
可愛い。
金髪美少女だし、スレンダーだし、めっちゃ可愛い。
じゃなくて。
「ご、ごめんなさい。でも、やり過ぎ。やり過ぎだから」
両手を下に向けて必死になだめていると、少しはご機嫌を持ち直したらしく、リサさんは納得していないけど理解したような顔をした。
いつもの杏色が極端に色を変えていないところを見ると、少しはふざけている自覚があるらしかった。
どうしよう、ものすごく恥ずかしい。
リサさん、とてもいい人なんだけど、何だかちょっとズレてるような感じがする。
困ったぞ。顔から火が出そう……。
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