3. 誰そ彼
「楽に、ですか?」
恐る恐る尋ねると、モニカ先生はそうですと首を縦に振った。
「テストで分かったように、タイガ様はご両親から引き継いだ“竜の力”を存分に秘めています。レグルノーラでは“魔力”や“特性”がリアレイトより強く出る傾向にあることが分かっていますから、今後更に強くなるだろう“力”をコントロールしていくのは難しいでしょう」
「だけど、それをどうにか出来る方法がある」
「――全ては憶測なのですけどね。ただ、大きすぎる魔力の原因が、“竜の力”なのであれば、調整する方法を一つだけ知っています。ですが、塔の魔女ローラ様に相談しても、許可が出るかどうか。上手くいけば、“力”を押さえ込んで、必要なときだけ解放することが出来るようになるかも知れないのですけど」
「そんな万能な方法なら、ローラ様も直ぐに許可を出してくれるんじゃないんですか?」
リサさんは椅子に座り直しながら軽い調子で言ったんだけど、モニカ先生はあまりいい顔はしなかった。
「二十年前、レグル様がまだ救世主だった頃、実際に使っていた方法です。が……、リアレイト人だったあの方が竜と同化したとき、その力を制御するために利用していたに過ぎません。元々半竜である可能性が高いタイガ様の力を調節する道具として有効かどうかは、ハッキリとは断言できないのですよ。可能性がないわけではないとは思うのですが……」
「――あの!」
話の流れを遮って、僕は声を上げた。
「きき、昨日の続きを。きゅきゅきゅ救世主のこと、知り、たい、んです、けど」
緊張して、いつもよりどもった。
モニカ先生はフッと吹き出すように笑った。
「そうでしたね。約束です。タイガ様の聞きたいことに、お答えしましょうか」
先生の優しい雰囲気に、僕はすっかり安心した。
こくりと頷いて、スッと姿勢を正したところで、リサさんに笑われた。
「子ども! さっきまであんな力見せてたくせに、ただの純粋無垢な子ども!」
「い、いいでしょそんなの! ぼぼぼ僕にだって知る権利が」
「シバ様が教えてくださらなかったんです、無理もありませんよ。それに、あの性格ですし。奥様が話したいと思っても、ずっと口止めしていたんでしょう。――救世主様のことですね。大丈夫ですよ。とても、素敵なお方です。今はレグル様とお呼びしていますけど、これは便宜的に呼び始めた名前で。私はお仕えしていたときから、恐れ多くてお名前をお呼びすることが出来なくて、ずっと、“救世主様”と」
救世主の話になると、モニカ先生の珊瑚色に、甘酸っぱいレモンティーのような色が混じり始めた。
彼といた時間は、モニカ先生にとって、とても大切なものだったに違いない。
こんな優しい色に包まれるくらいなんだから。
「自分が犠牲になることを厭わず、果敢に敵に立ち向かっていく様子には、胸を打たれました。仲間想いで、優しくて。救世主様がいらっしゃらなければ、この世界はまだ闇の中に閉ざされていたはずです」
ディアナ校長も言っていた。
光を取り戻した。
空を取り戻した。
それがどういうことなのか、まだよく分からないけど。
「僕に、似てる?」
「ええ。よぉく似てらっしゃいます。髪の毛や瞳の色は、ミオ様似ですね」
ミオ。
僕の……、本当の母さん。
「ミオも竜の血を引いてるって、父さんが」
「詳しい事情は存じ上げませんが、確かに竜の血を引いてらっしゃいました。綺麗な方ですよ。凛としていて、強くて。リアレイトでも、レグルノーラでも、やはり竜の血を引いているということで、色々とご苦労なさったようです。救世主様はそんなミオ様をずっと支えてこられたのです」
途端に、モニカ先生の珊瑚色が曇る。
「僕の髪や目の色が変なのは、……ミオが、こっちの世界とのハーフだったから?」
「かも、知れませんね」
「校長先生が、言ったんだけど」
と、そこまで言って、急に気が重くなった。
自分から聞きたいとか言っておいて、返ってくる答えに予想が付くと怖さが襲ってくる。
「僕の力が解放されたら、『街が壊滅されかねない』って。そ、それってやっぱり」
モニカ先生と、リサさんは、悲壮の色を強くした。
最後まで聞くまでもなく、答えは明かされた。
「……何でもないです。ありがとうございます。今日は、帰ります」
挨拶もそこそこに、僕は返事を待たないまま、席を立った。
モニカ先生の顔は見れなかった。
準備室を出て、僕は足早に実習棟を抜けた。
今日はもう、誰とも話したくない。
なのに、走り去ろうとする僕をリサさんが追いかけてくる。
「待って! 大河君!」
日が傾き、チラチラと星が煌めき始めていた。
校庭にはもう、誰も居なかった。寮に戻る時間なんだろうか。
リサさんの声に足を止め、息を吐いた。
白い息が、視界を曇らせる。
「明日、休息日だよね。リアレイトの暦に準じて、レグルノーラでも休息日を取るんだ。学校、休みでしょ? 朝、迎えに行ってもいい?」
振り向けるような気分じゃなかった。
僕はリサさんに背中を向けたまま、大きくため息をついた。
「迎え? ……うん。いいけど」
「よかった! じゃあ明日! お家まで迎えに行くから、ちゃんと着替えて待っててね」
――え?
「家に来るの?!」
驚いて、振り向いてしまった。
薄暗くなってきた校庭に一人で立つリサさんが見える。
「だって、わざわざ休みの日に河川敷のベンチまでは行かないでしょ? 休日には休日の人の流れがあるじゃない。変に目撃されても困るだろうし。自宅なら大丈夫かなって」
「で、でも。自宅って」
「大丈夫。シバ様にも許可取ってるって、ディアナ校長もおっしゃってたし。じゃあ、明日ね」
大きく手を振るリサさん。
一緒に話を聞いてたのに、随分明るい。やっぱり、自分のことじゃないから受け止め方が違うんだろうな。
いつもと全然変わらない、綺麗な杏色のまま。
何だか僕だけ、違う世界に取り残されているような気分なのに。
早く帰らなくちゃ。
振り返ろうとして、足を止めた。
あれ? 僕、いつもどうやって戻ってたんだ?
「……大河君、どうしたの? 帰らないの?」
立ち止まって動かない僕を不審に思ったんだろう。リサさんが駆け寄ってきてしまった。
「大丈夫?」
腰をかがめて、また僕の顔を覗くような仕草をする。
「帰り方」
「え?」
「帰り方。知らないんだった」
ブハッと、リサさんは盛大に笑った。
そしたら僕も、何だか楽しくなってきて、一緒に大声で笑ってしまった。
静かな校庭に、僕達の笑い声だけが響いていた。
………‥‥‥・・・・・━━━━━■□
悩んだところで、何かが劇的に変わることはなくて。
だけど、ここ数日、やっと僕は僕になれたような気がしていた。
襲われはしたけど、父さんのカッコいいところも見れた。
「もしかしたら、父さんも、あっちが本当の」
土手から住宅街に入り、しばらく歩く。
部活も塾もやってないから、普段はもう家の中にいる時間。こうやって、異世界と行き来する生活が始まるなんて、一週間前にはまだ、思ってもみなかったのに。
暗くなった空の端っこには、まだオレンジ色が残っていた。
毎日空を見ながら歩いてたら、星座にも詳しくなったりするのかな。
――黄昏時。
日が暮れて薄暗くなるこの時間。
相手の顔がよく見えなくなって、『誰そ彼』、『あなたは誰ですか』って、思わず聞いちゃうから、たそがれどき。
まるで、僕達干渉者のことを言ってるみたいだ。
それぞれの世界に、それぞれの顔がある。
正体を知るまで、誰が誰だか分からない。
父さんがあんな風に戦うことも、あんなイケメンになってることも知らなかった。
僕だって――、リアレイトにいる間は“神の子”だなんてこと、誰も知らない。
救世主にも、みんなが知らない一面があったんだろうか。
何故かは分からないけど、誰も詳しく語ろうとしないのは、黄昏時に紛れているみたいに、隠したい何かがあるから、だったりして――……。
「お前が、“神の子”か」
リアレイトで聞くはずのないセリフが、薄闇に響き渡った。
ビクッと身体が異常に反応して、どっと汗が吹き出した。
「誰?」
人だ、というくらいしか、判別出来ない。
住宅街の薄暗い通り。街灯の明かりがギリギリ届かない所に、人影がある。
「その気配。間違いないな」
一歩一歩、暗がりからそいつは、僕の方に歩み寄ってくる。
徐々に、姿が見えてくる。
コート?
……違う。
白い、ローブだ。
「見つけたぞ。この神教騎士団副団長ライナスと一緒に、レグルノーラへ来て貰おうか……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます